24-25育成馬ブログ(生産③)

〇今年のJRAホームブレッドの生産状況について

 3月に入り、寒い日高地方も日中は暖かくなる日が増えてきました。生産牧場では子馬が続々と生まれており、可愛い子馬に癒されながらも、牧場の皆様としてはゆっくり眠れない夜が続いているかと思います。


 日高育成牧場でも、本年はJRAホームブレッド10頭が出産予定となっています。以下の表が今年の分娩予定馬で、これまでにすでに5頭が生まれました。ここまでは大きな問題もなく、無事にお産とその後の管理ができています。

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2025今シーズン初産駒(ユッコ2025)誕生の様子

 

 今回は今年生まれたばかりの生産馬について少しご紹介します。まだ半数が分娩を待っている状況ですが、これまで生まれた子馬たちを見て、今からデビューが楽しみになっています。

25ユッコ2025 3/5撮影(15日齢)

 1頭目はユッコ2025(めす、父カラヴァッジオ、母父ハーツクライ)です。当牧場生産馬初のカラヴァッジオ産駒で、今シーズン最初に生まれた牝馬です。
 父カラヴァッジオ(カラヴァッジオ(USA):日本軽種馬協会)は、現1歳世代が本邦初年度産駒。2018年からアイルランド、アメリカで供用された後、JBBA日本軽種馬協会に導入され、2023年から日本での種付をスタートしました。現役時代は、デビューからG1競走2つを含む6連勝を飾った仕上がり早のスプリンターで、欧米にのこしてきた産駒からは、昨年の欧州最優秀3歳牝馬に選ばれたPorta Fortunaを筆頭にすでに3頭のG1競走勝ち馬が出ています。持ち込み馬としてすでに日本でデビューした産駒からも、GⅢ阪急杯を勝ったアグリなどが出ていて、日本の競馬の適性もすでに示しています。
 こちらの牝駒は、出生時体重が59㎏と生まれながらにしっかりとした馬体で、生まれた当日から馬房内で走り回るほど元気いっぱいです。集放牧の間も抑えるのが大変なくらい前進気勢にあふれているので、父の産駒らしいスピードを武器とした良い競走馬になってくれそうです。

25_2 プレイフォミラクル2025 3/5撮影(13日齢)

 もう1頭は新種牡馬産駒から、プレイフォミラクル2025(牡、父シャープアステカ、母父ヘニーヒューズ)です。
父シャープアステカ(シャープアステカ(USA):日本軽種馬協会)はこの当歳世代が本邦初年度産駒。現役時代はアメリカのダートマイル路線で活躍したトップマイラーで、G1競走1勝(2着3回)をはじめ重賞5勝をあげています。2019年からアメリカで供用開始されたのですが、初年度産駒は大活躍。34頭が勝ち上がり、2歳総合サイアーランキングで勝利数1位を獲得しています。その初年度産駒からは、G1ビホルダーマイルSを勝ったSweet Aztecaが出ており、また先月ドバイで行われたUAEオークス(GⅢ)を勝った3歳馬Queen Aztecaもこの父の産駒です。2024年からJBBA日本軽種馬協会に導入されていて、初年度は146頭もの種付を行いました。
 こちらの牡駒もとても元気で、弾むようによく歩く馬です。前述のカラヴァッジオの牝駒と比べると、現時点ではやや線が細いように見受けられますが、雄大な馬体を誇る父や母父ヘニーヒューズのように、ダート適性の高い筋骨隆々な馬体に成長するかもしれません。これからどんどん成長して変化していく子馬を観察していけることが、生産者としての楽しみだと思っています。

 当場の出産も折り返し地点に差し掛かりました。最後の1頭が生まれるまでのお産の安全と産後の親子の健康を祈りながら、毎日の管理に励んでいきたいと思います。

24-25育成馬ブログ

難産で母馬を失った育成馬

〇繁殖牝馬の分娩後の死亡
 二次診療への緊急の搬送を伴う疾病といえば疝痛が挙げられますが、生産地においては難産も重要な病気です。難産の発生率は約10%(McCue, 2012、Ginther, 1996)と言われており、その中でも親子の生死に関わるような獣医師を呼んで急患対応をしてもらう割合はすべての分娩の約3~4%(野村、2017および佐藤、2017)と報告されています。多くの症例においては、子馬よりも翌年以降もその血統を残せる可能性のある繁殖牝馬を救う対応が取られます。その結果、難産時の子馬の死亡率はすべての分娩の約1%(加藤、2017)であるのに対して、繁殖牝馬の死亡率は約0.4%(野村、2017)と報告されています。近年の生産頭数が約8000頭であるため、日本全体では年間で30頭程度の繁殖牝馬が難産時に死亡していると推定されます。
 JRA日高育成牧場においても、難産において繁殖牝馬が死亡した症例に2023年に遭遇しました。この症例は、本来は伸びている胎子の両前肢や頭部が曲がってしまったタイプの難産で、全身麻酔下で胎子を引き出すこと(後肢吊り上げ整復)が必要となりました(写真1)。胎子の引き出しには約1時間半もの時間を要してしまい、この時点では誰もが胎子の生存は厳しいと感じていました。一般的に、分娩時間が30分を超えると、10分経過するごとに胎子の生存率も約10%低下することが知られています(Norton, 2007)ので、この状況は絶望的でした。

