育成馬ブログ 生産編⑩
○デスロレリン注射剤を用いた発情誘起
BCSの低い上がり馬など、春先にいつまでたっても卵胞が発育せず
排卵しなくて困った経験はないでしょうか?今回は妊娠中に骨折し、
分娩後デスロレリン注射剤を用いて発情誘起し、排卵に至った症例について
ご紹介します。
●卵胞が発育せず排卵しなくなる原因
無排卵状態が続く原因として、高齢、日照不足、寒冷、栄養不足、
生殖器疾患などが挙げられます。
●妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬の一例
JRA日高育成牧場において、分娩後に無排卵状態に陥った症例の
経過をご紹介します。
同馬は3歳未勝利で引退し(引退の理由は両後肢の第3中足骨の骨折)、
昨年4歳で交配を行い受胎しました。妊娠7ヶ月目の昨年10月29日に
放牧地にて両後肢の第1趾骨を骨折し、螺子固定術を実施しました。
胎子の健全な発育を考慮すると放牧をしたいところですが、
運動制限(馬房内休養およびウォーキングマシンによる運動のみ)を
せざるを得ず、さらに疝痛予防の観点から濃厚飼料の給餌量は
必要最小限まで抑えられました。その結果、分娩時のBCS
(ボディコンディションスコア)は4点台まで下がりました。
3月2日に無事に健康な子馬を分娩できましたが、分娩後も依然として
BCSは増加せず(図1)、卵胞は約1ヶ月発育せず、排卵しませんでした。
このような馬に対して、排卵促進剤の一つであるデスロレリン注射剤
(150μgを1日2回筋肉内、卵胞が35~40mmに発育するまで、図2)
を投与すると、卵胞発育を促進させる効果があると考えられています。
このことから、この馬に対しても試してみたところ、開始から9日後の
超音波検査で卵胞が35mm程度に発育していることが確認され、
さらに交配前日に別の排卵促進剤(hCG、3000IU)を投与し、
4月13日に交配、翌日に排卵が確認されました。
なお、2週間後の妊娠鑑定で受胎が確認されています。
図1 妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬
図2 デスロレリン注射剤(輸入薬)
●発情誘起に対するデスロレリン注射剤の効果
日高軽種馬農協の柴田獣医師らのグループが、2014年から2016年にかけて
87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いて行った調査によると、同法により
卵胞が35~40mmに発育した牝馬は68/87頭(78.2%)で、
その平均治療日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。
卵胞の発育後、交配から2日以内に排卵した牝馬は43/46頭(93.5%)と、
卵胞が発育してしまえばほとんどの牝馬が排卵に至ることがわかっています
が、受胎した牝馬は28/66頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。
しかしながら、排卵後に33/38頭(86.8%)の牝馬が正常な発情サイクルを
取り戻し、通常の方法での交配に移行できたことが確認されています。
詳しく知りたい方は、以下リンク先の2016年生産地シンポジウムの抄録
p.59-63をご覧ください。
http://keibokyo.com/wp-content/uploads/2016/06/16生産地シンポ抄録集.pdf
何らかの原因により卵胞が発育しなくなってしまった牝馬の治療の
選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法がお役に立てば光栄です。
現在のところデスロレリン注射剤は国内では製造されておらず、
使用するためには海外から輸入しなくてはなりません。
この方法を試したい場合はかかりつけの獣医師にご相談ください。