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2022年9月

2022年9月30日 (金)

牧草分析について

自家牧草の成分分析

 暑さが和らぎ、「天高く馬肥ゆる秋」の季節がやってきました。夏から秋に収穫した乾草は放牧地が雪に覆われる厳冬期に給与する大切な粗飼料となるため、良質な乾草の収穫が望まれます。乾草の見た目によってその質をある程度は判断できますが、正確な評価をするためには牧草分析を行うことが推奨されます。

 表1はアメリカ産輸入乾草および日胆産乾草の主な栄養価を示しています。これらの値が乾草の質を判断するひとつの目安になります。今回は日高育成牧場のデータを参考に、成分分析値の読み方をご紹介いたします。

 2018~2020年に日高育成牧場で収穫した乾草(33サンプル)のタンパク質含有率の平均値は11.9(±3.3)%であり、一般的な目標値である9.0%を超えていました。表1に示したように日胆産乾草のタンパク質含有率は9.6%であることから、この地域における平均以上の質の乾草であり、同じくアメリカ産チモシー乾草は1番草が10.3%、2番草が12.8%であることから、輸入乾草と比較しても同程度の質の乾草を収穫できているといえます。

Photo_12表1

繊維(NDFADF)の評価

 草食動物である馬にとって繊維は非常に重要です。これまでの評価では粗繊維含有率として繊維全体の値が使われてきましたが、近年ではNDFやADF含有率が用いられています。NDFは中性デタージェント繊維の略で、細胞壁を構成する物質のうち、ヘミセルロース、セルロース、リグニンが含まれます。ADFは酸性デタージェント繊維の略で、NDFからヘミセルロースの値を引いたものです(図1)。リグニンは不消化成分ですが、ヘミセルロースは50%程度、セルロースは40%程度が馬の大腸の微生物によって分解後、消化吸収されてエネルギーとして使用されます。

Photo_7 図1

 一般的にNDF含有率は40~50%で良質とされ、65%以上となると嗜好性や採食量が低下するといわれています。ADF含有率は30~35%であれば良質と判断され、消化や栄養素利用率が良好とされています。ADF含有率が45%以上となると、総合的に栄養価が低いといわれますが、このような値になる乾草はほとんどありません。このように、NDFやADF含有率は乾草の品質評価に使用できます。

 図2は2018~2022年に日高育成牧場で収穫した乾草のNDFおよびADF含有率を散布図で示したものです。良質とされるNDF含有率:40~50%、ADF含有率:30~35%の基準を両方とも満たした乾草はありませんでしたが、ADF含有率が30~35%となる乾草は10サンプル(全体の30.1%)あり、日高育成牧場で収穫した乾草の中ではこれらのものが良質であると考えられました。

 

Photo_9 図2

 NDF含有率に注目すると、65%以上となる乾草は16サンプル(全体の48.5%)ありました。一般的にNDFやADF含有率が高くなる原因は、収穫時期が遅れた結果と考えられます。表2は2020年に収穫された乾草のNDFおよびADF含有率と収穫日の関係を示しています。この結果から天候などの理由により収穫が遅れた乾草のNDFおよびADF含有率が高くなっていることがお分かりいただけると思います。一方、2番草であっても適切な時期に収穫を行えば、ある程度の質の乾草が得られることも分かります。

1番草と2番草

 一般的に1番草は2番草よりも栄養価が高いとされており、1番草の方が高値で販売されています。そのため、生産者のみなさんの間でも1番草を選択される方が多いかと思います。しかしながら、近年、乗馬の世界では葉が多く柔らかい2番草の方が好まれる傾向があります。昨年開催された東京五輪の馬術競技においても、乾草3種(チモシー1番草・2番草、ルーサン)の中でチモシー2番草の受注が最も多く、1番草の2倍の受注量だったそうです。

 実際、1番草と2番草でどのような違いがあるのか、2020年に日高育成牧場内4箇所の採草地で収穫した乾草の成分比較を実施しました(表3)。その結果、2番草はタンパク質含有率が高く、先述したNDFおよびADF含有率が低い結果となり、2番草の方が良質な乾草といえることが明らかとなりました。なお、このときの1番草は天候などの理由から収穫が遅れ、出穂後に収穫したことが質の低下の要因のひとつと考えられたことから、これまで多くの文献でも指摘されてきたとおり、できる限り出穂前に収穫することが重要だと考えられます。