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(写真1)後肢吊り上げ整復の様子

 そのような状況でしたが、娩出された子馬は呼吸をしており、奇跡的に生存しており、すぐさま子馬の救命処置を開始しました。一時的に呼吸が弱くなる場面もありましたが、投薬処置により一命をとりとめました。一方、長時間の難産に苦しんだ繁殖牝馬は、産道の裂傷からの腸管脱出が認められ、子宮動脈破裂を疑うほどの出血があり、非常に厳しい状況でした。難産時に繁殖牝馬の死亡原因として、子宮動脈破裂が55%、腸管脱出が10%という報告(野村、2017)があり、二次診療施設で手術することを検討しましたが、残念ながら安楽死となりました。子馬のいななきに反応した母馬の姿は今でも忘れられません。生まれた子馬は母馬を失った子馬(Orphan Foal)として育てることとなりました(写真2)。

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(写真2)母馬を失った子馬

〇人工乳の給与と乳母付け
 母馬を失った子馬の管理では、いかにして栄養源を与えるかが重要となります。通常であれば母乳が栄養源となるわけですが、母馬を失った子馬は母乳を得られないので、代替となる栄養源が必要です。生産地では、馬用の人工乳が市販されており、ストック初乳の投与後は哺乳瓶を用いて人工乳を与えることになります(写真3、4)。通常の子馬は、最も多い時には30分に1回程度の頻度で吸乳しており、人工乳に関しても頻繁に与える必要があります。この子馬についても、2時間おきに与えました。また、量も1日で最大20L程度飲む時期もあります。以上のことから、哺乳瓶を用いた頻回給与には限界があり、ある程度のタイミングでバケツなどを用いて与える方法へ移行するのが現実的です。この子馬も11日齢からバケツや飼桶での給与を開始しました(写真4)。

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(写真3)哺乳瓶による授乳

1_2 (写真4)バケツによる授乳

 バケツであれば牧場スタッフの負担は軽減されますが、離乳までの長期間続けることは非常に負担です。また、生後からの親子での集団放牧がウマの性格や社会性の形成に重要な働きをしていると考えられています。例えば、子馬は母馬の行動(乾草を食べる、人の横を引き馬で歩くなど)を見てまねることで、色々な行動を早く学びます。さらに、他の親子と触れ合う中で個体間の上下関係を学び、人の指示に従う従順な性格となる下地ができるとも考えられています。以上のことから、母馬の代わりとなる存在がいることが理想であり、母乳の出る他の繁殖牝馬に育ててもらいます。これを『乳母付け』と呼びます。
 一般的には、その年に出産した繁殖牝馬でないと母乳は出ませんが、様々な薬を投与することで、出産していない繁殖牝馬でも母乳が出るようになります。乳母に適した馬は、これまでに出産歴のある馬で、母性の強い馬が適していると言われています。今回は、6頭の出産経験があり、他の子馬の授乳も許容する空胎の繁殖牝馬を乳母にしました。このように温厚な繁殖牝馬であっても、いきなり授乳を許容するわけではありません。JRA日高育成牧場では分娩時の生理状態を再現する薬を投与し、乳母の状態を確認しながら乳母付けを行いました。乳母候補となる馬への処置が終わると、いよいよ子馬と対面させます。相性が悪いと子馬を蹴ったり、威嚇したりすることもあるのですが、今回の乳母と子馬は幸いにも、何事もなく授乳が許容されました。数時間もするとまさに本当の親子のような仲睦まじい姿となっていました(写真5~8)。

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(写真5)乳母付けの様子【薬投与後】 

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(写真6)乳母付けの様子【子馬との対面】

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(写真7)乳母付けの様子【授乳】

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(写真8)本当の親子のように放牧地でまったり

 なお、乳母付けなどについて詳細に知りたい方は、JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-に記載されていますので、ダウンロードしてご活用ください。

〇母馬を失った馬の取扱いや育成
 一般的に、母馬を失った子馬は取扱いが難しくなるというイメージが持たれています。これは、前述のように社会性の欠如が危惧されるからです。今回の子馬も、当歳時は少し他の子馬と距離があるような様子も見られましたが、乳母付けの効果もあり、その後は大きな問題もなく離乳や馴致を行っています。2歳となった現在は、坂路でハロン18秒を切るタイムでの調教も可能になっており、JRAブリーズアップセールに向け、順調に調整しています(動画1)。ぜひともこの育成馬に注目していただければ幸いです(写真9)。

Photo_12(動画1)調教の軌跡

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(写真9)現在の姿(レディバゴ2023)





24-25育成馬ブログ

馬の二次診療施設

〇 樋口徹先生慰労会の開催


 2025年1月18日(土)に静内エクリプスホテルで長らくNOSAI北海道家畜高度医療センターにおいて馬の二次診療に携わってきた、樋口徹先生の慰労会が盛大に開催されました。

