25-26育成馬ブログ(繁殖④)

出産後の親子馬の放牧地における様子について


 当日誌の繁殖編前回の更新で、JRA日高育成牧場における出産第一号のご報告をしてから1か月程たち、先日早くも最後の出産を終えました。以下が今年生まれた当歳馬のラインナップです。
今年は8頭が生まれる予定でしたが、最後の出産馬となった牡駒は、胎子失位による難産の末牽引し生まれてきたものの、残念ながら翌日に亡くなってしまいました。詳細な死因については現在も究明のための検査中ですが、改めて馬を無事に産ませ育てることの難しさを感じております。

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 さて、無事に生まれた7組の親子馬たちは、現在集団放牧を始めています。寒さも和らぎ、段々と緑色が増えてきた放牧地で、他の親子馬たちと共同生活をしています。例年以上に元気な子馬が多く、放牧地では元気に走ったり飛び跳ねたりしている様子が印象的です。

Photo ブレシッドサイレンス2026(牡、父ダノンプレミアム)。唯一の牡駒らしく、非常に力強い馬体をしており、放牧地でも存在感ある動きを見せています。

 その一方で、放牧地での親子の様子を見ていると、子馬は元気に動いてはいるものの、母馬の近くをあまり離れず、子馬同士で遊んでいるようなシーンはあまり見かけません。
過去に当場で調査した、放牧地での親子馬間の距離を調べた結果によると、3週齢までの母子間の距離は平均5m以内であり、常に母馬の傍を離れないことがわかっています。

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 週齢を重ねるごとに段々と親子間の距離は延びていきます。それに加えて、一緒に放牧されている子馬同士の距離も調べた結果によると、反対に週齢を重ねるごとに距離が縮まっていきました。この結果からわかるように、子馬たちは少しずつ母馬から自立し、他の子馬との関りを増やしていくことによって社会性を身に着けていっていることが窺えます。

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 これらのデータによると、3~4カ月程度経過すると親子間距離も子馬間距離も安定してきます。母馬からの自立や、他の子馬との関係性の構築が一定程度完了したととらえることができるので、親子馬たちにとっての大きな生活環境の変化を伴う「離乳」は、これ以降に行う方が親子双方へのストレスが少ないと考えられます。JRA日高育成牧場ではこれらのデータを活用し、離乳時期は例年6カ月齢程度にあたる8月末ごろから開始しています。

 3月中旬には獣医大学生を対象とした毎年恒例の研修イベントである「スプリングキャンプ」が開催され、子馬たちも馬の取り扱いの実習などで活躍してくれました。また、この時期は肢勢が大きく変化しやすいので、獣医師、装蹄師による検査を頻繁に実施していることもあり、多くの人に触れられる機会が増えています。

Photo_4 ある日の肢勢検査の様子。獣医師や装蹄師に入念に馬体を確認されます。

 スタッフによる日常の取り扱いを通した躾に加えて、普段触れ合わない人々に触られる機会を通して馬は成長していくものと考えています。生まれて間もない中、子馬たちにとっては覚えることが多いことかと思いますが、放牧地での馬同士の関りや人との関りを通して健康で素直な馬に育っていってくれることを願っています。

25-26育成馬ブログ(日高④)

育成馬の調教とは「競馬の因数分解」

 日高育成牧場では、61頭の今年の育成馬たちの調教が順調に進み、現在は800m周回トラックでコーナー速歩・直線ハッキングのルーティーンの後、1600~2400mのステディキャンター(20秒/F程度)での調教をベースに、週2回は坂路に行き、1本目として2列縦隊で18秒/Fで3ハロン走り、2本目に2~3頭併走で14~16秒/Fで3ハロン上がるというスピード調教を消化しています(写真1・動画1)。ブリーズアップセールそしてその先のトレセンでの調教、競走馬デビューに向けて更に仕上げてまいります。今回は育成馬の調教とは「競馬の因数分解」というテーマで、調教全体についてのお話をしたいと思います。

Photo_2(写真1)坂路でのスピード調教

https://youtu.be/Mq6yYdCp5sc
(動画1)坂路での調教


 馬がレースに出走した場合、まずはスターティングゲートに入り、おとなしく駐立し、前扉が開いたら速やかに発進しなくてはなりません。JRA育成馬に対するゲート馴致は、下記の基準が達成できた場合、ゲート目標クリアとしています。12月と3月の2回、確認しています。