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終わりに

 適切な飼養管理を行うためには、今回ご紹介したように牧草分析を行って、科学的に乾草の質を評価することが推奨されます。その結果を元にして、より良い牧草を収穫するための対策を考える必要があります。例えば、採草地に明らかに雑草が増え、牧草分析の結果からも質が低下していることが示唆される場合には、草地更新を検討する必要があるかもしれません。また、牧草分析と一緒に土壌分析も行い、土壌の状態を正確に把握して適切な施肥管理を行うことが牧草の質の改善にも繋がります。牧草分析の結果を活用し、適切な飼養管理に繋げていただければ幸いです。

参考資料(QRコード参照)

サラブレッドのための草地管理ガイドブック(公益社団法人 日本軽種馬協会)

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愛馬のカイバあれこれ(JRAファシリティーズ株式会社)※一部を下記サイトで確認できます

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JRA日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

JRAホームブレッドのまとめ

 JRAは2009年よりJRAホームブレッドとして自家生産馬を生産してまいりました。2022年までに通算で100頭を超えるサラブレッドを生産してきましたので、今回は生産を通じて得られた各種知見について、ご紹介していきたいと思います。

JRAホームブレッドの受胎率

 2022年現在までに100頭以上のJRAホームブレッドが生産されてきました。それらの受胎に関する詳細をまとめたのが表1となります。これまでに交配牝馬頭数は143頭にのぼり、それらの馬に対して198回の交配が行われました。受胎頭数は125頭であり、分娩頭数は108頭となっています。これらの数値を用いて受胎率や分娩率を算出しますが、受胎頭数を交配回数で割ったものが1交配当たりの受胎率、受胎頭数を交配牝馬頭数で割ったものを交配牝馬頭数当たり、つまり繁殖シーズン当たりの受胎率と呼んでいます。1交配当たりの受胎率は、交配適期を逃さずに交配できたことを示していると考えられ、適切な交配判断の指標になると思われます。また、繁殖シーズン当たりの受胎率については、繁殖シーズンを通して繁殖牝馬を受胎させる状態で管理できたことを示しており、適切な飼養管理ができていたかを示す指標になると思います。JRAホームブレッドの1交配当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ63.1%と54.5%でした。一方、繁殖シーズン当たりの受胎率と分娩率は、それぞれ87.4%と75.5%という結果になっています。1997年から2017年までの日本で生産されたサラブレッドの分娩率についての報告によると、1交配当たりの分娩率は40~43%、繁殖シーズン当たりの分娩率は70~75%という結果が報告されています(Fawcett, 2021)。この結果と比較すると、JRAホームブレッドの分娩率は日本の平均と同等かそれ以上ということができると思われます。特に、1交配当たりの分娩率が平均を上回っていた点については、繁殖牝馬の年齢が若いことに加え、適切に交配判断ができていることが要因と考えられます。

表1 JRAホームブレッドの受胎率と分娩率

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受胎から出産まで

 先ほどの表1で示したように、受胎した馬がすべて無事に生まれてくるわけではありません。表2は、受胎してから出産までに胎子が失われた内訳を示しています。受胎馬は122頭であり、その中で、早期胚死滅や流産、死産が発生して出産まで至らなかった割合は11.5%でした。この胎子喪失率については、13.8%【イギリス】(Rose, 2018)、14.7%【日高地方】(Miyakoshi, 2012)などの報告があることから、JRAホームブレッドの胎子喪失率は平均より低く、その要因は繁殖牝馬の年齢構成と適切な飼養管理の結果と思われます。胎子損失の原因の中で、その半数が胎齢約40日以内の喪失として定義される早期胚死滅が占めていました。胎子の喪失の中で、胎齢39日までの発生が55%、胎齢49日までの発生が75%を占めるという報告もあります(Bain, 1969)。これらの事実からも、早期胚死滅を防ぐ管理を行っていくことが、胎子損失率を低下させるためには非常に重要であることが示唆されます。早期胚死滅の発生率は加齢と共に上昇することが知られています(Miyakoshi, 2012)。このことから、繁殖成績(産駒の競走成績)の芳しくない高齢の繁殖牝馬は、更新することを検討すべきかもしれません。

