23ー24育成馬ブログ(日高④)

馬の重心の上に乗るために(新人やBTC生徒に対する指導)


 日高育成牧場では、毎年5~7名ほどの新人(馬取扱技能職)が春の定期人事異動で転入してきます。また、例年25名ほどのBTC研修生を受け入れ、育成馬に騎乗してもらっています。前者は馬術の腕は確かですが、サラブレッド競走馬には乗った経験がない者がほとんどであり、後者は4月の入講から馬に乗り始め、乗馬経験が半年ほど経った後に初めて競走馬に乗ることになります。今回は、彼らにまずどのような点を意識して育成馬に騎乗してもらっているかについてご紹介いたします。

 まず2枚の写真を見比べてみてください。写真1は過去のBTC生徒(今年の生徒ではありません)がJRA育成馬に乗りに来た初日のものです。フォローしておきますが、当然最初から上手く乗れる人はいません。たいていの場合、騎手を真似してアブミ革を短くして乗ろうとするのですが、乗馬でいう「椅子座り」の姿勢すなわち脚が前にいきお尻は後ろの状態になりがちです。一方、写真2は育成馬に乗り慣れたJRA職員のものです。お尻の位置が前にあり、脚の上にお尻がきていることがわかります。

Photo_9 (写真1)初心者(過去のBTC生徒初日)   

Photo_10 (写真2)上級者(JRA職員)

 図1では、よりわかりやすいように補助線を引いています。左の初心者(過去のBTC生徒初日)はお尻から下に実線を引くと、脚の位置である破線よりかなり後ろにお尻が位置してしまっていることがわかります。一方、右の上級者(JRA職員)は実線と破線が一致し、お尻の位置が前にあり、脚の位置と一致して(脚の上にお尻がきて)います。このことから、新人やBTC生徒が初めて育成馬(競走馬)に騎乗する際には、まずお尻を前へ位置することを意識してもらっています。

Photo_5 (図1)育成馬(競走馬)に乗る際はお尻を前へ位置すること意識する

 馬の重心は第12肋骨付近にあると言われています(図2)。騎乗者がお尻を前へ位置することを意識して乗ることにより、かかと・鞍壺(鞍のカーブが最も深い部位)・お尻が重心の上に来る(直線上に並ぶ)ことになり、馬の重心の上に乗る(人と馬の重心が一致する)こととなります。このように騎乗することができれば、馬は鞍上で人が暴れない(ぶれない)ため快適となり、騎乗者を受け入れ、リラックスして走行するようになります。

Photo_4 (図2)馬の重心とお尻の位置

 自分に合ったアブミ革の長さですが、これは長い方が合う人と、短い方がしっくりくる人がいるようです。図3の左は長い人、右は短い人です。アブミ革の長さが変わるのでお尻の高さは変わりますが(長い人は下がり、短い人は上がる)、前後の位置は変わりません。やはりかかと・鞍壺・お尻が重心の上に来て(直線上に並んで)います。好みの問題ですので、自分に向いているアブミ革の長さをそれぞれ見つけてもらえればと思います。

Photo_7 (図3)自分に向いているアブミ革の長さはひとそれぞれ

 以上、今回は当場で取り組んでいる新人やBTC生徒に対する指導についてご紹介いたしました。現在、JRA育成馬たちはブリーズアップセールの上場およびその先の2歳戦での早期デビューを目指し、スピード調教を重ねてどんどんたくましく仕上がってきています。展示会およびブリーズアップセールで皆さんとお会いできることを心よりお待ち申し上げております。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

23-24育成馬ブログ(生産③)

ライトコントロールの効果と影響を与える要因

ライトコントロールによる繁殖期への早期移行

 今シーズンの冬は記録的な暖冬となり、JRA日高育成牧場のある浦河町では、非常に雪が少なくなっています。生産牧場で繋養されている繁殖牝馬たちも、例年に比べると暖かい環境で冬を過ごしているのではないでしょうか。2月になると本格的に繁殖シーズンとなり、種付けに向けて準備を進めている生産牧場の方も多いと思います。ウマは、昼の長い季節のみが繁殖期である長日性季節繁殖動物であり、自然環境下では春から夏(4月~9月)が繁殖期となります。繁殖期の前には繁殖移行期と呼ばれる時期があり、その期間の管理が繁殖期への移行に重要と言われています。サラブレッドの生産においては、効率的な生産や子馬の早い成長を期待して、繁殖期を早めることが行われています。繁殖期への移行には様々な要因が関係していますが(図1)、先ほど述べたように昼の長さ(日長)が大きな要因となっていることから、人工的に昼を長くする処置(長日処置、馬産業ではライトコントロールと呼ばれる)を実施し、繁殖期を早めています。多くの生産牧場では、自動的に電灯のオン・オフを切り替えるタイマーを用いて、ライトコントロールを行っていることと思います。電球の明るさは100W程度(新聞が読める程度の明るさ)で十分です。その一方で、電灯が消えている時間をしっかり設けることも重要であると言われています(図2)。

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図1 馬の繁殖期への移行に関わる要因

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図2 ライトコントロールの実施例

ライトコントロールの効果

 それでは、ライトコントロールにより実際にどの程度繁殖期が早まるのでしょうか。馬産業においては、ライトコントロールは約50年前から実施されており、多くの研究者によりその効果が検証されています。表1はライトコントロール実施の有無および開始時期ごとの初回排卵日数(繁殖期の始まり)を比較したものです。これらは1980年代にアメリカで調査された結果ですが、自然環境下では1月1日から約132日後(5月上旬)に繁殖期へ移行したのに対し、11月1日または12月1日からライトコントロールを実施した群では、それぞれ1月1日から約66日後、約65日後(3月上旬)に繁殖期へ移行したという結果でした。一方、1月1日からライトコントロールを実施した群では1月1日から約98日後(4月上旬)まで繁殖期への移行が遅れており、これらの結果から12月頃にライトコントロールを開始するのが最もコストパフォーマンスが良いと考えられています。

