オン・ザ・ブライドル(On The Bridle) (日高)
例年になく雪が多く、おまけに寒暖の差が激しい日高です。圧雪であれば問題ないのですが、溶けて凍るためたちが悪いのです。このため、週2回の坂路調教では2km離れたスタート地点までのアクセス路の確保には大きな労力を要します。また、調教後のパドック放牧も危険なため行えなくなります。これも自然のなせる技とゆったり構えて、やり過ごすしかありません。雪が残り、まだまだ寒さは厳しいですが、日に日に長くなる日照時間と馬の冬毛が抜け始めたことに春を感じるこのごろです。
さて、うれしいニュースです。JRAが昨年の種付けシーズンから新たに開始した、生産からの育成業務。その生産馬第一号が2月21日(土)に産声を上げました。体重59kgの立派な牡駒です。予定日から11日遅れましたが、産気づいたのが夜7時前であったこともあり、多くの職員が見守る中、ほぼ完全な自然分娩での誕生となりました。連絡の約束をしていた軽種馬育成調教センター(以降BTC)の騎乗者養成コースの生徒達16名も駆け付け、その様子を見学すると共に、出産についてのレクチャーや質疑応答が行われました。本年はこの馬を含め7頭の当歳馬が生まれる予定になっていますが、この馬達を立派な競走馬として育てていく中で、多くの試行錯誤をし、その成果を発信していけたらと思っています。
BTCの生徒達が見守る中、陣痛に耐えるフジティアス(父フジキセキ)。
大役を終え、優しくわが子(フジティアスの09:父デビッドジュニア)と対面する母フジティアス。子をいたわる優しい目がたまりません。
今回は、オン・ザ・ブライドルのお話。日本語にすれば「持ったまま」といったところでしょうか。つまり、じっと手綱を持ち、馬に少し我慢させた状態での騎乗で、若馬の調教では基本形ともいえるものです。
シングルファイル(一列縦隊)での、オン・ザ・ブライドルによる騎乗。馬は先頭からグランエレガンスの07(牡:父スキャン)、フィンラディアの07(牡:父キングヘイロー)、カズサヴァンベールの07(牡:父アルカセット)。(写真提供:坂口誠司氏)
この騎乗を可能にするためには、馬自身に走りたいという前進気勢が求められます。しかし馬は、基本的に走らなければならないというモチベーション(動機)を持つことはできません。本来動物は、エネルギーの無駄使いをしたがらないものです。
ムチや推進扶助を使って無理に馬を前に追い出す事も可能です。しかしそういった調教で馬を追い込むと精神的にも肉体的にもしぼんでしまい、調教継続は困難になってしまいます。さらに故障(運動器疾患)発生の可能性も大きくなります。
そこで隊列の変化を用いて馬を走る気持ちにさせ、その気持ちをためることが必要になってくるわけです。ヨーロッパの調教現場で、ついつい馬の走りに任せて拳を動かすと、後から調教師に、拳はキ甲(馬の首の付け根)にじっと置いておきなさいと口すっぱく指導されたことが思い返されます。
例えるならば、おいしい寿司でも食欲が無ければ食べたくはありませんし、食べ過ぎた次の日にはもう食べたくなくなる、ということです。
調教はその効果を上げるために毎日継続し、頻度と強度を増していかなければなりません。その中でも馬がフレッシュでハッピーな気持ちでいられるように維持するために大切なことが、「出し切らない」、つまりオン・ザ・ブライドルの調教ではないでしょうか。
このような調教の結果として、育成馬が「走らされた」のではなく、「走ってしまった」と感じることが必要だと思います。この考え方は、調教に携わる世界のホースマンに言い古された金言、「馬を常にハッピーでフレッシュに保ちなさい」に通ずるのではないでしょうか。
2歳育成馬達は、2月に入り、1,000m屋内坂路で週2回のスピード調教を開始しました。隊列は2頭併走です。通常、併走での走行では、馬は横にいる馬に互いに遅れずに付いて行こうとする気持ちが生まれ、走ることに集中し始めます。結果として競い合う形になるわけです。現在(2月下旬)の指示タイムは3ハロンを16秒-16秒-16秒ですが、結果として、オン・ザ・ブライドルの騎乗で、指示よりも早いスピードで走ってしまう馬も出てきています。馬の走行や息の入り方、乗り手の様子などを観察し、指示タイムを十分にこなすことが出来ると判断した場合に、さらに上のタイム指示に移っていきます。しかし、判断している馬の体力よりも上の指示タイムに挑戦させることはほとんどありません。先にも述べましたが、無理に走らせることは、まだ成長途上の若駒に対して、運動器疾患を誘発する危険性が大きくなると考えているからです。
このような積み重ねにより、約1ヶ月後の3月末には、坂路で3ハロンを15秒-15秒-15秒で走る指示を、余裕を持ってクリアできるだけの体力をつけていくのです。
坂路での併走によるスピード調教。オン・ザ・ブライドルの騎乗で互いに競い合うことで、結果として「走ってしまう調教」を目指します。
私達が、ブリーズアップセールの騎乗供覧において、最後の2ハロンを13秒-13秒で走ることを目安にして騎乗供覧することもこのポリシーから来ているものです。馬にハロン11秒、12秒で走行する力が備わっていても、13秒を目安にオン・ザ・ブライドルで騎乗すること、これが競走馬としてスタートする馬達にとってプラスになる調教であると考えているからです。