表2 胎子喪失の内訳

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子馬の出生時体重

 多くの生産者の方にとって、子馬の出生時体重は気になる要素であると思います。出生時体重が小さいと成長に不安が残りますし、逆に大きな産駒であっても難産の発生要因となる可能性があります。JRAホームブレッドの出生時平均体重は53.3±6.5kgであり、最大値は66kg、最小値は29kgでした。最小体重で生まれた子馬は、母馬が慢性的な蹄葉炎を患っていたために虚弱状態で生まれました。乳母により育てられることになりましたが、最終的には競走馬になっています。

 一般的に、初産の繁殖牝馬から生まれた子馬は小さいことが知られています。繁殖牝馬の産歴と子馬の出生時体重の関係を示したものが、表3となります。初産の平均出生時体重は45.8±5.4kgであり、全体の平均よりも小さい値になっていることに加え、2産目以降の平均出生時体重との比較でも有意に小さい値となっていました。このように初産の子馬が小さくなる要因としては、出産を経験していない繁殖牝馬では子宮が小さく、胎子が子宮内で発育するための領域が十分ではないためだと考えられています。一方で、競走馬となった時の体重は両親の体格といった遺伝的要因の影響も大きく受けますので、初産で小さく生まれた子馬に対しても増体を目的とした極端な管理は行わずに、適切な飼養管理を心掛けることが重要であると思われます。

表3 繁殖牝馬の産歴と出生時体重の関係

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ブリーズアップセール上場率

 表4は、2022年のブリーズアップセール(以下BUセール)で売却された世代までの受胎からBUセール上場までの内訳を示しています。これまで12世代で101頭の受胎馬がいましたが、BUセールに上場できたのは70頭であり、約30%がBUセールに上場できなかったことになります。欠場の理由は様々ですが、育成期に発症が多い深管骨瘤に代表される運動器疾患が大多数を占めています。

 BUセール欠場馬19頭のうち、北海道トレーニングセールにおいて6頭を売却しています。JRA育成馬という特性上、それ以降に売却する手段がないため、それ以外の馬については競走馬となることは叶いませんでした。その結果、JRAホームブレッドの出走割合は約75%にとどまっており、日本における生産馬に対する出走馬の割合の約90%と比較して低値になっています。今後はいかにBUセール上場時に調教を行える状態を維持できるかについて、さらなる調査・研究が望まれます。

表4 受胎からBUセール上場までの内訳

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終わりに

 JRAホームブレッドは、生産育成研究の対象として活用され、乳汁pHを用いた分娩予知法の開発や厳冬期の昼夜放牧管理方法の検討などに役立ってきました。今後も、生産地のみなさまに還元できるような知見を得るために、生産育成業務に励んでいきたいと思います。

日高育成牧場専門役(生産担当) 岩本洋平

1歳セリのレポジトリー検査について(内視鏡検査)

 前号では「レポジトリー検査」におけるX線検査画像についてご紹介しましたが、今号では喉(ノド)の状態の確認手段にあたる内視鏡検査についてご紹介いたします。レポジトリーにおける内視鏡動画は、個体照合のために検査馬の顔を映した後に鼻道内をすすみ、篩骨迷路と呼ばれるトンネル様の構造物の下方を通った後に咽喉頭部の所見を撮影するというのが一般的です。咽喉頭部に到達するまでの鼻腔内の粘膜は繊細で出血しやすく、安全な検査を実施するためには馬の保定が不可欠です。通常、鼻捻子を使用して検査を実施しますが、中には鼻捻子の使用を嫌って暴れてしまう馬もいます。このような場合でも、タテガミを捻じったり、肩をとったり、リップチェーンの様な馬具を使用することによって検査を許容することもあるため、個体に応じた保定法での検査が推奨されます。

 どうしても検査を許容しない馬に対しては、人馬の安全のために鎮静剤を投与して検査を実施することもありますが、鎮静剤の使用によって喉の披裂軟骨の動きが悪化する馬が散見されることがJRA育成馬を用いた過去の研究により報告されています(図1)。このように鎮静下では内視鏡動画所見を正確に判断できない可能性があり、購買に至る判断を迷わせる原因になりかねません。鎮静剤の使用がやむを得ない場合もあるかと思いますが、レポジトリー所見に誤解を生じさせないためにも、事前に鼻捻子の馴致を実施しておくことが有用かと思われます。

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図1:鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像(左図:鎮静前、右図:鎮静後)

