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2019年11月27日 (水)

馬鼻肺炎の流産

No.117(2015年2月1日号)

 馬鼻肺炎ウイルスによる流産および生後直死は、1頭の子馬の被害に止まらず、複数頭に続発するケースが認められることから、生産牧場にとっては大きな被害を及ぼします。この原因ウイルスである「ウマヘルペスウイルス1型(以下EHV-1)」は、馬に一度感染すると、その体内に一生潜伏します。そして、何らかのタイミングで突然再活性化し、妊娠馬であれば流産を引き起こします。また、再活性化した馬は感染源となり、ウイルスを周囲の馬に拡散します。このことから、EHV-1は、撲滅が極めて困難なウイルスであると言われています。しかし、馬鼻肺炎に関する基礎知識を背景とした適切な飼養管理により、流産発生リスクを減らすことは可能だと考えられます。

 EHV-1とは?

 EHV-1は馬の流産原因の1割弱であることから、流産馬の10頭に1頭がこのウイルスの感染によるものと考えられます。その多くは、妊娠末期9ヶ月以降の流産、生後1~2日齢までの生後直死ですが、発症した母馬には発熱や鼻漏などの感染症状がない場合が多く、流産胎子は汚れや腐敗などがなく新鮮で、見た目が比較的きれいであることが特徴といえます。ただし、生後直死する子馬は、明らかに虚弱で元気がない様子が観察されます。

 これら以外の症状として、発熱や鼻漏、顎の下にあるリンパ節の腫脹などの風邪のような症状や、稀に起立不能や鼻曲がりといった神経症状を認めることがあります。しかし、EHV-1で注意が必要なのは、全く症状がないままウイルスを拡散させる馬がいることです。この場合には、飼養者の注意が行き届かないことが多く、感染拡大に繋がります。

 EHV-1の感染経路

 EHV-1の感染源となるのは「感染馬の鼻汁」および「流産時の羊水・後産・流産胎子」であり、これらに対して直接的および、間接的(人、鼻ねじなどを介して)に接触して馬が感染します(図1)。しかし、最も厄介なのは、馬自身の体内に潜伏しているEHV-1ウイルスの「再活性化」です。一度EHV-1に感染すると、生涯に亘って、その馬の体内(リンパ節や三叉神経節など)に潜伏すると言われており、体力低下、輸送、寒さなどのストレスが引きがねとなって、再活性化がおこります。これにより、潜伏部位から体内にEHV-1が拡散し、子宮内の胎子に到達した場合には流産を引き起こすことになります(図2)。EHV-1が再活性化した馬は、他の馬に対してもウイルスを拡散します。これらの馬からのEHV-1が若馬で初感染した場合、一度感染した経験をもつ馬よりも多くのウイルスを拡散させることが知られています。また、このような若馬はその後EHV-1を潜伏させて、再活性化のリスクを有した馬となります。このようなEHV-1のライフサイクル(図3)を考慮すると、冒頭でも述べたように、根絶が極めて困難なウイルスであることをご理解していただけるかと思います。

1_11 図1.EHV-1の感染経路

2_9 図2.EHV-1の潜伏場所および再活性化

3_9 図3.EHV-1のライフサイクル

EHV-1の予防法

 それでは、このような根絶困難なEHV-1に対して、我々はどのように感染リスクを減らすことができるのでしょうか?

「予防接種」

馬鼻肺炎のワクチン接種は極めて効果的な予防法です。もちろん、上記のようなウイルス特性から推察するに、接種による予防効果はパーフェクトではありませんが、妊娠末期の接種は、必要な予防措置と考えられます。また、妊娠馬のみならず、牧場で管理している他の同居馬(育成馬、空胎馬、乗馬、あて馬など)にも接種することで、牧場全体の馬のEHV-1の免疫を上昇させることは極めて有効です。

「妊娠馬の隔離」

 可能な限り妊娠馬は他の同居馬と隔離して飼養管理することが望ましいといえます。特に感染を経験していない若馬は、感染した場合に多くのウイルスを拡散させるため注意が必要です。このため、これらの馬は妊娠馬の近くでは管理しないこと、若馬を触った後は妊娠馬を触らないようにすること、触った場合の消毒・着替えが推奨されます。また、新たに入きゅうする上がり馬などは、輸送や環境変化のストレスにより再活性化しやすいため、妊娠馬の厩舎に入れることは推奨されません。しかし、やむを得ない場合は3週間程度の隔離を行い、感染徴候がないことを確認してから、同じ厩舎に入れる措置を取ったほうがよいでしょう。

「ストレスの軽減」

 再活性化を引き起こすストレスとしては、長距離輸送、手術、寒冷ストレス、放牧地や馬群の変更、過密放牧、低栄養などがあげられます。通常の飼養管理をするなかで、なるべくストレスを軽減するような管理方法を構築していく必要があるようです。

「消毒」

 妊娠馬の厩舎には踏み込み消毒槽の設置が重要です。消毒液としては、アンテックビルコンSやクレンテなどの塩素系消毒薬、パコマやクリアキルなどの逆性せっけんが有効です。しかし、いずれも低温では効果が低下するため、微温湯での希釈や屋内の温かい場所への設置など、水温低下を防ぐ措置が必要となります。また、消毒薬は、糞尿などの有機物の混入で効果が低下するため、頻繁な交換が推奨されます。また、野外や土間などには消石灰の散布が効果的ですが、塩素系消毒薬と混ざった場合、効果が減弱するため注意が必要です。

 発生時の対応

 それでは、実際にEHV-1による流産が発生した場合には、どのような対応が必要になるのでしょうか?

「消毒」

 馬鼻肺炎の流産の継続発生を防ぐためには、流産胎子や羊水、およびその母馬からの感染拡大防止が重要です。流産によって排出されたEHV-1は冬場の低温環境では2週間経過しても全体の約1/4が生存しますので、流産発生した場合には徹底的な消毒をしなくてはなりません。このため、流産が発生し、馬鼻肺炎が疑われる場合には、すみやかに胎子、寝藁、母馬、馬房を消毒します。この場合には、塩素系消毒剤のように金属腐食性がなく、生体にも比較的安全とされるパコマなどの逆性せっけんの使用が推奨されます。この場合にも微温湯で希釈した消毒液を大量に用いて徹底的に消毒します。

「隔離」

 流産をおこした母馬は、ウイルスの感染源となるので、他の妊娠馬への継続発生を防止するために、牧場内の他の厩舎へ隔離する必要があります。この際、他の馬がいる厩舎に隔離した場合、それらに感染し、牧場全体の被害を拡大させる可能性がありますので、出来るだけ単独隔離が可能な厩舎への移動が推奨されます。

 また、流産発生に備えて、消毒薬やバケツ・じょうろなどの必要品の準備に加えて、事前に母馬の隔離場所などを決めるなどの行動計画を作成し、厩舎スタッフで共有することも重要な感染拡大防止策であるといえます。

 (日高育成牧場 専門役 冨成雅尚)

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