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2023年10月

2023年10月17日 (火)

クラブフットの装蹄療法について

馬事通信「強い馬づくり最前線」第307号

はじめに

 クラブフットとは、蹄と繋の外貌が「ゴルフクラブ」の形状に似ていることに由来してそう呼ばれています(写真1)。クラブフットは生後1カ月~8カ月齢、なかでも特に3カ月~6カ月齢の発育期に好発する蹄疾患であり、球節の沈下不良、慢性的な肩跛行、さらに重度の場合には蹄骨の骨折を引き起こすともいわれています。クラブフットの状態を放置して重篤化してしまうと、競走馬としての将来的な能力のみならず、その馬の価値に影響を及ぼす可能性さえあります。そのため、クラブフットの症状が認められたら、早期に対処していくことが重要となります。

 

クラブフットの原因とグレード

 クラブフットの原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと考えられていますが、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立していません。一般的には、肩や上腕、球節などに何らかの持続的な痛みが生じることにより、上腕部周辺の筋肉が緊張し、関節が屈曲することによって、深屈腱支持靭帯が収縮し、結果的に深屈腱も拘縮する状態と考えられています(拘縮とは深屈腱が縮み、伸縮性を失った状態)。深屈腱が拘縮することによって、その付着部である蹄骨が牽引されるため、結果的にクラブフットを発症します(写真2)。

 クラブフットの発症には遺伝による先天性のものと、後天的のものがあります。後天性のものは生後1カ月~8カ月齢の時期に発症が多く認められます。この原因として、栄養の不足や過多、馬体の発育異常による骨格と筋肉や腱のバランスに伴う異常などが考えられています。実は、放牧地の硬さも重要な要因と考えられており、凍結などにより地面が硬くなると、子馬の肢が過剰に刺激され、疼痛や骨端症が生じて運動量が減少してしまいます。その結果、腱や筋肉の正常な伸縮が阻害され、クラブフットを発症すると考えられています。また、放牧地で草を食する際の長時間の同じ立ち姿勢もクラブフット発症の1つの要因として考えられています。

 クラブフットは、4段階のグレード分類がなされており(写真3)、グレードの数字が高いものほど重度な症例となります。クラブフットは成馬になってからでは、治療することが困難ですので、発症初期の対応が非常に重要です。

 

クラブフットに対する装蹄療法

 腱が発育途上で、成熟前の子馬の時期であれば、改善できる可能性があります。しかしながら、馬の立ち方や体重の掛け方といった馬自身に起因している場合もあるため、完治させることは困難であり、現状から悪化しないように維持するという考え方が一般的となります。

 装蹄療法による対処として、軽症例においては、蹄踵を多削し、蹄の形状を整えます。しかしながら、蹄踵が地面から浮いてしまっているような重症例においては、蹄踵を多削してしまうと深屈腱の緊張が増加し、蹄骨の牽引を助長してしまうため、蹄踵が地面に接地するまでは、充填剤などを用いた「ヒールアップ」を実施し、深屈腱の緊張を緩和させることが効果的です(写真4)。

 さらに、装蹄療法のみでは治療が困難である、より重度の症例においては、獣医師による深屈腱支持靱帯切除術を選択しなければならないこともあります。これによって、深屈腱の緊張が緩和され、クラブフットの進行を抑制することが可能となります。そのため、クラブフットを発症してしまったら、装蹄師のみならず獣医師にも相談し、早期に原因を取り除いていく必要があります。

 

おわりに

 クラブフットの治療は軽症のうちに、適切な処置を施すことが何よりも重要です。そのためには、早期発見できるかがポイントとなります。普段からこまめに歩様チェックを実施し、早期に痛みを取り除くことによって、クラブフットの発症リスクを軽減することが可能となります。

 クラブフットは、市場での評価も含め、馬の将来を大きく左右する重要な蹄疾患です。発育期である当歳、1歳は特に蹄を注意深く観察し、その変化を早期に発見し、素早く対応することが求められます。そのためにも、クラブフットのみならず蹄に異常を認めたら、直ちに装蹄師や獣医師に相談し、早急に対応しなければなりません。

日高育成牧場 業務課 佐々木裕

1_8 写真1.クラブフットという病名は、蹄と繋の外貌が「ゴルフクラブ」の形状に似ていることに由来している。

 