鎮静処置により喉頭片麻痺グレードがⅡaからⅢaへと変化した症例。左側の披裂軟骨(向かって右側)の開きが悪化している。

 咽喉頭部の内視鏡動画を評価するにあたり、咽喉頭部の部位の名称やグレード評価、病名がとびかいますが、英語表記で略される場合もあり、少し分かりにくいという印象はありませんでしょうか?部位の名称およびレポジトリー検査時に注目すべき疾病に関して、簡単ではありますがご紹介させていただきます。咽喉頭部の部位を図で簡略表記したものが図2になります。

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図2:咽喉頭部(正面)の部位名称

・喉頭片麻痺(LH:Laryngeal Hemiplegia):「のどなり」、「喘鳴症」ともいわれ、運動時のヒューヒュー音を特徴とします。検査所見の評価ポイントは披裂軟骨と声帯ヒダの動きです。馬が息を吸い込む際、通常であれば披裂軟骨は左右外側に大きく開き、空気を取り込みやすくします。披裂軟骨が左右同調し、対称性を保って動くか、完全な外転を維持できるかを基準に片麻痺のグレードを評価します。水を噴霧するなどの嚥下を誘発する刺激後すぐに最大外転を認めるため、動画内の刺激直後の披裂軟骨の動きに注目する必要があります。安静時の内視鏡検査で披裂軟骨の最大外転が不可能、あるいは最大外転の維持が困難である場合は、より吸気圧の高まる運動時に披裂軟骨が内側に倒れ込み、気道を狭くする可能性が高まります。左側での発症がほとんどで反回神経障害(RLN:Recurrent laryngeal neuropathy)に起因するとされますが、近年RLN以外が原因で起こる咽頭の虚脱も認識されてきています(図3)。これらは軟骨疾患や形成異常に起因しており、RLNとの鑑別には超音波検査での喉頭構成軟骨・筋肉の評価や運動時内視鏡検査による咽喉頭部の虚脱部位の詳細な評価が必要になります。喉頭片麻痺に対する外科的治療として、披裂軟骨を外転させた状態で固定する喉頭形成術(Tie-back)が行われますが、RLNではない片麻痺に対するTie-backは望んだ効果が得られない可能性があります。まれなケースではありますが、治療選択前に可能な限りの原因究明が求められます。

Photo 図3:左喉頭片麻痺(左図:安静時内視鏡像、右図:喉頭部エコー検査像)披裂軟骨はわずかに動く程度で完全外転は不可。本症例はエコー検査で披裂軟骨の形成異常を認めた。

・軟口蓋背方変位(DDSP:Dorsal Displacement of the Soft Plate):呼吸時の喉頭蓋は通常、軟口蓋の背側に位置しています。食べ物を飲み込む際など嚥下のタイミングにおいて喉頭蓋は気管の蓋の役割を担い、軟口蓋は鼻腔側の蓋の役割を担います。嚥下後に元の状態に戻るタイミングが少しでもずれると、喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んだDDSPの状態になります(図4)。なお、保定を行う際に鼻捻子を使用すると、若馬は頭の位置が高くなりがちになるため、一過性のDDSPを引き起こし易くなります。DDSP発症後、直ちに正常な状態に復するか否かがグレードの評価基準となります。また、若馬の喉頭蓋は成馬と比較して構造が虚弱であり、薄い、小さい、張りがないなどの所見を認めることがありますが、この様な喉頭蓋の形態異常(AE:Abnormalities of Epiglottis)を伴うとDDSPが発症しやすくなります。馬体の成長とともに喉頭蓋の形態も大きく堅固になるため、極端な場合を除きAEは競走能力に影響がないと考えられています。一方で、セール前の安静時内視鏡検査でDDSP所見を認めた馬は初出走までの期間が長くなることもわかっており、容易に発症し正常な状態に復しにくい馬に関しては馬体の成長を待ってからの出走が望まれます。

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図4:軟口蓋背方変位(DDSP):喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んだ状態

・喉頭蓋エントラップメント(EE:Epiglottic entrapment):喉頭蓋をその基部にある披裂喉頭蓋ヒダが覆う病態です(図5)。安静時内視鏡検査で認める場合がありますが、診断されるときは持続性であることがほとんどです。喉頭蓋の輪郭の先端が十分に描写されない、また覆っているヒダの粘膜が肥厚している状態であれば、喉頭蓋下粘膜もしくは喉頭蓋の変形につながる可能性もあることから、速やかな治療が推奨されます。外科的に喉頭蓋を覆っている披裂喉頭蓋ヒダを専用の器具で縦切開することでEEは治癒します。予後は比較的良好とされていますが、披裂喉頭蓋ヒダおよび喉頭蓋自体の病態に左右されるとの報告もあり、内視鏡での病態の評価に基づいた治療計画が求められます。