 樋口先生は、我々JRA日高育成牧場はもちろんのこと、生産地の多くの馬たちの手術を執刀してこられ、日本の馬産業に多大な功績を残されました。また、手術などの診療だけでなく、後進の育成にも非常に熱心に取り組まれ、家畜高度医療センターにおける獣医学生の研修は馬の診療を志す獣医学生にとってあこがれの研修先であり、樋口先生の執筆されてきた『馬医者修行日記』は馬の診療に携わる獣医師のバイブルと言えるものでした。

 これからの我々馬獣医師たちは、樋口先生の意志を継いで、馬のためにより良い獣医療を目指していかなければならないと改めて感じたところです。

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(写真)樋口徹先生の慰労会の様子

〇 二次診療施設
 樋口徹先生の勤めてこられたNOSAI北海道家畜高度医療センターのような二次診療施設は、日本国内にいくつかありますが、生産地では、胆振地方にある社台ホースクリニック、日高地方にあるNOSAI北海道家畜高度医療センターが主な施設です。

 生死に関わる疝痛などが発生した際には、専門の知識と技術を持った外科医による外科手術が必要となりますので、これらの施設へ馬を搬入することになります。病気の種類にもよりますが、発生からなるべく早く手術を行うことは手術の成否や術後の回復にも影響を与えますので、必然的に牧場から近い二次診療施設に依頼することが多くなります。

 JRA日高育成牧場においても、最も近いNOSAI北海道家畜高度医療センターに受け入れていただいております。

 2015年から2024年までの10年間にJRA日高育成牧場からNOSAI北海道家畜高度医療センターに搬入した頭数は34頭(牡17頭、牝17頭)でした。年間で約3~4頭の馬が二次診療施設で手術を受けていることになります。その年齢や用途を見てみると、育成馬である1歳および2歳が大半を占めていました(図1)。JRA日高育成牧場では、繋養馬の多くが育成馬ですので、この結果は当然と言えますが、当歳や繁殖牝馬、さらには乗馬も手術をする可能性があることは忘れてはなりません。

 Photo_4(図1)JRA日高育成牧場の手術馬の年齢

 また、手術の種類をみてみると、大半は開腹術(主に疝痛に対する外科手術)でした(図2)。やはり馬を繋養している牧場にとっては、飼養管理を気を付けていても、疝痛の発生は避けられませんので、二次診療施設の存在は大きな助けとなります。また、それ以外の手術は運動器疾患に関わるものが多く、手術のおかげで調教ができるようになり、無事に競走馬となれた馬も多数います。改めて生産地の獣医師が馬産業を支えていることを感じました。

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(図2)JRA日高育成牧場の手術馬の手術内容

24-25育成馬ブログ(生産②)

〇当歳馬の厳冬期の過ごし方

 日高育成牧場のある浦河では、12月中旬を過ぎてからついに寒さが増してきて、冬本番の様相を呈してきました。雪も放牧地を一面に覆い、いわゆる根雪が張った状態となりました。こうなると、放牧中の馬達は放牧地の草が食べられなくなってしまいます。

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 前回のブログ記事でご紹介したとおり、当場の当歳馬たちは10月下旬から新しい厩舎ができたハッタリ分場で過ごしてきましたが、11月末で別の厩舎に移動してきました。放牧時間は13時から朝8時までの19時間と変更はしないものの、この厩舎の移動は冬季の当歳馬管理に重要な意味を持っています。

 実は放牧地での馬達の行動について見てみると、寒い時期には運動量が低下することが分かっています。こちらは日高育成牧場の当歳馬において、GPSを使って放牧地での移動距離を調べたグラフですが、気温の変化と移動距離は連動しています。気温が低くなると、馬の移動距離は短くなるということです。

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 この理由はいくつか考えられますが、気温が低いと馬達は体温を維持するためにエネルギーを消費してしまうため、できるだけじっとして消費エネルギーや熱の放散を抑えるようになる、放牧地が雪で覆われていることで、食べる牧草を探して歩き回ることがなくなる、そもそも歩きにくいため歩かなくなる、などがあります。

 移動距離の減少は、子馬の体力づくりや健全な成長に悪影響を及ぼすかもしれません。そこでこの時期の日高育成牧場では、ウォーキングマシンの使用を開始します。ウォーキングマシンは、子馬の不足した運動量を補うことができます。歩行速度は4.5~5.0 km/hとそれほど速くない設定で、毎日30~60分程度行います。ウォーキングマシンを使用したいがために、この時期に子馬の繋養厩舎を変更している、というわけです。

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 ウォーキングマシン以外の運動量を維持するための工夫として、放牧地で与える乾草をできるだけ複数個所に分けるようにしています。こちらの写真は実際に当歳馬が使用している放牧地の空撮画像ですが、赤丸で示したように四角い放牧地の四隅で与えています。これによって馬達が草を求めて少しでも歩き回るように仕向けることができ、運動量の確保につながります。

Photo_4当歳馬を放牧している放牧地の空撮画像。赤丸のついた四隅に乾草を投げる

 放牧地で食べる草を与えるために、自家乾草のロールを置く方法もありますが、馬達はロールのある場所から動かなくなってしまうと考えられ、運動促進にはつながらないかもしれません。食べてなくなってしまう量を何回かに分けて与えるのが良いと考えています。