1)前扉を閉め、騎乗した状態でゲートに入れる(補助者が引いても構わない)
2)後ろ扉を閉める
3)ゲート内でおとなしく10秒程度駐立させる
4)前扉を開け、騎乗者の扶助により常歩で発進する

 日高育成牧場では、上記の基準に加え、22-23シーズンからまず騎乗者の扶助だけで枠入りさせ、入らなかった場合のみ引き馬にて枠入りするという方法にしています。引かずに枠入りできた馬が23-24シーズンは8割(49/60)、24-25シーズンは10割(61/61)、25-26シーズンも12月の時点で10割(61/61)でした。より難しい条件でゲート馴致を行うことで、トレセン入厩後速やかにゲート試験に合格し、早期デビューできることを目指しています。

Photo_3(写真2)ゲート馴致

https://youtu.be/xMVreMBY1ms
(動画2)ゲート馴致


 続いて、レースでスタートした後は、馬が馬群の中で折り合って走らなくてはなりません。日高育成牧場では22-23シーズンから坂路および1600m周回馬場での集団調教時に3列縦隊での走行を取り入れました。走行中に横の馬に蹴られる等のリスクを避けるため、具体的には18秒/F程度で馬が集中してまっすぐに走れることを確認してから行っています。このことに実戦により近い状況で調教できるようになり、レースに行って前後左右に馬がいてもひるまないで走る馬を作ることを目指しています。また、この時期の調教のタイム指示についてはステディキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となるように設定することで、馬が精神的に常に落ち着いた状態で調教を実施することを心掛けています。前後左右に馬がいる状況、前からキックバック(ウッドチップや砂の塊)が飛んでくる状況に調教の段階で慣れさせておくことは、その後競走馬としてデビューする上で大きなアドバンテージになると考えています。

Photo_4 (写真3)坂路での3列縦隊の調教

https://youtu.be/MwmFfvWJDQ0
(動画3)坂路での3列縦隊の調教

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(写真4)1600m周回馬場での3列縦隊の調教

https://youtu.be/detJO_4al5c
(動画4)1600m周回馬場での3列縦隊の調教


 レースも終盤に入ると、3・4コーナーで加速し、最後の直線で自分だけでなく他の馬たちがみんな苦しい中で頑張って最後まで走ることが要求されます。JRA育成馬はブリーズアップセールでの騎乗供覧で最終2ハロンを13.0-12.5秒というタイムを目安にスピード調教を実施しています。国内の他のトレーニングセールが「2頭併走」であるのに対し、ブリーズアップセールではトータルの馬の仕上がりをアピールするため、より難易度の高い「単走」での騎乗供覧を行っています。この調教を通して、馬は最後の直線において1頭で抜け出してもいわゆる “ソラ”を使わず、苦しい中最後まで走りぬくことを覚えます。

Photo_6(写真5)ブリーズアップセールでの騎乗供覧

https://www.youtube.com/live/dRMhI65KiP8?si=52JZT7Pmrv5dvn9y
(動画5)ブリーズアップセールでの騎乗供覧


 今までの話ですが、我々は「競馬の因数分解」と呼んでいます。競馬で必要とされる要素をあらかじめ経験させておくことが競走馬の調教である、と考えています。競馬で必要とされる要素とは、ゲートに入りおとなしく駐立し勢い良く飛び出ること、集団の中で折り合って走ること、3・4コーナーで加速すること、最後の直線みんなが苦しい中で頑張って最後まで走ること、などが挙げられます。模擬レースのようなものをやれば一度に経験させられるかもしれませんが、実際には難しいので例えばゲート馴致だったり、3列縦隊で走らせたり、ブリーズアップセールのように3・4コーナーで加速し直線最後まで走る調教をするなど、1つないしは2つの要素に分けてそれぞれ順をおって経験させていく、ということが競走馬を調教する上で重要ではないかと考えています。

 以上、今回は育成馬の調教とは「競馬の因数分解」というテーマで、調教全体についてのお話をいたしました。今回の記事がブリーズアップセールでJRA育成馬のご購買を考えてくださっている馬主・調教師の皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

