育成へのこだわり(日高)
前回2頭の活躍馬として紹介した内の1頭セイウンワンダー号(父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)が大仕事をしてくれました。朝日杯フューチュリティS(GⅠ)で見事に優勝、2歳牡馬チャンピオンになったのです。これまでの抽選馬、育成馬の長い歴史の中で牡馬のGⅠ制覇は始めてです。岩田康誠騎手の好騎乗に加え、新潟2歳ステークス以来3ヶ月半ぶりとなる競馬にもかかわらずキッチリと仕上げた厩舎関係者の苦労には頭が下がります。育成馬達がこうした活躍をしてくれることで、私達の行う育成業務への関心が高まり、ひいては成果の普及の追い風になるのではないかと思っています。
本年の育成馬達は、時期をずらして3つのグループに分けて馴致をしてきましたが、1群として先に進めた群が調教進度を維持する中で、3群の調教がほぼ追いついてきました。その内容は、週2回1,000m屋内坂路で駆歩を2本、スピードはハロン25~20秒というものです。坂路を利用することで、常歩の距離は4km、時間は約40分にもなります。今後年末年始は、ウォーキングマシンとパドック放牧を中心とした管理を行いますが、年明けからは基本同一レベルの調教を開始できそうです。調教強度がさらに増すなか、当然調教を加減していかなければならない馬も出てくるとは思いますが・・・・。
・撮りためた写真から探し出した一枚。今年の1月、パドックでのんびり日光浴をするセイウンワンダーです。やんちゃな馬という印象が強かったセイウンでしたが、こんなオットリした表情も見せていたのですね。
・突然降りだしたゲリラ吹雪の中、坂路馬場に向かう馬達。次のセイウンを目指して、着実に調教を積み重ねていきます。
・本年は年内にすべての育成馬が1,000m屋内坂路で2本の調教を行うレベルに達しています。
さて、今回は育成に対する「こだわり」について書いてみたいと思います。「こだわる」を広辞苑で引いてみると「些細な点にまで気を配る。思い入れする」とあります。何度もお伝えしていますが、私達が育成業務を行う意義は、その中で行った調査研究、技術開発の成果を広く多くの方に伝え、少しでも日本の育成のレベルアップに役立てることを目的としています。科学的な実験や研究は再現性がありその結果には有無をいえぬ強さがあります。その一方、実際に育成に携わっていると、科学的に白黒は決められないものの、ここは譲れないということも数多く出てきます。たとえるならば、科学のデータはしっかりした骨格、こだわりは皮膚といえるかもしれません。皮膚は薄いものですが、それが顔の表情を左右する決め手ともなります。
例を上げれば、馬の育成・調教の要諦として「馬をいつもフレッシュでハッピーな状態に保つ」ということがいわれています。この考え方に異を唱える方はほとんどいないと思いますが、はたして馬のフレッシュやハッピーは何処で判断するの?という疑問が沸いてきます。それを理解できる感覚や手法などもこだわりの1つではないかと思うのです。
実は先日BTC(軽種馬育成調教センター)利用者との意見交換会を開催し、その主題を「若馬の育成へのこだわり」としました。この意見交換会は本年が6回目となりますが、利用者の間に日高育成牧場が仲立ちをすることで、相互のコミュニケーションの場を設けて、全体としての育成技術のレベルアップや意思疎通を図ることを目的として毎年、年末に実施しているものです。
・意見交換会の風景。こだわりについて述べる吉澤ステーブルのH場長。5名のパネラーを前にして、取り囲んだ来場者との会話のキャッチボールが弾みます。
今回はこれまで以上に誰でも発言をしやすい雰囲気作りを目指し、広く浅く利用者が誰でも持っている育成に対する「こだわり」にスポットをあてました。しかし前述のように、それらの多くは残念ながら「感覚・経験」に立脚したものであり、重みを持つためには競走成績という「実績」が伴わなければならないのが実状です。このことから今回は、本年の中央競馬2歳戦で上位にランクされた5名のBTC利用者にパネラーをお願いしました。
口火として、日高育成牧場のこだわりの一端を紹介し、その後パネラーの発言に移りました。育成規模やBTC利用経歴からもバラエティーのあるパネラーがそろい、期待どおり各人各様の育成に対するこだわりが紹介され、来場者からはそれらに対する質問もなされました。例えば、年内にどの程度まで1歳馬の調教を進めるのかということついても、スピードでハロン13-13秒を求める方から、ハロン20秒までで十分と考えている方までおられます。成績を上げた方たちの言葉ですので説得力はありますが、各育成者がどの考えに共感するかは自由です。
つまりこの会ではそれらの正誤を問うのではなく、その多様性を参加者皆で認識するにとどめ、その中でヒントをつかむという形としました。参加した皆さんからは、活躍している他の育成者の方から参考になる考え方を聞け、質問も出来て役に立ったというコメントも聞かれました。
こういった「こだわり」は多岐にわたり、1回の会で言い尽くされるものではなく、今後もしばらく同様の切り口で、開催していきたいと考えています。次回からは、この会で紹介した日高育成牧場のこだわりや、出席の皆さんから披露されたこだわりについてお伝えしていこうと思います。