 このように、北海道の冬は馬達にとっても過ごしにくい環境となります。これから競走馬に育っていく子馬たちをどうしたらより強い馬にしていくことができるのか、工夫を凝らしていきたいと思います。

JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-について

 JRA日高育成牧場での繁殖牝馬や子馬の管理方法や考え方を記載した「JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-」を発行しています。下記のサイトからPDFファイルをダウンロードできますので、ぜひともご活用ください。
https://www.jra.go.jp/facilities/farm/training/research/pdf/research_seisan.pdf

24-25育成馬ブログ(日高②)

馬をまっすぐに走らせることと手前変換

 毎日寒くなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。9月に騎乗馴致を開始した61頭の育成馬たちの調教は順調に進み、現在800m馬場を2周した後、坂路を24秒/F程度で1本上がってくるメニューを消化しています。速歩でのドライビングの効果により、初めて坂路入りした際から馬がまっすぐ走れ、きれいな隊列での調教を行うことができています(写真1、動画1)。また、調教のタイム指示についてはステディキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となるように設定することで、馬が常に落ち着いた状態で調教を実施することができています。今回はその取り組みについてご紹介いたします。

Photo_2 (写真1)今シーズン初めての坂路調教

 

https://youtu.be/FGaU0j8Zj-M

(動画1)今シーズン初めての坂路調教

 

 我々は騎乗馴致段階で“速歩でのドライビング”を積極的に取り入れています。速歩のドライビングでは「左!」「まっすぐ!」「右!」「まっすぐ!」「左!」「まっすぐ!」「右!」・・・という風に、短時間で多くのコマンドを馬に出し続けることとなるため、馬が人にフォーカスし、人から出される命令にすぐに応えようと従順になる効果があると感じました。その結果、以前より人の言うことをきく馬が増えた気がしています。

 また、常歩よりも速いスピードでドライビングを行うことにより、馬が本当にまっすぐ進んでいるか、開き手綱の扶助を理解しているかが確認でき、結果として騎乗調教開始後にまっすぐ走れる馬が増えました。例えて言えば、自転車を運転する際に、ゆっくり漕ぐとフラフラしてしまいますが、ある程度のスピードを出し続けることでまっすぐな状態を維持できるのと同じ理屈です。スタッフたちには速歩で進む馬と同じ速さで移動しなくてはならないため苦労をかけましたが、そのおかげで走路での騎乗調教開始直後からまっすぐ走れる馬を作ることができました。

 速歩でのドライビングについては過去の当ブログでも何度か取り上げていますので、興味のある方は過去記事をご覧いただけましたら幸いです。

 JRA育成馬日誌: 24-25育成馬ブログ(日高①)

JRA育成馬日誌: 23-24育成馬ブログ(日高②)

JRA育成馬日誌: 22-23育成馬ブログ(日高④)

 

 基礎体力を付けるため、2シーズン前から12月に800mトラックで連続3周(2400m)をハロン24秒程度で走る調教を開始しました。その中で、まっすぐ走れる馬については競馬と同じく「コーナー順手前、直線反対手前」の手前変換を教えています。競走馬の手前変換の仕方は、新しい外側(左→右だとしたら右)のあぶみに足を踏み込み、騎座を新しい外側(左→右だとしたら右)に位置させ、人の重心を先に移動させて、馬の重心を変えるように誘導し、さらに、新しい外側(左→右だとしたら右)の脚で扶助(合図)を送って、新しい内側(左→右だとしたら左)の手綱を軽く開くと手前を変えるように調教しています。馬場馬術のように後躯が先で前躯が後の手前変換ではなく、あくまでも前躯が先で後躯を後に手前変換することでよしとしています。 以前はごく限られた腕の達者な騎乗者のみがこの手前変換を行えていましたが、「速歩ドライビング」「ステディキャンター」で「落ち着いてまっすぐ走ること」を教えた結果、手前変換できる人馬が増えました(写真2、動画2)。

Photo_3(写真2)800mトラックでの調教(今シーズン)

 

https://youtu.be/v5Mw96undUM

(動画2)800mトラックでの手前変換(過去動画)



 800mトラックで連続3周(2400m)の調教は、基礎体力を付けたうえ手前変換を馬に教えることができるなどメリットが大きい反面、この調教を開始した2シーズン前には内側管骨瘤が多発するというデメリットがありました。原因は「同じ方向での周回」にあるのではないかと考え、22-23シーズンは通年で月・水・金曜日は右手前、火・木・土曜日は左手前というように走る方向を固定していたのですが、23-24シーズンより、11・1・3月は月・水・金曜日右手前、火・木・土曜日は左手前で走り、12・2・4月は月・水・金曜日左手前、火・木・土曜日は右手前で走るように変更しました。その結果、跛行を伴う内側管骨瘤の発症頭数を22-23シーズンの6頭から23-24シーズンは1頭に減少させることができました。このように、周回コースで長い距離を走る調教では、同じ手前ばかりにならないよう、注意が必要であることがわかりました。

 

 以上、現段階での調教についての取り組みをご紹介いたしました。今後は坂路での3列縦隊での集団調教などを教えながら、競走馬として必要な基礎体力を身につけさせていきたいと思います今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

24-25育成馬ブログ(生産①)