25-26育成馬ブログ(日高③)

育成馬のスピード調教

 日高育成牧場では例年通り地元の西舎神社への騎馬参拝で年が明けました(写真1)。調教中の人馬の安全と、ここから巣立っていった育成馬たちの活躍を祈願しました。さて、61頭の今年の育成馬たちの調教は順調に進み、現在は800m周回トラックで毎日コーナー速歩・直線ハッキングのルーティーンの後(動画1)、1600~2400mのステディキャンター(20秒/F程度、動画2)での調教をベースに、週2回は坂路に行き、1本目として2列縦隊で18~20秒/Fで3ハロン走り(動画3)、2本目に3列縦隊で16~18秒/Fで3ハロン上がるというメニューを消化し(動画4)、基礎体力を向上させてきました。1月下旬よりスピード調教を開始し、ブリーズアップセールそしてその先のトレセンでの調教、競走馬デビューに向けて仕上げてまいります。今回は育成馬のスピード調教についてご紹介いたします。

Photo (写真1)騎馬参拝の様子

https://youtu.be/Si0vRPWOOQ0
(動画1)コーナー速歩・直線ハッキングのルーティーン

https://youtu.be/mHwx6-TI9Dg
(動画2)800m周回馬場でのステディキャンター(20秒/F程度)

https://youtu.be/vhjUrh9Nxzo
(動画3)坂路での2列縦隊での調教(18~20秒/F程度)

https://youtu.be/MiP3pXYgmN8
(動画4)坂路での3列縦隊での調教(16~18秒/F)


 ベーススピードが上がり、18秒/Fで楽に走行できる状態になってからスピード調教を行います。まずは週1回15秒/Fから始めています。育成馬にとっては坂路で走行直後の乳酸値が10mmol/L程度となる負荷が適正と考えており、競走馬のように20mmol/Lを超えるような負荷はオーバーワークであると考えています。特に気持ちの面で繊細な牝馬は飼い食いが悪くなったり、走る気をなくしてしまうので注意が必要です。
 日高育成牧場では1月下旬からスピード調教を開始し、最終2ハロンのタイムを3月中旬の坂路調教VTR撮影時に牡14.0-13.5秒、めす15.0-14.5秒、4月中旬の展示会で牡13.0-12.5秒、めす13.5-13.0秒、そしてブリーズアップセールの騎乗供覧で13.0-12.5秒の指示でスピード調教を実施しています。展示会までは2頭ないしは3頭併走(写真2)、ブリーズアップセールは単走で走行しています。単走の練習として、事前に距離を7~8馬身あけた1列縦隊での調教を行います。

Photo_2 (写真2)3頭併走でのスピード調教(坂路)


 坂路で走行直後の乳酸値が10mmol/L程度となる負荷を目標にスピード調教を行っているのですが、実際には常にそのように負荷をかけ続けるのは難しいです。図1に昨シーズンのスピード調教での調教タイム(牡めすそれぞれの平均値)、図2にその際の血中乳酸値を示します。図1を見ると、スピード調教の回数をおうごとに調教タイムが順調に速くなっていっていることがわかります。しかしながら、図2では毎回常に乳酸値が10前後とはなっておらず、6.3~16.9と幅がありました。この理由は、図3で示すように、血中乳酸値の上昇が単純に比例関係ではなく、OBLA(乳酸蓄積開始点)から指数関数的に上昇するからです。以上より、育成馬のスピード調教で適切な負荷を掛けるためには、監督者は馬の状態を見極めてその時に見合った適切な指示タイムを出すこと、騎乗者はその指示に応えて完璧にタイムを守って走行することが重要となります。

Photo_3 (図1)スピード調教での調教タイム(24-25シーズン)

Photo_4 (図2)スピード調教での乳酸値(24-25シーズン)

Photo_5 (図3)乳酸値の上がり方(馬の資料室2021年1月25日号より抜粋)


 以上、育成馬のスピード調教についてご紹介いたしました。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

25-26育成馬ブログ(繁殖②)

