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育成馬ブログ 生産編⑨(その2)

●1歳馬のセールス・プレップについて(その2)

 

○放牧地の違いとの広さの目安

 

セリに上場されない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の

大きな放牧地に集団で放牧されます。

一方、セリに上場される馬は、牝馬に関しては放牧時間が

短縮(24時間から12~13時間)されるだけで、

同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。

牡馬に関しては、ケンカして噛み付くなどして外傷を負い、

セリ上場に支障をきたす恐れがあるため、

1頭ずつ1ヘクタール以下の小パドックに放牧されます(図3)。

 

放牧地の広さを決める際の目安に

“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。

これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の

広さが必要という意味です。

この基準より広い放牧地が用意できれば、

馬は栄養面でも運動面でも支障をきたすことなく

すこやかに成長することができると考えられています。

 

1図3 放牧の違いと放牧地の広さの目安

 

 

ケンタッキーにおけるGPSを用いた調査

 

昼夜放牧をすることのメリットの一つとして、

馬が放牧地内を移動することで運動量が増え、

体質が強くなることがあげられます。

では、24時間放牧から夜間放牧(12~13時間)に放牧時間が短縮されると、

運動量にどのような影響があるのか、

ケンタッキーの牧場で放牧されている1歳馬に

GPS装置を取り付けて調査を行いました。

その結果、小パドックに放牧されている場合を除き、

大きな放牧地の馬は放牧時間を短縮しても、

移動距離すなわち運動量は変わらないことがわかりました(図4)。

まだ馬体に成長の余地がある1歳馬にとって、

夜間放牧をしながらセールス・プレップを行うことは

体質を強くしながら成長を促すことができるという

メリットがあると言えるかもしれません。

 

Photo

図4 ケンタッキーにおいてGPSを用いて1歳馬の移動距離を調べた結果

 

次回は飼料や手入れ(グルーミング)についてご紹介します。

育成馬ブログ 生産編⑨(その1)

●1歳馬のセールス・プレップについて(その1)

 

生産牧場で行われるセールス・プレップ

 

今回は、ケンタッキーで行われている

1歳馬のセリに向けての準備(セールス・プレップ)についてご紹介します。

 

最初に、用語の確認です(図1)。

セリ(Sales)に向けて準備(Preparation)すること、

具体的には、毎日手入れをして馬をきれいに磨き、

躾や引き馬の練習を入念に行ってセリ会場で

お客様の前でしっかり展示できるようにすることを

セールス・プレップと言います。

そしてセリ本番での販売を委託(Consign)されること、

具体的には、広告(ホームページへの馬の写真や動画の掲載など)、

セリ会場での下見対応、上場手続きなどを行うことを

コンサイニングと言います。

そして、コンサイニングを請け負う牧場のことをコンサイナーと呼びます。

 

日本の馬産地では育成牧場がコンサイナーとなり、

セリの1~2ヶ月前に生産牧場から馬を預かって

セールス・プレップを行うのが一般的です。

一方、ケンタッキーでは育成牧場が

少なく(米国の育成の中心はフロリダ州オカラ)、

生産牧場がセールス・プレップを行っています。

そして、同じく生産牧場がコンサイナーになります。

日本と同じくコンサイナーに預けられてセールス・プレップが

行われることもありますが、自分たちでセールス・プレップを行って

セリ本番のみコンサイナーに預けるというパターンも多く認められます。

大手の牧場ばかりがコンサイナーとなっているかといえばそうとも言えず、

大手の牧場の中でもセールス・プレップのみ行い、

セリ本番は他のコンサイニングを行っている牧場に

預託するということが多々あります。

 

少々話がそれましたが、今回はケンタッキーで行われている

生産牧場でのセールス・プレップについてご紹介します。

 

Photo_2

図1 セールス・プレップとコンサイニング

 

 

セリに上場される馬とされない馬の飼養管理の違い

 

