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調教へのこだわり パート2(日高)

北海道浦河では連日マイナス10度を下回る日が続いています。おまけにドカ雪も降り、新年を前に冬モード全開です。

本年売却した育成馬であるエスカーダ号(牡、父:バゴ)が、オープン競走のクリスマスローズSに勝利し、朝日杯FSに駒を進めました。有馬記念では、1世代上の当場育成馬であるセイウンワンダー号(牡、父:グラスワンダー)の活躍を期待しています。

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一面真っ白な雪道を坂路馬場に向かう馬達。

本年購買した育成馬は3つの群に分けて馴致を行いましたが、11月末には屋内800m走路での全馬の運動量の足並みが揃いました(馬なりで両手前1周ずつ、計1,600mのキャンター調教)。当初は単に群れで走る調教でしたが、2列縦隊での安定した走行が行えるようになり、現在は次のステップである一列縦隊での調教に移行しています。騎乗者を乗せてキョロキョロ、フラフラしていた第3群の馬達もその走りは次第に安定し、しっかりとした隊列が組めるようになってきました。また、馬の方から運動量を増やして欲しいという気持ちが表れはじめ、「走りたくて仕方ない」力溢れる走りがみられるようになってきました。12月からはキャンターの距離を2,400mに伸ばし、調教速度も屋内坂路で1ハロン20秒程度まで徐々に上げていきます。

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調教後の鎮静運動。約20分間(約2,000m)の常歩運動を行います。左からハートストリングスの08(牝、父:ゼンノロブロイ)、ペンタクルの08(牝、父:ロージスインメイ)、メモラブルワーズの08(牝、父:ストラヴィンスキー)、シルクテイルの08(牝、父:ゴールドアリュール)

今回は、昨年もこの時期にお伝えした、育成における様々な「こだわり」についてです。

日高育成牧場では、例年BTC(軽種馬育成調教センター)利用者との意見交換会を開催しています。この会では、昨年から「育成のこだわり」を話題として、2歳戦での競走成績が上位である5名の利用者の皆さんにパネラーになっていただき、育成・調教に対するそれぞれの「こだわり」を話していただいています。本年は育成牧場からのこだわりとして「馬の本性と調教」と題する話題提供の後、パネリストからその年の結果に対する感想と、その考えに至った理由を話していただきました。その後、パネリストと会場の質疑応答が行われます。

この会には、活発な意見交換をするための一つのルールがあります。それは基本的に全ての意見は言い切りで終わる、ということです。つまり「こだわり」に対して正しいか間違っているかを検討するのではなく、出された「こだわり」について納得できる人は吸収し、違うと感じる人は聞き流す、というスタイルです。もちろん、明確な科学的根拠のあるものについてはその都度説明します。絶対の根拠がなくても、それぞれの人が、自分で育成調教する中で感じ、辿り着いた「こだわり」ですので、何らかのヒントが含まれていることに間違いありません。

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意見交換会の風景。

少し専門的な内容も含まれますが、本年の参加者(JRA日高育成牧場を除く)から出された「こだわり」の一部を列記してみましょう。

1歳末までの調教量>

1歳時は無理をしない(A牧場)。

・坂路でハロン13秒台を出す馬もいる(B牧場)。

<準備運動について>

・ウォーキングマシンで1時間実施(B牧場)。

・常歩を10分から15分実施(C牧場)。

2本行う駆歩の1本目までを準備運動と捉えている(B牧場)。

・準備運動馬場で3040分両手前の常歩速歩を実施(D牧場)。

・草食獣である馬は常に走る準備ができており準備運動は不要という考え方を聞いたことがある(E牧場)。

2歳馬をトレセンに送り出すときの目安>

・直線ダートで5ハロン70秒、もしくは坂路で3ハロン40秒をクリアする(B牧場)。

・スピード調教日の調教後の馬体状態を見る。5月なら坂路で3ハロンを37秒程度課して、午後に馬がしぼんで見えたらまだ早い。エネルギッシュな状態であれば退厩体制が整ったと判断する(F牧場)。

・坂路で3ハロン36.5秒、1,600mダートトラックを5ハロン65秒で走ることができた馬の多くが新馬戦で勝ち負けできる(G牧場)。

<調教施設>

1,600mダートトラックを多用する理由は、蹄や腱が鍛えられるため。坂路によるインターバル調教では負荷が軽いと思う。また、調時の馬をしっかり観察できるのも良い。(G牧場)