日高育成牧場の繁殖牝馬・当歳馬の近況


 2025年も終わりに近づいていますが、例年以上の暖冬の影響か、放牧地には雪が全くありません。雪が少ないとヒトは過ごしやすいのですが、放牧中の馬や牧草にとっては良い条件ではありません。凍り付いた地面で肢を痛めたり、放牧草が冬枯れを起こしたり、馬に踏み荒らされ根こそぎ食べられることで春先の牧草の生育に支障が出たり・・・自然には勝てず雪を降らすことはできないので、放牧管理方法には常に頭を悩ませています。

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積雪は馬や放牧地にとっては良い働きもします。

12月初旬に一時的に積もりましたが、現在はもう全て溶けてしまいました。

 

 日高育成牧場の当歳馬や繁殖牝馬は、これまで昼夜放牧を行ってきましたが、来年の種付けを控える繁殖牝馬たちは12月22日(冬至)から昼放牧に移行しました。厳冬期には熱産生でカロリーが消費され、BCSが下がりやすいことから、寒い夜間を馬房で過ごさせることでコンディションを維持します。また、この日からライトコントロールを開始し、翌年の2月頃から発情が始まるように調整しています。
 
 当歳馬は引き続き昼夜放牧を行っています。昨年の本ブログにも書きましたが、冬期は放牧中の運動量が落ちるためウォーキングマシン(WM)運動を実施し、運動量を補完する管理をしています。当歳馬たちは離乳後から約3か月間、面積が広く牧草も豊富な分場で過ごしてきたのですが、11月末にウォーキングマシンがある厩舎に引っ越してきました。現在は昼夜放牧(13時~8時の19時間)とWM運動(5.0km/h、30分)を行いながら日々成長しています。

 現在は落ち着いたのですが、放牧地を変更してしばらくは馬たちに落ち着きがなく、フェンスに激突して怪我をする事故がありました。放牧地のコーナーに数頭の馬が激突したようで、フェンスも破損してしまいました。同じ場所で2度激突事故が起きたため、このコーナーに何らかの原因があったのかもしれません。

Photo_3 壊された牧柵。かなりの勢いで衝突したものと思われます。

 

 一般的に放牧地のコーナーは走ってきた馬たちが止まりにくく、事故が起こりやすいと考えられます。このような事故を防ぐには、馬がコーナーは行き止まりであることを認識しやすくするために、フェンスを板張りにするなど対策をしている牧場もあります。
(動画:https://youtu.be/gEOn1Y6Fcps

 これに加えて、今回事故が起きた箇所の地面は水はけが悪くなっていました。ぬかるんでいたせいで余計止まりにくかったのかもしれません。

 そこで応急的な事故対策として、フェンスに板などを貼りつけて視認性を高めるとともに、ぬかるんだ部分を避けるように電気牧柵を設置してみました。設置初日に馬に電気牧柵をよく見せて、電流が流れることを認識させた後に放牧を継続してみたところ、繰り返し起きていた放牧地への激突はなくなり、平穏無事に放牧ができています。

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板などと電気牧柵を設置したことで、衝突事故は起こらなくなりました。

 元々は鹿などが放牧地に侵入するのを防ぐための電気牧柵ですが、他にも効果的な使い方ができます。今年の春~秋にかけては、太りやすい馬のダイエットや、骨折療養馬の放牧などにも使用してみました。馬が柵を壊してしまったり、強風で倒れてしまったりして脱走する恐れもあるため、馬の性格や環境を選ぶ必要はありますが、適切に使えば有用なオプションだと思います。

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上)肥満馬のダイエットのため、放牧地面積を制限した様子
下)骨折療養馬が青草を食べながら過ごせるように、電気牧柵を用いた簡易パドック

 馬たちが一日の大半を過ごす放牧地での管理。時に大きな事故も起こり得るため、牧場の皆さまは様々な工夫をしていることかと思いますが、今年の冬も無事に乗り越えて欲しいものです。

25-26育成馬ブログ(日高②)

育成馬調教における走行タイムの設定

 毎日寒くなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。9月に騎乗馴致を開始した61頭の育成馬たちの調教は順調に進み、現在800m馬場を2周した後、坂路を24秒/F程度で1本上がってくるメニューを消化しています。今シーズンも速歩でのドライビングを中心とした騎乗馴致を行った効果により、初めて坂路入りした際から馬がまっすぐ走れ、きれいな隊列での調教を行うことができています(写真1、動画1)。また、調教のタイム指示についてはステディキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となるように設定することで、馬が常に落ち着いた状態で調教を実施することができています。今回は育成馬調教における走行タイムの設定についてご紹介いたします。

