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2024年3月15日 (金)

肢蹄管理への「3D技術」の応用

【肢蹄管理の問題点】

馬の蹄の怪我や病気は、専門的な知識や技術に基づいて、装蹄師を中心に飼養管理者ならびに獣医師が協力して治療しています。特に、特殊な形状の蹄鉄を使用する装蹄療法や子馬の肢勢矯正には、高度な装蹄技術が要求されるため、装蹄師による速やかな処置が不可欠です。また、疼痛を伴う症例や蹄が小さい子馬では釘による蹄鉄の固定が困難であるため、蹄鉄の接着に充填剤を使用しますが(写真1)、蹄の成長を阻害してしまうことが危惧されるばかりか、充填剤が硬化するまで肢を挙げ続けなければならないため、人馬共に大きな負担となっています。

このような問題を解決すべく、日本軽種馬協会が事業主体である「競走馬生産振興事業」における「軽種馬経営高度化指導研修事業」の一環として、日本軽種馬協会とJRAは、2021年より「生産地における3D技術の活用」について、共同で調査研究を行ってきました。本研究では、ヒト医療でも注目されている3Dプリント技術のウマ医療分野での活用を模索し、これまでに、「3Dプリンターによる特殊蹄鉄(3Dプリントシュー)の作製方法」の他、「子馬の肢勢矯正や蹄病罹患馬への応用」について検討し、その成果を2022年および2023年の「JRA競走馬に関する調査研究発表会」および「ウマ科学会」において報告しました。

D 写真1:充填剤で装着した特殊蹄鉄  

D_2 図1:3DプリントシューのCGデザイン

 

【3Dプリントシューとは】

3Dプリントシュー(以下3DPS)は、蹄の3Dデータに合わせた蹄鉄をCADと呼ばれる3D設計ソフトを用いてデザインし(図1)、それを3Dプリンターで印刷して作製します。その特徴として、「どんな形状でも簡単に造作できる」、「同じ物を量産できる」等が挙げられます。また、材質が樹脂であるため、通常の特殊蹄鉄に比べて軽量であること、さらに、蹄尖壁(蹄の前方)にカバーを付設してスリッパ形状(写真2)にすることが可能であることから、充填剤による接着が不要で、伸縮性のある包帯による固定が可能なために、着脱を容易に行うことができます(写真3)。また、充填剤を使用して接着する場合においても、接着領域をカバー部分と蹄壁に限定することで、大量の充填剤を使用する必要がなく、子馬の蹄の成長を阻害する心配はないものと考えられます(写真4)。

D_3 写真2:蹄壁カバーの付設            

D_4 写真3:伸縮包帯による固定                

D_5 写真4:カバ―部での接着

【子馬の肢勢矯正】

子馬の肢勢矯正処置として、特殊形状の「ベビーシュー」の装着や、充填剤を使用して「蹄に張出しや高低差を付ける方法」が実施されていますが、常に同じ条件で張出や高低差を付けるには、高い技術と経験が要求されます。現在、この高い技術と経験を不要することを目的として、設計段階で張出しや高低差を予め設定することを可能とし、容易に特殊形状が作製可能な3DPSを有効活用できないか調査研究を実施していますが、3DPSの強度や接着方法が確立されていないため、実用に向けて、「北海道立総合研究機構」や「旭川工業専門高等学校」などの協力を得ながら模索しています。

 

【蹄病罹患馬への応用】 

 蹄葉炎治療法として、3DPSの臨床応用を繰り返し試みた結果、初期治療において一定の効果が認められています。3DPSと蹄の間にクッション材を挿入し、厚尾状にした3DPS(写真5)を装着して、深屈腱の緊張を和らげることによって、反回を改善させることが可能となり、患肢にかかる負担を軽減させることに成功しています。また、前述したように、スリッパ状に設計したカバー付き3DPSは、ベトラップ、エラスチコン等の伸縮包帯とダクトテープとを組み合わせて使うことによって、釘や充填剤を使用することなく、安定した固定が可能となります。装着にかかる時間は短く(90~120秒)、人馬にかかる負担が軽減されます。また、3DPSが破損した場合でも、同じ形状のスペアーを準備しておくことによって、治療を継続することができ、さらに、設計を変更することによって、症状に合わせた3DPSを容易に作製することが可能です。この様に、着脱が容易であり、スペアーが準備できることから、治療中に外れてしまうなど不測の事態が起こった場合でも、飼養管理者が自ら再装着することで、獣医師や装蹄師に依頼することなく、応急処置を施すことが可能です。

D_6 写真5:厚尾状3DPS                   

D_7 写真6:蹄底スケール

 

【3DPSの普及にあたって】

今後、積極的な臨床応用が期待される3DPSですが、一連の作製過程に専門的な知識と技術が必要となることが普及の障壁として危惧されます。現在、この解決法として、最低限のパソコン操作が可能な方であれば、3DPSをデザインできるマニュアルを作成している段階であり、完成した際には、無料配信する予定です。このマニュアルには、スケール(縮尺を判別できる目盛)を含めた蹄底の写真(写真6)を基に、自動的に3DPSが作製できる補助ツールが付録されています。さらに、今後は3DPS作製用スマホアプリの開発も進めています。一方、CADソフト、3Dプリンターともに高価であることから、現段階では現場での作製まで展開することは困難であるため、当面はJBBAに専用窓口を設置し、現場からスケール入り蹄底写真と希望の形状をメール等で申請していただき、印刷した3DPSを送付する方法を検討しています。

 

【おわりに】

 すべての馬が健康な状態で生活を送ることは、私たちホースマンの願いですが、残念ながら肢蹄疾患を発症する馬は少なくありません。我々生産地の装蹄師および獣医師は、不幸にも肢蹄疾患を発症してしまった馬に対して最善の処置を施すことはもちろん、飼養管理者に対しも、可能な限り負担が軽減できる処置方法を確立して、提供できることを目指し、今後も探求し続けたいと思います。 

最後になりますが、3D技術を活用した処置方法の検討では、生産牧場、育成牧場、装蹄師、獣医師の皆さまにご協力をいただき、多くの症例馬に携わる機会をいただきましたこと、この場をお借りして御礼申し上げます。

 

JRA日高育成牧場 専門役(装蹄担当) 金子大作