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図5:喉頭蓋エントラップメント(EE):披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋を覆った状態

 咽喉頭部の異常所見はレポジトリーに向けた安静時の内視鏡検査で初めて発覚することも多いかと思います。成長著しい若馬の咽喉頭部の形態や機能は発達途中で、一部の異常所見は一過性のものであったり、成長とともに良化します。レントゲン検査同様に、レポジトリー検査の機会を愛馬の現状把握に役立てていただければ幸いです。

JRA日高育成牧場 業務課 瀬川晶子

1歳セリのレポジトリー検査について(X線検査)

 1歳馬のセリシーズンを迎えるにあたり、「レポジトリー検査」に関して2号にわたりご紹介させていただきます。すでに広く浸透しておりますが、レポジトリーとは、馬のセリにおける上場馬の医療情報開示のことを示します。レポジトリーの活用により、外見上では判断できない情報、例えば骨・関節の状態をX線検査画像として、喉の状態を内視鏡動画として、それぞれ確認することが可能になります。

 今回は骨・関節の状態確認の手段にあたるX線検査についてご紹介いたします。X線検査は何気なく行っているような印象をもたれがちですが、質の高い画像を撮影するためには注意しなければならないポイントがございます。

ポイント1:撮影の角度(照射角度)

 レポジトリー画像撮影時に何度も撮り直す。そんな場面に遭遇したことはありませんか?剥離骨片を評価することの多い球節、軟骨疾患である離断性骨軟骨症(OCD)を評価することの多い飛節など、所見を正しく評価するためには関節面を重なりなく描出することが求められます(図1)。撮影器機の角度調整はもちろんですが、馬の駐立姿勢の微調整は質の高い画像撮影に不可欠です。馬の保定にご協力いただく際は、検査する肢がなるべく地面に対して垂直になるよう、また馬体が動かないように負重を促すなどサポートしていただけるとより円滑な撮影が可能になります。

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図1:関節面が重なっていない像(左)と重なっている像(右)(球節)

ポイント2:画像のブレ

 皆さんがX線検査を受ける身近な機会は、健康診断、はたまた歯科検診などでしょうか?「動かないでくださいね。」とはよく耳にするフレーズかと思います。X線画像検査において、馬のわずかな動きは検査画像の質を損なう原因となります。画像がブレてしまうと、軟骨疾患である骨嚢胞など白黒の階調の違いで評価する所見は途端に判別困難となります。後膝関節の屈曲外―内側像などは股の間にカセッテを差し込み、かつ検査肢を持ち上げて保定し、撮影を実施します。これらの部位は特に馬・カセット保持者・検査肢保定者の動きとブレやすくなる要素の多い撮影箇所であることから、息を合わせた撮影が求められます。馬の反応に合わせて、鎮静剤による化学的保定、鼻捻子による物理的保定を併用することで、人馬とも安全にかつブレの少ない撮影が可能となる場合があります。また、馬の呼吸のタイミングもわずかなブレにつながることもあり、撮影者はよくよく人馬の動きを観察して撮影を実施しています。

 X線検査画像の撮り直しはわずらわしいかと思いますが、検査所見を正しく評価するためには、質の高い検査画像が必要となります。購買者が正しく評価できるX線検査画像の提出のため、上記のポイントも念頭にご協力いただければ幸いです。

 レポジトリーに提出されるX線検査画像はどのように評価されているかご存じでしょうか?過去に実施した調査から、撮影部位によって好発しやすい所見が明らかにされており、その知見をもとに評価されています。画像を見る際は、好発部位の理解はもちろんですが、骨の輪郭をひとつずつなぞって確認することをおすすめします。剥離骨片などは比較的わかりやすく、関節面や骨の辺縁などに欠片のように描出されます(図2)。似たような所見として描出されるのが、骨の成熟する過程で生じる離断した骨軟骨片です(図3)。飛節、膝関節などの骨の辺縁、端を観察してみると所見が認められることがあります。これらの所見を保有していても症状を示さず、問題なく調教を進めることができる馬が多くいます。一方で、骨片・軟骨片保有部位の関節液が増加する、熱感を帯びるといった関節炎症状を示す場合には、跛行の原因となることもあります。レポジトリーでこれらの所見を認めた際は、実際の馬を見て、関節の腫れ・熱感や跛行などの症状の有無を確認するべきと思われます。欠片ではなく、X線透過領域(黒い色調)として描出されるのが、軟骨部の障害に起因する骨嚢胞です。辺縁でドーム状に認められるもの(図4)、関節面付近で丸く黒く抜けたように見えるもの(図5)があります。大腿骨内側顆は骨嚢胞の好発部位であり、嚢胞の大きさや位置により調教を進めていく過程での跛行のリスクが異なります。触診しづらい箇所でもあり、調教が始まるまでほとんど跛行しないため、レポジトリーでの検査所見の評価をあらかじめ実施しておくことで、歩様に違和感が生じた際の早期対応につながるかと思います。