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(写真1)今シーズン初めての坂路調教

(動画1)今シーズン初めての坂路調教


 我々は騎乗馴致段階で“速歩でのドライビング”を積極的に取り入れています。速歩のドライビングでは「左!」「まっすぐ!」「右!」「まっすぐ!」「左!」「まっすぐ!」「右!」・・・という風に、短時間で多くのコマンドを馬に出し続けることとなるため、馬が人にフォーカスし、人から出される命令にすぐに応えようと従順になる効果があると感じました。また、常歩よりも速いスピードでドライビングを行うことにより、馬が本当にまっすぐ進んでいるか、開き手綱の扶助を理解しているかが確認でき、結果として騎乗調教開始後にまっすぐ走れる馬が増えました。速歩でのドライビングについては過去の当ブログでも何度か取り上げていますので、興味のある方は過去記事をご覧いただけましたら幸いです。

JRA育成馬日誌: 24-25育成馬ブログ(日高①)
JRA育成馬日誌: 23-24育成馬ブログ(日高②)
JRA育成馬日誌: 22-23育成馬ブログ(日高④)


 ところで、競走馬の調教では基本となるタイムがあると考えています。当場の竹部職員が研修に行った英国の名門マイケル・スタウト厩舎では、調教メニューをEasy(竹部職員がGPSで測定したところ18秒/F程度)、Normal(同15秒/F程度)、Work(同12秒/F程度)の3段階で設定していました(図1)。すなわち、休み明けの月曜日は軽めで坂路1本(18秒/F)、火曜日は明日の追切に備えて普通調教として坂路1~2本(15秒/F)、水曜日は追切(12秒/F)、木~土はまた繰り返すといった感じです。この18秒/F、15秒/F、12秒/Fという速度を基本にしている厩舎は多いです。18秒/Fは競走馬にとってステディキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となる速度であり、15秒/Fは血中乳酸濃度が4mmol/L以上となり無酸素運動能が鍛えられ始める速度、12秒/Fは追切すなわちレース実戦と同様の速度となります。

Photo_2(図1)英国マイケル・スタウト厩舎の調教(竹部職員研修報告より)


 日高育成牧場では、昨シーズンから通常調教(スピード調教以外)の走行タイムの設定を変更しました。23-24シーズンまでは4月のブリーズアップセールまで正比例するように走行タイムを上げていったのに対し(図2)、24-25シーズンからは走行タイムが1歳の12月までに18秒/Fになるようにどんどん速度を上げ、ベーススピードが18秒/Fに達してからはその速度を維持する形で調教を行いました(図3)。その結果、まずV200という心肺機能を示す数値が過去3シーズンと比較して高くなり、特に2月の数値が高いすなわち早期から心肺機能が向上していることが示唆されました(図4)。さらに、24-25シーズンの育成馬は6月の新馬戦で早くもデビューした馬が16頭と、過去5年平均の13頭と比較して多くなりました。以上のことから、ベーススピードを早期に18秒/Fまで上げることは、育成馬の基礎体力をつけるのに良い効果をもたらしたと考えられました。今後数シーズン続けてみて、検証したいと考えています。

Photo_4 (図2)走行タイムの設定イメージ(23-24シーズン以前)

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(図3)走行タイムの設定イメージ(24-25シーズン以降)

Photo_6 (図4)過去4シーズンのV200(牡)


 以上、育成馬調教における走行タイムの設定についてご紹介いたしました。今後は坂路での3列縦隊での集団調教をとおして馬群でじっと我慢することを教えながら、競走馬として必要な基礎体力を身につけさせていき、1月中旬にはスピード調教を開始したいと思います。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

25-26育成馬ブログ(繁殖①)

離乳後の管理~中期育成期が始まりました~

 近年、北海道の夏は本州に負けないくらい暑くなりましたが、10月に入りようやく涼しくなってきました。早朝には10℃を下回り、秋が来たと思うと同時に長い冬の到来が近くなっているのを早くも感じているところです。
JRA日高育成牧場では、今年、10頭の当歳馬が離乳しました。例年、暑さの最盛期を過ぎ、アブのストレスも和らぎ始める8月末から9月上旬に離乳をし、リードホースを含めた馬群に移行します。9月下旬にはリードホースも離し、現在は当歳馬のみで集団の昼夜放牧を実施しています。