2_3 写真2.深屈腱が拘縮することによって、その付着部である蹄骨が牽引されるため、結果的にクラブフットが発症する(Am Frarrier J 1999 vol25を一部改変)

 

3_3 写真3.クラブフットの指標となる4段階のグレード(Dr. Reddenによる分類)

 

4_2 写真4.蹄踵部を上げることで深屈腱を弛緩させる「ヒールアップ」装蹄療法

スプリングフラッシュ

馬事通信「強い馬づくり最前線」第306号

 北海道でも春を迎えて暖かくなり、青々とした放牧地が増えてきました。今回は春に発生する牧草の急生長「スプリングフラッシュ」についてご紹介いたします。

 

スプリングフラッシュとは

 春になり牧草が急激に生育する状態を「スプリングフラッシュ」と呼んでいます。チモシーやオーチャードグラスなどの寒地型牧草は春の長日条件で出穂、開花するためスプリングフラッシュが顕著にみられます。スプリングフラッシュは日中の最高気温が10~15℃、夜間の気温が4℃以上の日が数日続いた時期に起こりやすく、北海道では4月下旬から5月にかけて起こりやすいと考えられます。気象庁の季節予報によると、本年は例年より早い気温上昇が見込まれているため、本年のスプリングフラッシュが起こる時期は少し早まるかもしれません。

 一般的に採草地におけるスプリングフラッシュは収量の面で歓迎できますが、放牧地においては、過度に生長した牧草の嗜好性が低くなるなどの理由により好ましくないと考えられます。そのため、牛の場合においては、スプリングフラッシュの前に放牧強度を高める(放牧地面積あたりの頭数を増やす)ことや、短期輪換放牧(放牧地を区切り、ある程度の期間で順繰りに放牧していくこと)といった対策が講じられています。一方、馬の場合においては、牛と異なり放牧地が運動の場としての役割も兼ねることから、ある程度の放牧地の面積が必要であるため、スプリングフラッシュが起こる前の施肥は避けて6月上旬に行うことや、掃除刈り(写真1)頻度の増加といった対策が推奨されます。

 

スプリングフラッシュが馬に及ぼす影響

 放牧地のスプリングフラッシュは牧草の過度の生長以外に、馬の健康に悪影響を及ぼす可能性があるとされています。スプリングフラッシュ時期の牧草は自身の生長のため、非構造性炭水化物(以下NSC)と呼ばれる糖分(デンプンやフルクタン)を多く蓄えています。このNSCを過剰に摂取することによって糖代謝異常となり、高インスリン血症由来の蹄葉炎を発症する可能性があることが知られています。2000年に行われたアメリカ農務省の調査によると、蹄葉炎発症馬の50%以上が草量豊富な草地への放牧または濃厚飼料の多量摂取によるものであると報告されており、食餌量や内容が蹄葉炎の発症に大きく関与していると言えます。

 春に放牧される馬は採食量の増加と牧草中NSC含有率の上昇によってNSC摂取量が非常に多くなる場合があります。アメリカで8 万頭の馬(用途・種問わず、除ポニー)を対象に行われた蹄葉炎に関する調査では、蹄葉炎の発症は冬と比較して春および夏に多いことが示されました(図1)。つまり、スプリングフラッシュが起こる時期にNSCを多量に摂取することによって蹄葉炎を発症した可能性が示唆されているということになります。

 なかでも、肥満あるいは高齢馬は蹄葉炎などの糖代謝疾患発症のリスクが高いことが懸念されます。日高育成牧場においても、昨年6月にボディコンディションスコア(BCS)が 7と肥満であった8歳の繁殖牝馬が蹄葉炎を発症しました。このような高リスク馬に対して、スプリングフラッシュに伴う牧草中のNSC含量が高い時期の糖代謝疾患発症リスクを軽減するためには、放牧制限が最も有効です。この理由は、牧草中のNSCは季節変動のみならず日内変動が大きく、これは日射量が光合成による糖の産生量に影響を及ぼすためです。つまり、牧草中のNSCは午前3時から10時の間に低くなることから、NSCの過剰摂取を予防するためには、この時間帯に放牧することが推奨されます。

 

おわりに

 今回はスプリングフラッシュとその影響についてご紹介いたしました。青々とした牧草はとても良好な栄養源ですが、時として悪影響を及ぼす場合もあります。過度に警戒する必要はありませんが、肥満あるいは高齢など糖代謝疾患の懸念がある馬の管理の際に参考としていただければ幸いです。

