米国の競走馬の調教

これまで繁殖、セールスプレップと米国事情をご紹介してきましたが、今回のテーマは競走馬の調教についてです。今回のお話の大前提として、米国では馬場などの施設の相違から育成牧場と競馬場では調教の方法も全く異なりますのでご承知おきください。

 

育成牧場での調教

我が国同様、米国においてもブレーキング(騎乗馴致)は育成牧場が担っています。私の研修先であるウインスターファームでは9月頃からブレーキングを開始していましたが、最初の1週間、馬房内で騎乗してひたすら回転を繰り返すことで、背中に人が乗って負重した状態に馴らすことに専念していました。次の1週間はラウンドペン(円馬場)、続く2週間は角馬場で騎乗し、脚の扶助や開き手綱によるコーナリングを教えることで最初の1ヶ月間を終えます。次の1ヶ月間は、普段の放牧で使用されているパドックで騎乗しますが、これは整地された調教コースでなくあえて不整地で騎乗することで捻挫などの疾患を発症しないようなバランス感覚および筋肉の鍛錬を期待しているとのことでした(図1)。さらに次の1ヶ月間は、放牧地間の傾斜地を天然の芝坂路コースとして利用し、馬に後躯の踏み込みを教えてセルフキャリッジした(起きた)状態での走行フォームを教えることに専念します。ここまでブレーキング開始から3ヶ月間、基礎的な部分に重点を置いた調教を行い、12月になって初めて周回コースでの騎乗に移行します。

米国の一般的な育成牧場は、競馬場と同じ1周1,600mもしくは一回り小さい1周1,200mのダートコース(所有もしくは共有)を調教に利用しています。私の次の研修先であるマーゴーファームも1周1,500mのオールウェザー馬場の勾配付き周回コースで通常調教を行い、全長1,700mのオールウェザー馬場の直線坂路コースで追切りを行っていました。マーゴーファームには、この他により大きな1周2,000mの芝コースもありました。米国の育成牧場は、調教コースの他に広い放牧地を所有していて放牧を行いながら調教を進めることも特徴の一つですが、マーゴーファームでも馬の状況に応じて放牧時間が調整されており、2歳の新馬や休養馬でも肢下に問題がない馬は17時間の昼夜放牧、脚部不安で運動量と採食量を制限したい馬は12時間の夜間放牧、骨折手術後などリハビリ中や競馬場入厩が間近な馬は3時間の昼放牧というように細かな放牧メニューが組まれていました。

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図1.あえて不整地で騎乗することでバランス感覚および筋肉を鍛える

 

競馬場での調教

内厩制を採用している米国では、競走馬は基本的に競馬場で調教されています(一部には主催者から認定された外厩で調教されているものもあります)。競馬場の調教馬場や本馬場は、多数の調教師が一斉に利用するため、常歩・速歩は外埒沿いに右回り、駈歩は内側を左回りと厳格なルールが決められています。ゴール板はコース正面の直線の終わりに設置されているので、調教する馬は入場してまずは外埒沿いを右回りに速歩でスタート位置(走りたい距離をゴール板から逆算した地点)に向かいます。スタート位置に到達したら内側に反転し、左回りにゴール板まで駈歩調教を行います。この調教を毎日繰り返すことにより、馬に「内側に反転したらスタート」「ゴール板までしっかりと駈歩する」ことを教えることができるとのことでした。

また、日本と比較して米国の調教師は調教での走行タイムを重視しますが、その理由を尋ねると「実際にレースで走る馬場、すなわち競馬場で調教を行っているから」というシンプルな返答が返ってきました。一般的な米国の追切りは、4~5ハロンといった長めの距離を本番のレースに近いタイム(50-51秒/4Fもしくは61-62秒/5F)で走らせますが、調教師は「実際のレースで想定される勝ち時計に近いタイムで走れるようになったら仕上がった」という考え方を基準に出走を決めているようです。

他にもレース経験の少ない2歳馬は前進気勢を促すために2頭併せ、古馬は単走で調教されるという点も特徴的です(図2)。これは先行抜け出しという展開が多い米国の競馬で、最後の直線で1頭になっても“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるようにというのが目的なのだそうです。

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図2.直線で“ソラ”を使わないでゴールまで走り切れるように単走で追切られる

 

 以上、今回は米国の調教についてご紹介しました。少しでも日頃の調教の参考になれば幸いです。

 

JRA日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

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