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2021年1月25日 (月)

サラブレッド市場におけるレポジトリー

はじめに

サラブレッドの生産において、セリは重要なイベントです。生産者(販売者)は、交配から分娩・初期・中期育成と約2年半もの歳月を掛けて育ててきた馬を売却し、ようやく利益を得ることができるのです。一方、購買者にとっても、セリは良質な馬を納得できる価格で手に入れることができる貴重な機会となります。しかし、過去には落札後に何らかの欠陥に気づき、購買者が販売者に不服を唱えることもありました。落札馬をキャンセルしたりされたりすることは、販売者にとっても購買者にとっても、さらには市場の主催者にとっても不利益になることばかりです。

一方で欧米のサラブレッド市場では、以前から上場馬を事前に確認する獣医検査が頻繁に行われていました。この情報をより多くの人が共有できる方法としてレポジトリーが考案され発展してきたのです。今回は、このレポジトリーについて触れてみたいと思います。

 

レポジトリーとは

レポジトリーとは、本来、英語で「収納場所」や「倉庫」という意味の言葉になります。サラブレッド市場におけるレポジトリーは、セリの主催者が開設した市場内の情報開示室やインターネット上のオンラインレポジトリーにおいて、上場馬の四肢X線検査画像と上気道内視鏡検査動画を購買者に向けて販売申込者が任意で公開するシステムのことです。

北海道市場の業務規定では、落札馬に①関節部の骨片、②関節面の軟骨下骨嚢胞、③喉頭片麻痺、④頸椎狭窄による腰痿がある場合、当該市場終了の翌日より3日以内に「売買契約の解除」を申し出ることができることになっています。但し、すでにレポジトリー資料にこれらの所見が認められている場合には、「売買契約の解除」の届け出をすることができない仕組みとなっています。

そのためレポジトリーは、販売申込者の瑕疵担保責任(外部から容易に発見できない欠陥に対して責任を負うこと)を免れることができる資料になるとともに、購買者の重要な購買判断材料の一つとなっているのです。

 

四肢X線検査画像

現在、国内のサラブレッド1歳市場におけるレポジトリーの四肢X線検査画像の提出部位は、球節、手根関節、飛節と後膝で、合計22~36枚となっています(後膝はセレクトセールでは屈曲位が無いため1枚少ない)(図1)。

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育成期の若馬の関節部には、様々な成長期に特有な疾患(発育期整形外科的疾患:DOD)の発生が見られます。その病態は、骨の成長点である骨端版や関節面で骨組織を造成している軟骨組織にダメージが加わることで生じる骨軟骨病変です。主な病変には、離断性骨軟骨症や軟骨下骨嚢胞などで(図2)、関節内の力の加わる部位に認められる疾患です。殆どの所見は、競走期に影響を及ぼすことが無いことが分かっていますが、その程度によっては跛行を発症する可能性もある疾患となります。

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上気道内視鏡動画

馬は鼻からしか呼吸ができない動物です。空気の通り道である鼻道や上気道部の異常は肺におけるガス交換を阻害するため、運動能力に直結する問題となる注意が必要な所見です。レポジトリーに提出される上気道内視鏡動画は、馬を静止した状態で検査する「静時内視鏡検査」になります。そこで見られる所見の中で、最も注目されるのは披裂軟骨の動きになります。披裂軟骨は走行時には、空気を取り込むために全開の状態になります。この動きが弱い場合、走行時に空気の流れを阻害してヒューヒューと音の鳴る「喘鳴症」を発症することになります。披裂軟骨は主に左側の動きが悪くなることが多く(図3)、喉頭片麻痺グレードとして1から4まで細分化されています(表1)。臨床的に問題になることが多いのは、グレード3以上であることが知られています。

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最後に

レポジトリーは、上場馬の四肢関節および咽頭部の状態を予め公開することで購買判断材料となるとともに、上場馬の品質保障やセリの公正確保に貢献しています。近年のセリの売り上げ上昇にも、レポジトリーの普及がその一端を担っていると思われます。

レポジトリーで認められる所見に関しては、様々な知見や情報がありますが、生産育成研究室では、「軽種馬におけるレポジトリーのためのX線ガイド」(軽種馬防疫推進協議会:http://keibokyo.com/learning/rally/)や「若馬における咽喉頭部内視鏡検査所見について」(北海道獣医師会雑誌:http://www.hokkaido-juishikai.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/1309-01.pdf)などに、レポジトリーで見られる所見について情報を公開してきました。参考にしていただけると幸いです。

また、実際に生産馬や購買希望馬の所見に関しては、十分な知識を持った信頼のおける獣医師に相談することも重要です。しかしながら、獣医師はリスクの提示を行うことはできても、はっきりと断定することはできないものがレポジトリーで認められる所見にまだ多いのも現状です。生産育成研究室では、レポジトリーで見られる所見について調査を行い、その診断や予後、発症予防方法などについて報告していきたいと思っています。

日高育成牧場生産育成研究室 室長 佐藤文夫

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