V200から見るJRA育成馬の調教状況についての考察
はじめに
V200とはVelocity at heart rate of 200 beats/minの略称であり、”1分間あたりの心拍数が200拍に達した時点の馬の走行速度”を意味します。V200は、持久力に関係するとされる「有酸素運動能力」の指標として用いられており、日々トレーニングを重ねることで上昇する、言い換えると、同じ心拍数でより速く走れるようになることが分かっています。裏を返せば、同じスピードで走行した時の心拍数が低くなる、つまり馬体の負担が少なくなるともいえます。また、V200は比較的簡単に測定することができるため、定期的に測定することで容易にトレーニング効果を判定することが可能となります。既に一部の競走馬の体力評価にも利用されていますが、JRA日高育成牧場では2歳時の2月と4月に測定し、JRA育成馬の有酸素運動能力の評価に活用しています。
※ 本稿では、昨年2018年度のJRA育成馬(現3歳世代)の調教状況についてV200を中心に考察しています。
V200の測定結果
2009年以降の10年間のJRA育成馬について、各年の2月と4月に測定したV200の平均値を比較してみると、2018年のJRA育成馬のV200平均値において、2月は623.5±7.3 m/min(19.2秒/F)で過去10年において4番目に高い値、4月は675.0±8.9 m/min(17.8秒/F)で最高値となり(図1)、2月から4月にかけてのV200の増加量の平均値も、過去10年で最高値(64.6 m/min)となりました(図2)。
図1.JRA育成馬各世代におけるV200の平均値
※グラフ内○数字は過去10年間における当該年の順位
※対象は2月および4月のどちらもV200を測定した馬
図2.JRA育成馬各世代におけるV200増加量の平均値
2018年のV200平均値が高水準であったことの考察1:馬場管理方法の変更
2018年のV200が過去10年間で高水準であった要因の1つとして、JRA育成馬が利用していたBTC屋内坂路馬場の管理方法が変更されたことが考えられます。2017年までの屋内坂路馬場は、経年劣化によるウッドチップの細粒化に加えて、頻繁な散水と転圧によって比較的「走り易い」馬場に管理されていました。しかし、2018年以降はウッドチップが更新されるとともに散水と転圧の頻度も減少され、より運動負荷がかかる馬場管理方法に変更されています。実際にこの馬場管理方法の変更によってより運動負荷がかかるようになったかどうかについては、2017年前後にBTC屋内坂路馬場を利用したJRA育成馬の血中乳酸濃度の変化を調査することである程度の推測が可能です。JRA日高育成牧場では、調教時の運動負荷を確認する指標として坂路調教直後の血中乳酸濃度の定期測定も行っていますが、2016年から2018年の3年間の2月における坂路調教2本目の走行速度と直後の血中乳酸濃度の関係性を調査した結果、2018年群の血中乳酸濃度は2016年群および2017年群より全体的に高値を示していました(図3)。2016年から2018年のJRA育成馬における1日あたりの坂路調教メニューに大幅な相違がなかったことから、BTC屋内坂路馬場の管理方法が変更されたことによって2018年群の運動負荷が増加した可能性が考えられます。
図3.2016-18年のBTC屋内坂路調教時の走行速度と血中乳酸濃度の関係性
2018年のV200平均値が高水準であったことの考察2:シーズン中坂路調教本数の増加
2つ目の要因としては、調教内容について坂路調教の本数を増加した影響が考えられます。2017年春までの調教は800m砂馬場を中心とし、坂路調教の頻度は週に2本程度でした。一方、2017年秋からは週に3本の坂路調教を行っています。その結果、1シーズン(前年11月から4月まで)の期間において、牡の坂路調教本数は2017年群が50本であったのに対し、2018年群は84本、同様に牝は2017年群が45本であったのに対し、2018年群は64本へと増加しています。このことから、平地より運動負荷が高い坂路調教の本数を増加させたことにより、2018年群のV200平均値が高水準となった可能性が考えられます。
※ 牝の坂路調教本数が牡より少ないのは、牝の調教開始時期が牡より1ヵ月程度遅いためです。
まとめ
考察1に記したとおり、2018年のBTC屋内坂路馬場は同じ走行速度でもそれまでより血中乳酸濃度が上昇する、運動負荷の高い馬場であった可能性があります。2018年のV200平均値が高水準であったことと併せ、血中乳酸濃度が大きく上昇する坂路調教を高頻度に行うことは、競走馬の有酸素運動能力の向上に効果的であることが示唆されました。JRA日高育成牧場では、今後もより効果的な運動負荷のかけ方(調教強度や強調教の頻度など)について、様々な調教方法を検討しながらデータを分析し、研究成果を皆さまにご披露できるよう努めていきたいと考えています。
日高育成牧場 業務課 胡田 悠作
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