 

日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

1_7 写真1. 掃除刈り前(左)および掃除刈り後(右)の放牧地

  

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図1. 季節ごとの蹄葉炎発症馬の割合:冬と比較して春および夏の発症が多い(Kane AJ et al. 2000より改変)

BUセールの個体情報開示について

馬事通信「強い馬づくり最前線」第305号

 JRAブリーズアップセール(以下BUセール)では、購買者の皆様が安心してセリに参加していただくために、病歴、体測値、飼養管理および調教内容等の個体情報をオンラインでおよび冊子(図1)で公開しています。開示している個体情報は、①体高、胸囲、管囲、馬体重、②病歴、③レポジトリー検査所見、④最近の調教状況、⑤その他の開示事項になります。今回はこれら個体情報のうち、「レポジトリー検査所見」について紹介いたします。

 

検査所見をもとにした上場馬選定

 JRA育成馬をBUセールに上場する過程では、怪我や運動器疾患の発症等、順調に調教が進まないことや、調教中に異常呼吸音を聴取することも少なくありません。JRAでは抽選馬の時代から、これらの症例に対する検査データを蓄積して、育成期における下肢部X線所見や上気道内視鏡所見と競走期における疾病発症や競走成績との関連について調査・研究を継続しています。そして、これらの成績をもとに、BUセール前の3月に実施した上気道内視鏡検査や下肢部レントゲン検査等のレポジトリー検査所見を評価し、セール売却後の調教および出走に差し支えないと判断した馬を上場することとしています。

 

上気道内視鏡検査

 上気道内視鏡検査では喉頭片麻痺(LH)、軟口蓋背方変位(DDSP)、喉頭蓋の異常(AE)についてグレード分けをしています。特に、LHのグレードが高い馬で競走能力に影響を及ぼす可能性があります。そのため、グレードⅢa以上の馬および喘鳴音が聴取された馬については運動時内視鏡検査(OGE)を実施し、その検査映像についても公開しています。OGEでは走行中の喉の状態が確認できるため、安静時内視鏡検査よりも高い精度で競走能力への影響の評価が可能となります。

 

下肢部レントゲン検査

 レントゲン検査では、両前肢の近位種子骨の評価、腕節の骨端線、その他疾患の画像を提示しています。さらに近年は大腿骨のボーンシストの評価をグレード1~4で評価しています(図2)。大腿骨内側顆は運動時に荷重がかかる部分となり、軟骨下骨嚢胞の好発部位となります。大小さまざまな所見がみられ、大きな骨嚢胞を有する場合は、しばしば跛行の原因となることが知られています。当場においても過去7年間調査したところ、グレード1と2については無症状でしたが、グレード3の馬の37.5%、グレード4の馬の75%が育成期に跛行を呈しています(図3)。その他にも育成期に発見されたOCD(離断性骨軟骨症)や陳旧性骨折などの存在についても全て記載していますが、腫脹や跛行等の臨床症状がない場合には、競走成績に及ぼす影響は極めて低いことが知られています。

 BUセールでは、セール前日に「個体情報冊子」を配布するとともに、中山競馬場に「情報開示室(レポジトリールーム)」を開設いたします。また、同様の情報はオンライン(JRA育成馬サイト、JBISホームページ内、特設サイト)上でも閲覧可能ですので、ご利用下さい。なお、情報開示室には獣医職員を配置いたしますので、画像の見方や獣医学的判断についてご相談いただくことが可能です。

 私たちは、購買者の皆様にとって「わかりやすく透明性のあるセリ」を目指して参りたいと考えています。

 

最後に

 本年の上場馬名簿(図4)はブラックタイプの文字を例年よりも大きくするとともに、ブラックタイプと立ち姿写真を見開きページでご覧いただけるように改良しましたので、是非、お手に取ってご覧いただければと思います。

 

日高育成牧場 業務課  久米紘一

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図1:2022年BU上場馬の個体情報

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図2:大腿骨内側顆軟骨下骨嚢胞(SBC)所見のグレーディング


3_2 図3:SBCグレード別跛行馬の割合(過去7年間)

