より良い放牧管理を目指して~生産地シンポジウムのご案内~(生産)
日高育成牧場では、5月下旬より全8組の親子の昼夜放牧を開始しました(写真1)。誕生から離乳までの「初期育成期」と、離乳からブレーキング開始までの「中期育成期」では、子馬にとって放牧管理が運動面や栄養面、さらには精神面にとっても重要なことは言うまでもありません。今回は日高育成牧場で行なっている初期から中期育成期の放牧管理についてご紹介するとともに、来月新ひだか町静内で行なわれるJRA主催の「第40回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム(以下、生産地シンポジウム)」についてご案内したいと思います。
写真1 親子の昼夜放牧。吸血昆虫もまだ少なく、今が一番過ごしやすい時期です。
放牧が馬体に及ぼす影響
サラブレッドの一生のうち、最も成長が著しい時期が誕生からブレーキング開始までの初期~中期育成期になります。後々のブレーキングや調教を順調に進める上でこの時期にしっかりと「健康な体づくり」を行なうことが重要です。馬はこの期間、多くの時間を放牧地で過ごしますので、いかに放牧管理を上手く実践することが大切かおわかりいただけるかと思います。
放牧時の子馬の自発的な運動は、骨や腱、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。例えば骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは不十分で、適度な運動により骨の形成に関与する骨芽細胞の活動が活発となり、骨の形成のために効率の良いカルシウムの利用が行なわれることになります。運動が骨や腱の発育に与える影響について過去の調査では、放牧時間が長いほど骨密度が増加したという報告があります(図1)。また、実験的に当歳に毎日トレッドミルによる常歩運動を負荷すると、小さな放牧地で4時間のみ放牧されている群と比較して腱の発育が早かったという報告もあります(図2)。
また、放牧地は子馬の運動の場というだけでなく、牧草は発育に必要な栄養素を供給する飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスできる休息場所でもあります。
図1 放牧が骨密度に及ぼす影響
図2 子馬における浅屈腱断面積の変化
昼夜放牧への移行
日高育成牧場では、子馬は特別虚弱でなければ生まれた翌日からパドックに放牧しています。生後4~5日間は、他の親子とは一緒にせずに1組の親子のみで放牧を実施しています。この時期の母馬は母性本能が非常に強くなっており、神経質過ぎるくらい自分の子馬を守ろうとするため、他の親子を怪我させる可能性が高くなるからです。生後2週間を目安に2ha以上の大きな放牧地に親子複数組で放牧しています。
5月頃、少なくとも4週齢になるのを待って、昼夜放牧に移行しています。過去に行なった調査では、昼放牧を行なっている期間の親子の移動距離は1日平均7.7kmだったのに対し、昼夜放牧開始後は1日平均20.0kmと約3倍に増加することがわかっています。このことから、放牧時間が長いほど骨や腱を発育させるために必要な自発的運動をより多くさせることができると言えます。また、1歳馬の昼夜放牧中の採食行動に関する調査では、16時から0時までに採食していた割合が82.7%と高かったと報告されており、放牧地における採食が夕方から夜間にかけて活発となることがわかっています。本来、馬は広い草原で草を食べながら群れで生活している動物です。採食が活発となる時間帯に個別に馬房で過ごすことよりも、放牧地で過ごした方がストレスがなく、また栄養面からも昼夜放牧がより自然であると言えます。
昼夜放牧のメリットとデメリット(図3)
もちろん、昼夜放牧には昼放牧と比較してメリットとデメリットの両方が存在します。まず、昼夜放牧を実施した場合、放牧時間が長くなるため昼放牧と比較して移動距離が約3倍長くなり、子馬に自発的な運動をさせることができます。前述の報告を考えると、子馬の発育のためには昼夜放牧の方が良さそうです。また、昼夜放牧では厩舎の中の馬房で個別に飼われるという人工的な環境にいる時間が短くなり、群れで自然の中で自由に牧草を食べることができるため、ストレスが少ないこともメリットとして挙げられます。
一方、昼夜放牧を実施する際は人の目が届かない夜間にも放牧を継続するため、牧柵の整備など安全面には昼放牧以上に配慮する必要があります。また、放牧時間が長いほど早く放牧地が傷むため、昼夜放牧を実施するにはある程度広い土地が必要となります。
このような特徴があるため、春から秋にかけては昼夜放牧が行なわれるのが一般的になってきていますが、最近になり一部の牧場で厳冬期にも試験的に昼夜放牧が実践されるようになってきました。しかし、北海道の馬産地では冬は放牧地が雪に覆われるため、春から秋にかけて行なっている昼夜放牧とは異なる管理が求められることになります。そのあたりの話題について、「生産地シンポジウム」で詳しくお話したいと思います。
図3 昼夜放牧のメリットとデメリット
生産地シンポジウム
毎年7月中旬に新ひだか町静内で行なわれているJRA主催の講習会ですが、今年は下記の要領で実施されます。今年のシンポジウムのテーマは「軽種馬生産における若馬の昼夜放牧管理について」です。
主催:日本中央競馬会
開催日時:平成24年7月12日(木)10:00~14:30
開催場所:静内ウエリントンホテル2F
シンポジウム
「軽種馬生産における若馬の昼夜放牧管理について」
座長:服巻滋之(ハラマキファームクリニック)・佐藤文夫(JRA日高育成牧場)
1)若馬の昼夜放牧管理について
○佐藤文夫(JRA日高育成牧場)
2)社台ファームにおける若馬の昼夜放牧管理
○加藤 淳(社台ファーム)
3)エクセルマネジメントにおける若馬の昼夜放牧への取り組み
○瀬瀬 賢(エクセルマネジメント)
4)日高育成牧場における厳冬期の昼夜放牧管理について
○遠藤祥郎(JRA日高育成牧場)
5)昼夜放牧における草地管理について
○三宅陽(日高農業改良普及センター)
6)ファームコンサルティングの観点から見た軽種馬生産における昼夜放牧管理のすすめ
○服巻滋之(ハラマキファームクリニック)
ほか、一般講演が8題あります。詳しくは「軽種馬防疫協議会」のホームページ(URL:http://keibokyo.com/)をご覧下さい。
以上、日高育成牧場で行なっている初期から中期育成期の放牧管理についてお話させていただきました。生産地シンポジウムにも多数の皆様にご来場していただけましたら幸いです。
~事務局より~
JRAで取り込んでいる生産育成研究で得られた知見や新しい技術に関して、JRA育成馬日誌を通じて、適宜発信しております。これらの生産育成研究に関しての質問には、可能な限りお答えします。下記メールアドレスにご質問をお願いいたします。
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