Figure1

表1 ライトコントロール(LC)の条件別の初回排卵日数

続いて、JRA日高育成牧場での結果をまとめたものが表2となります。こちらのデータは2019年~2023年にかけてJRA日高育成牧場で繋養されていた空胎馬を対象に、ライトコントロールの有無による1月1日からの初回排卵日数を比較したものです。ライトコントロール開始時期は、概ね12月20日頃(冬至)となります。自然環境下で飼育した群では、1月1日から約117日後(4月下旬)に繁殖期に移行した一方で、ライトコントロールを実施した群では、1月1日から約59日後(2月下旬)に繁殖期に移行しました。これらの結果から日本の環境下においても、ライトコントロールが繁殖期への移行に大きな影響を与えることがわかります。また、先ほどの1980年代の報告に比べててライトコントロール実施時期が遅いにも関わらず、繁殖期への移行時期が早いという結果になりました。これは1980年代に比べて飼料や飼育環境(厩舎や放牧地)が改善した結果を反映していると考えられます。近年の報告では、ライトコントロールの効果により繁殖期へ移行する日数は、ライトコントロール開始後、約60~70日と言われており(Guillaume,2000)、日高育成牧場の結果もライトコントロールを開始(冬至より開始)してから約70日後に繁殖期へ移行しています。

Figure2

表2 ライトコントロール(LC)の有無による初回排卵日数(JRA)

ライトコントロールに影響を与える要因

 このように繁殖期への移行を早める効果があるライトコントロールですが、その効果は図1で示した繁殖期への移行に関わる要因の影響を受けます。特に適切な日朝時間が維持されているかが重要となります。昼の時間(明期)の途中に暗い時間(暗期)を設けたところ、連続して明期を設けた場合より繁殖期への移行が遅れたという報告があります(Malinowski,1985)。また、24時間電灯を点けっぱなしにしたところ、16時間の明記を設定した場合より効果が低下したことも知られています(Kooistra and Ginther,1975)。これらの事実からも、馬房内のライトコントロールが適切に実施できているか確認することが重要です。

 また、栄養状態もライトコントロールの効果に影響を与えます。先ほどJRA日高育成牧場の結果を示しましたが、この研究で得られた馬ごとのデータを、栄養状態(ボディコンディションスコア:BCS)と初回排卵日数に注目し、散布図にしたものが図3となります。BCSは数値が高いほど栄養状態が良く、低いほど栄養状態が悪いことを示していますが、今回の結果(繁殖期前の2月のBCS)は栄養状態が悪いほど、初回排卵日数(繁殖期への移行)が遅くなるという結果になっています。当然の話ではありますが、繁殖牝馬の栄養状態を適切に管理すべきことがデータでも示されました。

 今回の内容を参考にあらためてライトコントロールの実施方法を確認いただければ幸いです。

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図3 栄養状態(2月時点のBCS)と初回排卵日数(繁殖期の移行)の関係

※栄養状態が悪いほど繁殖期への移行が遅くなる(相関係数=-0.4)

JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-の発刊

 今回ご説明したライトコントロールに関する内容も記載している、JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-が発刊されました。下記サイトからPDFファイルをダウンロードできますので、ぜひご活用ください。

JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-

23-24育成馬ブログ(生産②)

ローソニア感染症の発生状況とワクチン

 

冬期に気を付けるべきローソニア感染症とは?
 年が明けて昨年生まれた子馬たちは1歳馬となりました。今年は例年に比べると気温が高く積雪も少ない気候ですが、それでも子馬たちには厳しい環境であることは変わらず、適切な管理をすることが求められます。特に、北海道の厳冬期は体重の増加が停滞してしまうことが知られています。
 また、子馬の体重増加が停滞するどころか、減少してしまう状況にも注意が必要です。そのような状況では、ローソニア感染症が疑われます。ローソニア感染症は、ローソニア・イントラセルラリスと呼ばれる細菌が引き起こす病気で、症状は発熱や下痢などを示し、先ほど述べたように体重が減少してしまうことが大きな問題となります。発生時期については、当歳秋の離乳後から寒さが厳しくなってくる冬の間に多く発生することが知られており、子馬の成長が停滞してしまうことから、生産牧場においてはこの病気が発生してしまうと大きな打撃となります。海外の報告に、同じ種牡馬の産駒のうち、この病気を発症した子馬と発症していない子馬における、1歳時のセリでの売却価格を比較したものがありますが、発症した馬の方が低価格であったと報告されています。このように、ローソニア感染症は生産牧場にとって経済的にも大きな影響があることから、生産地全体で対策に取り組むべき病気と言えます。

 

ローソニア感染症の発生状況
 ローソニア感染症は生産地全体で問題となる病気ですが、実際にどの程度発生しているのでしょうか。幸いなことに、これまでに一度も発生したことのない生産牧場もあるかもしれませんが、一方で近年もローソニア感染症に悩まされている生産牧場もあるかもしれません。日本におけるローソニア感染症の発生状況を説明するために、北海道の日高地方で2015年4月~2020年3月にローソニア感染症の発生状況を調査した報告がありますので、今回はその内容をご紹介します。
 ローソニア感染症の診断は生産牧場の現場では症状と簡易的な血液検査(血中タンパク質濃度)を用いて行います。今回の調査ではより正確な診断を行うために、PCR検査で陽性となったものを発生例としています。調査期間にローソニア感染症が疑われた252症例の中で、PCR検査の結果192例(76.2%)が陽性という結果でした(図1)。ローソニア感染症は、発生例があった同じ厩舎にも感染していることが知られており、今回の調査では発生例と同じ厩舎にいた症状のない264症例についてもPCR検査を実施したところ、166症例(62.9%)で陽性という結果でした(図1)。このように、症状を示していなくてもローソニア感染症にかかっている可能性があることに注意が必要です。今回の調査では一部の馬のみを検査しているため、国内の生産地全体における発生率は不明ですが、ドイツの生産牧場で1309頭の検査を行った報告では、発生率は3.1%と報告されています。