4図4:ブラックタイプと立ち姿写真を見開きページでご覧いただける上場馬名簿

PPID調査その2

馬事通信「強い馬づくり最前線」第304号

 前号では下垂体中葉機能障害PPIDについて概説いたしました。本疾患に対して2019-21年に「生産地疾病等調査研究」として取り組みましたので、本稿ではその成果を紹介いたします。本調査研究は大別すると「有病率を明らかにすること」、「繁殖性への影響を明らかにすること」、「治療効果を検証すること」を目的として実施しました。

 

PPID有病率および繁殖性への影響

 日高地区の10歳以上の不受胎馬339頭を対象に、10月上旬に採血しACTH濃度を測定しました。その結果、PPID陽性率8.3%、疑陽性率21.8%、陰性率69.9%でした(図1)。PPID陽性馬28頭の平均年齢は16.1歳で、年齢が上がるにつれてPPID陽性、疑陽性の比率は増加しました(図2)。陽性馬のうち外貌所見(長くカールした被毛)を示した馬はわずか3頭であり、外貌所見を認めない潜在的なPPID馬が多数存在していることが分かりました。陽性馬、疑陽性馬、陰性馬の翌春のシーズン受胎率はそれぞれ63.2%、88.6%、82.8%と陽性馬で低く、PPIDが繁殖成績に影響を及ぼしうることが示唆されました(図3)。各群の平均年齢は16.1歳、14.7歳、13.1歳と異なるため、この年齢差を補正した検定を行っても、依然PPIDが受胎性に影響しているという結果になりました。

 

治療効果

 続いて、10月の一斉検査でPPID陽性と診断された馬を治療群(15頭)と非治療群(7頭)に分けて、翌春の受胎成績を比較しました。その結果、非治療馬の受胎率が28.6%であったのに対し、治療馬の受胎率は80.0%と高く、PPIDによって低下した繁殖性は投薬によって改善しうることが示唆されました。さらに、個別に詳細な繁殖記録も比較しましたが、発情所見、卵巣・子宮などに一貫した傾向は認められず、PPIDがなぜ受胎率を低下させるのか考察することは叶いませんでした。

 

蹄葉炎を発症した馬

 本調査では11月から投薬を開始し、繁殖シーズンが終了した6月末に投薬を終了しましたが、投薬終了後の7-9月に2頭が致死性の蹄葉炎を発症しました。未だ蹄葉炎発症とPPIDの関連性について明確なことは分かっていませんが、ペルゴリド治療が蹄葉炎リスクを軽減している可能性を示唆する事例でした。

 

調査結果を踏まえて

 今回、PPIDが受胎性に一定の影響を及ぼすことが示唆されましたが、PPID陽性馬すべてが不受胎となるわけではありませんので、不受胎であったすべて馬に対してPPIDの検査をする必要はないと思われます。特に10歳未満であればPPIDの可能性は極めて低く、10-12歳でもそれほど高くありません。まずは一般的な不受胎原因(子宮内膜炎や排卵障害、外陰部の形態異常、子宮頚管の損傷など)について検査および治療を行い、それらの可能性が低いような馬、高齢馬、肥満馬、蹄葉炎に罹患したことがある馬などに対してACTH検査を検討することが推奨されます。

 

さいごに

 本調査は臨床現場における調査ですので、さまざまなバイアスが存在し、必ずしも科学的に証明されたデータとは言えない部分があります。また、PPIDが妊娠維持に影響するのか(受胎後、出産まで治療が必要なのか)、疑陽性馬はその後に陽性へと進行するのか、治療が必要なのか、IDが繁殖性にどう影響するのか等については本調査ではアプローチできておらず、今後の課題として残っています。それでも従来「PPIDは受胎性に影響する」と漠然と言われていたことに対して、日高地区の獣医師および生産者が協力して取り組んだことで具体的な数字を示すことができました。本調査研究にご協力いただきました多くの獣医師、生産者の皆さまに深謝いたします。

 

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図1 不受胎馬(10-20歳)におけるPPID区分

 

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図2 年齢ごとのPPID区分内訳

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図3 スクリーニング調査時のPPID区分における翌春のシーズン受胎率

 