 この時期の当歳は本場から車で10分くらいのところにある「ハッタリ分場」に移動して管理しています。ここは豊富な放牧草と約8haの広い放牧地を備えた分場で、この時期の馬達のよい運動の場として活用されています。昨年には新しい厩舎が竣工し、馬も今まで以上に快適に過ごせるようになりました。

Photo_4昨年完成した新厩舎

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広い放牧地で当歳馬達は元気に運動して成長していきます。

 「ハッタリ分場」で過ごす期間は、放牧するだけでなく色々なことに「馴らす」ことと「人との信頼関係の構築」を意識した管理を行っています。一般的に離乳後の当歳馬は、それまでの母馬とともに生活することから離れることで精神的に不安定となりがちで、取り扱いが難しくなる馬もいます。この時期に人間に従ったり頼ったりすることを教えることは、扱いやすい馬づくりに効果的だと感じています。もちろん、離乳前からのしつけもしてきているので、受け入れる下地もしっかりできています。

 具体的に行っていることの例としては、まず引馬を個別に実施しています。馬は群れで生活する動物で、他の馬についていく習性があります。離乳前は母馬とともに歩いていたので安心でしたが、離乳後に1頭ずつ歩かせると、歩きたがらなかったり寂しがって集中しない馬もいます。そんな状況下であえて1頭1頭別々に歩かせ、歩きたがらない時には人がプレッシャーを用いて指示を出して促したり、上手く歩けたときには褒めたりすることで人馬の間のルールや信頼関係が構築されていきます。

 さらにこの過程では、馬が警戒して歩きたがらない環境でも歩けるように、いわゆる「物見」をしないようにトレーニングしています。例えば、場内にある排水設備の網などを馬は躊躇して立ち入りません。さらに地面にブルーシートを敷き、その上を歩かせたりもします。馬術の障害競技でリバプールという障害物が用いられますが、青い敷物を馬は気にして「物見」をすることがよくあります。これらのような、馬が物見しやすい環境に向かわせると、はじめは警戒する馬達ですが、人が促してクリアさせると、馬は危なくないものと認識できれば馴れるのでスタスタと歩いて通過できるようになります。このように課題をクリアさせることで、馬は人の指示に従うことを覚えます。そして従えば安心であるという経験を積み重ねることで人馬の信頼関係ができてきます。

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地面の様子が違うと馬は「物見」をして躊躇しますが・・・

Photo_7促して受け入れると馬は網の上に乗ることができます。

Photo_8ブルーシートも危なくないと理解できれば大人しく駐立できるようになります。

 他にもシャワーでの馬体洗浄馴致やビニル袋の刺激への馴化など、この時期に当歳馬に与えるタスクを多く設定しています。今年の当歳馬は例年よりも元気が良い馬が多い印象ですが、皆順調にクリアし成長してくれるように願っています。

25-26育成馬ブログ(日高①)

JRA育成馬の購買

 JRAでは毎年74頭程度の1歳馬をセリ市場で購買しており、そのうち54頭が日高育成牧場に入厩し、育成されます。今回は、セリ市場での購買についてご紹介したいと思います。

 JRAがセリで馬を購買する前には、競走馬資源調査の一環として、セリに上場される全頭を事前に検査しています。例えばサマーセールでは、当日セリが始まる前の 2 時間半という限られた時間で約 240 頭が展示されるため、その場で詳細な検査を行うことは至難の業です。そこで我々は、事前に上場馬が繋養されているコンサイナーを巡り、下見を行っています(写真1)。

 平日の朝から夕方まで、暑さや雨と闘いながらも 1 日あたり約 100~150頭、2 週間かけて 69 牧場を訪れ、上場馬の約 4分の 3 にあたる約 1,100 頭を検査しました。下見では、横見、前後見、歩き方、馬体のコンフォメーションを確認し、将来の競走能力への影響や疾病リスクがないかをチェックします。今年は特に常歩時の動きに注目しました。すなわち、肢を余計に振り回したりする無駄がなく、歩くスピードが速く運動神経に優れていそうな馬を優先しました。事前下見の後には、検査した馬の情報を擦り合わせ、購買候補馬を選定しています。下見にご協力いただいたコンサイナーの皆さんにこの場を借りて改めてお礼申し上げます。

