講習会 Feed

2021年2月 1日 (月)

BTC育成調教技術者養成研修について

はじめに

公益財団法人 軽種馬育成調教センター (以下BTC)は、牧場に就労するために必要な知識と実践的な技術を備えた育成調教技術者の養成を目的に、育成調教技術者養成研修(以下BTC研修)を実施しております。平成4年の開講から500名以上の修了生が牧場へ就労し、軽種馬産業界を支える人材として活躍しています。今回はこのBTC研修について詳しくご紹介いたします。

 

前半の騎乗訓練と厩舎作業

BTC研修の前半は、敷地内の教育エリアで教育用馬を用いた基礎訓練に専念します。基礎訓練では、騎乗訓練と並行して正しい馬の触り方、引き馬、馬体の手入れなど馬の取扱いや、厩舎作業といった牧場に就労する上で欠かせない基本的な内容を学びます。

騎乗訓練は、騎乗経験別のグループに分け、個々の騎乗レベルに応じた訓練を行います。開講から2~3ヵ月間は、教育エリアの小さな角馬場で基本馬術、前傾姿勢等(写真1)を中心とした訓練を行います。その後、走路騎乗でのスピードコントロールに必要な競走姿勢を学び、駈歩で歩度の詰め伸ばしが自由にできるようになると、いよいよ走路騎乗へと進みます。

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写真1 覆馬場で前傾姿勢を学ぶ

BTC研修の最大の特徴は、騎乗訓練中に教官が併走騎乗(写真2)で研修生を指導することです。こうすることで、研修生に騎乗姿勢の見本を示すことができる、その場で的確な指導が行える、リードホースの役割を担える等の利点があるほか、安全面からも突発的な事象に迅速に対応することができます。

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写真2 グラス坂路馬場での教官(左)が併走した騎乗訓練

 

 後半の騎乗訓練と厩舎作業

研修後半は、JRA日高育成牧場の全面協力のもと、実際の育成馬である「JRA育成馬」を用いて「若馬の取扱い」、「若馬が競走馬になるための基礎トレーニング(馴致実習)」、「実践的な騎乗」等を学びます。また、これらに並行して教育用馬での騎乗訓練もレベルアップしていきます。BTC調教場の広大な施設をフル活用した訓練を行うほか、若馬への騎乗準備として、騎乗バランスを習得するための障害飛越訓練を行います。こうした訓練を積み重ね、12月からはJRA育成馬騎乗実習(写真3)を迎えます。この研修では、実際に育成調教中のJRA育成馬に騎乗し、ブリーズアップセールまでの実践的な騎乗訓練を行います。

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写真3 JRAブリーズアップセールに向けたJRA育成馬騎乗実習

 

学科・実技&課外研修

また学科では、教官、BTC獣医師のほか、外部講師を招いて、馬に関する基本的な知識から専門的な知識までを幅広く学習します。学科の多くは、1時限目の座学で受けた講習内容について2時限目に実習を行い、3時限目の試験で学習状況を確認します。実技講習では、バンテージの巻き方からセリ市場での馬の展示方法等、日常の取扱いに必要な技術はもちろん、草刈り機実習、厩舎内外の維持管理、用具の取扱い等、環境整備や牧場管理の重要性についても学びます。

課外研修では、種馬場、民間牧場、セリ市場および競馬場(写真4)などの軽種馬関連施設の見学だけでなく、 レクリエーション的に楽しめる研修や、防災訓練、普通救命講習といった研修も行います。このほか、BTCの研修だからこそ実現できる課外研修を数多く実施しています。

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写真4 JRA札幌競馬場開催見学

 

おわりに

  BTCでは、ホースマンとしての技術はもちろん、社会性や協調性についても養えるような研修の実施に取り組んでおります。また、今後の研修がより良いものとなるよう、修了生や研修生の就労先へのアンケート調査を行い、結果やご意見を次回の研修内容にフィードバックするよう努めています。今後とも皆様からのご協力をお願いいたします。

 

🏇育成調教技術者養成研修 体験入学会 & 第38期生募集のお知らせ🏇

〇BTC研修体験入学会を令和元年7月26日(金)・8月27日(火)に北海道・浦河で開催します。

   ※8月の体験会はBOKUJOB事務局で受付を行います。

〇令和2年4月からの研修生(第38期生)を募集しています。応募条件は以下のとおりです。

・研修修了後、必ず軽種馬の生産・育成に3年以上携わることのできる者       

・入講時、中学校卒業以上の学歴を有する者

・厩舎作業および騎乗訓練を行うのに支障がない者   

※乗馬経験は問いません。   

第38期生受講願書等の受付は「9月6日(金)必着」です。

 

<お問い合わせ>  詳しくは下記にお問い合わせいただくかHP(「BTC 研修」で検索)をご覧ください。

教育課 教育係 TEL 0146-28-1001  9:00~17:00(土日祝休)

メールでのお問い合わせは kyoiku@b-t-c.or.jpまでお願いします。

 

軽種馬育成調教センター 業務部 教育課 小守智志

2021年1月27日 (水)