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図1 症状の有無ごとのPCR陽性率(Niwa, 2022を改変)
症状がない場合でもローソニア感染症の場合がある

 

 各年度の発生頭数と発生牧場数についてまとめた結果が図2となります。毎年約30頭が、10以上の牧場にわたって発生していることが分かります。このように、近年においても、日高管内で広くローソニア感染症が発生している現状があります。さらに、この発生は特定の牧場に偏っているわけではなく、ほとんどの牧場で突然発生しています(図3)。原因菌であるローソニア・イントラセルラリスは、野生動物にも感染することが知られており、長い間発生のない生産牧場であっても油断は禁物であり、日高管内の約20%の生産牧場で発生事例があるという事実があります。

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図2 各年度の発生頭数と発生牧場数(Niwa, 2022を改変)
毎年約30頭、10以上の牧場で発生

 

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図3 発生回数別の発生牧場数(Niwa, 2022を改変)
日高管内の約20%の牧場で発生事例がある

 

 発生時期については、これまでの報告にもあるとおり、9月~12月の秋から冬にかけて最も多い(83.9%)という結果でした(図4)。これまでも言われていたとおり、当歳の離乳後から気温の低下していく冬季にかけては、ローソニア感染症に対して最新の注意を払って管理をしていくことが重要です。また、年齢別の発生状況を調べたところ、これまでの報告どおり当歳がもっとも多く発生している(約89%)一方で、1歳馬や2歳以上の馬であっても発生があるという結果になっています。JRA日高育成牧場においても、1歳の12月に発生した経験があり、当歳以外においても体重減少を示した症例に対してはローソニア感染症を疑う必要があります。

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図4 各月の発生頭数(Niwa, 2022を改変)
当歳の離乳後や気温の低くなる冬季に多く発生

 

 

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図5 年齢別の発生頭数(Niwa, 2022を改変)
当歳での発生が多いが1歳以上の馬でも発生

 

ローソニア感染症の発生状況
 これまで述べてきたように、ローソニア感染症は日高管内で広く発生しており、近年においても続発しているため何らかの対策が必要と考えられます。ローソニア感染症の対策としては、ワクチンの投与という方法があります。このワクチンは、人のインフルエンザワクチンのような一般的な注射によるワクチンとは異なり、経直腸(肛門から注入)または経口(口から投与)で投与するという、非常に珍しいタイプのワクチンになります(図6)。投与方法は、1回30mlを1か月間隔で投与を行います。

Photo_7図6 ワクチン投与の様子

 

 その効果については、様々な報告がありますが、先ほどの調査においてはワクチン投与履歴の判明している陽性馬93頭の中で、92頭がワクチン未接種であり、残りの1頭は1回目の投与後でした。この結果から、ワクチンの投与により発生を防ぐことが期待されます。しかしながら、現在流通しているワクチンは豚用のワクチンであり、馬用には承認されていないのが現状です。馬用の承認を得るために、JRAを含めた関係機関が調整を進めており、早ければ2026年には承認が得られる見通しです。承認後は多くの生産牧場の皆様に活用していただければ幸いです。

 

JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-の発行
 今回ご説明したローソニア感染症に関する内容も記載されている、JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-が発行されました。下記のサイトからPDFファイルをダウンロードできますので、ぜひともご活用ください。

https://www.jra.go.jp/facilities/farm/training/research/pdf/research_seisan.pdf

23-24育成馬ブログ(日高③)

集団での隊列調教について

 令和6年能登半島地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。大変な年始になりましたが、日高育成牧場では例年通り地元の西舎神社への騎馬参拝で年が明けました(写真1)。調教中の人馬の安全と、ここから巣立っていった育成馬たちの活躍を祈願しました(写真2)。
 さて、60頭の今年の育成馬たちの調教は順調に進み、現在は800m周回馬場での2400mのステディキャンター(22秒/F程度)での調教をベースに、週2回は坂路に行き、1本目として2列縦隊で20秒/F程度で走り、2本目に3列縦隊で18秒/F程度で上がるというメニューを消化しています。当場では以前より集団調教を行っておりましたが、昨シーズンから一歩進んで3列縦隊での調教を取り入れました。今回はその取り組みについてご紹介いたします。

 

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(写真1)騎馬参拝の様子

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(写真2)人馬の安全と育成馬たちの活躍を祈願しました

  

 馬群の中で落ち着いて走れることは競走馬として必要な能力であることは疑いようのないことだと思いますが、新馬戦からフルゲートになる昨今の競馬で勝つために集団調教の重要性はますます上がっていると考えています。我々は昨シーズンから“隊列の質を上げること”を目標に、坂路での集団調教時に3列縦隊での走行を取り入れました。それまでは1列縦隊もしくは2列縦隊で走行していましたが、騎乗スタッフのレベルが上がり馴致が上手くいき馬がおとなしいこと、2列縦隊の調教が楽々こなせるようになってきたことから更なる高みを目指し3列縦隊での走行を取り入れました。