秋は講習会の季節です


 今年は比較的暖かい秋となっている日高地方ですが、10月中旬を過ぎて急に朝夕冷え込むようになってきました。雪の季節ももう目前です。寒暖差が激しい時期になりますので、馬達同様、私たちも体調管理には十分気を付けて過ごしたいと思います。

 さて、日高育成牧場の繁殖班では9月~11月は例年多くの研修や講習会を行う季節となっています。例えば、JBBA主催で近隣牧場の皆様向けの「実践研修プログラム」。こちらは各牧場の比較的若手の皆様向けの講習で、学びたい内容を参加者の皆様に選んでいただき、それに合わせたカリキュラムを組み、講義や馬を使った実習を行います。
 その他にも毎月行っている「担い手飼養管理集中研修」なども通して、こちらから発信するだけでなく、牧場や馬産業関係者の皆様と貴重な情報交換をすることができる、とても有意義な時間となっています。

Photo_3牧場の皆様の研修の様子。馬のBCSのつけ方の実習などを行っています。

 また、今年は静内の小学校において、6年生に向けて馬に関する授業をする機会もいただきました。生徒さんたちが住んでいる日高地方が、競走馬生産にとってどれほど重要な地域なのか、馬はどのようにして生まれ、人を乗せることを覚え、そして競走馬になっていくのか、などをお話したのですが、皆さんとても真剣に聞いてくれました。
 質問の時間も、時間いっぱいまで途切れずにたくさんの手が挙がり、馬に対する興味や熱のすごさに圧倒されて帰ってきました。競馬サークルでは長らく人材不足が叫ばれていますが、今回の生徒さんたちのように、子供たちや若い方々が少しでも多く馬文化に関心をもってもらえたら、未来は明るいのではないかと思います。

Photo静内の小学校の授業の様子。皆さん熱心に授業を受けていました

 人材確保のトピックスとして、JRAでは本年から新しい試みとして、馬に関わる様々な職業をご紹介するサイト「UMAJOB」を開設いたしました。馬に関わる仕事としては、牧場スタッフ、厩務員、騎手、獣医師、装蹄師など様々ありますが、それらが実際にどのような仕事内容なのか、どうしたらその職に就けるのかなどの情報をわかりやすくまとめています。ご興味のある読者の方は是非一度ご覧ください。

UMAJOB −お仕事紹介 生産牧場スタッフ−

 最後に、日高育成牧場の当歳馬たちの近況です。9月中旬までで、10頭全ての離乳が終わり、子馬たちだけでの昼夜放牧が続けられています。例年は9月中により広い放牧地がある分場に移動させるのですが、今年は分場の厩舎の改築のため移動できずにいました。しかし、この工事もつい先日無事に終わり、新しい厩舎が完成しました。

Photo_4完成した分場の新しい厩舎

 近々移動させる予定なのですが、現在は「馬運車に乗る練習」をしています。当歳馬達にとっては初めての経験になる馬運車への乗車。馬は狭くて暗い環境は得意ではなく、そもそも初めてのものには「物見(ものみ)」をして警戒する性質があるため、初めはなかなか乗ってくれません。大体数日から1週間程度かけて「馴致(じゅんち。ならすこと)」をします。初日は車を近くで見せるだけ、翌日は荷台の入り口に近づけるだけ、その次は入口に少し入ってみる・・・といったように、馬の反応を見ながら少しずつ納得させていきます。面白いもので、こういった行程を馬に経験させる中では、馬ごとの性格の違いがハッキリ出てきます。嫌がって立ち上がって抵抗する馬、はじめは怖がっても意外にすんなり入る馬、など様々です。このように色々な経験をたくさん積むことで、成長して強い馬になってほしいと願っています。

Photo_2馬運車馴致の様子

JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-について

 JRA日高育成牧場での繁殖牝馬や子馬の管理方法・考え方を記載した「JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-」を発行しています。下記のサイトからPDFファイルをダウンロードできますので、ぜひともご活用ください。

「JRA育成牧場管理指針(生産編)」

24-25育成馬ブログ(日高①)

〇新人職員の速歩ドライビング練習

 サマーセールも終わり、現在日高育成牧場では54頭(ホームブレッド7頭、市場購買馬47頭)のJRA育成馬を繋養しています。これまで当ブログでも何度かご紹介してきましたが、近年騎乗馴致の際に速歩でのドライビングを行っています。今回は、新人職員の速歩ドライビング練習についてご紹介したいと思います。

 2年ほど前から我々は騎乗馴致段階で“速歩でのドライビング”を積極的に取り入れています(写真1、動画1)。まず、速歩のドライビングでは「左!」「まっすぐ!」「右!」「まっすぐ!」「左!」「まっすぐ!」「右!」・・・という風に、短時間で多くのコマンドを馬に出し続けることとなるため、馬が人にフォーカスし、人から出される命令にすぐに応えようと従順になる効果があると感じました。その結果、以前より人の言うことをきく馬が増えた気がしています。
 また、常歩よりも速いスピードでドライビングを行うことにより、馬が本当にまっすぐ進んでいるか、開き手綱の扶助を理解しているかが確認でき、結果として騎乗調教開始後にまっすぐ走れる馬が増えました。例えて言えば、自転車を運転する際に、ゆっくり漕ぐとフラフラしてしまいますが、ある程度のスピードを出し続けることでまっすぐな状態を維持できるのと同じ理屈です。スタッフたちには速歩で進む馬と同じ速さで移動しなくてはならないため苦労をかけましたが、そのおかげで走路での騎乗調教開始直後からまっすぐ走れる馬を作ることができました。