コンフォメーション~馬の見方のヒント~ 「馬のサイズ」

コンフォメーション

コンフォメーション(conformation)という単語は、直訳すると「構造」、馬について言えば「馬体の構造」ということになります。大雑把かつ乱暴な物言いになるかもしれませんが、「コンフォメーションが良い馬は故障が少なく、効率的に走ることができる」と言えます。例えば下肢部のコンフォメーションに関して例をあげると、起繋たちつなぎ(横から見た時の地面との角度が大きい繋)の馬は下肢部の衝撃緩和能が低いために球節炎などの発症リスクが高まり、反対に臥繋ねつなぎ(地面との角度が小さい繋)のものは、特に繋が長い場合で屈腱や靭帯に関連する疾患発症リスクが高まると教科書に記載されています。

 

コンフォメーションの科学的根拠

しかし、実際に馬を取り扱っていると、上記のような「下肢部のコンフォメーション異常=疾患発症リスクが高い」との考え方を実感できる時がある一方で、コンフォメーションに問題があるにもかかわらず、何事もなく競走馬を続けている馬に遭遇することも少なくありません。

実は、このようなコンフォメーションに関連する教科書的な記載の中には、科学的な根拠がないまま経験則のみで記載されているものも散見されます。古くは紀元前の哲学者クセノフォンが著書の中でコンフォメーションの見方について言及しており、若干の違いはあるかもしれませんが、長きに亘って古今東西のホースマンが同じ考え方で馬を見ているとも言えます。

もちろん2,000年以上の時を経ても廃れずに受け継がれた経験則を否定するわけではありませんが、科学的な根拠も併せて参考にすることで、より客観的に馬を見ることができ、評価精度の向上が見込めるようになるかもしれません。

 

馬は大きい方が良いか?

では、具体的な話をしていきましょう。コンフォメーションと言うと、体型バランスや下肢部などの各パーツごとの構造が注目されがちですが、より単純な論点である「馬のサイズ」、すなわち馬体の大きさについてはどのように考えればよいのでしょうか?

前々回(2019年3月1日発行)の当欄「強い馬づくり最前線~競走馬の体重に影響をおよぼす潜在的な要因」では、競走馬は馬体が大きいほど競走成績も良いことが統計的に明らかとなり、その理由を大きい馬ほど相対的に軽い荷物(斤量)を背負って走るためではないかと推察しています。この結論からすると、競走馬を購入する側も生産育成する側も馬体は大きければ大きいほど良しと考え、前者はなるべく大きな馬を選択する、後者は馬をなるべく大きく育てるような飼養管理を目指すことになります。しかし、一方で若馬への過剰な栄養供給が成長期における骨疾患リスクを高めるという指摘もあり、必ずしも馬体を大きく育てることが良いこととは言えなさそうです。もちろん、馬体の大きさには母馬の産次や出産年齢、遺伝などの要因も複雑に関与するため、単に「食べさせる」だけで馬体の大きさをコントロールすることは困難であることは言うまでもありませんが。

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馬は大きい方が良いのか?

 

大きい馬のリスク

では、競走成績が良いとされる「大きい馬」にはリスクはないのでしょうか?

過去にJRA競走馬総合研究所で行われた調査では、出走時の馬体重が重い馬は、軽い馬に比較して浅屈腱炎の発症リスクが高いことが確認されています。発症馬の馬体重が重かった理由として、いわゆる「太目の馬体」で出走したことも要因の1つであったかもしれませんが、馬体そのものが大きい大型馬であったことも否定できません。

また、昨年アイルランドの研究者から発表された研究によると、喉頭片麻痺(いわゆる喉なりの原因となる疾病)のリスクファクターとして性別、体高、年齢、体重、頸の長さと太さ、顎の幅などとの関連性を調べたところ、体高が喉頭片麻痺と関連する主要因であったという興味深い結果が報告されています。

このような科学的根拠に基づいて考えると、大きい馬は小さい馬に比較して競走成績が良い傾向にある一方で、浅屈腱炎や喉頭片麻痺の発症リスクが高いとも言えそうです。読者の皆さんの中には、既に経験則で同様の傾向を感じている方もおられるかもしれませんね。

 

馬の体高の推定法

最後に馬の体高を目視で推定する方法についてご紹介します。馬の体高は、正式には体高測定器を用いて地面からき甲までの高さを測りますが、測定器がない場合には自身の体で代替することができます。例えば身長178cmの筆者の場合、予め首のつけ根が150cm、顎が160cm、目が170cmと知っておくことで、対象とする馬のおおよその体高を測定することができます。しかし、あくまで推定値しか測定できませんので、セリ上場のために測定する場合には必ず測定器を用いてください。

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体高を目視で推定する方法。自身の体の部位を測定器で代替する。

JRA日高育成牧場 業務課 冨成 雅尚 

新生子馬の疾病に関する講習会について

2018年11月28日・29日、静内エクリプスホテルにおいて、カリフォルニア大学デイビス校のJohn Madigan博士を講師に招き、出産時における子馬の一般的な疾患に対する予防と迅速な治療のための管理法に関する講習会が開催されました。本稿では、その中のトピックとして近年注目されている新生子適応障害症候群(NMS)についてご紹介いたします。

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John Madigan博士(カリフォルニア大学デイビス校)

