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2023年1月

2023年1月20日 (金)

厳寒期のサラブレッド育成に関する研究

 「強い馬づくり最前線」は、平成22年(2010年)1月から連載が開始され、今回で第300回目を迎えることができました。この連載が開始された頃は、日高育成牧場において‟生産から競走馬までの一貫した育成研究”が開始され、その第一世代がちょうど1歳馬になった年でもありました。この13年間、日高育成牧場では、生産したJRAホームブレッドや1歳市場で購買したJRA育成馬を活用して様々な育成研究や技術開発を行い、本紙面を通じてその成果を皆さまにお知らせしてまいりました。今回は、これから迎える‟北海道の寒い冬”をテーマにした研究成果と課題について述べます。

 

早生まれのサラブレッド

 長日性季節繁殖動物であるウマの特性を応用したライトコントロール(LC)法は、繁殖牝馬の非繁殖期から繁殖期への移行期に、人工的に光を照射して発情を早期化することによって受胎率を向上させる技術です。その結果、早生まれの子馬を生産することも可能になり、近年では誕生日が1月や2月のGⅠ勝馬も珍しくなくなりました。「早生まれ」と「遅生まれ」の成長や内分泌機能を比較した我々の成績では、子馬は、生まれ月に関わらず、長日期である5月~8月にかけて、1日当たりの体重増体量(ADG;kg)が相対的に高値となることや脳下垂体前葉から分泌される性腺刺激ホルモン(LH、FSHおよびプロラクチン)の分泌も高値になることが明らかになりました。このことは、生まれて間もない子馬の時期から、性ホルモン分泌の中枢である脳の視床下部-下垂体軸が日長時間の延長に反応していることを示しており、そのため、長日期には下垂体前葉から分泌される成長ホルモンの活性も高いと考えられます。これらの考え方から、以前はホームブレッドの出産時期を4月頃になるように計画していました。一方、生まれ月に関わらず、生後間もない時期の子馬は甲状腺ホルモンやコルチゾール値が高値を示すこともわかっています。このことは早生まれの子馬でも、寒冷ストレスに対して甲状腺や副腎が正常に機能していると考えられ、厳寒期においても、適切な飼養管理を実施すれば、子馬を問題なく成長させることができることを示唆しています。早生まれが増加している背景には、人気種牡馬との交配を早期に確実に行いたいなどの事情もあると仄聞しています。かつて、日本の「早生まれ」は活躍しないといわれていましたが、近年は情勢が変化しているようです。したがって、1月や2月の寒冷な時期に出産する母馬や誕生する子馬の飼養管理法の開発は新たな研究課題です(写真1)。

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写真1 早生まれの子馬の放牧風景

 

厳寒期の昼夜放牧

 放牧地が雪に覆われ気温が極めて低い北海道において、中期育成期の子馬の飼育管理方法の開発も重要なテーマです。13年前、我々は昼夜放牧を22時間継続する群(昼夜群)と7時間の昼間放牧とウォーキングマシン(WM)運動を1時間実施する群(昼W群)の生理機能を比較する実験を行いました。その結果、昼夜群は、耐寒のため体温や心拍数が低下するなど、副交感神経活動が優位になるとともに、寒冷時に体温を維持するなどの働きをもつ甲状腺ホルモンやコルチゾールの分泌を低下させて自らの代謝を抑制する冬眠に似た生体反応が生じることが明らかになりました。一方、昼W群ではWM運動によって昼夜放牧と同等の移動距離を確保することができ、さらに、成長ホルモンと同様に成長促進作用を有するインスリン様成長因子(IGF-1)や様々なアンチストレス作用を有するプロラクチンの分泌が促進されることも判明しました。プロラクチンは、寒冷などのストレス感作時に副腎に作用して、生体を防御する働きをもつ糖質コルチコイドの分泌を促すことが報告されています。異なる実験になりますが、日高育成牧場に繫養する4歳のサラブレッド種雄馬を用いてトレッドミルによる運動負荷を加えた研究では、運動強度に応じて成長ホルモンの血中濃度が上昇し、運動後もしばらく一定の濃度が維持されることが明らかになり、集中的な運動は成長に良い影響を及ぼすことが示唆されました。現在、我々は初期から中期育成期においては、自然に近い環境で飼育する観点から、冬期の昼夜放牧に関する研究を継続しています(写真2)。昼夜群のデメリットを昼W群のメリットで補うことができるように、寒さ対策としてシェルター設置や馬服の着用、冬期の代謝や成長を促すためのWM運動を継続しながら、現在もデータを集積しています。

