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化粧するのは自分の顔(日高)

427日のBUセールまで残すところ1ヵ月半。セールに向けた準備が忙しくなってきました。個体情報で購買者の方に開示するための四肢のレントゲン検査、喉の内視鏡検査、屈腱部のエコー検査、喉の手術を実施した馬に対するトレッドミルでの運動負荷試験など、スケージュールがビッシリです。

そういった中、39日からBUセールの名簿に掲載する上場馬の写真撮影を開始しました。既報でもお伝えしていますが、今年の日高は雪が多く残り、現時点では撮影場所はまだ雪に覆われています。本年のセール日程から逆算して、1ヶ月前には撮影を終了しなければなりませんが、気候が味方してくれなければお手上げです。

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背景に雪が残る中、始まった写真撮影。撮影場所は除雪後、凍結防止剤を撒き何とか使えるようにしました。馬はチーサキーの07(牡 父:プリサイズエンド)。馬が綺麗に四肢を配し、立ち位置が決まったらICレコーダーから発せられる馬のいななき音がキリッとした馬の表情作りに役立ちます。

育成馬達の調教は、週2回の1,000m屋内坂路で行うスピード調教を着実にこなし順調に進んでいます。スピードの指示は、2月末時点で「3ハロンをハロン16秒刻みで48秒」にまでになっています。坂路馬場は平坦な馬場に比べて心肺機能に対する運動負荷が強く、心拍数による調査によればその差は3%の坂路で1~2秒とされています。つまり現時点でハロン15秒以上の負荷の調教が出来ていることになります。このスピード指示は、3月下旬にはさらに15秒にまでアップします。

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1,000m屋内坂路での併走によるスピード調教。向かって右が昨年の最優秀2歳牡馬セイウンワンダーの全妹、セイウンクノイチの07(牝 父グラスワンダー)、左はランビーの07(牝 父ストラヴィンスキー)。この日(35日)は2本目のスピード調教の中間3ハロンを持ったまま18.116.416.5秒で上ってきました。両馬とも期待の牝馬です。

さて、今回の表題「化粧するのは自分の顔」。何のことでしょうか?

JRA30年ほど前から海外競馬先進国に「実践研修」と称してその優れた技術やノウハウ、考え方などを学び、帰国後は自らJRAの育成牧場でその成果を実践してきました。派遣された国はアメリカ、カナダ、イギリス、アイルランド、フランス、オーストラリア、ニュージーランドの7カ国に及びます。

世界各国、いかに強い競走馬を作るかに試行錯誤をしている点では一致していますが、それぞれの国にはそれぞれ異なった気候、地勢をはじめとした違いがあります。当然、馬に携わってきた歴史や文化的な違いも存在します。そういったことを承知しつつ、まず先進国から学ぶ姿勢で、それぞれの国で行われている手法をまず試しました。これは他人(海外のホースマン)が自分の顔(環境や施設)に行っている化粧の方法(馬の管理方法)をそのまま自分の顔に用いたといえるものでした。このプロセスの中で多くの新しい技術や考え方が導入されましたが、一方で育成牧場の担当者からは、「研修生が帰ってくる度にコロコロ育成馬の管理の仕方が変る」「なぜこれまでの方法ではいけないのか」などと不評な部分があったのも事実です。しかし、こうした経緯の中から、育成業務を継続する中でそれぞれの手法の背景にある考え方が整理され、現在のJRA育成牧場の管理手法に収束してきたわけです。たとえるならば、自分の顔に自分で化粧をしてきたわけです。

小さな例を挙げれば、育成馬を引く際の道具です。アメリカではチェーンシャンク、チフニー(ハートバミ)が主として使われています。一方ヨーロッパでは棒バミ(ストレートバービット)が多用されます。その当時の日高の育成牧場では無口頭絡で引くことが主流でした。JRAでは両方を試し紆余曲折はありましたが、効果や取り扱いの特徴などを検討した結果、現在は必ず無口頭絡の上にチフニーを用いるようになりました。今では、普段から馬をしつける上ではなくてはならないものになっています。

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チフニー(ハートバミ)。引き手のナスカンは、下の環に付けます。

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無口の上からチフニーを装着した状態。馬はフォーントの07(牡 父:キングカメハメハ)。素直な馬ですが、そろそろ牡らしさが出てきて人に挑戦してくる場面も見られます。そういったときにしっかりと御すためにもチフニーは不可欠です。

私は、研修で滞在していたアイルランドの厩舎で、調教師に「あなたの今の調教スタイルや考え方を形作る上で、アシスタントとして働いた厩舎のどんな経験が役に立っているか」と尋ねたことがあります。彼は「極言すれば、私はアシスタントとして朝早くから夜遅くまで働いただけ。色々な経験はさせてもらったが、一番役に立っているのはその経験を元に自分が実際に調教師として試行錯誤したことであり、特に犯してしまった失敗を忘れないことだ。」と答えてくれました。まさに、他の人の化粧の仕方を学び、その上に自分のアイデアも加え、自らの顔に化粧をすることによってさらに良い方法を見出してきたのではないでしょうか。

育成牧場には多くの生産育成に携わる皆さんが見学、視察に来られます。今回の話はちょっと重くなってしまいましたが、私達の取り組んでいる管理方法の中から少しでも参考にしていただく部分があれば幸いですし、そういったアイデアに富んだ育成牧場でありたいと思っています。

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馬体やボディコンディションのチェックを含めた測尺の手順を視察する獣医や育成牧場の皆さん。