・骨に刺激を与えるためには締まった馬場のほうがよい(C牧場)。

・より負荷のかかるほぐした馬場がよい。ただし、馬場が荒れるので中間ハローが必要になる(F牧場)。

<胃潰瘍について>

・納豆のとぎ汁を与え、納豆菌で整腸、健胃を図っている(B牧場)。

・濃厚飼料の多給が原因と考える。青草、乾草をなるべく多く食べさせている(C牧場)。

この他にも多くの意見交換がなされ、当初予定していた2時間が短く感じられました。

BTC利用者の多くは現状に満足せず、最大限の知恵を絞り、持てる施設をフルに活用して色々なことにこだわって「強い馬づくり」という目標に向け、努力していることがひしひしと伝わってきました。一見すると相反するようなこだわりもありますが、登る山は同じでも、色々なルートがあるのだなと強く感じさせられました。

日高育成牧場でも育成馬をしっかり観察する中で「こだわり」を持って育成調教を進めていきたいと思いますし、併せてそれらを少しでもわかりやすく、なるべく科学的な分析や根拠も加えて広く普及していくことが大きな使命であると考えています。

それでは皆様、良い新年をお迎えください。

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平素はJRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールにてお寄せ下さい。お寄せいただいたご意見はJRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。なお、ご意見・ご要望への個別の返信・回答はいたしかねます。予めご了承いただきたくお願いいたします。

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育成馬 活躍情報(事務局)

1220日(日)の中山競馬第1レース(2歳未勝利戦 ダート1,200m)において、カネサスターマイン号(育成馬名:シルクエスペランサの07、父:アジュディケーティング、牝馬、久保田貴士厩舎、馬主:笠原幸六氏)が優勝しました。

本年ブリーズアップセールで売却したJRA育成馬は、現在までに9頭が10勝(中央競馬のみの成績)をあげています。

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育成馬活躍情報 OCD※既往馬が2歳オープン競走を勝利!!

126日(日)の中山競馬第9レース「クリスマスローズ・ステークス」(2歳オープン芝1,200m)において、エスカーダ号(育成馬名:ベーシックフジの07、父:バゴ、牡馬、高市圭二厩舎、馬主:山本武司氏)が優勝しました。

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この馬は1歳の5月に「右飛節部OCD摘出術」を実施しており、我々が購買した際にも患部である右飛節部に腫脹を確認しましたが、調教に支障がないものと判断するとともに、父のバゴが良く出た体型など長所の方に目が向き、購買に至りました。

また、育成期間においても、両前の球節にOCDを確認しましたが、症状を良く観察しながら順調に調教を進めていき、BUセールで売却することが出来ました。また、デビュー時期は、その2ヶ月後の6月福島開催の2週目であり、比較的早く出走することができました。(これらの情報については、売却時の個体情報でご覧いただけます)。

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売却時「個体情報資料」より

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左前球節のX所見(矢印は離断骨)

我々は、市場での購買時に、レポジトリー所見や手術既往歴などを詳細に確認します。その際、OCDについては、これまで行ってきた調査や文献データを基に、その多くが問題ないものと判断しています。

飛節部のOCDについても同様の考え方を持っていますが、検証のために、競走期における追跡調査(腫脹など症状およびレントゲン所見の変化の確認)を実施しています。これらのデータは、まとまり次第ご紹介したいと思います。

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OCD:離断性骨軟骨症(Osteochondritis Dissecans)は成長期の若馬に発症する骨疾患の1つであり、軟骨が骨に変化する過程で何らかの異常が生じることで、関節軟骨と軟骨下骨が離断(剥れる)するものです。主な発症部位は肩関節、球節、膝関節、飛節などで、関節の腫脹や跛行に関連する場合もあります。症状によっては、手術による離断骨の摘出が選択されます。

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クリッピング(毛刈)の実施(宮崎)

温暖な宮崎も11月後半には最低気温が一ケタとなる日が増えてきました。一方で最高気温は20℃前後まで上昇する日もあり、朝夕の寒暖の差、あるいは日ごとの寒暖の差は皆さんがイメージするよりも大きいと思われます。風邪などで体調を崩しがちなこの時期は、しっかりと保温のできる服装が必要となります。

宮崎の育成馬たちもこの時期からは馬服(ニュージーランドラグ)を着用しています。育成馬に馬服を着せる習慣がなかった日本において、ニュージーランドラグはJRA日高育成牧場が最初に導入したものです。当初は様々な怪我やアクシデントが危惧されましたが、現在では馬の体調管理や冬毛の伸びを抑制して皮膚を薄く保つため、あるいは手入れの簡素化などを目的として、民間にも広く普及しています。

