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2021年8月30日 (月)

繁殖関連の最新研究(AAEP2020)の紹介

 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)は世界中に9000人の会員を抱える団体で、毎年年末に大規模な学会を開催しています。昨年はCOVID-19のためオンラインでの開催となりましたが、現地開催と変わらず多くの臨床研究が発表されました。本稿では「最前線の研究紹介」ということで、身近な繁殖疾患に関する3演題を紹介いたします。普段の業務に直結する情報ではありませんが、世界の馬繁殖研究の一端を知っていただければ幸いです。

顆粒膜細胞腫の術後成績

 ケンタッキーで有名な馬病院ルードアンドリドルのスペイセック氏は「顆粒膜細胞腫72症例の術後成績」を発表しました。これほどの術後成績をまとめた報告は世界で初めてです。顆粒膜細胞腫はウマで最も一般的な卵巣腫瘍であり、ホルモン分泌異常により不妊となるため、治療のためには罹患卵巣を手術により摘出しなくてはなりません。症例の平均年齢は9歳、術後最初の排卵は174.5日後、最初の妊娠診断は302日後、分娩は739日後でした(図)。一般に、顆粒膜細胞腫は卵巣静止(無発情)となりますが、興味深いことに半数は正常な発情周期を保っている状態でした。また、過去の報告では術後6か月までに半数が発情回帰し、さらにその半分程度が妊娠に至っています。

PBIEに対するPRP療法

 イリノイ大学の研究チームは持続性交配誘発性子宮内膜炎PBIEに対するPRP (Platelet Rich Plasma、多血小板血漿)の有効性を報告しました。子宮内に射精された精液が子宮内膜炎を誘発することを交配誘発性子宮内膜炎といい、これ自体は正常な生理反応ですが、これが持続すると受胎率を低下させてしまう要因となります。PRPとは血液を遠心分離することで得られる血小板成分が濃縮された血漿で、さまざまな成長因子やサイトカイン、殺菌および抗炎症因子が含まれていることから治癒促進や疼痛軽減などを目的にヒト医療でもよく用いられています。PBIEに罹患しやすい牝馬に対してPRP(40ml)を子宮内投与したところ、子宮内貯留液の量、炎症(細胞診における白血球数)、細菌数、受胎率で対照群に比べて良い成績でした。PRP療法が繁殖領域においても有用であることを示す大変興味深いデータです。ただし、この実験プロトコールは交配の48,24時間前および6,24時間後の合計4回も投与しているため臨床現場で4回も行えるのか、PRPの精製にかかる手間と時間に見合う価値があるのか、一般的な子宮洗浄や薬液注入と比較してPRPがどれほど有効なのかといった点についてはさらなる検証が必要と思われます。

感染性胎盤炎の診断マーカー

 ケンタッキー大学のフェドルカ氏は感染性胎盤炎における診断マーカーとして炎症性サイトカインのインターロイキン(IL-6)が有用であることを発表しました。ケンタッキー大学は胎盤炎について精力的に研究しているグループです。この研究では実験感染させた妊娠馬において、羊水、尿水、母体血液中のIL-6濃度が対照群に比べて有意に高い値を示しました。IL-6はヒトの羊膜感染の診断マーカーとして用いられていますが、ヒトとは胎盤構造の異なるウマにおいても母体血中のIL-6測定が有用であるとは興味深いデータです。現在、ウマの妊娠異常を診断するツールとしてホルモン検査がありますが、これは胎子胎盤の異常を検出する指標であるのに対して、IL-6は感染に特異的である可能性が考えられ、子宮内というアプローチが難しい胎子に対する診断の一助となるかもしれません。

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図 罹患馬の情報および術後の経過

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

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