育成業務開始(宮崎)
8月31日にサマーセールで購買した15頭が宮崎育成牧場に入厩し、今シーズンの育成馬22頭が揃いました。
【写真1.】夜間放牧中の育成馬
夜間放牧中、常に周囲の環境の変化に気を配りながら青草を食べ運動しています。
左:ホッカイラヴの11(父オペラハウス)、右:シアトリカルポーズの11(父アドマイヤムーン)
入厩した馬達は、馴致開始を前に様々な処置や検査が行われます。その中で近年目立ってきているのが蹄に発症する蟻洞です。この病気は蹄にカビの一種である糸状菌(人の水虫と類似)が増殖してしまう病気です。本年度の宮崎育成牧場の育成馬22頭のうち程度の差はあるものの4頭に蟻洞が認められました。
蟻洞の治療は、菌糸の侵食した部分を削切し空気に曝すことで菌糸の増殖を抑え、蹄壁の成長を待つことを基本とします。
重症の1頭では、菌の侵食は蹄壁の40%にも及び一部は知覚部にも達し、削切することによって跛行を呈しました。
【写真2.】左前肢に認められた蟻洞
縦方向には蹄壁の約40%に及んでいた上に、奥方向への侵食も激しく一部は知覚部に達していました。
歩様検査では患肢が外側になった時に疼痛感を示していました。一般的に下肢部に跛行の原因が存在する場合、患肢が内側に位置した場合により負重がかかり跛行は増悪することが多いのですがこの馬は逆です。直進方向でも疼痛を示すことは殆どなく球節の沈下も良好。歩様だけを観察すると下肢部が原因ではなく肩部筋群の損傷に起因する跛行と見誤るほどでした。
装蹄師、担当者とともに歩様や蟻洞の様子を詳細に観察し検討を重ねたところ、蟻洞が中心線より内側に存在しているため、【図1.】で黄色で示すような内側からの力が加わったときに蹄には赤色の作用が生じ疼痛を示すのではないかとの仮説を導き、今後馴致をすすめていく際にどの様な処置を施せば、蹄に加わる赤色の力を軽減できるか考えました。
【図1.】蟻洞の位置と、蹄に作用する力の模式図
出された結論は、①前述した蹄に加わる力を軽減するために装蹄を施す。②より強固に蹄壁を固定するためには削切した部分をエクイロックスで充填することが望ましいが、好気的環境を保つために充填はしない。③成長過程である蹄の発育を妨げない(蹄釘を使用する十分なスペースが未だない)ため接着蹄鉄を使用する。
以上の処置を施したところ跛行は、ほぼ消失。
【写真3.】接着蹄鉄を施した蹄
疼痛は大幅に緩和し、肢動脈の亢進も緩和。通常の馴致メニューに復帰することが可能となりました。
夜間放牧やラウンドペンでの初期馴致など通常のメニューに戻ることが出来ました。この処置が功奏しなかった場合は、蹄が伸びるまで数ヶ月単位で指(蹄?)をくわえて待つしかなく、馴致・調教メニューに重大な遅滞が生じこの馬の競走馬としての運命をも左右してしまう可能性もあっただけに一安心です。
競走馬の育成業務とは、目の前に起こる様々な問題を、これまでの経験や知見をもとに議論を重ね書物を紐解き、様々な方のご意見を伺うなどして、できる限りの情報を集め原因を推察、解決方針を決定し実行、結果を再検証し、新たな方針を決定することの繰り返しです。
うまくいくことよりも、うまくいかないことの方が多い仕事ですが、うまくいくまで何度でもチャレンジです。また、うまくいかなかった時に後悔しないためにも、多くの情報(観察)の収集と正確な決断が出来るようにしたいものです。
このシーズンも様々な問題が待ち受けていることでしょう。そんなトラブルの処理方法や結果の検証も育成研究のひとつではないかと考えています。
常に積極的な解決方法を模索し、結果を広く還元すべく育成業務をすすめていくつもりです。本年度も宮崎育成牧場の育成馬の応援をどうぞよろしくお願いいたします。