 

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写真2 厳寒期の放牧風景

 

温暖地での二元育成

 JRAでは冬期に寒さが厳しい日高育成牧場(日高)と冬期に穏やかな気候の宮崎育成牧場(宮崎)の2ヶ所で後期育成に関する研究を行っています。過去10年間の後期育成期の体重、体高、胸囲および管囲の成長率を日高と宮崎で比較したところ、すべての指標において雌雄ともに宮崎の方が冬期の成長率が高値でした。その理由は、冬期の気候が穏やかな宮崎では、寒さの厳しい日高と比べて後期育成期の成長停滞が少ないためであると考えられています。生殖機能に関連した内分泌ホルモンの分泌濃度等を比較すると、宮崎は日高と比べて性腺刺激ホルモンや、精巣や卵巣などの性腺から分泌されるステロイドホルモンが早期から分泌を認め、雄では成長促進ホルモンである血中インスリン様成長因子(IGF-1)の濃度が早期に高値となることも判明しました。宮崎では冬季の日長時間の長さから性腺の賦活時期が早いことがその理由として推察されています。さらに、日高と宮崎の調教強度を概ね同程度に設定しているにもかかわらず、宮崎の雄では、筋肉量の指標である除脂肪体重の増加率が高値であったことから、宮崎は冬期に効果的なトレーニングを実施することができる気候である可能性が示唆されました。すなわち、北海道で生産し初期~中期育成を行ったサラブレッドを冬期に温暖な地域で後期育成する「二元育成」の有効性が示されました(写真3)。

 

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写真3 宮崎の調教風景(12月)

 

北海道の後期育成馬に対するLC法

 冬期に気温が低くなる日高では、宮崎と比較すると冬期の成長が停滞しやすいことから、トレーニング負荷によって、未成熟な若馬に特有な深管骨瘤などの筋骨格系疾患(MSI)が発症しやすいと考えられ、競走馬としてのデビューが遅れることが危惧されます。そこで、冬期の成長抑制に対する改善策として、日高の後期育成馬に対して、繁殖牝馬で実施されているLC法を1歳12月から2歳4月中旬まで実施したところ、雌雄ともに、1月下旬から性腺刺激ホルモンや性ステロイドホルモンの分泌が開始されるとともに、自然光下の宮崎と同様に成長が促進されることが明らかになりました。また、雌雄ともに除脂肪体重の増加が観察され、LC法の応用によって北海道においても冬期に十分なトレーニング効果が得られることも判明しました。

 

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写真4 日高の調教風景(12月)

 

体組成(筋肉量や体脂肪率)に関する研究

 近年、筋肉量の増加にはミオスタチンという筋肉内の物質が関与することが注目されています。また、成長ホルモンとインスリン様成長因子(IGF-1)、さらに、性ステロイドホルモンであるテストステロンとエストロジェンは、ミオスタチンの機能抑制に関与することで筋肉量の増加を促進すると考えられています。雄馬と雌馬を比較すると、雄馬は筋肉量が多く、体脂肪率が低いという性差も明らかになっていますが、テストステロンが分泌されない雌馬においてもトレーニングによって筋肉の増量が観察されることから、雌馬では筋肉量増加のメカニズムが雄馬と異なる可能性もあります。このように、後期育成期のサラブレッドの筋肉量増加におけるメカニズムについては不明な点が多く、今後のさらなる研究が必要と考えています。

 

最後に

 日高育成牧場の「世界に通用する強い馬づくり」を目指した研究や技術開発は、我国のサラブレッド生産と競馬が続く限り、永遠に続いていくものと考えています。今後の「強い馬づくり最前線」にご期待ください。

