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2024年4月

2024年4月30日 (火)

博士号

こんにちは、分子生物研究室の上林です。

 手前味噌で恐縮ですが、このたび山口大学の大学院にて、ウマコロナウイルス感染症に関する研究論文(下記)が認められ、獣医学の博士号を取得しました。

Photo_2 提出した博士論文

 「博士」という響き、どこかで聞いたことはあっても「博士号って何?」という方も多いのではないでしょうか。

 そこで今回は、博士号とは何か、その取得方法とは、といった事について私の経験をもとに簡単にご紹介します。

 博士号は通称「学位」や「ドクター」とも言われ、英語だと"Ph.D. (Doctor of Philosophy)"と表記されます。医学、薬学、獣医学、工学、農学など、ある分野において研究活動と論文執筆を重ね、それらの成果を博士論文として大学院に提出し、審査の結果授与される称号です。

 その取得方法は主に2つあります。

 一つは課程博士、もう一つは論文博士です。課程博士は一般的な博士号取得方法で、大学院生として大学院に通って所定のカリキュラムを修め、指導教官のもと研究活動を行い、最終的に学位論文を提出して審査に合格すると取得できるものです。獣医系の大学院の場合、4年で修了するのがスタンダードです。

 もう一つは、大学院に籍を置かず、社会人として企業等で勤める中で研究活動を行い、その成果を学位論文として大学院に提出し、審査に合格すると取得できる論文博士です。私の博士号取得は、ここJRA競走馬総合研究所で行った研究活動の成果を、上記の大学院に提出して取得したので、後者の論文博士になります。

 競走馬総合研究所では多くの研究者が博士号を持ち、日々の研究活動に取り組んでいます。また、今はまだ取得していない者も将来的には取得を目指して研究に取り組んでいます。博士号を持っていないと研究できないといったことはありません。また、本会では取得を義務付けてはいません。しかしながら、「一定の研究能力をもつ者」の証として指標になっており、研究者として活動していくのであれば持っておきたいライセンスと表現していいかもしれません。よって「博士号取得はゴールではなく、研究者としてのスタートに過ぎない」と言われます。これは、日頃お世話になっている上司や大学の先生方から幾度もいただいた言葉です。

 一つ一つの論文が雑誌に掲載されるのは嬉しいことですが、学位記として自分の成果が認められるのもまた嬉しいものです。私の場合、今後も馬のウイルス感染症の研究者として、競馬のみでなく国内の馬産業に貢献できるように邁進していく所存です。

Photo_3 博士論文が認められるとこのような学位記が授与されます。

2024年4月23日 (火)

サラブレッドと高強度インターバルトレーニング

運動科学研究室の向井です。

 我々の研究室では、2020年から高強度インターバルトレーニングに関する研究をしています。インターバルトレーニングとは速く走ることとゆっくり走る(歩く)ことを繰り返すトレーニング手法です。ヒトの研究では、持久力(スタミナ)を向上させたい場合、通常は中強度で持続的に走ることが多いのですが、インターバルトレーニングも、骨格筋や心臓血管系に同じようなトレーニング効果、もしくはより大きな効果があると報告されています。

 競走馬においても、以前からインターバルトレーニングには興味が持たれており、ミホノブルボンやキタサンブラックは坂路を3本上がるインターバルトレーニングを実施していたと言われています。短距離血統と言われていたミホノブルボンが持続的に長い距離を乗るのではなく、坂路調教を繰り返すことによってスタミナを強化したメカニズムは興味深いところです。また、筋肉のタイプにはゆっくり収縮する遅筋と速く収縮する速筋があるのですが、サラブレッドの骨格筋、特にお尻の筋肉には速筋がとても多く、その筋肉に刺激を入れるには高強度のトレーニングが必須であることがわかっています。このようなことから、サラブレッドにも高強度インターバルトレーニングが効くのではないかと考え、実験を行いました。方法は、同じ走行距離に設定した中強度持続運動(70%VO2max強度で6分)、高強度インターバル運動(100%VO2max強度で30秒+速歩30秒を6セット)、スプリントインターバル運動(120%VO2max強度で15秒+速歩70秒を6セット)を実施し、採血や中殿筋のサンプリングを行い、さまざまな解析するというものでした。

