23-24育成馬ブログ(生産②)
ローソニア感染症の発生状況とワクチン
冬期に気を付けるべきローソニア感染症とは?
年が明けて昨年生まれた子馬たちは1歳馬となりました。今年は例年に比べると気温が高く積雪も少ない気候ですが、それでも子馬たちには厳しい環境であることは変わらず、適切な管理をすることが求められます。特に、北海道の厳冬期は体重の増加が停滞してしまうことが知られています。
また、子馬の体重増加が停滞するどころか、減少してしまう状況にも注意が必要です。そのような状況では、ローソニア感染症が疑われます。ローソニア感染症は、ローソニア・イントラセルラリスと呼ばれる細菌が引き起こす病気で、症状は発熱や下痢などを示し、先ほど述べたように体重が減少してしまうことが大きな問題となります。発生時期については、当歳秋の離乳後から寒さが厳しくなってくる冬の間に多く発生することが知られており、子馬の成長が停滞してしまうことから、生産牧場においてはこの病気が発生してしまうと大きな打撃となります。海外の報告に、同じ種牡馬の産駒のうち、この病気を発症した子馬と発症していない子馬における、1歳時のセリでの売却価格を比較したものがありますが、発症した馬の方が低価格であったと報告されています。このように、ローソニア感染症は生産牧場にとって経済的にも大きな影響があることから、生産地全体で対策に取り組むべき病気と言えます。
ローソニア感染症の発生状況
ローソニア感染症は生産地全体で問題となる病気ですが、実際にどの程度発生しているのでしょうか。幸いなことに、これまでに一度も発生したことのない生産牧場もあるかもしれませんが、一方で近年もローソニア感染症に悩まされている生産牧場もあるかもしれません。日本におけるローソニア感染症の発生状況を説明するために、北海道の日高地方で2015年4月~2020年3月にローソニア感染症の発生状況を調査した報告がありますので、今回はその内容をご紹介します。
ローソニア感染症の診断は生産牧場の現場では症状と簡易的な血液検査(血中タンパク質濃度)を用いて行います。今回の調査ではより正確な診断を行うために、PCR検査で陽性となったものを発生例としています。調査期間にローソニア感染症が疑われた252症例の中で、PCR検査の結果192例(76.2%)が陽性という結果でした(図1)。ローソニア感染症は、発生例があった同じ厩舎にも感染していることが知られており、今回の調査では発生例と同じ厩舎にいた症状のない264症例についてもPCR検査を実施したところ、166症例(62.9%)で陽性という結果でした(図1)。このように、症状を示していなくてもローソニア感染症にかかっている可能性があることに注意が必要です。今回の調査では一部の馬のみを検査しているため、国内の生産地全体における発生率は不明ですが、ドイツの生産牧場で1309頭の検査を行った報告では、発生率は3.1%と報告されています。
図1 症状の有無ごとのPCR陽性率(Niwa, 2022を改変)
症状がない場合でもローソニア感染症の場合がある
各年度の発生頭数と発生牧場数についてまとめた結果が図2となります。毎年約30頭が、10以上の牧場にわたって発生していることが分かります。このように、近年においても、日高管内で広くローソニア感染症が発生している現状があります。さらに、この発生は特定の牧場に偏っているわけではなく、ほとんどの牧場で突然発生しています(図3)。原因菌であるローソニア・イントラセルラリスは、野生動物にも感染することが知られており、長い間発生のない生産牧場であっても油断は禁物であり、日高管内の約20%の生産牧場で発生事例があるという事実があります。
図2 各年度の発生頭数と発生牧場数(Niwa, 2022を改変)
毎年約30頭、10以上の牧場で発生
図3 発生回数別の発生牧場数(Niwa, 2022を改変)
日高管内の約20%の牧場で発生事例がある
発生時期については、これまでの報告にもあるとおり、9月~12月の秋から冬にかけて最も多い(83.9%)という結果でした(図4)。これまでも言われていたとおり、当歳の離乳後から気温の低下していく冬季にかけては、ローソニア感染症に対して最新の注意を払って管理をしていくことが重要です。また、年齢別の発生状況を調べたところ、これまでの報告どおり当歳がもっとも多く発生している(約89%)一方で、1歳馬や2歳以上の馬であっても発生があるという結果になっています。JRA日高育成牧場においても、1歳の12月に発生した経験があり、当歳以外においても体重減少を示した症例に対してはローソニア感染症を疑う必要があります。
図4 各月の発生頭数(Niwa, 2022を改変)
当歳の離乳後や気温の低くなる冬季に多く発生
図5 年齢別の発生頭数(Niwa, 2022を改変)
当歳での発生が多いが1歳以上の馬でも発生
ローソニア感染症の発生状況
これまで述べてきたように、ローソニア感染症は日高管内で広く発生しており、近年においても続発しているため何らかの対策が必要と考えられます。ローソニア感染症の対策としては、ワクチンの投与という方法があります。このワクチンは、人のインフルエンザワクチンのような一般的な注射によるワクチンとは異なり、経直腸(肛門から注入)または経口(口から投与)で投与するという、非常に珍しいタイプのワクチンになります(図6)。投与方法は、1回30mlを1か月間隔で投与を行います。
図6 ワクチン投与の様子
その効果については、様々な報告がありますが、先ほどの調査においてはワクチン投与履歴の判明している陽性馬93頭の中で、92頭がワクチン未接種であり、残りの1頭は1回目の投与後でした。この結果から、ワクチンの投与により発生を防ぐことが期待されます。しかしながら、現在流通しているワクチンは豚用のワクチンであり、馬用には承認されていないのが現状です。馬用の承認を得るために、JRAを含めた関係機関が調整を進めており、早ければ2026年には承認が得られる見通しです。承認後は多くの生産牧場の皆様に活用していただければ幸いです。
JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-の発行
今回ご説明したローソニア感染症に関する内容も記載されている、JRA育成牧場管理指針-生産編(第3版)-が発行されました。下記のサイトからPDFファイルをダウンロードできますので、ぜひともご活用ください。
https://www.jra.go.jp/facilities/farm/training/research/pdf/research_seisan.pdf