 

日高育成牧場 場長 石丸 睦樹

2023年1月 6日 (金)

良質な初乳を給与するためのポイント

 12月となり、そろそろ来年の分娩の準備に取り掛かる時期になっていることと思います。出生後の子馬に対して、生産者のみなさんがもっとも心配していらっしゃることの一つは、良質な初乳を給与できるかどうかということかと思います。初乳は出生直後の子馬が得られる唯一の抗体供給源であり、上手く獲得できなかった場合には感染症にかかるリスクが非常に高くなります。そのため、如何にして良質な初乳を得ることができるかが、子馬の健康な発育には不可欠と言えます。今回は、良質な初乳を給与するためのポイントについて、ご紹介していきたいと思います。

 

分娩前の妊娠馬への対応

 良質な初乳を得るための作業は、分娩前の妊娠後期から始まっています。その一つが妊娠馬に対するワクチン接種になります。多くの生産者の方は、インフルエンザや破傷風といったサラブレッドに基本的に接種しているワクチンに加え、妊娠馬に対しては流産予防を目的とした馬鼻肺炎ワクチンを接種していることかと思います。馬鼻肺炎ワクチンは、流産の発生する妊娠後期に最も効果を高めるため、妊娠7~9か月齢の間に接種することが推奨されています。JRA日高育成牧場では、上記の期間に生ワクチンを2回接種しています。このワクチン接種は流産予防が第一の目的ですが、ここで作られた抗体が初乳から子馬に移行することで、子馬が馬鼻肺炎に感染することを防ぐことにも役立っています。さらに良質な初乳を作るためには、初乳への抗体が作られる分娩1か月前までに馬インフルエンザ、破傷風およびロタウイルスなどのワクチンを接種することが望まれます。特に、出生後の子馬に重篤な下痢を発生させるロタウイルス感染症を予防するためには、母馬にロタウイルスワクチンを接種しておくことが非常に重要となります。JRA日高育成牧場では、ロタウイルスワクチンの1本目(基礎)を分娩2か月前に、その2本目(補強)および馬インフルエンザワクチンと破傷風ワクチンを分娩1か月前に接種しています。

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図1 妊娠馬に接種するワクチンの種類と推奨される接種時期

 また、妊娠馬は遅くとも分娩1か月前までに分娩を行う厩舎に移動することが推奨されています。これは、分娩を行う厩舎の環境に慣らすことで、落ち着いた状態で分娩させることのみならず、分娩厩舎の環境中に存在する細菌やウイルスに接触させることで、それらに対する抗体を作らせることも目的にしています。その結果、生まれた子馬は環境中の細菌やウイルスに対する抗体を含んだ初乳を飲むことになり、病気にかかりにくくなると考えられます。この考え方に基づくと、分娩前には分娩を行う馬房だけでなく、出生後の子馬を放すパドックや放牧地などにも母馬を放しておくことが重要となります。JRA日高育成牧場では、分娩1か月前になった段階で、インドアパドックや小さい放牧地に妊娠馬を最低1日以上放すことを行っています。

 

初乳の品質と繁殖牝馬の状態との関係

 繁殖牝馬が無事に分娩を終えた直後には、初乳の品質を調べることが推奨されています。糖度計を用いて初乳の糖度(Brix値)を測定し、この値によって初乳の品質を判断することになります。これは、Brix値が初乳に含まれる抗体量(IgG量)に比例することが知られているからであり、表1のようにBrix値で初乳の品質を判断することができます。JRA日高育成牧場で過去5年間に発生した分娩時の初乳Brix値を調べたところ、すべての初乳の品質が「Very good」 (36%)または「Good」(64%)という結果でした。この結果から、JRA日高育成牧場では十分な品質の初乳を得られる飼養管理ができていることが示唆されます。Brix値が低くなる要因として、分娩前に乳房から乳汁が漏れ出る“漏乳”が知られています。そこで、「Very good」と「Good」の品質の初乳において、それぞれ漏乳が起きていた割合を調べたところ、「Very good」では6.7%であったのに対し、「Good」では22.2%と高い結果となっていました(図2)。漏乳が発生した妊娠馬に対しては、初乳のBrix値が低くなっている可能性を踏まえた対策を考えておく必要がありそうです。

