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育成馬を手術しました(宮崎)

秋の宮崎はスポーツの話題でいっぱいです。プロ野球の教育リーグ「フェニックスリーグ」には先日、巨人の主力選手が出場しました。クライマックスシリーズに向けた調整のためでしたが、間近で、しかも無料でみられる機会はそうあることではありません。11月には男子ゴルフのフェニックストーナメント、女子では国内ツアー最終戦のリコーカップもあり、秋の宮崎も魅力満載です。また、馬肥ゆる秋という言葉どおり、育成馬たちも順調に成長しています。県知事ではありませんが、この機会に魅力満載の宮崎に足を運んでいただけたら幸いです。

さて今回は手術の話題です。

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今回手術を受けたのはチアズフリートの07(父:キンググローリアス)、通称チアズ君です。こちらは手術2週間後の休養中の写真です。手術後1か月間は運動・食餌を制限するので、あばらが浮いてやせ気味です。馬は運動を制限されると消化器の働きが弱まり、疝痛(馬の腹痛)を起こしやすくなります。これを予防するため、餌の量もある程度制限しています。

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手術部分の拡大写真です。しっぽ側の出っ張り部分が人間でいう「かかと」で、この部位を含む関節のことを飛節(ひせつ)と呼びます。よく見ると飛節周囲には今回の手術時に毛を刈った跡がみられます。

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以前の日誌で紹介した、群れのボスとして大威張りのチアズ君(写真右)。噛み付かれているのはプレゼントの07(父は新種牡馬バゴ)。

○飛節のOCD摘出手術

724日の日誌でも紹介したようにボスに君臨していたチアズ君ですが、全頭の一斉レントゲン検査(1頭につき約20枚の撮影を行います)の結果、両後肢の飛節部分に「OCD」が確認されました。OCDは獣医学用語でOsteo Chondritis Dissecans(離断性骨軟骨症)、簡単に言うと関節内に残った遊離軟骨です。本来、骨は成長する過程で先端に軟骨をつくり、これが成熟して硬くなって(骨化と呼びます)伸びていくのですが、軟骨が正常に成熟せず、そのまま表面に残ってしまったものこそがOCDの正体なのです。

今回我々が手術に踏み切ったのは、単純に「OCDがあったから」ではありません。決め手となったのは飛節が軽度に腫れていたことです。つまり、外見でわかる症状があり、レントゲン検査でもその領域に所見が見られたため、手術するべきとの結論に至りました。JRAでは、OCDがあっても外見でわかる腫れや熱感などの症状がない場合や、OCDの見つかった場所が獣医学的・経験的に問題の起こりにくい場所である場合には、ほとんど問題視しません。むしろ、手術をしないと決断することを賢明と考えます。これはレントゲン検査でOCDが見つかっても、必ずしも跛行や休養の原因とならないことや、現在競走馬として活躍している馬の中にはOCDの手術をせずに出走し、活躍している馬が数多くいるためです。

どれだけの若馬にOCDが見られるのか、OCDの有無と疾病発症の間には何か関係があるのか、またOCDが出走回数や獲得賞金などの競走成績に影響を与えるのか、などについて両育成牧場で現在調査を行い、データを集積しているところです。調査の結果、何か知見が得られた場合には当ブログ上でも紹介していきたいと思っています。

なお、今回の手術は鹿児島大学付属動物病院で実施しました。同病院の施設等については、後日お伝えする予定です。

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今回摘出した遊離軟骨です(それぞれ左・右の飛節より)。小豆くらいの大きさでした。

○欧米のセリにおける「レポジトリー」とOCD

レントゲンを撮ると、飛節以外にも球節や膝関節などにOCDがみつかることは珍しくありません。欧米では、セリに出場する馬のレントゲン写真などが閲覧できる「レポジトリー」というシステムが普及しています。馬の所有者がセリで馬を売却する際は、購買するお客様に悪い印象をもたれたくないと考えるのは当然で、手術や治療によりOCDをなくそうとする傾向がありました。しかし最近では、OCDは時間が経過すると消失することもあり、競走馬としての能力に影響を与えないことが多い、と考えられています。その根拠としては、GⅠ勝ち馬の中にもOCDを持つ馬がたくさんいることがあげられます。欧米の購買者はこのような情報を多く得るにつれて、OCDをあまり心配せず寛大になっているようです。

日本のセリにおける「レポジトリー」

一方日本では、セレクトセールやセレクションセール、一部のトレーニングセールやJRAが主催するブリーズアップセールにおいて、「レポジトリー」による情報開示が行われています。

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ブリーズアップセールのレポジトリールームでは、レントゲンや喉の内視鏡所見について、JRAの獣医スタッフが説明します。

それ以外のセールでは、気になる部分のレントゲンを自主的に提出する意識の高い上場者も一部にみられますが、過去に骨の手術歴がある馬でさえもレントゲンの提出がないことが殆どです。これは、レントゲンなどの提出義務がないためです。

購買者の立場からみれば、少なくとも骨の手術歴がある馬についてはレントゲンを確認し、納得した上で購買したいと考えるのが当然です。日本のセリにおいてレポジトリーがしっかり定着して、上場者から積極的に情報提供がなされ、購買希望者がセリ当日に気軽にレントゲン撮影を依頼出来るような環境が整えば、購買者にとってセリはもっと魅力的になるでしょう。

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チアズフリートの07。手術1か月後の10/10から軽運動とパドック放牧を再開しました。11月初旬には初めての騎乗まで進むことが出来そうです。