対照的な二頭(その2)
11月下旬にまとまった雪が降り、すっかり冬景色の日高育成牧場です。まだ根雪とはならないでしょうが、車の運転に気が抜けない季節になりました。
11月18,19日の2日間、本部職員が来場して育成馬検査が実施されました。購買してから馴致を経た育成馬の成長状況を把握すると共に、これまで実施した内視鏡やレントゲン、超音波などによる検査で確認された疾病に対して今後の対応を決定します。
育成は概ね順調との判断でしたが、内視鏡検査で確認されたサブノリアルの07(父:クロフネ)の喉頭蓋下膿胞(喉に膿の入った袋ができる病気)に対して、年内に切除手術を行うことになりました。喉頭蓋下膿胞は、完治すれば競走馬としての将来には影響のないものです。こういった手術はもちろん、育成馬全頭の各種検査の内容についてもBUセールの際にお配りする「育成馬個体情報」に掲載されることになります。
・雪景色の中での調教後のクーリングダウン。
さて、前回に引き続き、2頭の活躍馬セイウンワンダー号(以後セイウン、牡2歳:父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)、ナイキハイグレード号(以後ナイキ、牡2歳:父アグネスタキオン、母ダイアモンドコア)の育成期間について見ていきます。
・セイウンの体重の推移です。
両馬とも育成計画に準じた調教をこなしながら概ね順調な成長をみせ、500Kgを超える大型馬となりました。成長曲線では、どちらも10月下旬から12月上旬にかけてやや足踏み状態がみられます。これは育成馬全体に見られる傾向ですが、騎乗馴致に伴い放牧中心の管理から、舎飼中心の管理に移行することで腸管の滞留食物量が少なくなる点(草腹の解消)、馴致前後の精神的、肉体的負荷が要因であろうと考えています。育成牧場ではこの成長の停滞傾向をなるべく少なくし、より滑らかな成長曲線を描けるように飼養管理、運動管理に配慮しています。
似たような成長曲線を描いて成長した2頭ですが、馬体から受ける2歳4月時点での印象はまったく違っていました。写真にあるようにセイウンは成長によりキ甲が抜け、体高と馬体に伸びが出たことで、スッキリとした素軽い印象を受けます。父グラスワンダーではなく、まさに母父のサンデーサイレンスが強く出たイメージに成長しました。
一方ナイキは筋肉質でガッチリしており、購買時と比べて伸びは出たものの、どちらかといえば詰まった体型が残り、これも父アグネスタキオンではなくミスプロ系の母父ジェイドロバリーが強く出てきたように感じました。
・3月下旬のセイウン。すらっとした伸びのある大型馬(体高162cm、体重518kg 4/11計測)。
・3月下旬のナイキ。がっちりとした詰まった体型(体高158.5cm、体重510kg 4/11計測)。
次に、測定時点の体力指標の1つであるV200値(心拍数が200回/分となる時の馬の走行スピードを分速で表示したもの)を見てみましょう。測定は2歳の2月、4月の上旬に行いました。
・先頭左がV200測定のための規定運動を行うナイキ。2列縦隊でスピードを段階的に上げ、その時の心拍数を測定します。
・グラフは右肩上がりで、2月上旬から4月上旬にかけて体力が向上したことがわかります。
V200値には個体差が大きく、4月の測定では550~850m/分程度の幅がありました。その中で両馬ともほぼ平均的な推移を示しており、測定時点では他の育成馬と比べ特に飛びぬけた体力を持っていたわけではなく、両馬を比べても大きな差はなかったと考えられます。
上記の比較では2頭に大きな差は見られませんが、実際に馬に接してきた私達は、この2頭の性格にはずいぶん違った印象を受けました。端的にいえば、セイウンは「ピリッ」とした、ナイキは「オットリ」したイメージです。
セイウンは調教での素軽い動きもさることながら、馬房の中でも落ち着かない面があり、馬房に人が入るとすぐにちょっかいを出し、人が強い態度で接しなければ、いつでもボスの座を狙っているというタイプでした。プライドが高いのか頭を触られることを嫌い、騎乗担当者は頭絡をつけるのに最後まで苦労させられました。
一方ナイキは、オットリした馬でBTC生徒の騎乗実習にも使用できるタイプの馬でした。しかし、普段の調教後に「乗りやすいです」「重いぐらいです」などと答える生徒が坂路調教の後では「抑えるのが精一杯です」「手がしびれました」と息を切らして返事をしたのが強く印象に残っています。また、引き馬での坂路調教の帰りには、入れ込みがきつく暴れて放馬したこともありました。生徒の気の弱さ、技術面の未熟さは差し引いても、その変貌振りから気持ちの奥底に何かを秘めているのではないかと期待させてくれました。残念ながら育成期間中は、坂路以外で本来の実力と輝きを見せてくれたことはありませんでした。
当たり前のことですが、活躍する馬には性格的にも肉体的にも色々なタイプがおり、育成段階で活躍するかどうかを断じることは非常に難しいことです。不可能といっても過言ではないかもしれませんし、解らないから競馬という選抜手法を用いているともいえるわけです。
そういった中で、血統だけでなく色々な角度から各馬の実力を推測できることが競馬の面白さ・楽しさの大きな要素です。JRA育成馬は、BUセールにおいて育成段階の情報を購買者に伝えることで、安心と共に馬所有の夢を膨らませていただきたいと考えています。
また、この馬達はそれぞれ個性的な馬でしたが、順調に調教を進めることが出来たことが大切なことだと思います。加えて、我々育成を担当する者は、すべての馬達に分け隔てなく接し、健康・調教管理にベストを尽くすことで、競馬へのステップに引き継ぐ姿勢を保つことの重要性を再認識させられました。
もちろんその取り組みから得られた科学的なデータや感じたこと、技術的なノウハウを広く伝えていくことが我々JRAの育成牧場の使命でもあるわけです。