新生子適応障害症候群(NMS)について

NMSとは、出生直後の子馬が呈する一連の異常行動の総称であり、代表的な症状として“母馬を認識できない”、“乳房の位置を把握できない”、“目的もなく彷徨う”などが挙げられ、これまで「ダミーフォール」などと呼ばれてきました。発症のメカニズムは不明な点が多いものの、帝王切開、難産、早期胎盤離脱(レッドバッグ)、胎子期の成熟異常あるいは子宮内感染などによって、脳が低酸素状態になることが原因だと考えられてきましたが、根本的な治療方法は存在せず、まず確実に初乳を給与することに加えて、起立補助、酸素の吸入、ボトルを用いた人工授乳、輸液などの対症療法のみが実施されています。

一方Madigan博士は、発症メカニズムとして“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が関与しているのではないかという極めて興味深い説を提唱しています。

 

胎子期のホルモンが発症に関与?

Madigan博士らの研究によると、NMSの子馬から“胎子期に分泌されているホルモン(抑制ホルモン)”が高い濃度で検出されていることがわかりました。このホルモンは直接脳に作用し、新生子を子宮内にいた頃の睡眠状態に戻す効果があるようです。

本来は出生時における産道での胸部圧迫(軽度の低酸素状態)が引き金となり、出生後に分泌が低下します。しかし、一部の子馬では胸郭圧迫による刺激が少ないことなどが原因で分泌の低下が起こらないようです。

この場合、子馬は生まれているにもかかわらず母馬の子宮内にいる時のようにあまり動かず、呼吸やお腹の動きも最小限に抑制されることに加え、母馬を認識できず、乳房の位置も把握できない状態に陥ります。

つまりこれがNMSの発症メカニズムではないかというのが、Madigan博士の仮説です。

 

ロープスクイーズ法とは?

Madigan博士らはこのホルモン分泌異常に対して、ロープスクイーズ法(胸部圧迫)という新しい処置法を提唱しています(写真1)。

この方法は、新生子馬の胸部をロープで圧迫することにより、産道の通過を再現する方法で、抑制ホルモンの分泌低下を目的に実施されます。胸部圧迫により、子馬は再び眠った状態になり、呼吸数、心拍数の減少や外部刺激への反応の低下などが認められます。20分間の圧迫後にロープを外すと子馬の運動性は活発になり、反応の良い馬ではたった1度の処置で正常な行動を示すようになるとのことです。また、1度で正常に戻らない場合でも4時間おきに1日4回まで実施することができ、治るまで数日間継続して実施することができます。

本法の治癒率は、従来の対症療法と変わらず約90%ですが、1時間以内の治癒率が37%(従来:4%)、24時間以内の治癒率が69%(従来:35%)と回復までの時間短縮が見込めるようです。ただし、ロープスクイーズ法を実施する際には子馬の全身状態や肋骨の骨折の有無を確認する必要があるので注意が必要です。

本法の実施方法は以下のURLにてご確認いただけますが、もしNMSの子馬に対して本法を行う場合には、獣医師とご相談の上実施することをおすすめします。

 

http://vetmed.ucdavis.edu/compneuro/local_resources/pdfs/mfsm_instructions.pdf

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写真1:ロープスクイーズ法

 日高育成牧場業務課 福田一平

2021年1月25日 (月)

ファームコンサルタント養成研修

「コンサルタント」と聞いて皆さんが最初に思い浮かべるのは、いわゆる「企業コンサルタント」ではないでしょうか。その業務内容は多岐に亘るようですが、一般的にはクライアント企業の経営的な課題を抽出し、それを改善するための助言を与えて業績を向上させる職業というイメージをお持ちかと思います。

本稿で紹介する「ファームコンサルタント」は、「クライアント企業=軽種馬の生産もしくは育成牧場」であり、主に馬の栄養管理に関する課題の抽出およびそれらを改善するためにアドバイスをする「馬の栄養管理技術者」を指しています。

 

ファームコンサルタントの役割

馬の栄養管理技術者であるファームコンサルタントは、その名から想像できるように、個々の馬に対する給餌を中心とした飼養管理に関するアドバイスの提供が主な役割になります。そのためには、馬の栄養学や草地学はもちろんのこと、外科学や繁殖学など馬の栄養状態と関連する幅広い分野に造詣が深いことが求められます。

具体的には、与えている飼料の種類や量、放牧時間、繁殖成績や疾病発症などの課題をクライアントから直接聞き取ったうえで、BCS(ボディコンディションスコア)や馬体重の測定、栄養が関連する子馬のDOD(成長期外科的疾患)の有無などを確認することで個々の馬の栄養状態を把握するとともに、放牧地の状態なども観察します。これらによって牧場全体を俯瞰的かつ客観的に評価したうえで、クライアントと相談しながら課題の解決に導いていきます。

 

ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)

JBBA日本軽種馬協会はファームコンサルタントの更なる普及を目的として、平成27年から「ファームコンサルタント養成研修(栄養管理技術指導者養成研修)」を立ち上げました。2年間に亘ってJRA日高育成牧場で行われた「第1期ファームコンサルタント養成研修」では、総合農協、軽種馬農協、飼料会社等の職員が参加しました。