Photo(写真1)速歩でのドライビング

https://youtu.be/EmuFczpnADo

(動画1)速歩でのドライビング

 昨シーズンからは具体的に、「8の字」や「コの字」といった図形をきれいに描いてドライビングおよびその後の各個騎乗をするように指示しました。「8の字」のドライビングでは直線部分で左右のハミをあえてフリーにすることで、ハミが外れている状態ではひたすらまっすぐ前進していれば良いことを教えていきました(図1)。「コの字」のドライビングでは覆い馬場の出入口など馬が気をとられそうなポイントをあえてまっすぐに通過させることで、人の指示があるまではまっすぐ走り続けなくてはならないことを教えこみました。その結果、馬にとって“まっすぐ走り続けることがオフ”の状態を作ることができ、更にまっすぐに走れる馬が増えたと実感しています。

Photo_3(図1)8の字の図形

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(図2)コの字の図形

 さてこの「速歩でのドライビング」ですが、誰でもいきなり出来る訳ではありません。騎乗することとは別のスキルが要求されるため、今年初めて日高育成牧場勤務になった新人たちには育成馬の騎乗馴致開始前に乗馬を用いて速歩ドライビングの練習をしてもらっています。
 ドライビングで馬を曲げるためには、曲がりたい方向(左に曲がりたいなら左)の手綱を短く持つ方法と、曲がりたい方向と逆の方向(左に曲がりたいなら右)の手綱を伸ばす方法の2つのやり方がありますが、今回はどちらかといえば簡単な前者の方法についてご紹介します。まず、左に曲がりたい場合、レーンを2本とも右手に持ちます。次に空いた左手で2本のレーンを束ねている箇所より前方(馬側)で左のレーンを持ちます。そうすると、左のレーンが右のレーンより短くなり、左のレーンが張られるため、馬が内方姿勢となり左に曲がります(図3)。これが基本の動作となり、あとは人の脚力で速歩をする馬についていき、この動作を繰り返せるように練習するのみです(写真2、動画2)!

Photo_5(図3)曲がりたい方向の手綱を短く持つ方法

Photo_6(写真2)速歩ドライビングの練習

https://youtu.be/L7gTmlZib0E

(動画2)速歩ドライビング練習風景

 以上、今回は新人職員の速歩ドライビング練習についてご紹介いたしました。今シーズンも9月4日から育成馬の騎乗馴致を開始いたします。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

23-24育成馬ブログ(生産④)

各種実習および講習会を実施しました

 6月になり、日高も気温20度を超える日が続き、暑い季節がやってきました。生産牧場では分娩や種付けが一段落したのもつかの間、牧草の収穫作業や掃除刈りが忙しくなってきている頃かと思います。JRA日高育成牧場でも、牧草の成長度合いと天気予報をこまめに確認しながら、収穫のタイミングを慎重に見極めているところです。

Photo 乾草作りは天候に左右される難しい仕事です

 忙しい季節である一方、当歳馬たちを観察するにはよい季節だと思います。今年生まれた当歳馬たちは、すでに集団での親子の昼夜放牧を開始しています。離乳するのはまだ先ですが、だんだんと親子の距離が離れ、子馬同士で行動する時間が増えてきて、放牧地での行動にも個性が感じられるようになってきました。青々とした放牧地で気持ちよさそうに過ごしている子馬を見て、とても癒されています。

Photo_2 放牧地でリラックスする親子馬
 

JBBA子馬実習 

 JRA日高育成牧場におけるこの季節は、例年各種研修や実習が行われる時期でもあります。5月30日および6月6日にはJBBA日本軽種馬協会の生産育成技術者研修生の皆様の子馬実習を実施しました。この研修は、将来生産牧場や育成牧場で働きたいと考えている若い研修生の皆さんが、4月から翌3月までの1年間のカリキュラムで、馬の扱い方や生産などの知識を学ぶ研修です。同研修からは、これまでに多くの若いホースマンが巣立っていき、生産地で活躍しています。
 当牧場では、JRAホームブレッドの親子や育成馬を利用した実習を各季節で実施しており、今回は「親子馬の扱い方」というテーマで8名×2班の計16名が来場しました。実習では、子馬の手入れや保定の仕方、親子馬を同時に引き馬する方法などを、座学と実技実習の両方を通して学んでいただきました。当歳馬に初めて触れるという生徒さんも多い中、一生懸命に取り組まれているのが印象的でした。

Photo_3 一人で親子馬を引く方法を練習するJBBA研修生

馬女ネット研修会
 さらに6月5日には、日高女性軽種馬ネットワーク(通称「馬女ネット」)の皆様の研修会も開催されました。「馬女ネット」は日高管内の軽種馬産業にかかわる女性を中心とした団体で、色々な研修会などを企画し馬についての勉強をされている皆様です。今回は、「当歳馬の基本的な扱い方」というテーマでご依頼があり、当牧場の当歳馬を使って、馬房内での手入れ、保定、しつけ、経口投与の仕方や引馬の時に気を付けることなどを実習形式で体験していただきました。各牧場で普段用いているやり方がそれぞれある中で、さらに違う方法を学び取り入れようという前向きな気持ちに刺激をいただける、とても良い時間となりました。