 走行中に横の馬に蹴られる等のリスクを避けるため、具体的には18秒/F程度で馬が集中してまっすぐに走れることを確認してから行っています。このことに実戦により近い状況で調教できるようになり、レースに行って前後左右に馬がいてもひるまないで走る馬を作ることを目指しています。また、この時期の調教のタイム指示についてはステディキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となるように設定することで、馬が精神的に常に落ち着いた状態で調教を実施することを心掛けています。

 

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(写真3)坂路での3列縦隊のステディキャンター

https://youtu.be/MwmFfvWJDQ0
(動画1)坂路での3列縦隊のステディキャンター

 

 昨年の桜花賞からG1レースでのジョッキーカメラの映像が公開されました(動画2)。それを見て、私は昨年育成馬たちに課してきた調教が有効であると確信しました。4月に1600m周回馬場で行った3列縦隊での調教が、ジョーキーカメラに映っていたレース実戦での映像と酷似していたためです(写真4、動画3)。前後左右に馬がいる状況、前からキックバック(砂の塊)が飛んでくる状況を調教の段階で積ませることは、その後競走馬としてデビューする上で大きなアドバンテージになると思いました。正確なことは続けてみないと言えませんが、昨年はマリンバンカーカーマンラインの2頭が新馬勝ちしてくれました(2021年および2022年はそれぞれ1勝のみ)。

 

https://youtu.be/V8GuEbz3hAQ?feature=shared
(動画2)ジョッキーカメラ(リバティアイランド・桜花賞)

 

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(写真4)1600m周回馬場での3列縦隊の調教(昨年4月)

 

https://youtu.be/detJO_4al5c
(動画3)1600m周回馬場での3列縦隊の調教(昨年4月)

 

 以上、当場で取り組んでいる集団での隊列調教についてご紹介いたしました。今後は更に乗り込んで基礎体力を養成した後、スピード調教を経てブリーズアップセールの上場およびその先の2歳戦での早期デビューを目指してまいります。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

23-24育成馬ブログ(日高②)

まっすぐ走れる馬を作る!

 毎日寒くなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。9月に騎乗馴致を開始した60頭の育成馬たちの調教は順調に進み、現在800m馬場を2周した後、坂路を24秒/F程度で1本上がってくるメニューを消化しています。昨シーズン導入した速歩でのドライビングの効果により、初めて坂路入りした際から馬がまっすぐ走れ、きれいな隊列での調教を行うことができています(写真1、動画1)。今回はその取り組みについてご紹介いたします。

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(写真1)今シーズン初めての坂路調教

https://youtu.be/UtbwNyje8bM
(動画1)今シーズン初めての坂路調教


 昨シーズンから我々は騎乗馴致段階で“速歩でのドライビング”を積極的に取り入れました(写真2、動画2)。まず、速歩のドライビングでは「左!」「まっすぐ!」「右!」「まっすぐ!」「左!」「まっすぐ!」「右!」・・・という風に、短時間で多くのコマンドを馬に出し続けることとなるため、馬が人にフォーカスし、人から出される命令にすぐに応えようと従順になる効果があると感じました。その結果、以前より人の言うことをきく馬が増えた気がしています。
 また、常歩よりも速いスピードでドライビングを行うことにより、馬が本当にまっすぐ進んでいるか、開き手綱の扶助を理解しているかが確認でき、結果として騎乗調教開始後にまっすぐ走れる馬が増えました。例えて言えば、自転車を運転する際に、ゆっくり漕ぐとフラフラしてしまいますが、ある程度のスピードを出し続けることでまっすぐな状態を維持できるのと同じ理屈です。スタッフたちには速歩で進む馬と同じ速さで移動しなくてはならないため苦労をかけましたが、そのおかげで走路での騎乗調教開始直後からまっすぐ走れる馬を作ることができました。

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(写真2)速歩でのドライビング

https://youtu.be/EmuFczpnADo
(動画2)速歩でのドライビング

 今シーズンは具体的に、「8の字」や「コの字」といった図形をきれいに描いてドライビングおよびその後の各個騎乗をするように指示しました。「8の字」のドライビングでは直線部分で左右のハミをあえてフリーにすることで、ハミが外れている状態ではひたすらまっすぐ前進していれば良いことを教えていきました(図1)。「コの字」のドライビングでは覆い馬場の出入口など馬が気をとられそうなポイントをあえてまっすぐに通過させることで、人の指示があるまではまっすぐ走り続けなくてはならないことを教えこみました。その結果、馬にとって“まっすぐ走り続けることがオフ”の状態を作ることができ、昨シーズンよりも更にまっすぐに走れる馬が増えたと実感しています。

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(図1)8の字の図形

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(図2)コの字の図形

   

 以上、今回は今シーズンの馴致段階での取り組みをご紹介いたしました。今後は800m馬場での手前変換、坂路での3列縦隊での集団調教などを教えながら、競走馬として必要な基礎体力を身につけさせていきたいと思います。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

23-24育成馬ブログ(生産)

繁殖牝馬のPPID検査

 

PPIDとは?