毎月1回、計24回行われた本研修は「実技・講義・ディスカッション」の3本柱で構成されており、実技では「BCSの測定や疾病の有無の確認を目的とした子馬や繁殖牝馬の馬体検査」、講義では「栄養学、各ステージの馬の飼養管理、草地学など幅広い知識の付与」、ディスカッションでは「毎回参加者に与えられた英語の論文要約や馬体検査レポート作成などの提出課題について参加者全員での意見交換」が行われました。第1期ファームコンサルタント研修では9名が修了し、修了者はそれぞれの立場から研修での「学び」を活かして個々の業務に役立てているようです。

本年9月からは、新たなメンバーによる第2期ファームコンサルタント養成研修が開始されており、前回の参加団体・企業に加えて、牧場関係者も参加者に名を連ねています。このように様々な立場から軽種馬生産育成に携わるホースマンが、2年間の長期間に及ぶ研修を通して栄養管理技術者としての能力を身に着けることで、馬産地全体における飼養管理技術の底上げに繋がるのではないかと感じています。

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日高育成牧場業務課長 冨成雅尚

米国のブレーキング

今回は米国における1歳馬のブレーキングについて紹介します。わが国では主にヨーロッパ式のダブルレーンによるドライビングを取り入れている育成牧場が多いですが、米国ではいきなり騎乗する方法が行われていました。

 

ウインスターファームのブレーキング部門

かつて生産牧場だった土地を改修して作られました。二つの厩舎、ウォーキングマシン、角馬場のほか、パドックが25面、広い放牧地が3面あり、牡は0.5~1ヘクタールのパドックに2頭ずつ放牧され、めすは8ヘクタールの広い放牧地に8頭で放牧されていました。馬はほぼ24時間放牧され、騎乗時のみ集牧されていました。飼い付けもパドックで行われ、朝夕牧場オリジナルのスイートフィードを2kg給餌されていました。

 

ブレーキングの手順

1週目は全て馬房内で行われていました。まずは引き馬で馬房内回転を教えて、それからローラーを装着し胸部の圧迫に慣れさせて、初日からまたがります。その後、鞍を載せ、最後にハミ付きの頭絡を装着していました。

2~4週目はラウンドペン(円馬場)および角馬場で騎乗していました。馬装は無口頭絡の上からハミ付きの頭絡を装着し、落馬防止のためネックストラップを付けていました。まず引き綱(リード)のまま小さい円でランジングを行っており(図1)、この際馬場の壁は利用せず馬が内方を中心に自分でバランスを取って周回できることを意識していました。騎乗後は輪乗りおよび8の字乗りを繰り返し、口向きを作っていました。速歩だけでなく駈歩も行っていました。

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図1.引き綱(リード)のまま小さい円でランジング

 

5~6週目には普段放牧されている放牧地(パドック)で騎乗していました(図2)。輪乗りおよび8の字乗りを繰り返すこと、速歩および駈歩をすることは一緒です。この時期に不整地をあえて走らせることで、馬が足下に注意するようになり、故障しにくい走行フォームを身に付けさせるという考え方でした。この時期の1歳馬は人を乗せてバランスを取るだけで精一杯という感じですが、さらにバランスの取りにくい不整地を走らせることでより強い体幹の筋肉を養成していきます。

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図2.普段放牧されている放牧地(パドック)で騎乗

 

7~14週目には三つのコースで騎乗されていました。一つ目は大放牧地コースで広い放牧地を右回りで速歩および駈歩で周回します。全長3.7kmで、雨天時は芝が滑るので使われていませんでした。

二つ目はグラス坂路コースです(図3)。これは放牧地と隣の牧場との間の勾配のある草地を利用して、まず上り、下り、上り、下りと交互になるように使っていました。全長は2.9kmで、坂路の傾斜は4~6%でした。このコースも雨の日は芝が滑るので使われていませんでした。

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図3.グラス坂路コースでの調教

 

三つ目は周回コースおよび坂路コースです。ブレーキング部門の隣にあるトレーニング部門まで下りて行き、1周1,400mのオールウェザーの周回コースを左回りで走った後、ファイバーサンドの坂路コースを上ります。全長5.1kmで坂路の傾斜は3%でした。雨が降っても馬場が悪化しないので使われていました。そして、12月もしくは1月にこのコースを難なくこなせるようになってから、ブレーキング部門を卒業しトレーニング部門に移動していました。

 

まずは走行フォームを作る

ブレーキング後、まずはセルフキャリッジした走行フォームを徹底的に教え込んでいました。方法として、芝の上などの不整地で2ヶ月程度乗り込むことで馬が足下に注意するようになり、体幹の筋肉が鍛えられ、自然と起きた走行フォームを身に付けていきました。ヒトも子供の頃の方が早く自転車や一輪車の運転を覚えるように、走路に出て時計をつめていく前に理想的な走行フォームを身に付けさせるのが時期的に適していると考えられていました。さらに芝の上の不整地で乗る際には物見をしないように工夫されていました。例えば普段放牧されていてすでに環境に慣れているパドックで騎乗する、またグラス坂路に行く時には誘導馬として経験豊富でおとなしいリードポニーと一緒に行くなど、若馬が物見をして集中力を欠くことがないように配慮されていました。