日高育成牧場 生産育成研究室長  村瀬晴崇

PPID調査その1

馬事通信「強い馬づくり最前線」第303号

 徐々に日差しが暖かくなり、雪が解けて地面が見えてまいりました。生産牧場では新生子馬の管理に加えて交配管理も始まり、いよいよ繁殖シーズン真っ只中となってきたのではないでしょうか。交配に関して、周知のとおり牝馬の加齢に伴って受胎率は低下しますが、それでも高齢馬を受胎させたいというのがサラブレッド生産特有の悩みと言えます。高齢馬が受胎しづらくなる原因は卵細胞の品質低下、卵胞発育不全、子宮環境の悪化、外陰部の構造不整などいろいろ知られていますが、本稿では内分泌疾患のPPIDについて概説いたします。

 

PPIDとは

 PPIDはPituitary Pars Intermedia Dysfunctionの略で、「下垂体中葉機能不全」と訳します。脳でホルモン分泌の上位を司る下垂体という組織のうち、中葉という部分が肥大し、機能不全をきたすことで、全身に様々な症状を示します。以前は「クッシング病」と呼ばれていましたが、ヒトやイヌのクッシング病とは病態が異なることが明らかとなり、近年病名がPPIDに変わりました。このPPIDは「インスリン調節異常ID」、「馬メタボリックシンドロームEMS」などとともに代謝疾患というカテゴリに分類される疾患です。

 PPIDの症状として被毛(長毛、巻き毛)、削痩(背腰の筋肉がおちる)、局所的な脂肪沈着(首の付け根)といった外貌上の変化がよく知られています。その他に多飲多尿、発汗、免疫低下、行動異常(大人しくなる)、繁殖性低下など様々な症状を示します。繁殖性に影響を及ぼす機序は未だ解明されていませんが、考えられる仮説として1)下垂体が分泌する生殖ホルモンの異常により直接的に子宮卵巣機能に影響を及ぼす、2)代謝ホルモンの異常により体調・体質が悪くなり間接的に繁殖性に影響する、3)免疫力が低下することで子宮内感染が起きやすくなる等が考えられます。

 

PPIDの何が問題なのか

 PPIDは加齢に伴って有病率が高まることが知られており、高齢馬(15歳以上)の有病率は21-27%にもなりますので(McGowan2013, Christiansen2009)、病気ではなく「加齢性変化」と言うことができるかもしれません。病気か否かはさておき、PPIDは蹄葉炎のリスクファクターでもあるため、近年注目されています。また、繁殖領域においては繁殖性低下という点において注目されており、世界的に不受胎馬に対して検査、治療が行われるようになりました。

 

PPIDの検査方法と治療方法

 馬内分泌学グループ(Equine Endocrinology Group)という団体がPPIDをはじめとする代謝疾患の診断基準や治療プロトコルを提唱しています。PPIDの診断チャートは非常に複雑ですが(図1)、検査方法はACTH濃度測定とTRH刺激試験の2つのみです。慣例的に、まずは手軽なACTH濃度を測定します。ACTH検査で最も注意すべきことは、季節による影響を理解することです。特に下垂体中葉の機能は秋に亢進し、診断精度が高くなるため、この時期の検査が推奨されます(表1)。繁殖シーズンに不受胎であった牝馬に対して秋にACTH測定を行い、陽性と診断された馬についてはそこから春に向けて投薬を開始するのが良いでしょう。

 PPIDの治療にはドパミン作動性神経拮抗薬であるペルゴリド錠が用いられます。PPIDは下垂体中葉のドパミン作動性神経が障害される疾患であるため、このドパミン受容体に結合するペルゴリドの投与により神経伝達機能が回復します。このペルゴリドは副作用として泌乳ホルモンであるプロラクチンの分泌を抑制するため、妊娠馬に対しては分娩予定日1か月前から投薬を控えることが推奨されているのでご注意ください。また、障害された神経細胞が再生するわけではないので、投薬を継続する必要があります。

 

さいごに

 本稿ではPPIDの概要について解説いたしました。それでは、どれほどの繁殖牝馬がPPIDに罹患しているのか、受胎率にどれほど影響があるのか。これらの点について、2019-22年に「生産地疾病等調査研究」において取組みましたので、次号ではその成果を報告いたします。

 

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図1 PPID診断チャート

 

表1 月ごとのPPID診断基準値(pg/mL) 

  否定的 判別不可 可能性高い
12月―6月 <15 15-40 >40
7月&11月 <15 15-50 >50
8月 <20 20-75 >75
9月―10月 <30 30-90 >90

日高育成牧場 生産育成研究室長  村瀬晴崇