« 2023JRAブリーズアップセール関連情報(事務局) | メイン | 活躍馬情報(事務局) »

22-23育成馬ブログ(生産③)

種付け後の血中プロジェステロン値について

~適切な飼養管理が血中プロジェステロン値を高く維持して受胎率を向上させる?~

 2月になり多くの生産牧場で子馬が生まれていることと思います。JRA日高育成牧場においても、2月12日に最初の子馬が誕生しました(写真1)。生産牧場では子馬が生まれるのと並行して、来年に向けての種付けも行っていかなければなりません。
 今回は最近発表された種付け後の血中プロジェステロン値に関する興味深いお話についてご紹介するとともに、血中プロジェステロン値を高く維持して受胎率を向上させるための適切な飼養管理の重要性について触れてみたいと思います。

Photo 写真1 2023年最初のJRAホームブレッド

・種付け後の血中プロジェステロン値の意味
 本題に入る前に、馬の発情サイクルについて簡単にご説明します。馬は自然状態においては日長時間の長い季節(春~夏)にのみ繁殖期のある長日性季節繁殖動物です。そして、その繁殖期の中で約7日間の発情期と約14日間の黄体期が交互に繰り返されることになります。種付けのタイミングは、発情期の最後に起こる排卵時であり、受胎していれば黄体がそのまま維持されて妊娠が継続することになります(図1)。黄体が形成・維持されているかを確認する方法としては、経直腸エコー検査で黄体を確認する方法と黄体から産生されるプロジェステロン(黄体ホルモン)を血液検査で調べる方法があります。形成された黄体が機能しているかを知る上では、血中プロジェステロン値を調べる方法が優れていると考えられ、海外においては種付け後(正確には排卵後)5日目の血中プロジェステロン値を調べることが行われています。値が低い場合にはプロジェステロン類製剤(レギュメイトなど)を投与し、妊娠を継続させる試みが行われています。妊娠維持に必要な血中プロジェステロン値は4ng/ml以上であったという報告(Ginther, 1985)があり、この値がプロジェステロン類製剤を投与する指標として用いられています。

Photo_3

図1 馬の発情サイクルのイメージ図

・受胎と血中プロジェステロン値の関係に関する研究
 これまで説明したように、種付け後の血中プロジェステロン値が受胎と関係があるのではないかと考えられてきましたが、その関係については詳しく調べられていませんでした。そこで、ニュージーランドの研究者らが2018年の繁殖シーズンに大規模な調査を実施しました(Hollinshead, 2022)。著者らは275頭の種付けを行った繁殖牝馬に対して、排卵5日目の血中プロジェステロン値を測定し、その値を排卵14日目の時点での受胎した繁殖牝馬と不受胎だった繁殖牝馬との間で比較しました。その結果、受胎群の血中プロジェステロン値は6.4±3.0 ng/mlであり、不受胎群の5.5±3.3 ng/mlよりも有意に高い値であったことを報告しています(図2)。この結果は、種付け後のプロジェステロンが高い方が受胎しやすくなる可能性を示しており、多くの生産者の方が目指している受胎率を向上させることに役立つかもしれない知見と言えます。JRA日高育成牧場では毎週繁殖牝馬の血中プロジェステロン値を測定しています。過去5年間に種付けを行った繁殖牝馬の種付け後(排卵後3~9日)の血中プロジェステロン値を調べ、上記の論文と同様に受胎した繁殖牝馬と不受胎だった繁殖牝馬との間で比較しました。その結果、受胎群は平均7.7 ng/mlであり、不受胎群の平均6.9 ng/mlよりも高いという結果になりました(図2)。排卵から起算した測定日が一定ではないJRAの結果の解釈には注意が必要ですが、やはり種付け後のプロジェステロン濃度は高い方が望ましいと考えられます。

Vs

図2 受胎群と不受胎群の血中プロジェステロン値の比較

・適切な飼養管理が血中プロジェステロン値を高く維持するのに重要
 血中プロジェステロン値が高い方が望ましいことを説明しましたが、どのような場合に高くなるのでしょうか。まず、繁殖牝馬の栄養状態が血中プロジェステロン値と関係があることが知られています。低栄養状態の繁殖牝馬は黄体機能が低下し、それに伴って血中プロジェステロン値も低くなり、早期胚死滅が起きることが報告されています(van Niekerk, 1998)。これは、十分な栄養がないと適切な大きさの黄体を形成・維持できないことを示していると考えられます。実際、黄体の数が多いほど(つまり黄体が大きいほど)、血中プロジェステロン値も高くなることが知られています(図3)。また、排卵前にhCGを投与した群と投与しなかった群との間で、排卵5日目の血中プロジェステロン値が投与群で有意に高かったという報告もあります(図4)。以上のことから、非常に基本的な内容となりますが、適切な飼養管理や交配管理を実施することが、適切な黄体を形成して血中プロジェステロン値を高く維持することに繋がると考えられます。

Photo_4

図3 排卵数(黄体数)による血中プロジェステロン値の比較

Hcc

図4 hCG投与による血中プロジェステロン値の効果(Köhne, 2014)

・分娩後の泌乳期における栄養管理の重要性
 特に分娩後は泌乳に多くのエネルギーが必要となることから、適切な飼料給与を心掛けることが重要となります(図5)。さらに、受胎しやすくするためには、BCS(ボディコンディションスコア)を6程度に維持し、BCSを上昇させながら種付けを行うことが推奨されています。しかしながら、分娩後の繁殖牝馬は痩せてしまうことが多く、適切なBCSを維持するのに苦労している生産者の方も多いと思われます。血中プロジェステロン値についても、分娩後の繁殖牝馬は空胎馬や上がり馬に比べて、排卵後5日目の血中プロジェステロン値が有意に低いことが報告されています(図6)。このことが、分娩後初回発情での受胎率の低さの要因の一つとも考えられます。いずれにしても、分娩後の繁殖牝馬の栄養状態を適切に管理することが、血中プロジェステロン値を適切な濃度に維持することになり、受胎率の向上にもつながると考えられます。

1

図5 分娩後の泌乳期に必要なエネルギー要求量

Photo_6

図6 繁殖牝馬の分娩状況による血中プロジェステロン値の比較

・最後に
 これまで述べてきたように、血中プロジェステロン値を維持して受胎率を向上させるためには、適切な飼養管理がとても大事になります。JRAでは繁殖牝馬の飼養管理について、管理指針を作成しており、周産期(分娩前後)の飼養管理の重要性についても記述されています。JRAのHP上でも管理指針を確認することが可能ですので、興味のある方はぜひともご確認ください。

参考資料:
JRA育成牧場管理指針―生産編(第2版)―
https://www.jra.go.jp/facilities/farm/training/research/pdf/research_seisan.pdfQr_438489_2