IFHA(国際競馬統括機関連盟)馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード
1.IFHA(国際競馬統括機関連盟)とは
IFHAと聞くと多くの方は、世界の競走馬の格付けである「ロンジンワールドベストレースホースランキング」を発表する団体を想像するものと思われます。2014年のランキングではドバイデューティフリー(G1)を6馬身1/4差で圧勝したジャスタウェイが130ポンドで1位、ジャパンカップ(G1)を4馬身差で圧勝したエピファネイアが129ポイントで2位となっています。
IFHAの起源は、1961年に「競馬の公正確保と生産の質の向上のために競走を行うこと」を目標にアメリカ、イギリス、フランスおよびアイルランドの4カ国が協調したこととされており、1967年に第1回国際競馬会議が9か国14名の代表者によってパリで行われ、同会議は、1993年には50か国から110名の代表者が出席する大きな国際会議となり、この努力を結晶化するため、IFHAが発足しました。現在のIFHA正会員は60カ国にも及んでいます。その後も、毎年10月の凱旋門賞週にはパリで国際競馬会議が開催され、この会議は通称「パリ会議」と呼ばれています(2020年、2021年はコロナウイルス感染症拡大の影響によりオンラインでの実施)。2021年9月にはJRA後藤理事長が副会長に選出され、また、JRAは2021年からIFHAが主催するパリ会議のオフィシャルパートナーを務めています。
写真1.IFHAホームページ(https://www.ifhaonline.org/)
2.IFHAの目的と活動内容
IFHA憲章の中で、IFHAの目的は「グローバルスポーツであるサラブレッド競馬のあらゆる側面を推進し、馬と人間アスリートの福祉を守り、現代、将来世代のために社会的・経済的意義を守り、発展させることを目指す」と記されています。具体的には、「競馬と生産及び賭事に関する国際協約(パリ協約)の制定と改正」、「馬と騎手の福祉と安全に関する方針の策定」、「ブラックタイプ競走の格付けと質的管理」、「ワールドランキング」、「馬の禁止物質や禁止行為に関する対策」、「競馬のグローバルな商業的発展の促進」、「IFHAリファレンスラボラトリーの指定」などが挙げられ、各国の競馬統括機関などが相互に連携を進めています。
3.各諮問委員会
IFHAでは「馬の禁止物質と行為に関する諮問委員会(ACPSP)」、「技術諮問委員会(TAC)」、「馬の福祉委員会(HWC)」、「競馬ルールの国際調和委員会(IHRRC)」、「国際格付番組企画諮問委員会(IRPAC)」、「騎手の健康、安全そして福祉のための国際会議(ICHSWJ)」、「馬の国際間移動に関する委員会(IMHC)」などの委員会が設置されており、国際競馬に関連する様々な課題について、議論や検討が行われています。そこで取りまとめられた事項は最終的に執行協議会に意見具申、提案および助言等が行われます。
写真2.IFHA組織図
4.馬の福祉委員会
これらの諮問委員会のうち生産地と関連するのは「馬の福祉委員会」であり、生産から引退後までにわたる馬の保護、健康、安全、そして福祉に関する指針について執行協議会に助言を行う役割を担っています。この「馬の福祉委員会」は2020年12月に馬の生涯の様々なステージにおける「馬の福祉に関するミニマムスタンダード(IFHA Minimum Horse Welfare Standards)」を発表しています。このガイダンスは、ニュージーランドのマッセイ大学の動物福祉科学・生命倫理センターの財団ディレクターであるデイビッド・メラー名誉教授の援助を受けてニュージーランド・サラブレッド・レーシング(NZTR)が作成した「サラブレッド福祉評価ガイドライン」をもとに作成されています。
5.馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード
この「馬の福祉に関するミニマムスタンダード」は馬全般に関する総論に過ぎないことから、IFHA執行協議会は「馬の福祉委員会」に「馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード」作成のためのワーキンググループを設立することを指示し、現在、議論が重ねられています。私もワーキンググループの一員でありますが、議長は国際血統書委員会(ISBC)副会長のサイモン・クーパー氏が務めており、メンバーにはディープインパクト産駒のスタディオブマンの繋養先であるランウェイズスタッドのオーナーでもありITBF(国際サラブレッド生産者連盟)の会長も務めているカーステン・ロージング氏も含まれています。
このワーキンググループの議論の中で、メンバー全員が口を揃えて、「サラブレッドの繁殖牝馬および子馬は広い放牧地で細心の注意を払って管理されており、人と関わる家畜およびペットの中で最も自然に近い状態で管理されている」という自負を抱いているのが印象的でした。ガイドラインの内容に関しては、日本の生産牧場で行われている管理は概ねこの基準を満たしている状況です。一方、母馬の死や育児放棄等により孤児となった場合に乳母導入する際の議論において、乳母自身の子馬が90日齢に達するまでは、乳母の用途に使用すべきではないとの提案がなされ、サラブレッドの子馬のみならず乳母自身の子馬にまで福祉を考えなければならない時代であることを痛感しています。余談ですが、乳母のレンタル料金はイギリスでは1,000ポンド(約15万円)で、ヨーロッパ各国もほぼ同様の価格でありました。最も安価であったのはニュージーランドの500NZドル(約4万円)で、さらに一部の地域では無償で貸与されていることも紹介され、日本での乳母レンタル料金は各国と比較しても高額であることを実感いたしました。
なお、この「馬の生産の福祉に関するミニマムスタンダード」は本年10月にはIFHA執行協議会に提出される予定です。
写真3.サラブレッド孤児の乳母として導入される直前の乗用馬の母馬と口カゴを装着された子馬(海外研修時に愛国にて撮影):馬の生産の福祉においては乳母自身の子馬の福祉についても議論されています。
日高育成牧場副場長 頃末 憲治
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