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育成馬ブログ 生産編⑨

第12回JRAブリーズアップセールを終えて

 

本年のJRAブリーズアップセールも、上場馬全頭をご購買いただき、

盛況のうちに終了することができました。

 

この場を借りて、ご購買者の皆さま、

セールにご来場いただいた購買関係者の皆さまに厚く御礼申し上げます。

 

さて、当セールの魅力は、多くのご購買者にとって分かりやすい運営、

レポジトリー(医療情報公開)を通した市場の信頼性、

ご購買直後に即戦力となる鍛え上げられた上場馬など多々あります。

 

これらの魅力を維持、

向上させるために様々な部署の職員が一丸となって

当セールの運営にあたっています。

 

今回の育成馬ブログでは、

BUセール開始当初からその運営に携わり、

本年1月に56歳の若さで急逝された

故坂本浩治氏について触れたいと思います。

 

坂本氏は、昭和60年にJRAに入会し、

日高育成牧場での育成調教業務、

アイルランドにおける2年に及ぶ研修、

厩舎関係者や育成牧場関係者などに対する技術普及など、

JRAの生産育成業務に深く携わり、

我が国の強い馬づくりに対して長年に亘り尽力してきました。

 

また、セールに関しては、市場の透明性確保、

そして、馬に対する躾やトリミングなどを通して

お客様に馬を()せる(・・)姿勢にも強い信念を持って取り組んでいました。

                   

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市場での購買検査風景 

トレードマークであったハンティング帽をかぶる坂本氏(右端)

  

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坂本氏の馬に対するアフィニティ(親和性)やリーダーシップは、

多くのホースマンの心に深く刻まれた。

   

育成牧場の現場においては、

馬に対するアフィニティ(親和性)やリーダーシップなど、

アイルランドで学んだ技術や精神を日高育成牧場で実践し、

多くの人に伝えてきました。

 

この坂本氏の考え方に感化されたのは、

一緒に働いた我々JRA職員にとどまらず、

JRA調教師などの厩舎関係者、

民間育成牧場の関係者など枚挙にいとまがありません。

 

また、アイルランドのトップ・トレーナーのエイダン・オブライエン師も

「浩治は現在の私の厩舎における

馬の管理方法をいくつか確立していくうえで、

キーパーソンの1人でした」

と話すように、

欧米でも十分通用するホースマンであったともいえます。

 

これらの坂本氏の精神は、「JRA育成牧場管理指針」

http://jra.jp/ebook/ikusei/nichijo/#page=2)などの

普及冊子としてまとめられており、

現在も日高育成牧場のみならず、

多くの民間育成牧場スタッフのためのテキストブックとして、

若馬の騎乗馴致やセリ展示など多くの場面で活用されています。

  

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民間牧場の関係者を対象とした講習会で講師を務める坂本氏

  

 

坂本氏が常日頃から願っていたのは「日本競馬の民度向上」でした。

 

ヨーロッパの大レースのパドックで見られる華やかな雰囲気、

正装して馬を引く厩舎関係者、

躾ができており、人を信頼し、指示に従って落ち着いて歩く出走馬。

  

日本競馬が、競走成績のみならず、

馬の取り扱いや関係者の服装などについても、

欧米の競馬先進国に追いつくことを願ってやみませんでした。

現在G1競走を中心に行われている「ベストターンドアウト賞」は、

その願いが形になったものの1つです。

 

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ベストターンドアウト賞 審査の様子(平成28年 皐月賞)

  

このように,坂本氏の生涯は生産育成業務をとおして

我が国における強い馬づくり、

日本競馬の民度向上に捧げられたと言って過言ではありません。

 

国内外を問わず

多くのホースマンに大きな影響を与えてくれた

坂本氏の素晴らしい人生に感謝して,

心よりご冥福をお祈りします。

 

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育成馬ブログ 生産編⑧「その3」

難産症例 -両臀部屈曲位(ドッグ・シッティング)-

 

前回までの説明を踏まえたうえで、

日高育成牧場で発生した難産症例について紹介します。

  

本症例は胎子の姿勢異常(両臀部屈曲位)により難産を呈しましたが、

病院への輸送タイミングを逸したため、残念ながら胎子が死亡した事例です。

 

なお、母馬は9歳のサラブレッドで産歴5頭、

これまでの出産では大きなトラブルは認められませんでした。

 

経過

14:00     放牧地にて陣痛を認めたため、集牧し馬房内で様子を見る。

15:00     破水するが尿膜水量は少なく、足胞は現れない。

15:50     再び尿膜水が排出される。羊膜が現れるが、直後に膣内に戻る。

5分後に羊膜が再度現れるが、胎子の蹄は確認できず。

その後も横臥と起立を繰り返すが娩出は進まない。

16:40     最終的に娩出できず、胎子は死亡。

          

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2回目の破水後に現れた羊膜(左)正常な足胞(右)

 

 

 

胎勢

 

本症例は、両臀部が屈曲するとともに、

後肢の蹄が骨盤上口に固定されている

「両臀部屈曲位(ドッグ・シッティング)」とよばれる異常胎勢でした(下図左)。

 

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両臀部屈曲位(ドッグ・シッティング)(左)分娩時の正常な胎子(右)

  

この場合、胎子の前半身のみが部分的に娩出されますが、

それ以降は怒責によっても娩出されません。

 

このため、本症例のように分娩に時間がかかっている場合は、

これを疑う必要があります。

なお、産道保護のため、

頭部、両前肢および胸部が正常に触知できたとしても、

無理な牽引は禁忌とされています。

  

多くの場合は、病院における全身麻酔下での仰臥位での整復

あるいは帝王切開が適応されます。

もし、胎子を子宮内に押し戻すことが可能であれば、

骨盤上口に固定された蹄をはずすことで整復できますが、

娩出動作によって産道に子馬がきつく押し込まれている場合には

極めて困難です。

 

ある調査によると、

両臀部屈曲位はのべ517回の分娩中に2回(発生率0.38%)

認められたということです。

  

本症例で認められた分娩時の異常所見をまとめます。

 

・破水後の尿膜水量が明らかに少ない。

・破水後から1時間近く羊膜が現れない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が現れた後も、スムーズに胎子が娩出されない。

  

これらのような分娩時の進行停滞や異常所見が認められた場合には、

躊躇せずに病院へ輸送すべきです。

  

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