23-24育成馬ブログ(生産)
繁殖牝馬のPPID検査
PPIDとは?
JRA日高育成牧場でも、10月となりすべての当歳馬の離乳を終えました。今年生まれた9頭の当歳馬たちも、これからは母馬と離れて暮らしていくことになります。一方、母馬たちは受胎馬も空胎馬も来シーズンの種付けに備えるために、放牧地でゆっくりと過ごしています。
繁殖牝馬は毎年子馬を生むことが期待されていますが、様々な要因により不受胎となることがあります。例えば、繁殖牝馬の脂肪の付き具合(ボディコンディションスコア:BCS)が受胎状況に影響を与えることが知られており、そのため多くの生産牧場では秋ごろから翌年の種付けに備えて繁殖牝馬のBCSを適切に維持する管理(BCS:6程度)を行います。このように、前年の秋ごろから種付けの準備は始まっています。
その他の不受胎の要因の一つにPPIDという病気が知られており、近年世界的にこの病気に注目が集まっています。PPIDは下垂体中葉機能障害(Pituitary Pars Intermedia Dysfunction)の略称であり、脳の下垂体中葉と呼ばれる部位から分泌されるホルモンの代謝異常により起こる病気です。15歳以上の高齢馬で多く発症することが知られており、多毛(全身の被毛が長くなる)や蹄葉炎の発症リスクが上がるなどが症状として知られています。色々な症状の一つとして、近年ではPPIDが繁殖牝馬の受胎に影響を与えている可能性が報告されています。今回はPPIDの受胎への影響や検査方法についてご紹介していきたいと思います。
PPIDの発症状況
まず、PPIDの受胎への影響をお話する前に、そもそも繁殖牝馬においてはどの程度の馬がPPIDに罹患しているのでしょうか。2019~2021年に実施された「生産地疾病等調査研究」において、日高管内におけるPPID発症率について調査を行いましたので、ご紹介します。
PPIDの診断は、下垂体前葉から分泌されるACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の濃度を測定することで行われます。調査当時の海外の文献を参考にして、血中ACTH濃度ごとに「陽性」、「偽陽性」、「陰性」の3群に分類して発症率を調査しました。2019~2020年に不受胎であった10~20歳の繁殖牝馬339頭を対象に検査を行ったところ、陽性8.3%、偽陽性21.3%、陰性69.9%という結果でした(図1)。以上のことから、繁殖牝馬の約1割がPPID発症馬であり、生産地においては決して珍しい疾患ではないと言えます。
図1 日高管内の不受胎繁殖牝馬におけるPPID発症率
(2022年生産地シンポジウムより引用)
PPIDの繁殖成績への影響
続いて、PPIDの繁殖成績への影響について、ご紹介します。先ほどご紹介した「生産地疾病等調査研究」において、PPID発症馬のシーズン受胎率についても調査を行いました。本調査でPPIDの診断を行った馬の中の214頭について、翌春のシーズン受胎率を調査したところ、陽性群63.2%、偽陽性群88.6%、陰性群82.8%という結果でした(図2)。このように、PPID陽性馬は陰性馬に比べて受胎率が低いことが示唆されました。
さらに、PPIDの治療効果の受胎への影響についても調査を行っています。PPID発症馬を治療群と非治療群に分けて、受胎率を比較したところ、非治療群の受胎率は28.6%であったのに対して、治療群は80.0%であったことが報告されています(表1)。この結果から、PPIDを治療することで受胎への影響を改善できることも明らかになりました。このようにPPIDは繁殖牝馬の受胎率に影響を与えることから、不受胎の原因の一つとして考慮に入れておくことが重要であると考えられます。
図2 PPID診断結果ごとのシーズン受胎率
(2022年生産地シンポジウムより引用)
表1 PPID治療効果の受胎への影響
(2022年生産地シンポジウムより引用)
PPIDの検査時期
これまで述べてきたように、PPIDは繁殖牝馬の受胎に影響を与える要因であると言えます。牧場で繋養している繁殖牝馬、特に高齢の繁殖牝馬の中で、不受胎が続いている馬は、PPIDを発症している可能性を考える必要がありそうです。PPIDを診断するためには、血中のACTHを測定しますが、正確な診断をするためには検査をする時期が重要となります。図3は血中ACTH濃度の年間の変化をグラフで示したもので、正常馬とPPID発症馬との間で比較したものになります。黒い棒グラフが正常馬、黄色の棒グラフがPPID発症馬の血中ACTH濃度を示しています。PPID発症馬の方が、正常馬よりも高値になっていることがお分かりいただけると思いますが、特に8月(A)、9月(S)、10月(O)で値が高くなっています。これらの結果から、PPID診断のための血中ACTH濃度測定は8~10月に実施すべきであり、まさに秋ごろに行うのが望ましい検査になります。生産牧場に高齢の不受胎を繰り返す繁殖牝馬がいる場合には、検査の実施を検討することをお勧めいたします。
図3 正常馬とPPID発症馬の血中ACTH濃度の年間変化
(Durham, 2014を改変)