育成馬ブログ 日高⑧
○Proximal Suspensory Desmitis(PSD)いわゆる「深管骨瘤」について
今回は、育成馬に携わる人であれば一度は聞いたことがある疾病の
「深管骨瘤(通称シンカン)」についてご紹介致します。
深管『骨瘤』という病名が付いているこの病気ですが、
成書ではProximal Suspensory Desmitis(近位繋靭帯炎、以下PSD)と
記載されているとおり、実際の病態としては
第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症に起因するものです(画像①)。
画像①:赤丸内が繋靭帯付着部
沈み込んだ球節を繋靭帯が引っ張り上げる際、
この付着部には強いテンションがかかります。
PSDはその際に起こる外傷性の捻挫だと考えられており、
急旋回や細かい回転運動はそのリスクを高めるものとして知られています。
また、重症例ではこの部位が剥離骨折することもあります(画像②)。
画像②:矢印先の逆U字型の骨折線
PSDを発症した場合、跛行は数日から数週間続きます。
急性例では熱感や腫脹を伴い、
同部に圧痛を認めることもあります(画像③)。
慢性例では間欠的な跛行を呈すのみで、
明らかな臨床所見を伴わないことがあります。
画像③:触診方法(赤丸内が繋靭帯付着部)
診断は診断麻酔によって行います。
外側掌側神経麻酔(副手根骨の内側:画像④赤丸)を用い、
High-4-point麻酔(掌側中手神経および掌側指神経の麻酔:画像④青丸)を
併用することもあります。
ただし、上記麻酔は腕節以下全体に効果があるため、
確定診断には事前に球節以下の診断麻酔(Low-4-point麻酔:画像⑤)を
行うなどして、球節以下に異常がないことを確かめておく必要があります。
画像④:外側掌側神経およびHigh-4-point麻酔
黄色線が神経走行(赤丸が外側掌側神経麻酔部位、
青丸がHigh-4-point麻酔部位)
画像⑤:Low-4-point麻酔部位
上記のような骨折が認められることもあるため、
レントゲン検査などの画像診断も重要になってきます。
栗東トレーニング・センターでは、2013年より導入された
MRI装置を用いて予後の診断を行うこともあります(画像⑥)。
画像⑥ 左:縦断面 右:左画像の黄色線部位における横断像
上記画像では黄色矢印部分が他の部分と比較して白く描出されており、
その部分に炎症が起きていると判断できます。
PSDは重症でなければ比較的早く調教復帰することも可能ですが、
調教再開時の再発例が多く認められます。
その要因の一つとして、一定期間休養させた若馬の騎乗再開時における、
スピードコントロールの困難さが挙げられます。
さらにもう一つの要因として、トラックで調教する前段階で
一般的に用いられているラウンドペンでのランジングや騎乗においては、
細かい回転運動が不可避であることが挙げられます。
そこで、日高育成牧場ではトレッドミルを用いた
リハビリテーションを行っています(画像⑦)。
画像⑦:トレッドミルでのリハビリ風景
トレッドミルを用いるメリットとして、
・騎乗せずにある程度の負荷をかけることができる
・細かい回転運動を行わないで済む
などが挙げられます。
PSD発症馬に対しては、一定期間の休養で疼痛および跛行が消失した後、
トレッドミルで徐々に負荷をかけていきます。
多くの場合、トレッドミルでの運動を1週間程度実施する
リハビリテーションを行い、騎乗調教に復帰させています。
一度発症してしまうと繰り返すことも多く、
特に育成馬にとってはやっかいな病気の1つであるため、
強調教後はよく冷却するなど日常的なケアも重要です。