日本と同じく、1歳の段階ですでにオーナーが決まっていてセリには

上場されない馬と、新たな買い手を求めてセリに上場される馬の

2パターンがあり、それぞれ管理方法が違います。

まずセリに上場されない馬ですが、ケンタッキーにはライムストーンと

呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、

ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から

天然のミネラル分(カルシウムなど)が補給される恵まれた環境にあります。

 

また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、

夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。

ですので、セリに上場されない馬は悪天候時などの例外を除き、

基本的には24時間放牧が行われており、馬が怪我をしていないかなど

馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。

 

一方、1歳セリは日本と同じく7~10月の夏季に開催されるため、

24時間放牧しているとどうしてもたてがみや体毛が

日焼けしてしまいます(図2)。

これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、

セリに上場される馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、

夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています。

 

Photo_3図2 セリに上場される馬は日焼けを防ぐため夜間放牧される

 

(つづく)

活躍馬情報(事務局)

5月20日の新潟6R(3歳未勝利)で、

日高育成牧場で育成されたソルティピース号が、

好位から見事に押し切り、待望の初勝利を挙げました。

 

_201705206r_g

5月20日 1回新潟競馬7日目 第6R  3歳未勝利 芝 1,000m

ソルティピース号(フジティアスの14) 牝

【 厩舎:中舘 英二 厩舎(美浦) 父:バゴ 】

 

さらに、5月21日の新潟1R(3歳未勝利)では、

日高育成牧場で育成されたファイブフォース号が、

先手を奪うとそのまま逃げ切り、こちらも嬉しい初勝利となりました。

 

_201705211r_g

5月21日 1回新潟競馬8日目 第1R  3歳未勝利 芝 1,200m

ファイブフォース号(バクシンスクリーンの14) 牝

【 厩舎:栗田 徹 厩舎(美浦) 父:アルデバラン 】

 

連日のJRAホームブレッドによる勝利となり良い流れとなりました。

6月からの新馬戦でもこの勢いを続けて欲しいものです。

今後のさらなる活躍を期待しております。

育成馬ブログ 日高⑧

○Proximal Suspensory Desmitis(PSD)いわゆる「深管骨瘤」について

 

今回は、育成馬に携わる人であれば一度は聞いたことがある疾病の

「深管骨瘤(通称シンカン)」についてご紹介致します。

深管『骨瘤』という病名が付いているこの病気ですが、

成書ではProximal Suspensory Desmitis(近位繋靭帯炎、以下PSD)と

記載されているとおり、実際の病態としては

第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症に起因するものです(画像①)。

 

Photo画像①:赤丸内が繋靭帯付着部

 

沈み込んだ球節を繋靭帯が引っ張り上げる際、

この付着部には強いテンションがかかります。

PSDはその際に起こる外傷性の捻挫だと考えられており、

急旋回や細かい回転運動はそのリスクを高めるものとして知られています。

また、重症例ではこの部位が剥離骨折することもあります(画像②)。

 

Photo_2画像②:矢印先の逆U字型の骨折線

 

PSDを発症した場合、跛行は数日から数週間続きます。

急性例では熱感や腫脹を伴い、

同部に圧痛を認めることもあります(画像③)。

慢性例では間欠的な跛行を呈すのみで、

明らかな臨床所見を伴わないことがあります。

 

Photo_3画像③:触診方法(赤丸内が繋靭帯付着部)

 

診断は診断麻酔によって行います。

外側掌側神経麻酔(副手根骨の内側:画像④赤丸)を用い、

High-4-point麻酔(掌側中手神経および掌側指神経の麻酔:画像④青丸)を

併用することもあります。

ただし、上記麻酔は腕節以下全体に効果があるため、

確定診断には事前に球節以下の診断麻酔(Low-4-point麻酔:画像⑤)を

行うなどして、球節以下に異常がないことを確かめておく必要があります。

 

Photo_5画像④:外側掌側神経およびHigh-4-point麻酔

黄色線が神経走行(赤丸が外側掌側神経麻酔部位、

青丸がHigh-4-point麻酔部位)

 

Photo_6画像⑤:Low-4-point麻酔部位

 

