心電図からわかること2
No.63 (2012年9月15日号)
動物の心臓は、刺激伝導系の働きによって自動的に収縮・弛緩を繰り返し、全身に血液を送り出すポンプとして働いていますが、外部からも実に巧妙な調節も受けていて、そのひとつが自律神経による調節です。
心拍数と自律神経
心臓は、交感神経と副交感神経という2系統の自律神経により、2重の支配を受けています。この2種類の自律神経は互いに拮抗的に働いていています。大まかにいうと、交感神経は心臓機能に対して促進的に、副交感神経は逆に抑制的に働いています。心拍数に関していえば、交感神経は心拍数を増やす方向に、副交感神経は心拍数を減らす方向に働くというわけです。心拍のリズムは、交感神経と副交感神経の影響を2重に受けながら、およそ一定のリズムで刻まれるわけです。
心電図で各心拍の間隔を測定したいときには、通常はQRS波の中のR波(下に出ている一番大きな波)の間隔を測定します。この間隔が2秒であれば、1分間あたりの心拍数は30拍/分になるわけです(図1)。
図1:馬の心電図で各心拍の間隔を測定したいときには、通常は QRS波の中のR波(下に出ている一番大きな波)の間隔を測定します。この間隔が2秒であれば、1分間あたりの心拍数は30拍/分になるわけです。上の図では、約2.1秒なので、28.5拍/分くらいになります。
安静にしているときに自分で脈を取ってみると、心臓は一定の間隔で拍動しているように感じられます。しかし、実際には、心拍間隔は1拍ごとに微妙に変動しています。聴診器で数えた心拍数が30拍/分である場合は、心拍の間隔は2秒になるわけですが、メトロノームみたいにいつも正確に2秒間隔で拍動しているわけではありません。実は、2.01秒、1.97秒、2.02秒といった具合に、わずかではありますが、変動しています。このわずかな心拍間隔の変動を解析することで、自律神経機能を評価する試みが行なわれるようになりました。心拍変動解析というのがそれで、JRA競走馬研究所と東京大学との共同研究により、馬における解析の手法が確立されています。
この方法では、馬の心電図記録から1拍ごとの時間を読み取り、それを周波数解析します。その結果、高周波数の成分の数値(HFパワー)と低周波の成分の数値(LFパワー)が得られます。このHFパワーが副交感神経活動を示していると考えられています。
トレーニングと自律神経機能
トレーニングすると、安静時の心拍数が減少していくことはよく知られています。JRA日高育成牧場おいて、2歳の10月まで普通にトレーニングを行なった馬と、同期間を放牧のみでトレーニングしていない馬の心臓機能を比較する調査が行なわれました。すると、トレーニングした馬では安静時心拍数が低下していましたが、トレーニングしていない馬では安静時心拍数はほとんど低下していないことがわかりました。また、副交感神経活動を示すHFパワーという数値は、トレーニングした馬たちでは650程度であったのに対し、トレーニングしていない馬たちでは300を超える程度で、トレーニングしていた馬に比べて明らかに低い値を示しました。
JRA育成馬を用いた調査でも興味深い研究成績が得られています。1歳の12月から2歳の4月にかけて、V200(心拍数が200拍/分になる走行スピード)が向上した馬たち、つまりトレーニング効果があった馬たちでは、安静時心拍数は明らかに少なくなっていました。一方、V200があまり変わらなかった馬たち、つまりトレーニング効果があまりみられなかった馬たちでは、安静時心拍数はほとんど減っていませんでした。さらに、安静時心拍数が減っていた馬たちでは、副交感神経活動を示すHFパワーが増加していたことがわかりました。
サラブレッド競走馬の安静時心拍数が少なくなるのは、トレーニングによって副交感神経活動が亢進するからだろうということは古くからいわれていて、いろいろなところで紹介されていました。しかし、具体的にそれを示すような研究成績はみあたらず、詳細は不明のままでしたが、私たちの調査研究により初めて証明されたことになります。
スポーツ心臓
前回の連載で、テイエムオペラオーの安静時心拍数は3時間にわたる長時間記録中の平均でさえ25拍/分であったことを紹介しましたが、この馬のHFパワーの値は6000近い値でした。この値は、2歳4月時のJRA育成馬の値(577)と比較すると、非常に高い値です(図2)。また、心臓エコー検査によると、安静時の1回拍出量は約1.5リットルで、平均的な2歳馬の値である0.8リットルと比較すると大きな値を示しました。また、左心室壁の厚さも平均的な馬よりはかなり厚かったことがわかっています。これらの心臓エコー検査で得られた各種の測定値から心臓の重さを推定すると、テイエムオペラオーの心臓は約7kgであったと考えられています。当時の体重から考えると、体重の1.5%を超えるような大きな心臓だったと思われます。
図2:トレーニングと副交感神経活動(HFパワー)の関係。JRA育成馬のHFパワーは、1歳秋から2歳春までの育成調教によって有意に高くなっていたが、テイエムオペラオーの値ははるかに高い値であった。
普通の動物の心臓重量は体重の約0.6%ですが、サラブレッドは少なくても体重の1%くらいあるのが普通ですので、体重500kgのサラブレッドでは、心臓の重さは最低でも5kgくらいあります。以前、JRA競走馬総合研究所が調べた成績によると、トレーニングしていない馬たちの心臓の平均重量は4.1kgで、体重の約0.94%であったのに対し、トレーニングした馬たちでは平均4.8kgで、体重の約1.1%であったことが報告されています。このことは、他の動物に比較してそもそも大きいサラブレッドの心臓が、トレーニングによってさらに大きくなっていったことを物語っています。このような現象は、一般にはスポーツ心臓などと呼ばれますが、テイエムオペラオーの心臓はスポーツ心臓の典型といえるでしょう。
有名競走馬の心臓重量の実測値が報告されることは稀で、古くはエクリプスの心臓が6.4kgであったことが成書に記載されています。また、2008年に発刊された馬の運動生理学の教科書(Equine Exercise Physiology: The Science of Exercise in the Athletic Horse)によれば、イージーゴアーの心臓は6.8kgであったといいます。やはり一流馬の心臓は大きいといえそうです。
(日高育成牧場 副場長 平賀 敦)
コメント