 
 JRA日高育成牧場でも、10月となりすべての当歳馬の離乳を終えました。今年生まれた9頭の当歳馬たちも、これからは母馬と離れて暮らしていくことになります。一方、母馬たちは受胎馬も空胎馬も来シーズンの種付けに備えるために、放牧地でゆっくりと過ごしています。
 繁殖牝馬は毎年子馬を生むことが期待されていますが、様々な要因により不受胎となることがあります。例えば、繁殖牝馬の脂肪の付き具合(ボディコンディションスコア:BCS)が受胎状況に影響を与えることが知られており、そのため多くの生産牧場では秋ごろから翌年の種付けに備えて繁殖牝馬のBCSを適切に維持する管理(BCS:6程度)を行います。このように、前年の秋ごろから種付けの準備は始まっています。
 その他の不受胎の要因の一つにPPIDという病気が知られており、近年世界的にこの病気に注目が集まっています。PPIDは下垂体中葉機能障害(Pituitary Pars Intermedia Dysfunction)の略称であり、脳の下垂体中葉と呼ばれる部位から分泌されるホルモンの代謝異常により起こる病気です。15歳以上の高齢馬で多く発症することが知られており、多毛(全身の被毛が長くなる)や蹄葉炎の発症リスクが上がるなどが症状として知られています。色々な症状の一つとして、近年ではPPIDが繁殖牝馬の受胎に影響を与えている可能性が報告されています。今回はPPIDの受胎への影響や検査方法についてご紹介していきたいと思います。

 

PPIDの発症状況

 
 まず、PPIDの受胎への影響をお話する前に、そもそも繁殖牝馬においてはどの程度の馬がPPIDに罹患しているのでしょうか。2019~2021年に実施された「生産地疾病等調査研究」において、日高管内におけるPPID発症率について調査を行いましたので、ご紹介します。
 PPIDの診断は、下垂体前葉から分泌されるACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の濃度を測定することで行われます。調査当時の海外の文献を参考にして、血中ACTH濃度ごとに「陽性」、「偽陽性」、「陰性」の3群に分類して発症率を調査しました。2019~2020年に不受胎であった10~20歳の繁殖牝馬339頭を対象に検査を行ったところ、陽性8.3%、偽陽性21.3%、陰性69.9%という結果でした(図1)。以上のことから、繁殖牝馬の約1割がPPID発症馬であり、生産地においては決して珍しい疾患ではないと言えます。

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図1 日高管内の不受胎繁殖牝馬におけるPPID発症率
(2022年生産地シンポジウムより引用)

 

PPIDの繁殖成績への影響

 
 続いて、PPIDの繁殖成績への影響について、ご紹介します。先ほどご紹介した「生産地疾病等調査研究」において、PPID発症馬のシーズン受胎率についても調査を行いました。本調査でPPIDの診断を行った馬の中の214頭について、翌春のシーズン受胎率を調査したところ、陽性群63.2%、偽陽性群88.6%、陰性群82.8%という結果でした(図2)。このように、PPID陽性馬は陰性馬に比べて受胎率が低いことが示唆されました。
 さらに、PPIDの治療効果の受胎への影響についても調査を行っています。PPID発症馬を治療群と非治療群に分けて、受胎率を比較したところ、非治療群の受胎率は28.6%であったのに対して、治療群は80.0%であったことが報告されています(表1)。この結果から、PPIDを治療することで受胎への影響を改善できることも明らかになりました。このようにPPIDは繁殖牝馬の受胎率に影響を与えることから、不受胎の原因の一つとして考慮に入れておくことが重要であると考えられます。

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図2 PPID診断結果ごとのシーズン受胎率
(2022年生産地シンポジウムより引用)

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表1 PPID治療効果の受胎への影響

(2022年生産地シンポジウムより引用)

 

PPIDの検査時期

 
 これまで述べてきたように、PPIDは繁殖牝馬の受胎に影響を与える要因であると言えます。牧場で繋養している繁殖牝馬、特に高齢の繁殖牝馬の中で、不受胎が続いている馬は、PPIDを発症している可能性を考える必要がありそうです。PPIDを診断するためには、血中のACTHを測定しますが、正確な診断をするためには検査をする時期が重要となります。図3は血中ACTH濃度の年間の変化をグラフで示したもので、正常馬とPPID発症馬との間で比較したものになります。黒い棒グラフが正常馬、黄色の棒グラフがPPID発症馬の血中ACTH濃度を示しています。PPID発症馬の方が、正常馬よりも高値になっていることがお分かりいただけると思いますが、特に8月(A)、9月(S)、10月(O)で値が高くなっています。これらの結果から、PPID診断のための血中ACTH濃度測定は8~10月に実施すべきであり、まさに秋ごろに行うのが望ましい検査になります。生産牧場に高齢の不受胎を繰り返す繁殖牝馬がいる場合には、検査の実施を検討することをお勧めいたします。

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図3 正常馬とPPID発症馬の血中ACTH濃度の年間変化
(Durham, 2014を改変)

23-24育成馬ブログ(日高)

セリで購買した後から騎乗馴致開始前までの管理

 
 サマーセールも終わり、現在日高育成牧場では48頭(ホームブレッド6頭、市場購買馬42頭)のJRA育成馬を繋養しています。今回は、セリで購買した後から騎乗馴致開始前までの管理についてお話したいと思います。

 

 セリ上場馬の中には見栄えを良くするため、1歳セリ時点でボディコンディションスコア(以下BCS)が6.0前後に高められている馬が散見されます。このようにBCSが高められた状態で運動を開始するのは、故障を誘発することに繋がるなど、好ましくないのではないかと考え、当場ではセリで購買した馬は全頭、騎乗馴致を始める前まで昼夜放牧を行い、BCSを5.0前後まで落としています(写真)。今シーズンも、セレクションセール購買馬は8月2~30日までの4週間、サマーセール購買馬は8月30日~9月26日までの4週間昼夜放牧を行い、馬が自然な体を取り戻すのを待ってから騎乗馴致を開始する予定です。

 

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(写真)騎乗馴致開始前に昼夜放牧を行い、自然な体に戻す

 

 ここ4年間、サマーセールで購買した馬は、騎乗馴致を早く開始することを優先し、昼夜放牧を行っておりませんでしたが、昨シーズンは4週間程度 昼夜放牧する期間をつくりました。その結果、年間を通してBCSが4.5前後と無駄のない、運動に適した状態でトレーニングを続けることができました(図1)。