上記のような骨折が認められることもあるため、

レントゲン検査などの画像診断も重要になってきます。

栗東トレーニング・センターでは、2013年より導入された

MRI装置を用いて予後の診断を行うこともあります(画像⑥)。

 

Photo_7画像⑥ 左:縦断面 右:左画像の黄色線部位における横断像

上記画像では黄色矢印部分が他の部分と比較して白く描出されており、

その部分に炎症が起きていると判断できます。

 

PSDは重症でなければ比較的早く調教復帰することも可能ですが、

調教再開時の再発例が多く認められます。

その要因の一つとして、一定期間休養させた若馬の騎乗再開時における、

スピードコントロールの困難さが挙げられます。

さらにもう一つの要因として、トラックで調教する前段階で

一般的に用いられているラウンドペンでのランジングや騎乗においては、

細かい回転運動が不可避であることが挙げられます。

そこで、日高育成牧場ではトレッドミルを用いた

リハビリテーションを行っています(画像⑦)。

 

Photo_8画像⑦:トレッドミルでのリハビリ風景

 

トレッドミルを用いるメリットとして、

・騎乗せずにある程度の負荷をかけることができる

・細かい回転運動を行わないで済む

などが挙げられます。

 

PSD発症馬に対しては、一定期間の休養で疼痛および跛行が消失した後、

トレッドミルで徐々に負荷をかけていきます。

多くの場合、トレッドミルでの運動を1週間程度実施する

リハビリテーションを行い、騎乗調教に復帰させています。

一度発症してしまうと繰り返すことも多く、

特に育成馬にとってはやっかいな病気の1つであるため、

強調教後はよく冷却するなど日常的なケアも重要です。

育成馬ブログ 生産編⑧(その2)

「感染性子宮内膜炎」について

 

○子宮内膜炎の治療

 

ハグヤードに所属する獣医師は、

検査室(Laboratory)から返ってきた結果をもとに治療を行っていました。

まとめると下記のとおりでした。

 

1)細菌が検出されないが、貯留液のみ認められる場合

→アセチルシステインを使用。製剤は10%なので、

3%に薄めて使用(製剤20mlに対し生理食塩水を40ml添加)。

60mlをポンプで2本、120mlを子宮内に注入。

 

2)β溶血性連鎖球菌(beta Streptococcus species)のみが検出された場合

→子宮洗浄(生理食塩水2リットルで2回)を行った後、

アンピシリンを使用(ペニシリン系であれば何でも良い)。

1バイアル(2g)を注射用水(滅菌水)で溶かして、

60mlのポンプで1本子宮内に注入。

 

3)大腸菌(Escherichia coli)のみが検出された場合

→子宮洗浄(生理食塩水2リットルで2回)を行った後、

ポリミキシンBを使用。

1バイアル(500,000U)を注射用水(滅菌水)で溶かして、

60mlのポンプで1本子宮内に注入。

 

4)β溶血性連鎖球菌および大腸菌の両方が検出された場合

→子宮洗浄(生理食塩水2リットルで2回)を行った後、

Timentin(Ticarcillin3gとClavulanic acid100mgが

あらかじめ混合された合剤)を使用。

1バイアルを注射用水(滅菌水)で溶かして、

60mlのポンプで1本子宮内に注入。

 

5)その他の細菌が検出された場合

→感受性試験の結果に基づいて抗菌薬を選択。

 

6)真菌が検出された場合

→真菌培養はハグヤードでは行っておらず、

コーネル大学もしくはケンタッキー大学に検査に出す。

感受性試験の結果に基づいて抗真菌薬を選択する。

 

 

○理想的な診療体制

 

前回ご紹介した日高での調査は4年間で1,252件のサンプルを

分析したものであったのに対し、

ハグヤードではたったの1年間で6,947件ものサンプルを検査していました。

なんと、日本の約22倍もの頻度できちんと検査が

行われているという計算になります。

もちろん、生産頭数も多いのですが、ケンタッキーが約12,000頭に対し

北海道は約6,800頭と1.8倍程度しか違いません。

 