Photo_4研修会には18名の会員の皆様がご来場されました

Photo_5 普段と違う引き馬の方法にも積極的に挑戦してくださいました

 これらの講習会などのイベントで他の団体の皆さまと交流することで、お互いの牧場の情報交換ができたり、自分の牧場でのやり方を改めて見直す良い機会となりました。さらに、馬たちにとっても、普段と異なるシチュエーションを経験することで、精神的な成長にもつながります。人も馬もこれからも様々な経験を積極的にして、成長していきたいものです。


JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-の発行
 JRA日高育成牧場での繁殖牝馬や子馬の管理方法や考え方を記載した「JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-」が発行されました。下記のサイトからPDFファイルをダウンロードできますので、ぜひともご活用ください。

https://jra.jp/facilities/farm/training/research/

23ー24育成馬ブログ(日高④)

馬の重心の上に乗るために(新人やBTC生徒に対する指導)


 日高育成牧場では、毎年5~7名ほどの新人(馬取扱技能職)が春の定期人事異動で転入してきます。また、例年25名ほどのBTC研修生を受け入れ、育成馬に騎乗してもらっています。前者は馬術の腕は確かですが、サラブレッド競走馬には乗った経験がない者がほとんどであり、後者は4月の入講から馬に乗り始め、乗馬経験が半年ほど経った後に初めて競走馬に乗ることになります。今回は、彼らにまずどのような点を意識して育成馬に騎乗してもらっているかについてご紹介いたします。

 まず2枚の写真を見比べてみてください。写真1は過去のBTC生徒(今年の生徒ではありません)がJRA育成馬に乗りに来た初日のものです。フォローしておきますが、当然最初から上手く乗れる人はいません。たいていの場合、騎手を真似してアブミ革を短くして乗ろうとするのですが、乗馬でいう「椅子座り」の姿勢すなわち脚が前にいきお尻は後ろの状態になりがちです。一方、写真2は育成馬に乗り慣れたJRA職員のものです。お尻の位置が前にあり、脚の上にお尻がきていることがわかります。

Photo_9 (写真1)初心者(過去のBTC生徒初日)   

Photo_10 (写真2)上級者(JRA職員)

 図1では、よりわかりやすいように補助線を引いています。左の初心者(過去のBTC生徒初日)はお尻から下に実線を引くと、脚の位置である破線よりかなり後ろにお尻が位置してしまっていることがわかります。一方、右の上級者(JRA職員)は実線と破線が一致し、お尻の位置が前にあり、脚の位置と一致して(脚の上にお尻がきて)います。このことから、新人やBTC生徒が初めて育成馬(競走馬)に騎乗する際には、まずお尻を前へ位置することを意識してもらっています。

Photo_5 (図1)育成馬(競走馬)に乗る際はお尻を前へ位置すること意識する

 馬の重心は第12肋骨付近にあると言われています(図2)。騎乗者がお尻を前へ位置することを意識して乗ることにより、かかと・鞍壺(鞍のカーブが最も深い部位)・お尻が重心の上に来る(直線上に並ぶ)ことになり、馬の重心の上に乗る(人と馬の重心が一致する)こととなります。このように騎乗することができれば、馬は鞍上で人が暴れない(ぶれない)ため快適となり、騎乗者を受け入れ、リラックスして走行するようになります。

Photo_4 (図2)馬の重心とお尻の位置

 自分に合ったアブミ革の長さですが、これは長い方が合う人と、短い方がしっくりくる人がいるようです。図3の左は長い人、右は短い人です。アブミ革の長さが変わるのでお尻の高さは変わりますが(長い人は下がり、短い人は上がる)、前後の位置は変わりません。やはりかかと・鞍壺・お尻が重心の上に来て(直線上に並んで)います。好みの問題ですので、自分に向いているアブミ革の長さをそれぞれ見つけてもらえればと思います。

Photo_7 (図3)自分に向いているアブミ革の長さはひとそれぞれ

 以上、今回は当場で取り組んでいる新人やBTC生徒に対する指導についてご紹介いたしました。現在、JRA育成馬たちはブリーズアップセールの上場およびその先の2歳戦での早期デビューを目指し、スピード調教を重ねてどんどんたくましく仕上がってきています。展示会およびブリーズアップセールで皆さんとお会いできることを心よりお待ち申し上げております。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

23-24育成馬ブログ(生産③)