JRA日高育成牧場 業務課 診療防疫係長 遠藤祥郎

サラブレッド市場におけるレポジトリー

はじめに

サラブレッドの生産において、セリは重要なイベントです。生産者(販売者)は、交配から分娩・初期・中期育成と約2年半もの歳月を掛けて育ててきた馬を売却し、ようやく利益を得ることができるのです。一方、購買者にとっても、セリは良質な馬を納得できる価格で手に入れることができる貴重な機会となります。しかし、過去には落札後に何らかの欠陥に気づき、購買者が販売者に不服を唱えることもありました。落札馬をキャンセルしたりされたりすることは、販売者にとっても購買者にとっても、さらには市場の主催者にとっても不利益になることばかりです。

一方で欧米のサラブレッド市場では、以前から上場馬を事前に確認する獣医検査が頻繁に行われていました。この情報をより多くの人が共有できる方法としてレポジトリーが考案され発展してきたのです。今回は、このレポジトリーについて触れてみたいと思います。

 

レポジトリーとは

レポジトリーとは、本来、英語で「収納場所」や「倉庫」という意味の言葉になります。サラブレッド市場におけるレポジトリーは、セリの主催者が開設した市場内の情報開示室やインターネット上のオンラインレポジトリーにおいて、上場馬の四肢X線検査画像と上気道内視鏡検査動画を購買者に向けて販売申込者が任意で公開するシステムのことです。

北海道市場の業務規定では、落札馬に①関節部の骨片、②関節面の軟骨下骨嚢胞、③喉頭片麻痺、④頸椎狭窄による腰痿がある場合、当該市場終了の翌日より3日以内に「売買契約の解除」を申し出ることができることになっています。但し、すでにレポジトリー資料にこれらの所見が認められている場合には、「売買契約の解除」の届け出をすることができない仕組みとなっています。

そのためレポジトリーは、販売申込者の瑕疵担保責任(外部から容易に発見できない欠陥に対して責任を負うこと)を免れることができる資料になるとともに、購買者の重要な購買判断材料の一つとなっているのです。

 

四肢X線検査画像

現在、国内のサラブレッド1歳市場におけるレポジトリーの四肢X線検査画像の提出部位は、球節、手根関節、飛節と後膝で、合計22~36枚となっています(後膝はセレクトセールでは屈曲位が無いため1枚少ない)(図1)。

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育成期の若馬の関節部には、様々な成長期に特有な疾患(発育期整形外科的疾患:DOD)の発生が見られます。その病態は、骨の成長点である骨端版や関節面で骨組織を造成している軟骨組織にダメージが加わることで生じる骨軟骨病変です。主な病変には、離断性骨軟骨症や軟骨下骨嚢胞などで(図2)、関節内の力の加わる部位に認められる疾患です。殆どの所見は、競走期に影響を及ぼすことが無いことが分かっていますが、その程度によっては跛行を発症する可能性もある疾患となります。

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上気道内視鏡動画

馬は鼻からしか呼吸ができない動物です。空気の通り道である鼻道や上気道部の異常は肺におけるガス交換を阻害するため、運動能力に直結する問題となる注意が必要な所見です。レポジトリーに提出される上気道内視鏡動画は、馬を静止した状態で検査する「静時内視鏡検査」になります。そこで見られる所見の中で、最も注目されるのは披裂軟骨の動きになります。披裂軟骨は走行時には、空気を取り込むために全開の状態になります。この動きが弱い場合、走行時に空気の流れを阻害してヒューヒューと音の鳴る「喘鳴症」を発症することになります。披裂軟骨は主に左側の動きが悪くなることが多く(図3)、喉頭片麻痺グレードとして1から4まで細分化されています(表1)。臨床的に問題になることが多いのは、グレード3以上であることが知られています。

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最後に

レポジトリーは、上場馬の四肢関節および咽頭部の状態を予め公開することで購買判断材料となるとともに、上場馬の品質保障やセリの公正確保に貢献しています。近年のセリの売り上げ上昇にも、レポジトリーの普及がその一端を担っていると思われます。

レポジトリーで認められる所見に関しては、様々な知見や情報がありますが、生産育成研究室では、「軽種馬におけるレポジトリーのためのX線ガイド」(軽種馬防疫推進協議会:http://keibokyo.com/learning/rally/)や「若馬における咽喉頭部内視鏡検査所見について」(北海道獣医師会雑誌:http://www.hokkaido-juishikai.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/1309-01.pdf)などに、レポジトリーで見られる所見について情報を公開してきました。参考にしていただけると幸いです。

また、実際に生産馬や購買希望馬の所見に関しては、十分な知識を持った信頼のおける獣医師に相談することも重要です。しかしながら、獣医師はリスクの提示を行うことはできても、はっきりと断定することはできないものがレポジトリーで認められる所見にまだ多いのも現状です。生産育成研究室では、レポジトリーで見られる所見について調査を行い、その診断や予後、発症予防方法などについて報告していきたいと思っています。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ②

 前回に引き続き、モンゴル在来馬についてご紹介いたします。今回は、その調教内容と測定した心拍数データについてです。

 