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表1 Brix値による初乳の品質の評価

 

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図2 初乳の品質ごとの漏乳の発生割合

 また、良質な初乳を得るためには、栄養面でも適切な飼養管理を行うことが重要であると考えられます。繁殖牝馬の栄養状態の判断は、馬体への脂肪の付き具合を数値化したボディコンディションスコア(BCS)を用いて評価する方法が推奨されています。一般的には、BCSが高く(栄養状態が高く)なるにつれて、初乳Brix値も高くなると考えられがちですが、日高育成牧場において分娩前3か月間の平均BCSと初乳Brix値との関係について調べた調査結果(図3)では、BCSが高くなるにつれて、初乳Brix値が低くなる傾向、つまり、弱い負の相関が認めらました(相関係数-0.29)。この結果からは、太りすぎの馬の初乳Brix値が低くなる可能性が示唆されましたが、これはBCSの高い馬は乳量が多いことから、IgG(抗体)濃度が希釈されたためであり、総IgG(抗体)濃度が低いということではないと推測されます。この結果からは、少なくとも標準的な脂肪の付き具合であるBCSが5以上あれば、十分な品質の初乳が得られるものと考えられます。一方、分娩後の母馬の管理等を考慮すると、分娩前にはBCSが6となるように管理することが推奨されます。

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図3 分娩前3か月平均BCSと初乳Brix値の関係

 良質な初乳が得られたとしても、子馬に抗体が移行していなければ意味がありません。子馬が十分量の抗体を摂取できているかを調べるために、生後11~14時間の子馬に対して採血を行い、血中IgG量を測定することが推奨されています。子馬の血中IgG濃度と初乳Brix値の関係を調べた結果が図4となります。初乳Brix値が高くなるほど、子馬の血中IgG濃度も高くなる正の相関関係が認められました(相関係数0.46)。この結果から、やはり初乳Brix値が低い場合には、子馬が十分量の抗体を獲得できていない可能性が高くなると言えそうです。

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図4 子馬血中IgG濃度と初乳Brix値の関係

良質な初乳が得られない時には?

これまでお話してきたように、適切な飼養管理を行ってきたとしても、良質な初乳が得られない状況がどうしても発生してしまいます。そのような状況への対策として、凍結された良質な保存初乳を準備しておくことが挙げられます。一般的に、Brix値が20%以上であり、初産ではなく、乳量の多い(乳房の大きい)繁殖牝馬から、300ml程度の初乳を採取して冷凍保存(-20℃で2年程度)しておくことが推奨されています。JRA日高育成牧場でも、過去に得た保存初乳をストックしており、母馬の初乳のBrix値が低い場合や子馬の血中IgG濃度が低い場合に、積極的に活用しています。保存初乳の投与には注意点があり、生後24時間以内に投与しなければなりません。これは、子馬の腸管が生後24時間経過すると構造が変化し、初乳に含まれる抗体を吸収できなくなるためです。このように、保存初乳は生後直後に必要となることから、一定数をストックしておくことがとても重要だと考えられます。

 また、残念ながら保存初乳がない場合や生後24時間以上経過している場合には、血漿輸血を行うという方法もあります。これは母馬やユニバーサルドナー(供血馬)から採血を行い、その中の血漿成分(抗体が含まれる部分)を子馬に輸血することで、子馬に十分な抗体を移行させる方法になります。特に、ユニバーサルドナーは輸血後の拒絶反応のリスクが低い馬であり、母馬よりも安全に輸血を行うことができます。JRA日高育成牧場にはユニバーサルドナーが繋養されておりますので、牧場の担当獣医師の方の判断で血漿輸血が必要な場合にはご相談ください。

JRA日高育成牧場 専門役(生産担当) 岩本洋平