  

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(図1)過去3シーズンのJRA育成馬のBCS

 

 BCSが4.5前後という余分な脂肪がついていない馬体を維持した結果、例年以上に順調に調教を積むことができました。例年であればブリーズアップセール(以下BUセール)で10頭前後が欠場するところ、今年はわずか3頭の欠場で済み、そのうち運動器疾患を理由に欠場した馬は1頭のみでした(表)。BCSを下げたことが全ての要因だとは思いませんが、運動器疾患による欠場の減少に、少なからず貢献したのではないかと考えています。

 

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(表)過去3シーズンのBUセール欠場率

 

 我々が管理しているJRA育成馬は1歳から2歳にかけての若馬で、まだまだ馬体が成長する時期にあります。上記のようにBCSが低い状態で調教することは運動器疾患の予防に効果がありそうですが、一方で飼料が足りないことにより成長を阻害してしまっては問題です。体重の推移も過去2シーズンと比較しましたが、順調に増加しており、給餌量には不足がなかったと考えられました(図2)。

 

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(図2)過去3シーズンのJRA育成馬の馬体重

   

 以上、今回はセリで購買した後から騎乗馴致開始前までの管理についてご紹介いたしました。具体的な給餌量などJRA育成馬(日高育成牧場)の管理・調教方法について次回以降も順次ご紹介していきたいと思います。

22-23育成馬ブログ(生産④)

〇BCSを指標とした繁殖牝馬管理
~BCSは脂肪の状態を反映しているのか?~


 4月となり、JRA日高育成牧場での生まれる予定の子馬も残りわずかとなってきました。JRA日高育成牧場では競走馬の生産や育成を行っているわけですが、馬だけでなく馬産業で働く人材の育成にも取り組んでいます。3月中旬に1週間にわたって獣医学生を対象としたJRA日高スプリングキャンプとして開催しました。全国の獣医学科のある大学から合計6名の学生が参加し、熱心に色々なことを学んでいただきました(写真1)。今後もこのような研修を実施していき、馬業界で働く人材の育成も行っていきたいと考えています。

Photo(写真1)直腸検査実習を行うスプリングキャンプ参加獣医学生

BCSを指標にした繁殖牝馬の管理

 さて、4月になると、生産牧場のみなさんは種付けで忙しい日々を送っているのではないでしょうか。受胎率を高めるためには、繁殖牝馬を適切なコンディションで管理することが重要であることは皆さんもご存じかと思います。馬のコンディションを判断する基準としては、ボディーコンディションスコア(BCS)が馬産業では広く用いられています。BCSは、脂肪の付き具合を数値化したものであり、一般的には9点法で示されるものが使われていますが、より細かく馬の状態を評価するために0.5単位で数値化している方もいるかもしれません。生産牧場で実際に遭遇するのはBCS4(少しやせている)からBCS7(肉付きが良い)までがほとんどではないでしょうか(図1)。

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(図1)9点法によるBCS(生産牧場で頻繁に遭遇するのは青枠内の馬)

 BCSのメリットとしては、①具体的に状態を評価できる、②記録として使えることが挙げられます。数値化をしないと、馬が“太っている”や“痩せている”といった抽象的な表現となり、牧場内での基準の統一が難しくなります。一方、BCSを用いることで具体的に馬の状態を表現することが可能となります(図2)。また、数値として表すことで記録としても活用することが可能になり、太りやすいまたは痩せやすいといった馬ごとの傾向を把握するのにも役に立ちます(図3)。

Photo_3 (図2)BCSを用いることで客観的な評価が可能

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(図3)BCSを記録することで飼養管理に活用可能

BCSと繁殖成績との関係

 先ほども述べたように、BCSは繁殖成績と関係があることが知られています。特に繁殖牝馬が“痩せている”状態であると受胎率が低下することが報告されており、具体的にはBCSが4.5以下では受胎率が低下することが報告されています(Henneke, 1984)。また、受胎後のBCSが受胎の維持にも重要であることも報告されており、交配17日後から35日後にかけてのBCSの変化が低下していると有意に早期胚死滅の発生が多いこと(図4)や交配35日時点でのBCSが5未満であると早期胚死滅の発生率が高いことが報告されています(Miyakoshi, 2012)。
 一方、太りすぎている馬については、繁殖成績との直積的な関係を示す報告はあまりありません。しかしながら、太りすぎている馬は負重性の蹄葉炎となるリスクが高いことが知られていますので、注意が必要です。また、BCSが高い馬(BCS≧7)はインスリン感受性が低下することが報告されており(Hoffman, 2003)、インスリン感受性が低下した馬は受胎率の低下と関係があることが示唆されているPPIDの発症率が高くなることも知られています。つまり、BCSが高い状態で管理されていると、結果として受胎率が低下する可能性があるということが言えます。これらのことからも、BCSは繁殖牝馬の飼養管理において非常に重要であることがお分かりいただけたと思います。

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(図4)BCSの変化による早期胚死滅および胎子喪失率の発生率

BCSと臀部脂肪厚との関係

 BCSは数値という形で具体的に示されますが、測定方法は馬体を触って人間が脂肪の付き具合を判断するという形で実施されます(図5)。そのため、BCSが実際の脂肪含有量を反映しているのかという疑問が湧きます。疾病が理由で安楽死となった馬を用いてBCSと全身の脂肪含有量を調べた研究によると、BCSが脂肪含有量と相関していたことが報告されています(Dugdale, 2011)。しかしながら、全身の脂肪含有量を調査するのは非常に大変な作業となりますので、臀部脂肪厚(図6)から全身の脂肪含有量を推定する方法が知られています(Kearns, 2002)。そこで、2022年1月~2023年2月にかけて158頭を対象としてBCSと脂肪厚を測定したところ、BCSと臀部脂肪厚が正の相関関係があることが明らかになりました(図7)。以上のことから、BCSは適切に脂肪含有量を反映していると言うことができ、繁殖牝馬を管理していく上で有用であると言えそうです。