その結果、高強度インターバル運動とスプリントインターバル運動の心拍数と血漿乳酸濃度は、中強度持続運動に比べてより高く推移し(図1)、いっぽう動脈血の酸素飽和度やpHは低く推移しました(データ未掲載)。

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図1 運動中の心拍数(A)と血漿乳酸濃度(B)の推移: 中強度持続運動(MICT, 青)、高強度インターバル運動(HIIT, 緑)、スプリントインターバル運動(SIT, 赤)

 さらに中殿筋というお尻の筋肉を調べた結果、エネルギーを作り出す小器官であるミトコンドリアを増やすシグナルであるPGC-1αという遺伝子が、高強度インターバル運動とスプリントインターバル運動を実施した4時間後に増えていました(図2)。また、酸素を筋肉のすみずみまで送り届ける毛細血管は筋肉での代謝効率を上げるために重要ですが、その毛細血管を増やすシグナルであるVEGFという遺伝子もスプリントインターバル運動を実施した4時間後に増加していることが分かりました(図2)。

4pgc1vegf

図2 運動4時間後のPGC-1α遺伝子とVEGF遺伝子の変化: 中強度持続運動(MICT, 青)、高強度インターバル運動(HIIT, 緑)、スプリントインターバル運動(SIT, 赤)

 これらの結果から、同じ走行距離にも関わらず、高強度インターバル運動やスプリントインターバル運動は、乳酸がより多く出、より低酸素血症になることが分かりました。さらに、高強度インターバル運動やスプリントインターバル運動は、骨格筋のミトコンドリアや毛細血管を増やすことが分かりました。我々はこのようなインターバル運動を長期的に繰り返すこと(長期的トレーニング)によって、サラブレッドの運動能力をより強化することができると考えています。

 詳細については2023年11月にFrontiers in Veterinary Scienceで公表されたこちらの論文をご覧ください(外部リンク)。

https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fvets.2023.1241266/full

2024年4月16日 (火)

Animal welfare

臨床医学研究室の太田です。 

 以前の総研は宇都宮市(運動科学研究室・臨床医学研究室)と下野市(微生物研究室・分子生物研究室)の2ヶ所に分かれて研究活動を行っていました。ですが,研究活動の効率化を図るため,2016年に現在の下野市に4研究室が集約されました。

7d5e7970d5024475903c7916804a8dd3_2 宇都宮時代の総研

 本日,その宇都宮の総研跡地に,新たに「一般財団法人 Thoroughbred Aftercare and Welfare」が設立されることがJRAから発表されました。新団体の設立目的は,引退競走馬に関する取り組み(Aftercare)を着実に推し進めるとともに,併せて,馬のウェルフェア(Welfare)に関する理解促進などに取り組むことです。 

 後半部分の“Animal welfare“,しばしば日本語では「動物の福祉」と訳されています。みなさん,なんとなく聞いたことはあるけど,その定義を正しく理解できている方は少ないのではないでしょうか? “Animal welfare“とは,「動物を快適な環境下で飼育することにより,動物のストレスや疾病を減らすこと」を目標に,世界動物保健機関(WOAH)により,以下の『5つの自由』が提唱されています。

  • 空腹と渇きからの自由
  • 不快からの自由
  • 痛み・損傷・疾病からの自由
  • 恐怖と苦悩からの自由
  • 正常行動発現の自由

 これまで長年にわたり総研が取り組んできた研究テーマ(暑熱対策・医療技術の向上・事故防止対策・ワクチン開発など)は,まさに「競走馬の福祉の向上」に直結する内容です。今後もこれらの研究を継続するとともに,新団体TAWとも連携して「馬のウェルフェア」に対して正しい理解を広めていくことが総研の使命だと考えています。

7b5e9acfbb854a15b0fb96132ecb4339_1凍えながらお酒を飲んだ宇都宮での最後のお花見