モンゴル競走馬の調教中心拍数

 前回紹介したように、モンゴル競馬はトラックではなく草原の中で行われるレースなので、調教も草原で行います。今回初めてモンゴル競走馬の調教を見学させていただきましたが、私からすれば何もない場所を闇雲に走っているように見えましたが、Davaakhoo調教師いわく草原内にいくつかの調教コースが存在し、レース日程に合わせて調教メニューを決めているそうです。図1はその調教データの1例で、この馬の場合、片道5kmのコースを往復して調教を実施し、前半の下り区間は遅めのキャンター、後半上り区間で速度を上げ最後の700mでスピード調教を実施していました。スピード区間の傾斜は約2%、最高時速は約50km/hでした。

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図1 モンゴル競走馬における調教中心拍数および走行速度変化の一例 

同じパターンで調教を行った4頭について、測定データを表2にまとめました。どの馬も約11km調教を行ったにもかかわらず、最後のスピード区間は50km/h前後で走っており、モンゴル在来馬は小さな体でもスピードとスタミナを両方持ち合わせていることがわかりました。また、最高心拍数は平均225bpm、走行中の心拍数と速度との関係から算出した指標V200とVHRmaxは10.1m/sおよび11.4m/sでした。

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表1 今回測定したモンゴル競走馬の調教データ一覧 

 

モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との比較

 モンゴル競走馬の心拍データについて、日本で測定したサラブレッド競走馬のデータと比較してみましょう。モンゴル競走馬の最高心拍数は、同世代のサラブレッドよりもやや高い値を示しました。一般的に小型の動物の方が心拍数が高いので、この差は体のサイズの違いが影響しているのかもしれません。次に、心肺機能の指標であるV200とVHRmaxですが、モンゴル馬では現役のサラブレッド競走馬よりも低値を示しました。5歳以上のサラブレッド競走馬は競馬という生存競争を勝ち残ってきた比較的優秀な馬たちなので当然の結果だとは思います。一方、日高・宮崎育成牧場で測定したデビュー前のサラブレッド育成馬と比較すると、モンゴル競走馬の方がやや低いものの大きな差は見られませんでした。これは、モンゴル競走馬はポニーのような小さい体であるにもかかわらず高い運動能力を有していることを示唆しています。また今回は示していませんが、運動後の回復期の心拍数を解析した結果、今回調査した全てのモンゴル馬において調教後2分から5分で心拍数が100bpmを切り、強調教を実施したにもかかわらず心拍数の回復が早いことがわかりました。これらのデータも、モンゴル競走馬が高い心肺能力を有していることを示しています。

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表2 モンゴル競走馬とサラブレッド競走馬との運動生理学的指標の比較 

 

再びモンゴルへ

 昨年に引き続き、本年度も国際協力機構(JICA)からの依頼でモンゴル競走馬の心拍数測定のためモンゴルへ行ってきました。今回は、ナーダムレースに向けて実施された約15kmの模擬レースで心拍数を測定することができました。まだデータを公表することはできないのですが、スタート直後からほぼ最高速度(約50km/h)で走行し、徐々に速度が落ちてゴール地点では30-35km/hまで低下していました。一方、心拍数はスタート直後から200bpmを超え、模擬レース中は常に高値で維持されていました。本番のナーダムでは毎年レース中に数頭突然死する馬がいるそうなので、モンゴル競馬は馬の心肺機能に大きな負荷をかける過酷なレースだと感じました。

 

最後に

 ナーダムに代表されるモンゴル競馬は世界的にも有名ですが、これまで運動生理学的報告はほとんどなく、心拍数を調査した研究はありませんでした。今回の調査で初めてモンゴル競走馬の調教中心拍数を調査することができ、非常に貴重な経験ができたと感じています。今後も調査を継続しモンゴル競走馬の運動能力の一端を明らかにすることで、モンゴル競馬の発展に寄与できれば幸いです。その際は、改めて本誌でご紹介させていただきますので、お楽しみに。

 

 

 

 

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

モンゴル在来馬の調教中心拍数について ①

 日本でも海外馬券が買える時代になり外国の近代競馬が身近に感じられる時代になりましたが、他にも競馬が行われている国があります。その一つがモンゴルです。モンゴルは“チンギスハーン”に代表されるように歴史的な騎馬民族であり、在来馬を大自然の中で飼育しながら草競馬を実施しています。特に、毎年7月11日の独立記念日から3日間実施される“ナーダム”という国民的祭典では、モンゴル相撲・弓射競技とともに数百頭規模の草競馬が実施され、モンゴル3大スポーツの一つとして親しまれています。

 今回は、国際協力機構(JICA)のプロジェクトにおいてモンゴルを訪問し、競馬に出走するモンゴル在来馬の調教中心拍数を測定する機会を得たので紹介します。

 

