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厳冬期の1歳馬の管理~移動距離を増やす工夫~(生産)

先月に比べて若干寒さも和らいできましたが、まだまだ寒い日が続き春は遠いと感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。「寒いと動きたくなくなる」のは人間も馬も一緒なのか、過去の研究から冬は放牧地での移動距離が少なくなることがわかっています。日高育成牧場ではこの時期、1歳馬の放牧地の四隅の雪の上にルーサン乾草を撒いています(写真1これにより、馬は食べるために放牧地を移動しなくてはならず、運動量を増やすことができます。

今回はこのような冬に移動距離を増やす工夫について述べたいと思います。

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写真1 放牧地の四隅にルーサン乾草を撒いています

なぜ移動距離を増やす必要があるか?

そもそも、なぜ移動距離を増やす必要があるのでしょうか?それについては、まず(春から秋にかけての)昼夜放牧がなぜこれほどまでに広まってきたかというところから考えていきたいと思います。

昼夜放牧を行なうメリットとして、草食動物である馬を野生に近い環境で過ごすことは生理的に自然であり、長い時間牧草を食べることで自然な栄養を摂取できること、群れで行動する時間が長くなることで社会性が身につくことなどが挙げられます。中でも一番のメリットは昼放牧と比較して移動距離、すなわち運動量が増え、骨や腱の成長が促されることです。

おそらくもともとは実際に馬を管理している現場のホースマンたちが「昼放牧より昼夜放牧の方が“骨太”になる」という印象を持っていたため、「昼夜放牧の方が良い」と広まっていったのではないかと推測されますが、過去に当歳から1歳にかけての馬を用いて放牧時間と骨や腱の成長を調査した研究がなされています。1歳馬を用いて、24時間放牧を行なった群と、12時間放牧を行なった群、24時間馬房に入れっぱなしだった群の骨密度を比較した調査では、放牧時間が長いほど骨密度が増加したという結果が得られています(図1)腱に関する研究では、運動を負荷した馬としなかった馬の浅屈腱の断面積の比較したところ、運動開始2ヶ月後から運動を負荷した馬の断面積が大きい傾向が認められたという結果が示されたという報告があります。このことから、運動を負荷すると骨が丈夫になり腱の発育が早まると考えられます。

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図1 放牧時間が長ければ長いほど、骨は丈夫になります

JRAでは、以前からGPS装置を用いて放牧地内での馬の移動距離を調査してきました。その結果、昼夜放牧と昼放牧を比較すると、移動距離に2~3倍もの差があることがわかっています。今までの話をまとめると下記の通りです。

昼夜放牧をすることで運動量UP

→骨が丈夫になり、腱の成長が早まる

→強い馬づくりに繋がる!

では、話を冬に移しましょう。同じくJRAの過去の調査では、当歳の冬においては昼夜放牧(17時間)した場合で4~6km、昼放牧(7時間)した場合で2~5kmと、春から秋にかけてのように放牧時間を延ばしてもはっきりとした差がつかなかったという結果に終わっています(図2)これではせっかく昼夜放牧を行なっても馬体の成長には繋がらず、いたずらに馬を消耗させてしまうだけ、ということになりかねません。そこで、馬の移動距離を増やす工夫が必要になる、というわけです。

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図2 昼夜放牧を実施しても、何も工夫しなければ冬には移動距離が減ります

移動距離を増やす工夫

それでは、ここ日高育成牧場で試みている「移動距離を増やす工夫」についてご紹介していきたいと思います。

まずは冒頭で述べた「放牧地の四隅の雪の上にルーサン乾草を撒くこと」です。ルーサンを食べるために、馬は放牧地内を探し回るようになります。チモシーなどイネ科の牧草でも代用は可能ですが、嗜好性が良いためまずはルーサンを撒き、雪が深くなり掘って下草を食べることもできなくなってきたらチモシー乾草もプラスして置くようにしています。厳冬期には繊維分を腸管内で発酵する際に生じる熱が体温維持に重要であると言われているという観点からも、こうして積極的に乾草を食べさせることは大切です。

次に、「積雪が深くなってきて馬が歩きづらくなってきた際には、重機で雪を押して道を作ること」です。この場合も馬がより長い距離を歩くように長方形の放牧地であればまず牧柵に沿って道を作った後、斜めに対角線を描くように雪を押します。こうすることで馬が動きやすくなり、結果移動距離が増やせます。この方法で注意すべき点は、下草が見えてしまうまで雪を深く掘り過ぎないということです。そこまで掘り下げてしまうと、草地が痛み翌春の放牧地の回復が遅くなってしまいます。また、暖かい日が続いて雪が融け、その後寒い日が続くと地面がカチカチに凍り、馬が転倒して怪我をする危険が出てきたり硬くてかえって歩かなくなったりするためこまめな観察とメンテナンスが重要です。

このような工夫を試みた結果、従来は昼夜放牧を行なっても1日4~6kmしか歩かなかった馬が、6~12kmと春から秋にかけてと遜色ないくらい移動するようになりました(図3)日高育成牧場では生産馬を冬季に昼夜放牧群と昼放牧群の2群に分けて管理していますが、昼放牧群についてはウォーキングマシン(WM)を併用し、両群ともに同様の運動量を確保しています。

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図3 工夫することで冬でも6~12kmの移動距離を維持しています

このように、厳冬期に昼夜放牧を実施する際には、春から秋にかけてとは違った工夫が必要となります。寒い冬を上手く乗り切り、健康で丈夫な馬を育てましょう。

(次回へ続く)

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