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ニュージーランドラグを着せてパドック放牧中。左の栗毛がマイネシャリオの08(牡・父はテイエムオペラオー)、右の黒鹿毛はミスヴィーナスの08(牡・父はキンググローリアス)

もうひとつ、この時期に施されるのがクリッピング(毛刈り)です。毛刈りされた馬は日本の競走馬ではあまり見かけませんが、海外では頻繁に実施されているようで、先日のマイルチャンピオンシップ(GI)に出走した、イギリスのエヴァズリクエスト号もクリッピングが施されていました。特に栗毛馬は明るい皮膚の色とのコントラストが明白になり、美しさが際立ちます。しかしこれはみせかけではなく、冬毛が長い場合、寒い時期の調教による汗や、馬を洗浄した後の水分が乾きにくいために馬体が冷えることを防止できます。毛刈りされた部分は普段は馬服を着ていることで、しっかりと防寒され、調教中もエクセサイズラグを装着して、馬体を暖かく保ちます。常日頃から体が冷えないように馬服をこまめに着せ替え、冬毛が伸びないように心がけることが重要ですが、宮崎育成牧場では最終的にほぼすべての馬にクリッピングを実施しています。一方、日高の様な寒冷地区での育成馬調教においては、腹まで汗をかく状況になりにくいため、クリッピングされた馬はあまり見ることがありません。

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騎乗してのゲート通過馴致も実施しています。馬はイシノレプリートの08(牡・父バゴ)。この日の夕方、同馬はいよいよクリッピングを実施します。

クリッピングの手順

クリッピングで特に重要なのは、①人馬の安全確保、②安全確保のために刺激が少なく、迅速な手技を行うこと、③刺激が少なく迅速な手技のためのバリカンの整備です。宮崎育成牧場では以下のような手順でクリッピングを実施しています。

まず、馬はクリッピング当日の調教後、全身をしっかりとシャワー・シャンプーしておき、充分に乾かすことで、最も毛が刈りやすい状況となります。毛刈りの時間は馬が比較的リラックスしている夕方に実施しています。

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正しい姿勢でまっすぐに立たせた状態にして、毛刈り線をチョークで下書きします。

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万が一の事故に備えて、後肢の蹄周囲はバンテージで巻いてクッションとします。また、多くの場合は鎮静処置およびメンコ(耳栓をしたうえで)も使用します。

この後、10分程度を目標に手技を開始します。バリカンの選択は迅速で安全な実施のため、最も重要といえます。馬のストレスと恐怖感を取り除くため、なるべく音が小さくて、熱を持ちにくいも、そしてコードレス(充電)タイプのものが便利です。クリッピングでは水濡れやフケの影響、あるいは順調に進んでもいずれは毛が詰まり、全く刈れなくなることをよく経験します。毛を掃除して刃を油に浸けて回復することもありますが、替刃の予備を複数準備しておくことが、重要です。ダメかと思われる替刃も、一晩油に浸けると回復することが多いようです。

しかし今年から宮崎で使用している家畜専用のバリカンは、やや高価なのですがそのようなトラブルも少なく、作業がとてもスムーズになりました。

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広く全体を剃るためのメインバリカン(左・約7万円)と凹凸部やライン上の細かな調整用の小型バリカン(4万円)。いずれも充電式(コードレス)です。

最初にバリカンの振動音、そして皮膚に触れた振動に慣れたことを確認したら、一定の強さで毛並みに逆らって手早く進めます。この間、基本的に鼻ネジや肩をつまむ等の馬に対するプレッシャーは与えずに実施します。また馬が機嫌を損ねたり、怖がっている兆候がみられたら、一時的に手技を中断します。いずれも馬がリラックスした状態で手技を進めることで、安全確保に繋げるためです。

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クリッピング翌朝のイシノレプリートの08(牡・父バゴ)。初日は少々腹帯の違和感を示す場合があるので、注意しています。同馬も少々不穏な様子でしたが、すぐに慣れて、いつものように元気いっぱいの走りを見せてくれました。

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育成馬の調教は前年度よりも約2週間、早めに進んでいます。第1群(9/17馴致開始)と第2(10/15馴致開始)は、11/18からは本格的に混合での調教をスタートしました。1129日は1600mダートコースをF24程度のキャンターで1周程度の内容でした。先頭で馬群を誘導するのは左の黒鹿毛がケリーケイズプレジャーの08(牝・父はTiznow)、右の栗毛がウィーアワーズの08(牝・父はティンバーカントリー)