モンゴル競馬について

 モンゴル競馬はトラックではなく草原の中を走る競馬で、レース距離は10kmから25km、7歳から12歳の子供たちが騎乗して行われます(写真1)。賞金は出るのですが名誉を得ることの方が重要で、馬も子供たちも着飾ってレースに挑みます。競馬に出走するモンゴル在来馬は絶滅危惧種の“モウコノウマ”ではないのですが、昔からモンゴルで飼育されている在来種で、体高的にはポニーに属する小さな馬です(写真2)。以前はハイブリッド(雑種)も出走可能だったそうですが現在は在来種のみが出走でき、それらは体高などで区別するそうです。また、レース距離は馬の年齢で分けられており、年齢は歯で判断します。

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写真1 モンゴル競馬の様子

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写真2 モンゴル在来馬と騎乗者

 モンゴル在来馬の体高はおそらく130~140cm。

 

モンゴル在来馬の調教中心拍数測定

 今回の訪問は、ナーダム直後の昨年7月後半。ちょうど夏休みの時期で、ウランバートル市街はお祭り気分覚めやらぬ感じでした。JICAはモンゴル生命科学大学と共同で獣医・畜産分野の能力強化プロジェクトを行っており、今回はその一環として獣医学部の教授・准教授とともにモンゴル在来馬の調査を行いました。伺ったのはウランバートル南約80kmの草原地帯で遊牧生活をしているDavaakhoo氏のところです(写真3)。Davaakhoo氏はモンゴルで一番有名な調教師で、牛・羊・山羊とともに約600頭の馬を所有しており、ゲルと呼ばれる大型テントで遊牧しながら所有馬の調教を行っています。今回は、草競馬出走予定の在来馬において調教中心拍数を測定しました。

 心拍数の測定は日本のサラブレッドでも使用しているPolar社製心拍計(M400)と馬用電極を用いて行いました。ポニーのような小さな馬で測定した経験がなかったのでうまくできるか分からなかったのですが、実際にやってみるとサラブレッドと同じように電極を装着し心拍数を測定することができました(写真4)。調教は自然の地形を活かしたコースを往復する形式で実施され、車またはバイクでチェイスしながら監視していました(写真5)。興味深かったのは、子供たちの騎乗技術の高さです。調教は裸馬でも実施されたのですが、彼らは鞍の有無に関わらず見事な技術で調教を行っており、この子供たちが将来サラブレッド競馬の世界に入ったとしたらとんでもないジョッキーになるかもしれないと感じました。

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写真3 左からNyam-Osor教授、私、Davaakhoo調教師、Khorolmaa准教授

 

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写真4 モンゴル在来馬への心拍数測定用電極の装着

 装鞍する場合(左)は専用の鞍下ゼッケンとPolar Equine Electrodeを、裸馬(右)の場合はPolar Equine Beltを使用。

 

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写真5 調教は車またはバイクでチェイスしながら実施

今回は、モンゴル在来馬の調教と心拍数測定の様子を紹介しました。次回は、測定したデータを解説いたします。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 羽田哲朗(現・美浦トレーニングセンター 主任臨床獣医役)

米国における1歳馬のセールス・プレップ

今回は米国における1歳馬の飼養管理について紹介します。わが国では主に育成牧場でセリに向けての準備(セールス・プレップ)が行われていますが、ケンタッキーでは生産牧場でセールス・プレップが行われていました。

 

セリに上場する馬としない馬の違い

ケンタッキーにはライムストーンと呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から天然のミネラル分が補給される恵まれた環境にあります。また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。ですので、セリに上場しない馬は悪天候時などの例外を除き、基本的には24時間放牧が行われており、馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。一方、1歳セリは7~10月の夏季に開催されるため、24時間放牧しているとたてがみや体毛が日焼けしてしまいます(図1)。これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、セリに上場する馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています(図2)。

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図1.セリに上場しない馬は24時間放牧され日焼けしている

 

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図2.セリに上場する馬は日焼けを防ぐため夜間放牧に切り替えられる

 

放牧地

セリに上場しない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の大きな放牧地に集団で放牧します。一方、セリに上場する馬は、牝馬に関しては放牧時間が短縮(24時間から12時間)されるだけで、同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。牡馬に関しては、ケンカして咬みつくなどして外傷を負う恐れがあるため、1頭ずつ小パドックに放牧します。放牧地の広さを決める際の目安に“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の広さが必要という意味です。

 

飼料

 セリに上場する馬は、BCSの調整のため馬房内で個別に濃厚飼料が与えられます。私が研修したダービーダンファームでは、大粒のペレットが1日2回与えられていました。1回の量は太っている馬で1.5kg、痩せている馬で2.0kgでした。ダービーダンファームは“Honesty(正直、誠実)”をスローガンにしており、BCSが5.0前後の自然な馬体を目指していました。

 

ウォーキングマシンの使い方

セリに上場する1歳馬の管理は、ウォーキングマシンを使った運動および馬体洗浄をする日と、後述するグルーミングをする日に一日おきに分かれています。

ウォーキングマシンによる運動は、常歩のストライドを伸ばしてセリの下見時に活発な印象を与えることを目的として行われています。具体的には、常歩ではついて行けず半分程度は速歩になってしまう速度でウォーキングマシンを回して、徐々に馬が体の使い方を覚えて大きく常歩で歩けるようになったらさらに速度を上げる方法を繰り返します。理想を言えば人が引いて馬の常歩の速度をコントロールするのがベストでしょうが、少ない人手で活発に歩ける馬を作るのには有効な方法だと感じました。