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(図5)肋部のBCSの判断基準

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(図6)臀部脂肪厚測定の様子

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(図7)BCSと臀部脂肪厚の関係

最後に

 BCSを用いた飼養管理は多くの生産牧場で実施されていることかと思います。目標とするBCSを設定して管理することも大事ですが、より重要なことは繁殖牝馬を受胎させたり、健康を維持したりすることになると考えられます。BCSの基準を含めた繁殖牝馬の管理方法については、JRA日高育成牧場管理指針-生産編-にも記載されておりますので、興味のある方はご一読いただければ幸いです。

参考資料:
JRA育成牧場管理指針―生産編(第2版)―
https://www.jra.go.jp/facilities/farm/training/research/pdf/research_seisan.pdf

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22-23育成馬ブログ(日高④)

今シーズン新たに取り組んだこと

 

 早いものでブリーズアップセール(以下、BUセール)まであと1ヶ月となりました。育成馬たちは日々着実に成長し、現在坂路にて3F48秒程度のメニューをこなしています。

Photo (写真)坂路でのスピード調教

 さて、今回は育成馬たちを調教していく上で今シーズン新たに意識して取り組んだことをご紹介したいと思います。まず馴致段階では、我々は従来よりヨーロッパ式のランジング・ドライビングを取り入れたブレーキングを行っておりますが、今シーズンは常歩だけでなく“速歩でのドライビング”を積極的に取り入れました。常歩よりも速いスピードでドライビングを行うことにより、馬が本当にまっすぐ進んでいるか、開き手綱の扶助を理解しているかが明確になり、結果として騎乗調教開始後にまっすぐ走れる馬が増えました。例えて言えば、自転車を運転する際に、ゆっくり漕ぐとフラフラしてしまいますが、ある程度のスピードを出し続けることでまっすぐな状態を維持できるのと同じ理屈です。スタッフたちには速歩で進む馬と同じ速さで移動しなくてはならないため苦労をかけましたが、そのおかげで例年以上に騎乗調教へとスムーズに移行することができました。また、速歩のドライビングでは「左!」「まっすぐ!」「右!」「まっすぐ!」「左!」「まっすぐ!」「右!」・・・という風に、短時間で多くのコマンドを馬に出し続けることとなるため、馬が人にフォーカスし、人から出される命令にすぐに応えようと従順になる効果もあると感じました。その結果、昨シーズンより人の言うことをきく馬が増えた気がします。

https://youtu.be/6zMCZwW7Grw

(動画)速歩でのドライビング(9月中旬)

 次に取り組んだこととして、馬は同じパターンの調教をすると落ち着く性質を利用し、調教開始時に角馬場での速歩の後、“800m馬場での最初の1周を「コーナー速歩、直線ハッキング」と決め、毎日繰り返し”ました。例年、スピード調教を開始した頃から馬が強くなり、段々こちらの言うことをきかなくなりますが、このルーティーンを繰り返すことにより、馬が騎乗者のコマンドを待つ状態になり、冷静さを保つことができ、昨年よりも従順になった印象です。

https://youtu.be/Q_681vEs5jc

(動画)毎日のルーティーン(コーナー速歩、直線ハッキングで800m馬場を1周)

 最後に、“隊列の質を上げ”ました。坂路での集団調教時に昨シーズンまでは1列縦隊もしくは2列縦隊で走行していましたが、例年より馴致が上手くいき馬がおとなしいのと、騎乗スタッフのレベルが上がり2列縦隊の調教が楽々こなせるようになってきたため、今シーズンから3列縦隊を取り入れました。このことにより、より実戦に近い状況で調教できるようになり、レースに行って前後左右に馬がいてもひるまないで走る馬を作ることを目指しています。また、調教のタイム指示についてはステディなキャンター(馬が落ち着く速度で安定した駈歩を続ける)となるように設定することで、馬が常に落ち着いた状態で調教を実施することができました。
https://youtu.be/A9yi47AfFfQ

(動画)坂路調教の様子(1月下旬)

 以上、今回は今シーズンの取り組みをご紹介いたしました。JRA日高育成牧場ではBUセール後に競走馬として順調にデビューできる馬、勝てる馬を目指して日々調教に取り組んでいます。その過程で得られた知見はこのブログほか各種講演会や出版物で発信しております。今回の記事が普段育成牧場で馬を調教されている皆さんの少しでもお役に立てば幸いです。

22-23育成馬ブログ(生産③)

種付け後の血中プロジェステロン値について

~適切な飼養管理が血中プロジェステロン値を高く維持して受胎率を向上させる?~

 2月になり多くの生産牧場で子馬が生まれていることと思います。JRA日高育成牧場においても、2月12日に最初の子馬が誕生しました(写真1)。生産牧場では子馬が生まれるのと並行して、来年に向けての種付けも行っていかなければなりません。
 今回は最近発表された種付け後の血中プロジェステロン値に関する興味深いお話についてご紹介するとともに、血中プロジェステロン値を高く維持して受胎率を向上させるための適切な飼養管理の重要性について触れてみたいと思います。