前回の内容と重複しますが、我が国の感染性子宮内膜炎の治療においては、

その都度綿棒によるぬぐい液検査(子宮スワブ)および

薬剤感受性試験(どの抗菌薬が病原菌に効果的であるかを判定する検査)が

実施されているわけではなく、

臨床獣医師が経験的に抗菌薬を選択しているのが現状です。

 

ケンタッキーのように、全ての症例に対する検査の実施が理想的です。

しかし、土地が平坦で牧場が密集しているケンタッキーとは環境が異なり、

日高地区は山に囲まれ牧場地帯が広範囲に及んでおり、

一人の臨床獣医師が往診できる範囲も限られています。

また、馬専門の臨床獣医師が40名も所属する大病院もありません。

このことから、我が国においては当地の効率的な手法を

そのまま応用することは現実的ではなく、

それに代わる迅速で簡便な細菌検査法の導入が望まれます。

 

(おわり)

活躍馬情報(事務局)

去る4月29日の新潟6R(3歳未勝利)で、

宮崎育成牧場で育成されたミルトプレスト号が、

中団から馬群を捌いて抜け出し、嬉しい初勝利を挙げました。

 

_201704296r_g_2

4月29日 1回新潟競馬1日目 第6R  3歳未勝利 芝 2,000m

ミルトプレスト号(シアトルブリッジの14) 牡

【 厩舎:佐藤 吉勝 厩舎(美浦) 父:アドマイヤムーン 】

 

今後のさらなる活躍を期待しております。

育成馬ブログ 生産編⑧(その1)

「感染性子宮内膜炎」について

 

○ハグヤード馬医療機関の検査室

 

前回に引き続き、「感染性子宮内膜炎」についてお話しいたします。

今回は米国での臨床現場での現状をご紹介します。

世界最大の馬産地として有名なケンタッキーには

ハグヤード馬医療機関(Hagyard Equine Medical Institute、図1)と

ルードアンドリドル馬病院(Rood and Riddle Equine Hospital)という

二つの大きな病院があり、それぞれに約40名もの獣医師が所属し、

生産頭数約12,000頭と言われるこの地域の獣医療を担っています。

 

内科、外科、往診、繁殖、跛行診断の各診療科が整備されているほか、

どちらの病院にも検査室(Laboratory)が併設され、

所属する臨床獣医師のほか周辺の開業獣医師も利用することが

できるようになっています。

この検査室に子宮内スワブもしくは子宮洗浄液のサンプルを提出すると、

1時間程度で速報としてサンプル内の細菌の有無

そして細菌が検出された場合グラム陽性菌か陰性菌かが

獣医師のスマートフォンに送られてきます。

さらに概ね24時間後には細菌培養検査および

薬剤感受性試験の結果が送られてくる仕組みになっていました。

これは臨床家にとっては非常に有用なシステムで、

獣医師は送られてきた結果をもとに適切な抗菌薬を選択することができます。

 

Photo_2図1 ハグヤード馬医療機関の見取図(Google Earthに加筆)

 

○感染性子宮内膜炎の原因菌(ケンタッキーでの調査)

 

さて、そのハグヤード馬医療機関で行われた検査で検出された細菌の内訳は

どのようなものだったのでしょうか。

2014年に採材された6,947件の子宮内スワブおよび

子宮洗浄液のサンプルを用いた調査では、検出された細菌の内訳は、

β溶血性連鎖球菌(beta Streptococcus species)が42.2%、

大腸菌(Escherichia coli)が22.1%、

シュードモナス属(Pseudomonas aeruginosaおよびP. putida)が8.9%、

ブドウ球菌(Staphylococcus species)が6.7%、

エンテロバクター属(Enterobacter cloacaeおよびE. aerogenes)5.1%、

肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)が4.4%、

α溶血性連鎖球菌(alpha Streptococcus species)が2.8%、

その他の細菌が7.5%でした(図2)。

 

Photo_3図2 検出された細菌の内訳(ハグヤードの患者向け資料を改変)

 

(つづく)