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2019年4月10日 (水)

マダニ媒介性感染症

No.64 (2012年10月1日号)

 日高地方の放牧地では、シカを始めとするキツネやウサギなどの野生動物が放牧中のサラブレッドと共存!?している姿をよく見かけます(写真1)。実は、これら野生動物の体には、様々な種類のマダニが多数寄生していることをご存知でしょうか?(写真2)。こうした「共存」は、本来、クマ笹や草むらの中に潜んでいるマダニが野生動物とともに放牧地に侵入し、サラブレッドと接触する機会を増やす可能性があります。特にマダニの活動が活発になる春と秋には、ウマの頚や胸に吸血して丸々と太ったマダニを発見することが多くなります(写真3)。

1_9 (写真1)夕暮れとともに放牧地に侵入するエゾシカの群れ

2_10 (写真2)シカの耳に寄生しているマダニ

3_7 (写真3)馬に寄生しているマダニ。
胸から頚部、頭部に寄生していることが多い(左)。当歳馬1頭から採取したダニ(右)。

病原体
 マダニの消化管には「ライム病」の原因となるボレリア(Borrelia burgdorferi)と呼ばれるらせん状の細菌や「アナプラズマ症」の原因となるアナプラズマ属(Anaplasma)のグラム陰性細菌が感染していることが疑われています(写真4)。帯広畜産大学の調査によれば、十勝地方の牛放牧地で採取されたマダニから「エールリヒア症」の原因となるリケッチア属(Ehrlichia)が高確率に検出されています。これらの病原菌は感染野生動物の血液を吸血することによりマダニの腸管内で増殖することが知られています。そのため、マダニを駆除する際にはマダニの腸管液を馬の体内に押し込まないように、注意しなければなりません。そこで、役に立つのがマダニ取り専用のピンセットです(写真5)。このマダニ取り用ピンセットの先はスプーン状になっていて、マダニの頭部だけを挟んで引っ張り抜くことができる優れ物です。これにより、マダニの腹部を押して消化管内容物がウマの体に逆流することも、頭部が皮膚の中に残ってしまうことも予防できます。

4_5 (写真4)ボレリア菌の顕微鏡像 (Microbe libraryより)

5 (写真5)ダニ取り専用のピンセット

症状と治療法
 大抵のウマは、これらの病原菌に感染しても顕著な症状を示すことは少ないようですが、ライム病の流行地域として知られる北アメリカの中部大西洋地域からニューイングランドまでの東部諸州、中西部の五大湖地域およびカリフォルニア州では、罹患すると歩様の変化が見られることが報告されています。さらに一般的な臨床症状としては、項部硬直、慢性的な四肢の中軽度の跛行、筋や神経の疼痛、緩慢な動作などの行動の変化、体重の減少、肌の知覚過敏、ブドウ膜炎、関節の腫脹などが知られています。アナプラズマ症との類症鑑別は、発熱や貧血、血小板の減少、筋肉の削痩、または運動障害といった違いがあります。血清学的診断やPCR診断により検査可能ですが、確定診断は難しく、他の疑われる疾患が否定されて始めて診断されます。治療にはテトラサイクリン系抗生物質を5-7.5mg/kgを1日1回で28日間静脈内投与が推奨されています。

日高管内における感染状況の調査
 日本のウマにおける節足動物が媒介する疾病に関しては、まだあまり調べられていないのが現状です。しかし、日高地方のウマの放牧地ではエゾシカを始めとする多くの野生動物が混在していることから、マダニを代表とする節足動物が野生動物とウマとの間で少なからず病原体を伝播していることが容易に推測されます。JRA日高育成牧場に繋養されていたサラブレッド繁殖牝馬13頭(2~20歳)、子馬9頭(当歳)、育成馬65頭(1歳)から末梢血を採取し、アナプラズマ、ボレリア、リケッチアに対する抗体陽性率を調べた結果、それぞれ3.4%、92.0%、98.9%の陽性率となり、これらの病原菌に高率に感染が起こっていることが確認されました。育成馬は日高管内で生産され1歳の夏に日高育成牧場に入厩してきたウマ達であることから、感染は生産牧場ですでに成立していたものと考えられました。また、高齢の繁殖牝馬ほど抗体価が高い傾向が認められ、病原体への暴露は毎年、繰返し起っている可能性が考えられました。

マダニ刺咬性中毒
 オーストラリアの東沿岸では、マダニの刺咬性中毒によるウマの死亡例が報告されています。マダニは吸着後、神経毒を含む唾液を刺咬部に注入します。この神経毒を含む唾液により麻痺症状を発生させたり、起立不能を呈したりする疾患です。マダニの寄生数が多い程、さらに体重100kg以下の子馬での死亡率が高いと報告されていることから、新生子馬のマダニの寄生には注意を払う必要があるかもしれません。

最後に
 アナプラズマ、ボレリア、リケッチアはヒトへも感染する「人獣共通感染症」という代物です。たかが「ダニ」と侮ってはいけません。予防にはこまめなマダニの除去が推奨されています。日頃の手入れの時にはマダニの寄生にも注意を払ってみてはいかがでしょうか。

(日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫)

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