Photo(写真1)コンサイナーでの下見の様子


 実馬の検査に加え、事前下見で購買候補となった馬の医療情報(レポジトリー)を日高育成牧場、宮崎育成牧場、本部生産育成対策室の獣医職員が手分けをしてチェックしています。このレポジトリーのチェックでも問題ないと判断された購買候補馬が、セリ上げに参加する対象馬となります。サマーセールまでで64頭(うち日高育成牧場は44頭)の馬を購買することができました。セプテンバーセールで10頭程度を購買する予定です。セリが活況なため購買に苦労しましたが、新種牡馬カラヴァッジオの産駒など、魅力的なラインナップを取り揃えることができました(写真2)。

Photo_2(写真2)落札した1歳馬(ケイアイセイラ2024、父カラヴァッジオ)

 JRAでは過去に馬学講座ホースアカデミーで1歳馬の購買に関する動画を複数作成しています。下記にリンクを貼り付けますので、ご視聴いただければ幸いです。

https://youtu.be/tXkHrehlfzQ?si=IilDRdD0ZFP-FluU
(動画1)1歳馬の馬体評価法とコンフォメーション

https://youtu.be/LKGy1s5GznE?si=_A2YKe7ulegCFHqV
(動画2)競走馬のコンフォメーション ~生産・育成牧場で使える馬体の見方~

https://youtu.be/iu6CSrqOnew?si=qO7F_X9MfDVOd_zk
(動画3)サラブレッドの血統

https://youtu.be/OOYJ5bAMYcI?si=gIChXXDSnvaB3atn
(動画4)レポジトリーでみられる所見について

 以上、今回はJRA育成馬の購買についてご紹介いたしました。今シーズンも9月10日から育成馬の騎乗馴致を開始いたします。今回の記事が皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

2025JRAブリーズアップセール関連情報(事務局)

〇 2025JRAブリーズアップセール 育成馬展示会(日高)騎乗供覧映像公開について

 

平素よりJRAブリーズアップセールをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。

4月15日(火)に日高育成牧場で開催した育成馬展示会における、騎乗供覧の映像を特設サイト(https://auction.jbis.or.jp/jra/25bus.php)にて公開いたしました。

ご購買を検討される際の参考としてご活用いただければ幸いです。

24-25育成馬ブログ(生産④)

JRA日高育成牧場 スプリングキャンプ 

~未来の馬獣医師を育てる~

 放牧地の雪解けも進み、ゆっくりと春の訪れを感じさせる日高育成牧場で、今年もスプリングキャンプを実施しました。
 スプリングキャンプは獣医学生を対象とした研修プログラムで2014年から始まりました。2018年からは、VPcampと呼ばれる産業動物臨床分野などでの実践的な教育プログラムを構築し、獣医学教育の高度化や国際水準化を推進するために始まった事業の一つとして実施しております。
 春の出産シーズンにあわせて開催しており、研修に参加する学生は繁殖牝馬や子馬などに触れ、馬の健康管理や繁殖学について学びます。採血、直腸検査、レントゲン検査やエコー検査などの診療技術についての実習だけでなく、引き馬や馬房掃除など馬を飼養するためになくてはならない作業についても体験してもらい、馬に関わるということをより深く知ってもらう機会を提供しています。

1n2025_3図1:スプリングキャンプのカリキュラム

Photo (写真)直腸検査実習

 研修で最も重要となるカリキュラムの一つが分娩監視です。出産間近の繁殖牝馬の分娩開始の兆候を見逃さないよう、学生たちにも監視を行ってもらいました。繁殖牝馬の出産シーンに立ち会えるかどうかは運次第ですが、幸運にも今年は研修中に出産を迎えた牝馬がおり、サラブレッドの誕生に立ち会うことができました。愛情深くわが子を見守る母馬の姿や、一生懸命に起立・吸乳する子馬の姿を目に焼き付けてくれたものと思います。
 終了後、参加した研修生からは、「大学ではできない様々な経験を積むことができた」、「これまで触れる機会のなかった馬業界について深く知ることができた」などの感想があり、全員が馬獣医師について興味を強く持ったと述べてくれました。卒業後、馬獣医師への道を歩んでもらえることを我々も期待しております。