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図2:第1指骨近位の剥離骨片(辺縁は丸く陳旧性と思われる)

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図3:大腿骨外側滑車稜の離断性骨軟骨片

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図4:大腿骨内側顆に認められたドーム状の骨嚢胞(黒い窪みとして描出)

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図5:球関節面に認められた球状の骨嚢胞

 レポジトリーに提出されるX線検査画像は、骨・関節の状態を確認することができる有用な情報です。撮影された画像に何かしらの所見を認めることも少なくありませんが、これらの所見は必ずしも将来の跛行につながるわけではなく、臨床所見を伴うものでなければ競走能力に大きく影響を及ぼすものではないと考えております。また、万が一症状を認めた場合でも、早期発見・早期治療で改善を見込める所見もありますので、常に馬の状態を観察することが重要です。最後になりますが、愛馬の状態を確認するひとつのツールとして、レポジトリーのX線検査の機会を有効に活用していただければと思います。

日高育成牧場 業務課 瀬川晶子

JRAブリーズアップセールを振り返って

 本年のJRAブリーズアップセール(以下、BUセール)は、他のセリ市場や競馬開催と同じく各種の新型コロナウイルス感染症(コロナ)予防対策を実施しながらの運営となりましたが、購買者をはじめ関係者のご理解とご協力のお陰で無事に終了することができました。各セリ市場においては、2年前より続くコロナの影響でオンラインビッドの併用が急速に普及するなどの変化が起きています。BUセールにおけるオンラインビッドの導入も昨年から開始しているところですが、本年も2割程度の取引を占めており、購買者のオンラインビッドへの慣れも感じられました(図1)。

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(図1:過去2年のBUセールにおけるビッド方式比率の推移)

 今回はBUセールの運営や本年度の育成馬調教方法の考察について、少しご紹介いたします。

新規馬主限定セッション

 「新規馬主限定セッション(中央馬主資格を取得してから3年以内の方のみが参加できるセリ)」は、セリ参加経験が浅い新規馬主の皆さまが安心して購買いただくことを目的として10年前の2012年に開始されました。本年は、新規馬主限定セッションに8頭の上場馬を予定していましたが、1頭は深管骨瘤による跛行のため欠場、さらにもう1頭も新規セッションから除外することになり、最終的には6頭での開催になりました。除外した1頭については、上場番号決定後に飛節に腫れを認めたため大事をとってスピードを出した騎乗供覧を控えたことによるものでした。このような対応は、さまざまな理由により騎乗供覧時にスピードを控えざるを得ないような、いわゆる「調教進度遅れの馬」を除外することで、新規馬主の皆さまに安心して馬を選んでいただくためのものです。もちろん、新規馬主限定セッションから除外した馬も「将来的に競走馬として問題ない馬」との判断をしたうえで上場順を変えて新規馬主も含めた参加者全員がビッドできる一般セッションに上場して売却に至っています。

 他の新規馬主に対する取り組みとしては「育成馬を知ろう会」を開催して、BUセール前の4月上旬に新規馬主向けの馬の見方に関する勉強会や調教師と懇談する場を提供しています。また、BUセール当日も「セリに役立つ勉強会」を開催して、馬のセリや体のつくりなどを理解していただけるような講義も実施しています。

 これらの取り組みの成果として、昨年までの10年間に新規馬主限定セッションで取引された馬70頭のうち、競走馬としてデビューした馬は69頭(うち地方競馬デビュー2頭)で、中央競馬での勝ち上がり率は31%と比較的高い数字です。なかには、重賞勝ち馬のエイティーンガール(6歳)や先日引退したヨシオ(9歳)などの活躍馬もいます。さらに、新規限定セッションに参加していただいた方には、その後の馬主活動を長く続けておられる方も多く、北海道市場などそのほかのセールにも参加していただいているようです。

