現在に比べて数十年前の競走馬市場では、洋の東西を問わず、大きい馬がより好まれる傾向がありました。馬を大きく育てるため、若馬に過剰に飼料を給与する生産牧場もあったようです。しかし、過剰な栄養摂取は馬を過肥にするだけであり、骨発育と不均衡な増体重は、成長期特有の骨疾患(DOD)発症のリスクを高めます。 現在は、技術普及の成果もあり、ほとんどの生産馬牧場で、若馬の馬格や成長に合わせた栄養管理がおこなわれていると感じています。
馬の大きさは競走成績に影響するの?
ところで、馬の大きさは競走成績に全く関係がないのでしょうか? 一般的に競走馬は、ほとんど余分な脂肪が体についていない状態に調整されて競馬に出走します。したがって、競馬の出走時体重は、馬の大きさとおおむね比例していると考えて良いでしょう。
1983年から2014年生まれの中央競馬所属馬約13万頭を、性別に出走時体重(生涯平均)が大きい順に5グループに分割し、各グループの獲得総賞金を比較しました。牡牝とも出走時体重が上位20%のグループの獲得賞金が最も大きく、このように多くの頭数の平均でみたとき、競走馬は大きいほど競走成績はよいといえます。
例えば、歴史的な名馬であるディープインパクトやアメリカのシービスケットなどはご存知のように小さな競走馬でした。彼らは、小さな馬体にパワーのある筋肉、心肺機能を持ち、大袈裟に言い換えれば、軽自動車の車体にF1のエンジンを積んだような馬だったのかもしれません。しかし、全ての競走馬を平均してみれば、筋肉、心臓および肺の大きさも馬格に応じたサイズであると考えることができます。 性別にみれば競走馬が背負う斤量の生涯平均はほとんど同じであり、馬格の大きい馬ほど、エンジンの馬力に対して相対的に軽い荷物を運ぶことになります。このことが大きい馬(出走時体重が大きい馬)の獲得賞金が、小さい馬を上回った理由であろうと推察できます。
図1 出走時体重を大きい順に5グループに分割したときの総獲得賞金
1983年から2014年の期間に生まれた競走馬を、性別に出走時体重が大きい順から5つの均等数のグループになるよう分けて、それぞれのグループの獲得総賞金を比較した。
グループは以下のように分けた。
group ①・・・体重が大きい順の上位20%
group ②・・・上位20%より体重が下回り上位40%まで
group ③・・・上位40%より体重が下回り上位60%まで
group ④・・・上位60%より体重が下回り上位80%まで
group ⑤・・・体重が小さい順の下位20%
馬の大きさ(出走時体重)に影響する様々な要因
繁殖牝馬の要因や種牡馬が、産駒の初出走時体重に及ぼす影響について調べました。サラブレッドの2から3歳の初出走時期は成長の過程にあるため、初出走時の月齢が体重に影響しないような統計的な処理をおこない解析しました。
1990年から2012年の期間において出産履歴があるサラブレッド繁殖牝馬の全産駒の初出走時の体重に及ぼす、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の影響について調べました(図2)。統計解析の結果、初出走時体重には、繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬の全てが影響していることが分かりました。
図2 繁殖牝馬の産次、出産年齢、現役時の出走時体重、種牡馬が産駒の初出走時体重に及ぼす要因を統計にて解析した
繁殖牝馬の産次が初出走体重に及ぼす影響
初出走時体重に影響があった親の様々な潜在的素因のうち、繁殖牝馬の産次の影響について詳しくみてみます。初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さいことが分かりました(図3)。牛など他の家畜において、出生時の体重が、成時の体重に影響することが知られており、サラブレッドにおいても出走時の体重が小さい馬は、出生時の体重も小さかったことが予想されます。初産の場合、子宮の拡張がしにくいことや、初産の馬は胎盤の重量が小さいことが知られており、胎子期の胎盤からの栄養補給が少ないことが、出生体重からその後の出走時体重にまで影響したのかもしれません。
初産から5産目にかけて産駒の初出走時体重が増加していき、牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きいことがわかりました。
図3 繁殖牝馬の産次とその産駒の初出走体重の関係
初産から7産目までと8産目以上の8つのグループに分け初出走体重を比較したとき、牡牝とも初産の産駒が最も小さかった。牡は5産目の産駒の初出走時体重が、7産目の産駒以外に比べて有意に大きく、牝は5産目産駒が初産、2産目、3産目、7産目、8産目以上の産駒に比べて大きかった。
おわりに
出走時体重をすなわち馬の大きさとすると、馬の大きさには、繁殖牝馬の産次など様々な潜在的な要因に影響されることが分かります。その馬が本来の成長をするためには、適正な栄養供給は不可欠ですが、過度の栄養を与えても馬は大きくなりません。馬の大きさが競走成績に影響する可能性を前述しましたが、これは長期間の莫大な頭数を平均してみたときの傾向でしかありません。1頭のサラブレッドが持つ可能性は、体重計やメジャーで測ることはできないことを付け加えておきます。
日高育成牧場 主任研究役 松井 朗