さいごに
 JRA日高育成牧場では、今年の夏も獣医学生を対象とした研修を実施する予定です。興味のある方はVPcampHP(詳細は後日公開)をご確認ください。

24-25育成馬ブログ(生産③)

〇今年のJRAホームブレッドの生産状況について

 3月に入り、寒い日高地方も日中は暖かくなる日が増えてきました。生産牧場では子馬が続々と生まれており、可愛い子馬に癒されながらも、牧場の皆様としてはゆっくり眠れない夜が続いているかと思います。


 日高育成牧場でも、本年はJRAホームブレッド10頭が出産予定となっています。以下の表が今年の分娩予定馬で、これまでにすでに5頭が生まれました。ここまでは大きな問題もなく、無事にお産とその後の管理ができています。

Photo_3
2025今シーズン初産駒(ユッコ2025)誕生の様子

 

 今回は今年生まれたばかりの生産馬について少しご紹介します。まだ半数が分娩を待っている状況ですが、これまで生まれた子馬たちを見て、今からデビューが楽しみになっています。

25ユッコ2025 3/5撮影(15日齢)

 1頭目はユッコ2025(めす、父カラヴァッジオ、母父ハーツクライ)です。当牧場生産馬初のカラヴァッジオ産駒で、今シーズン最初に生まれた牝馬です。
 父カラヴァッジオ(カラヴァッジオ(USA):日本軽種馬協会)は、現1歳世代が本邦初年度産駒。2018年からアイルランド、アメリカで供用された後、JBBA日本軽種馬協会に導入され、2023年から日本での種付をスタートしました。現役時代は、デビューからG1競走2つを含む6連勝を飾った仕上がり早のスプリンターで、欧米にのこしてきた産駒からは、昨年の欧州最優秀3歳牝馬に選ばれたPorta Fortunaを筆頭にすでに3頭のG1競走勝ち馬が出ています。持ち込み馬としてすでに日本でデビューした産駒からも、GⅢ阪急杯を勝ったアグリなどが出ていて、日本の競馬の適性もすでに示しています。
 こちらの牝駒は、出生時体重が59㎏と生まれながらにしっかりとした馬体で、生まれた当日から馬房内で走り回るほど元気いっぱいです。集放牧の間も抑えるのが大変なくらい前進気勢にあふれているので、父の産駒らしいスピードを武器とした良い競走馬になってくれそうです。

25_2 プレイフォミラクル2025 3/5撮影(13日齢)

 もう1頭は新種牡馬産駒から、プレイフォミラクル2025(牡、父シャープアステカ、母父ヘニーヒューズ)です。
父シャープアステカ(シャープアステカ(USA):日本軽種馬協会)はこの当歳世代が本邦初年度産駒。現役時代はアメリカのダートマイル路線で活躍したトップマイラーで、G1競走1勝(2着3回)をはじめ重賞5勝をあげています。2019年からアメリカで供用開始されたのですが、初年度産駒は大活躍。34頭が勝ち上がり、2歳総合サイアーランキングで勝利数1位を獲得しています。その初年度産駒からは、G1ビホルダーマイルSを勝ったSweet Aztecaが出ており、また先月ドバイで行われたUAEオークス(GⅢ)を勝った3歳馬Queen Aztecaもこの父の産駒です。2024年からJBBA日本軽種馬協会に導入されていて、初年度は146頭もの種付を行いました。
 こちらの牡駒もとても元気で、弾むようによく歩く馬です。前述のカラヴァッジオの牝駒と比べると、現時点ではやや線が細いように見受けられますが、雄大な馬体を誇る父や母父ヘニーヒューズのように、ダート適性の高い筋骨隆々な馬体に成長するかもしれません。これからどんどん成長して変化していく子馬を観察していけることが、生産者としての楽しみだと思っています。

 当場の出産も折り返し地点に差し掛かりました。最後の1頭が生まれるまでのお産の安全と産後の親子の健康を祈りながら、毎日の管理に励んでいきたいと思います。