 

グルーミング(手入れ)

ウォーキングマシンによる運動が行われない日は、念入りなグルーミング(手入れ)が行われます。中でも最も熱心に行われていたのが、ゴムブラシで全身を強く擦ることで、古い体毛をできるだけ抜き、皮膚の血行を促します。最初の1週間は変化に気づかないレベルでしたが、2~3週間続けていると明らかに新陳代謝が良くなり、自然な艶が出てきます。そのほか、セリの直前にはトリミングを行い、たてがみをきれいに整え、耳毛や距毛を短くカットします。

 

 

 

JRA日高育成牧場業務課診療防疫係長 遠藤祥郎

馬の歯牙疾患に関する講習会について

はじめに

2017年12月、日本軽種馬協会軽種馬生産技術総合研修センターにおいて、American School of Equine DentistryのDr. Raymond Q. Hydeを講師に招き、馬の歯牙疾患に関する講習会が開催されました。今回はその内容の一部をご紹介します。

 

歯周病について

歯周病はウマの歯を失う原因の第1位です。歯周病は歯垢・食渣が蓄積することで、その部分に細菌感染が起こり、歯肉炎や歯周組織へのダメージがある状態です。歯周病のグレードは以下に記述する通り、0~4までの5段階に分類することができます。

ステージ0は健康な状態であり、ステージ1は歯肉炎が起こっている状態です。ステージ2では歯肉の炎症が拡大して歯周靭帯の25%までが消失し、歯が1~3mm程度動揺してしまう状態です。ステージ3になると25~50%の歯周靭帯が消失し、歯の動揺が3mm以上になり、歯周ポケットの形成などが認められます。さらにステージ4では、歯周靭帯の50%以上が消失し、歯周ポケットの拡大と歯根膜の破壊や膿瘍形成が起こっている状態です(写真1・2)。Hyde講師によると、歯の動揺が3mm以上である場合、治療を行っても完全に回復することは期待できないため、抜歯を実施するとのことでした(写真3)。

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写真1 歯周病のステージ分類

赤い点線が歯周靭帯、黄色が歯周ポケットや膿瘍を示している

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写真2 歯周病のステージと歯の動揺の関係

3mm以上の動揺があると、抜歯すべき状態である

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写真3 重度の歯肉炎・歯周病発症馬

ステージ4で、抜歯が必要な状態

 

診察するポイント

まずは口や鼻からの臭いはないか、噛んでいた餌を落とすか等の症状をチェックします。馬の様子や口腔内の状態は、目と指でしっかり確認することが大事です。歯間への食渣は歯周病のサインなので決して見逃さず、周囲の歯が動揺しないかも手で確認します。また、診断にはレントゲン検査も有用であり、気付かなかった歯周の隙間などを見つけることができます。さらに口腔内の見えにくい部分には、内視鏡などを使用して隅々まで観察します。

 

歯周病の治療

 咬合不整(噛み合わせが悪い)の馬は、咀嚼不足や歯周の隙間を作りやすいため、歯周病の原因となる歯垢・食渣が蓄積しやすい状態にあります。歯周病の発症や進行を防ぐため、フローティング(整歯処置)を実施します。また、歯周病と副鼻腔炎は関連があると言われています。上顎臼歯が歯周病により蓄膿している場合、その炎症が上顎洞に波及し歯源性上顎洞炎になることがあります。副鼻腔炎が疑われる場合には、上顎臼歯の歯根部のレントゲン写真も確認することが大事です。

前述の通り、歯周病の多くは歯周に蓄積した食渣などに細菌感染が起こるのが原因です。その細菌感染にはトレポネーマなど主にグラム陰性菌や嫌気性細菌が原因となるため、治療薬としてはメトロニダゾールが有効です。それ以外の抗生剤については、ST合剤(スルファメトキサゾール/トリメトプリム)、テトラサイクリン系(ドキシサイクリンなど)、セファロスポリン、ペニシリン系(アモキシリンなど)を使用します。さらに、歯肉炎のコントロールには希釈した消毒薬のクロルヘキシジンによる歯磨きや口腔内洗浄が非常に有効です。時には飼料や飲み水への添加も実施します。

 ステージ3以上の歯周病の治療では、抜歯を実施します。ほとんどの場合は抜歯後の歯肉は肉芽組織で塞がります。しかし長期間穴が開いている状態の場合には、あえて傷つけることで炎症を起こし肉芽増生を促します。また、食渣が蓄積しないよう、充填剤を使用し隙間を埋めることも合わせて行います。(写真4)

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写真4 抜歯後の充填剤(矢印)

 

おわりに

 馬の歯牙疾患についての本講習会では、非常に多くの獣医師が集まりました(写真5)。これは歯牙疾患や処置について、非常に関心が高いことを表しています。歯の健康は馬体の健康につながるので、日常の管理から飼養者や獣医師が歯の状態を把握し、適切な処置を行っていくことが重要だと、改めて考えるきっかけになりました。

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写真5 内視鏡を用いたフローティング(整歯処置)の解説風景

日高育成牧場業務課(現・馬事部生産育成対策室) 水上寛健