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(図2:本年の新規限定セッションの結果)

BUセール欠場馬のその後

 売却率100%が注目されるBUセールではありますが、毎年10頭前後の欠場馬も存在します。欠場は育成担当者として残念な思いもありますが、セリのクオリティを維持するためには仕方がありません。ただ、全ての欠場馬が競走馬として不適なわけではなく、一時的な跛行や疾病によりBUセールに上場することが叶わなかった馬も、競走馬として問題ないと判断した場合は、適切な立ち上げを行いその後のセール等に上場して競走馬になる道を探します。(もちろん、残念ながら競走馬として不適との判断を下す馬も何頭かおります)

 昨年は、オンラインビッドの導入とともに初めて実施したコンソレーションセール(コンソレーションとは慰めや敗者復活の意。以下CSセール)においてオンラインでの売却を行いましたが、本年はBUセールから1か月後に開催された北海道トレーニングセールに上場しました。北海道トレーニングセール終了時点で売却可能な馬がいた場合にはCSセール開催を予定していましたが、北海道トレーニングセールで上場馬全頭が売却できたこともあり、本年のCSセールについては開催することなく育成馬の売却を終えました。

 一方、残念ながら売却することなく欠場となった馬は、十分な休養期間を経て本会の乗用馬や繁殖牝馬、BTC(軽種馬育成調教センター)で実施している騎乗者養成事業用の教育用馬等に転用することになります。なかには再調教後に競技馬として全国レベルの成績を収める馬もいます。競走馬としてデビューできなかった馬たちにも、何らかの形で競馬を支えてもらっています。

本年の育成馬の調教について

 近年は競走馬の早期デビューの流れも活発となっており、皆さまの育成牧場でも様々な取り組みを行っていることと思います。JRA育成馬も早期デビューが可能な馬を目指して調整していますが、なかには晩成な体質の馬もいます。また、どの育成牧場でも課題や目標をもって取り組んでいることと思いますが、JRAの育成牧場でも毎年育成馬の調整方法について振り返りと反省を行い、馴致・調教方法を少しずつ変更しながら取り組んでいます。近年ではトレッドミルによる強調教の効果について検証してきましたが、馬体の成長面に対する影響への懸念もみられたことから、本年はトレッドミルを利用した調教の頻度や強度を減らして調整するなどの変更を試みました。そのほか、馬混みやキックバックに慣らすための隊列を組んだ調教など本会職員の騎乗技術を生かした調教も行いました。馬の個体差も大きいことから、育成期の馬に対する適正な運動負荷の設定や調教方法の評価は難しい面もありますが、これらの取り組みの成果が競走馬としての成績にどのように表れるのか競走成績や調教師への聞き取りを通してこれから検証していければと考えています。

日高育成牧場業務課長  立野大樹

繁殖牝馬の蹄管理の重要性

はじめに

  装蹄や削蹄はなぜ行うのでしょうか?野生の馬は削蹄や装蹄といった蹄管理が行われていません。なぜ大丈夫なのか不思議ですよね!?それは馬が一日中自由に動き回っているため、蹄の伸びる量と摩滅する量のバランスが釣り合っているからです。一方、競走馬や乗用馬など人によって管理されている場合は、自由に動き回ることはできず、さらに人為的に運動を課せられるため、蹄の伸びる量と摩滅する量のバランスが崩れてしまいます。そのため削蹄によってバランスを整えたり、蹄鉄で蹄を保護する必要があります。蹄をケアすることは馬の肢勢や運動パフォーマンス、運動器疾患といった様々なところにも関連してきます。「蹄なくして馬なし」という言葉がありますが、まさに的を射た表現だと思います。

繁殖牝馬の蹄管理がなぜ重要なのか?

  繁殖牝馬は、仔馬や育成馬、競走馬と比べると体重が重いため、蹄にかかる荷重も増加します。また、繁殖牝馬のほとんどが跣蹄(はだし)での放牧管理中心のため、蹄の状態は気候や放牧地の地面の影響を強く受けます。その結果、荷重に耐えられなくなった蹄は徐々に変形していきます。蹄壁が反り返る状態のことを凹弯といいます。(写真1、写真2)