○ 昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、厳冬期はどちらがBetter?③(生産)
大変な災害が起きましたが、皆様人馬共に無事でしょうか?当場(日高育成牧場)は特に大きな事故も無く無事でしたので、皆様への被害を心配するばかりです。また、本災害の影響で競馬開催も中止となり、馬産業も大きな打撃を受けています。震災があってからは、このような悪い状況であるからこそ、我々が多くの人々に夢と希望を与えるために頑張らなければならないと思う日々です。被災地の方々に大きな希望を与えられるような話題を是非届けたいものです。
さて、2月末から3月初旬にかけて当場でも2頭の新たな生命が誕生致しました(当場では、本年8頭の新生子が誕生予定です)。本年生産馬の父馬はJBBA繋養の“アルデバラン”です。2年後の競走裡での活躍を期待せずにはいられません。
新生子の誕生はもちろん不安も多くありますが、我々ホースマンにとって未来への希望を持てる出来事の一つでもあります。
一方、昨年生まれた1歳馬も厳冬期を越え、成長が停滞気味な状態から脱却する時期となりました。ただ、この時期は急成長に伴うDOD(発育期整形外科疾患)などの疾患も多く、非常に悩ましい時期でもあります。我々も少頭数ではありますが、このような疾患も含めて非常に悩みながら繁殖・育成を行っているというのが現状です。
さて、今号は前々回、前回と続けてきました“昼夜放牧と昼放牧、厳冬期はどちらがBetter?” 続編 (Vol.③)ということで、やや季節が過ぎた感もございますが、来年度に向けての話題ということで進めていきたいと思います。 2群についての比較項目としては、前号でも記載した通り ①被毛を含めた外貌所見、②GPSを用いた放牧中の移動距離、③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、⑤成長に関わるホルモン動態(甲状腺ホルモン・プロラクチンなど)、⑥ストレス指標(血中コルチゾル値を測定することで推定します)、⑦蹄の生長率などを検討しました。
まず、前々回・前回のおさらいですが、前々回は①外貌所見(特に被毛) ②GPSでの移動距離の違いについて記載しました。すなわち、被毛は昼夜放牧群で長く、昼放牧群は明らかに短くなりました。また、移動距離は昼夜放牧群で長く(約7~9km)、昼放牧群は短い(約3km)という結果でした
(2/4掲載日誌リンク)。
次に、前回は③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、について記載致しました。すなわち、③の“脂肪蓄積度合い”は昼放牧群で当初大きく減少し、その後は維持したのに対し、昼夜放牧群ではゆるやかな減少傾向を認めました。また、④の“体重・測尺値”については、昼夜放牧群では12月初旬より体重の停滞傾向が認められたのに対し、昼放牧群では当初大幅に減少し、その後は順調に増加する傾向が見られ、1月末時点では両群とも同様な体重となりました。また、管囲は昼夜放牧群で太い傾向がありました。
それでは、それらの結果も念頭にさらに話を進めていきたいと思います。
まず、⑤成長に関わるホルモン動態についてですが、今回我々は甲状腺ホルモン・プロラクチン(基本的には泌乳ホルモンですが成長ホルモン様作用もあります)・グレリン(胃から分泌され成長ホルモンの分泌を促します)などのさまざまな成長に関わるホルモン動態を検討しましたが、その中でも“甲状腺ホルモン” “プロラクチン”の結果をご紹介したいと思います。
甲状腺ホルモンは細胞の代謝活性や脂肪・炭水化物などの代謝に関わるホルモンですが、トリヨードサイロニン(“T3”といいます)とその活性型であるサイロキシン(“T4”といいます)という物質を総称したものとなります。今回は上記2つのホルモンについて検討しましたが、いずれもA群(昼夜放牧)と比較してB群(昼放牧+WM併用)で高い活性を示しました。また、プロラクチン濃度についても、同様であり全体的にB群で高くA群は低い傾向がありました。
Fig①:サイロキシン(T4)濃度の推移
全体を通して、A群(昼夜放牧:青線)よりB群(昼+WM併用群:赤線)が高い傾向にある。
Fig②:プロラクチン濃度の推移
全体を通して、B群(昼+WM併用群)が高い傾向にある。A群(昼夜放牧)は横ばい傾向。
これらの結果を単純に見ますと、B群(昼放牧+WM併用群)の方で代謝活性が上昇しているように思われますが、実際はA群(昼夜放牧)でやや代謝活性が落ちているため、差が出ているように見えるのではないかと考えています。
人間でも一緒ですが、冬は春~秋と比較して明らかに代謝が落ちる傾向にあると考えられており、このデータだけを比較してもそのような傾向があるのがわかります。しかし、この結果はある意味当然なのかもしれません。A群では昼夜放牧をしていることもあり、寒さへの環境適応のため昼放牧以上に代謝を落とす必要があるのかもしれません。ただ、この代謝の変化が生理的にどのような影響を及ぼすのか、また競走能力にどのような影響を与えるものなのか、についてはまだ不明です。
次に、⑥ストレス指標であるコルチゾルについてですが、こちらは、実験開始直後にB群(昼+WM併用群)で高い傾向が認められました。これは、やはり環境の変化およびWMによるストレス負荷が強かったのかもしれません。ただ、その後は全体的に同様な値を推移しました。
Fig③:コルチゾル濃度(ストレスマーカー)の推移
実験開始直後にB群で高い傾向にあったが、その後は両群とも概ね同様な値であった。
最後に、⑦蹄の生長率については、実験当初WM運動による蹄尖部磨耗などの影響がでることを心配致しましたが、実際は両群でほとんど差がありませんでした。
Fig④:蹄生長量(mm:蹄冠部より、蹄壁前面に目印のマーカーをつけた位置までの距離を測定)
両群とも大きく変わらない生長量であった。
前2回も含めて、様々な結果およびデータを示してきましたが、皆様どのように感じましたでしょうか?どちらが良いという答えは、実験頭数が非常に少ないのと、競走馬ですので“走ってみないとわからない”ということで現時点でははっきりしませんが、二つの群で思った以上に変化があったのは間違いありませんでした。
ただ、本実験を通してわかったのはどちらの放牧管理にもメリット・デメリットがあり、個体毎でこの管理方法が適している馬もいれば適していない馬もいる、ということです。皆様におかれましては、今回のデータを参考にその馬にあった管理をして頂ければと思います。
また、本内容につきましては、まとまりましたら、講演会やその他雑誌などを通じてご紹介したいと思いますので、その折には皆様より温かいご意見頂ければ幸いです。
それでは、拙著にお付き合い頂き有難うございました。次号からは筆者が変わりますので、また新たな内容などお届けできるものと思います。引き続きご愛読宜しくお願い致します。