ライトコントロールの効果と影響を与える要因

ライトコントロールによる繁殖期への早期移行

 今シーズンの冬は記録的な暖冬となり、JRA日高育成牧場のある浦河町では、非常に雪が少なくなっています。生産牧場で繋養されている繁殖牝馬たちも、例年に比べると暖かい環境で冬を過ごしているのではないでしょうか。2月になると本格的に繁殖シーズンとなり、種付けに向けて準備を進めている生産牧場の方も多いと思います。ウマは、昼の長い季節のみが繁殖期である長日性季節繁殖動物であり、自然環境下では春から夏(4月~9月)が繁殖期となります。繁殖期の前には繁殖移行期と呼ばれる時期があり、その期間の管理が繁殖期への移行に重要と言われています。サラブレッドの生産においては、効率的な生産や子馬の早い成長を期待して、繁殖期を早めることが行われています。繁殖期への移行には様々な要因が関係していますが(図1)、先ほど述べたように昼の長さ(日長)が大きな要因となっていることから、人工的に昼を長くする処置(長日処置、馬産業ではライトコントロールと呼ばれる)を実施し、繁殖期を早めています。多くの生産牧場では、自動的に電灯のオン・オフを切り替えるタイマーを用いて、ライトコントロールを行っていることと思います。電球の明るさは100W程度(新聞が読める程度の明るさ)で十分です。その一方で、電灯が消えている時間をしっかり設けることも重要であると言われています(図2)。

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図1 馬の繁殖期への移行に関わる要因

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図2 ライトコントロールの実施例

ライトコントロールの効果

 それでは、ライトコントロールにより実際にどの程度繁殖期が早まるのでしょうか。馬産業においては、ライトコントロールは約50年前から実施されており、多くの研究者によりその効果が検証されています。表1はライトコントロール実施の有無および開始時期ごとの初回排卵日数(繁殖期の始まり)を比較したものです。これらは1980年代にアメリカで調査された結果ですが、自然環境下では1月1日から約132日後(5月上旬)に繁殖期へ移行したのに対し、11月1日または12月1日からライトコントロールを実施した群では、それぞれ1月1日から約66日後、約65日後(3月上旬)に繁殖期へ移行したという結果でした。一方、1月1日からライトコントロールを実施した群では1月1日から約98日後(4月上旬)まで繁殖期への移行が遅れており、これらの結果から12月頃にライトコントロールを開始するのが最もコストパフォーマンスが良いと考えられています。

Figure1

表1 ライトコントロール(LC)の条件別の初回排卵日数

続いて、JRA日高育成牧場での結果をまとめたものが表2となります。こちらのデータは2019年~2023年にかけてJRA日高育成牧場で繋養されていた空胎馬を対象に、ライトコントロールの有無による1月1日からの初回排卵日数を比較したものです。ライトコントロール開始時期は、概ね12月20日頃(冬至)となります。自然環境下で飼育した群では、1月1日から約117日後(4月下旬)に繁殖期に移行した一方で、ライトコントロールを実施した群では、1月1日から約59日後(2月下旬)に繁殖期に移行しました。これらの結果から日本の環境下においても、ライトコントロールが繁殖期への移行に大きな影響を与えることがわかります。また、先ほどの1980年代の報告に比べててライトコントロール実施時期が遅いにも関わらず、繁殖期への移行時期が早いという結果になりました。これは1980年代に比べて飼料や飼育環境(厩舎や放牧地)が改善した結果を反映していると考えられます。近年の報告では、ライトコントロールの効果により繁殖期へ移行する日数は、ライトコントロール開始後、約60~70日と言われており(Guillaume,2000)、日高育成牧場の結果もライトコントロールを開始(冬至より開始)してから約70日後に繁殖期へ移行しています。

Figure2

表2 ライトコントロール(LC)の有無による初回排卵日数(JRA)

ライトコントロールに影響を与える要因

 このように繁殖期への移行を早める効果があるライトコントロールですが、その効果は図1で示した繁殖期への移行に関わる要因の影響を受けます。特に適切な日朝時間が維持されているかが重要となります。昼の時間(明期)の途中に暗い時間(暗期)を設けたところ、連続して明期を設けた場合より繁殖期への移行が遅れたという報告があります(Malinowski,1985)。また、24時間電灯を点けっぱなしにしたところ、16時間の明記を設定した場合より効果が低下したことも知られています(Kooistra and Ginther,1975)。これらの事実からも、馬房内のライトコントロールが適切に実施できているか確認することが重要です。

 また、栄養状態もライトコントロールの効果に影響を与えます。先ほどJRA日高育成牧場の結果を示しましたが、この研究で得られた馬ごとのデータを、栄養状態(ボディコンディションスコア:BCS)と初回排卵日数に注目し、散布図にしたものが図3となります。BCSは数値が高いほど栄養状態が良く、低いほど栄養状態が悪いことを示していますが、今回の結果(繁殖期前の2月のBCS)は栄養状態が悪いほど、初回排卵日数(繁殖期への移行)が遅くなるという結果になっています。当然の話ではありますが、繁殖牝馬の栄養状態を適切に管理すべきことがデータでも示されました。

 今回の内容を参考にあらためてライトコントロールの実施方法を確認いただければ幸いです。

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図3 栄養状態(2月時点のBCS)と初回排卵日数(繁殖期の移行)の関係

※栄養状態が悪いほど繁殖期への移行が遅くなる(相関係数=-0.4)

JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-の発刊

 今回ご説明したライトコントロールに関する内容も記載している、JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-が発刊されました。下記サイトからPDFファイルをダウンロードできますので、ぜひご活用ください。

JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-