Photo 写真1 2023年最初のJRAホームブレッド

・種付け後の血中プロジェステロン値の意味
 本題に入る前に、馬の発情サイクルについて簡単にご説明します。馬は自然状態においては日長時間の長い季節(春~夏)にのみ繁殖期のある長日性季節繁殖動物です。そして、その繁殖期の中で約7日間の発情期と約14日間の黄体期が交互に繰り返されることになります。種付けのタイミングは、発情期の最後に起こる排卵時であり、受胎していれば黄体がそのまま維持されて妊娠が継続することになります(図1)。黄体が形成・維持されているかを確認する方法としては、経直腸エコー検査で黄体を確認する方法と黄体から産生されるプロジェステロン(黄体ホルモン)を血液検査で調べる方法があります。形成された黄体が機能しているかを知る上では、血中プロジェステロン値を調べる方法が優れていると考えられ、海外においては種付け後(正確には排卵後)5日目の血中プロジェステロン値を調べることが行われています。値が低い場合にはプロジェステロン類製剤(レギュメイトなど)を投与し、妊娠を継続させる試みが行われています。妊娠維持に必要な血中プロジェステロン値は4ng/ml以上であったという報告(Ginther, 1985)があり、この値がプロジェステロン類製剤を投与する指標として用いられています。

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図1 馬の発情サイクルのイメージ図

・受胎と血中プロジェステロン値の関係に関する研究
 これまで説明したように、種付け後の血中プロジェステロン値が受胎と関係があるのではないかと考えられてきましたが、その関係については詳しく調べられていませんでした。そこで、ニュージーランドの研究者らが2018年の繁殖シーズンに大規模な調査を実施しました(Hollinshead, 2022)。著者らは275頭の種付けを行った繁殖牝馬に対して、排卵5日目の血中プロジェステロン値を測定し、その値を排卵14日目の時点での受胎した繁殖牝馬と不受胎だった繁殖牝馬との間で比較しました。その結果、受胎群の血中プロジェステロン値は6.4±3.0 ng/mlであり、不受胎群の5.5±3.3 ng/mlよりも有意に高い値であったことを報告しています(図2)。この結果は、種付け後のプロジェステロンが高い方が受胎しやすくなる可能性を示しており、多くの生産者の方が目指している受胎率を向上させることに役立つかもしれない知見と言えます。JRA日高育成牧場では毎週繁殖牝馬の血中プロジェステロン値を測定しています。過去5年間に種付けを行った繁殖牝馬の種付け後(排卵後3~9日)の血中プロジェステロン値を調べ、上記の論文と同様に受胎した繁殖牝馬と不受胎だった繁殖牝馬との間で比較しました。その結果、受胎群は平均7.7 ng/mlであり、不受胎群の平均6.9 ng/mlよりも高いという結果になりました(図2)。排卵から起算した測定日が一定ではないJRAの結果の解釈には注意が必要ですが、やはり種付け後のプロジェステロン濃度は高い方が望ましいと考えられます。

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図2 受胎群と不受胎群の血中プロジェステロン値の比較

・適切な飼養管理が血中プロジェステロン値を高く維持するのに重要
 血中プロジェステロン値が高い方が望ましいことを説明しましたが、どのような場合に高くなるのでしょうか。まず、繁殖牝馬の栄養状態が血中プロジェステロン値と関係があることが知られています。低栄養状態の繁殖牝馬は黄体機能が低下し、それに伴って血中プロジェステロン値も低くなり、早期胚死滅が起きることが報告されています(van Niekerk, 1998)。これは、十分な栄養がないと適切な大きさの黄体を形成・維持できないことを示していると考えられます。実際、黄体の数が多いほど(つまり黄体が大きいほど)、血中プロジェステロン値も高くなることが知られています(図3)。また、排卵前にhCGを投与した群と投与しなかった群との間で、排卵5日目の血中プロジェステロン値が投与群で有意に高かったという報告もあります(図4)。以上のことから、非常に基本的な内容となりますが、適切な飼養管理や交配管理を実施することが、適切な黄体を形成して血中プロジェステロン値を高く維持することに繋がると考えられます。

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図3 排卵数(黄体数)による血中プロジェステロン値の比較

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図4 hCG投与による血中プロジェステロン値の効果(Köhne, 2014)

・分娩後の泌乳期における栄養管理の重要性
 特に分娩後は泌乳に多くのエネルギーが必要となることから、適切な飼料給与を心掛けることが重要となります(図5)。さらに、受胎しやすくするためには、BCS(ボディコンディションスコア)を6程度に維持し、BCSを上昇させながら種付けを行うことが推奨されています。しかしながら、分娩後の繁殖牝馬は痩せてしまうことが多く、適切なBCSを維持するのに苦労している生産者の方も多いと思われます。血中プロジェステロン値についても、分娩後の繁殖牝馬は空胎馬や上がり馬に比べて、排卵後5日目の血中プロジェステロン値が有意に低いことが報告されています(図6)。このことが、分娩後初回発情での受胎率の低さの要因の一つとも考えられます。いずれにしても、分娩後の繁殖牝馬の栄養状態を適切に管理することが、血中プロジェステロン値を適切な濃度に維持することになり、受胎率の向上にもつながると考えられます。

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図5 分娩後の泌乳期に必要なエネルギー要求量

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図6 繁殖牝馬の分娩状況による血中プロジェステロン値の比較

・最後に
 これまで述べてきたように、血中プロジェステロン値を維持して受胎率を向上させるためには、適切な飼養管理がとても大事になります。JRAでは繁殖牝馬の飼養管理について、管理指針を作成しており、周産期(分娩前後)の飼養管理の重要性についても記述されています。JRAのHP上でも管理指針を確認することが可能ですので、興味のある方はぜひともご確認ください。

参考資料:
JRA育成牧場管理指針―生産編(第2版)―
https://www.jra.go.jp/facilities/farm/training/research/pdf/research_seisan.pdfQr_438489_2