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2022年9月30日 (金)

1歳セリのレポジトリー検査について(内視鏡検査)

 前号では「レポジトリー検査」におけるX線検査画像についてご紹介しましたが、今号では喉(ノド)の状態の確認手段にあたる内視鏡検査についてご紹介いたします。レポジトリーにおける内視鏡動画は、個体照合のために検査馬の顔を映した後に鼻道内をすすみ、篩骨迷路と呼ばれるトンネル様の構造物の下方を通った後に咽喉頭部の所見を撮影するというのが一般的です。咽喉頭部に到達するまでの鼻腔内の粘膜は繊細で出血しやすく、安全な検査を実施するためには馬の保定が不可欠です。通常、鼻捻子を使用して検査を実施しますが、中には鼻捻子の使用を嫌って暴れてしまう馬もいます。このような場合でも、タテガミを捻じったり、肩をとったり、リップチェーンの様な馬具を使用することによって検査を許容することもあるため、個体に応じた保定法での検査が推奨されます。

 どうしても検査を許容しない馬に対しては、人馬の安全のために鎮静剤を投与して検査を実施することもありますが、鎮静剤の使用によって喉の披裂軟骨の動きが悪化する馬が散見されることがJRA育成馬を用いた過去の研究により報告されています(図1)。このように鎮静下では内視鏡動画所見を正確に判断できない可能性があり、購買に至る判断を迷わせる原因になりかねません。鎮静剤の使用がやむを得ない場合もあるかと思いますが、レポジトリー所見に誤解を生じさせないためにも、事前に鼻捻子の馴致を実施しておくことが有用かと思われます。

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図1:鎮静処置下の咽喉頭部内視鏡像(左図:鎮静前、右図:鎮静後)

鎮静処置により喉頭片麻痺グレードがⅡaからⅢaへと変化した症例。左側の披裂軟骨(向かって右側)の開きが悪化している。

 咽喉頭部の内視鏡動画を評価するにあたり、咽喉頭部の部位の名称やグレード評価、病名がとびかいますが、英語表記で略される場合もあり、少し分かりにくいという印象はありませんでしょうか?部位の名称およびレポジトリー検査時に注目すべき疾病に関して、簡単ではありますがご紹介させていただきます。咽喉頭部の部位を図で簡略表記したものが図2になります。

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図2:咽喉頭部(正面)の部位名称

・喉頭片麻痺(LH:Laryngeal Hemiplegia):「のどなり」、「喘鳴症」ともいわれ、運動時のヒューヒュー音を特徴とします。検査所見の評価ポイントは披裂軟骨と声帯ヒダの動きです。馬が息を吸い込む際、通常であれば披裂軟骨は左右外側に大きく開き、空気を取り込みやすくします。披裂軟骨が左右同調し、対称性を保って動くか、完全な外転を維持できるかを基準に片麻痺のグレードを評価します。水を噴霧するなどの嚥下を誘発する刺激後すぐに最大外転を認めるため、動画内の刺激直後の披裂軟骨の動きに注目する必要があります。安静時の内視鏡検査で披裂軟骨の最大外転が不可能、あるいは最大外転の維持が困難である場合は、より吸気圧の高まる運動時に披裂軟骨が内側に倒れ込み、気道を狭くする可能性が高まります。左側での発症がほとんどで反回神経障害(RLN:Recurrent laryngeal neuropathy)に起因するとされますが、近年RLN以外が原因で起こる咽頭の虚脱も認識されてきています(図3)。これらは軟骨疾患や形成異常に起因しており、RLNとの鑑別には超音波検査での喉頭構成軟骨・筋肉の評価や運動時内視鏡検査による咽喉頭部の虚脱部位の詳細な評価が必要になります。喉頭片麻痺に対する外科的治療として、披裂軟骨を外転させた状態で固定する喉頭形成術(Tie-back)が行われますが、RLNではない片麻痺に対するTie-backは望んだ効果が得られない可能性があります。まれなケースではありますが、治療選択前に可能な限りの原因究明が求められます。

Photo 図3:左喉頭片麻痺(左図:安静時内視鏡像、右図:喉頭部エコー検査像)披裂軟骨はわずかに動く程度で完全外転は不可。本症例はエコー検査で披裂軟骨の形成異常を認めた。

・軟口蓋背方変位(DDSP:Dorsal Displacement of the Soft Plate):呼吸時の喉頭蓋は通常、軟口蓋の背側に位置しています。食べ物を飲み込む際など嚥下のタイミングにおいて喉頭蓋は気管の蓋の役割を担い、軟口蓋は鼻腔側の蓋の役割を担います。嚥下後に元の状態に戻るタイミングが少しでもずれると、喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んだDDSPの状態になります(図4)。なお、保定を行う際に鼻捻子を使用すると、若馬は頭の位置が高くなりがちになるため、一過性のDDSPを引き起こし易くなります。DDSP発症後、直ちに正常な状態に復するか否かがグレードの評価基準となります。また、若馬の喉頭蓋は成馬と比較して構造が虚弱であり、薄い、小さい、張りがないなどの所見を認めることがありますが、この様な喉頭蓋の形態異常(AE:Abnormalities of Epiglottis)を伴うとDDSPが発症しやすくなります。馬体の成長とともに喉頭蓋の形態も大きく堅固になるため、極端な場合を除きAEは競走能力に影響がないと考えられています。一方で、セール前の安静時内視鏡検査でDDSP所見を認めた馬は初出走までの期間が長くなることもわかっており、容易に発症し正常な状態に復しにくい馬に関しては馬体の成長を待ってからの出走が望まれます。

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図4:軟口蓋背方変位(DDSP):喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んだ状態

・喉頭蓋エントラップメント(EE:Epiglottic entrapment):喉頭蓋をその基部にある披裂喉頭蓋ヒダが覆う病態です(図5)。安静時内視鏡検査で認める場合がありますが、診断されるときは持続性であることがほとんどです。喉頭蓋の輪郭の先端が十分に描写されない、また覆っているヒダの粘膜が肥厚している状態であれば、喉頭蓋下粘膜もしくは喉頭蓋の変形につながる可能性もあることから、速やかな治療が推奨されます。外科的に喉頭蓋を覆っている披裂喉頭蓋ヒダを専用の器具で縦切開することでEEは治癒します。予後は比較的良好とされていますが、披裂喉頭蓋ヒダおよび喉頭蓋自体の病態に左右されるとの報告もあり、内視鏡での病態の評価に基づいた治療計画が求められます。

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図5:喉頭蓋エントラップメント(EE):披裂喉頭蓋ヒダが喉頭蓋を覆った状態

 咽喉頭部の異常所見はレポジトリーに向けた安静時の内視鏡検査で初めて発覚することも多いかと思います。成長著しい若馬の咽喉頭部の形態や機能は発達途中で、一部の異常所見は一過性のものであったり、成長とともに良化します。レントゲン検査同様に、レポジトリー検査の機会を愛馬の現状把握に役立てていただければ幸いです。

JRA日高育成牧場 業務課 瀬川晶子

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