育成馬ブログ 宮崎⑤
○暖地育成のメリットとは(宮崎)
新年あけましておめでとうございます。今年もJRA育成馬日誌をよろしくお願い申し上げます。
さて、日本列島は真冬と呼べる時期に突入しておりますが、ここ南国宮崎ではどんなに寒い日でも日中は気温が10℃を超え、人も馬も快適に過ごしております。多数のプロ野球チームが、ここ宮崎をキャンプの候補地として選ぶ理由がわかる気がします。競走馬の世界においても、例えば米国では冬は温暖なフロリダやカリフォルニアに馬を移動させ育成する方法が採用されています。今回は、冬に温暖な気候の下で育成するメリットについて考えてみたいと思います。
●育成馬の近況
宮崎育成牧場のJRA育成馬たちの近況ですが、まずウォーミングアップとして500mトラック馬場で直線キャンター、コーナー速歩という調教を左右2~3周ずつ実施しています。これは騎乗者の扶助に従う馬を作ること、落ち着いて運動する馬を作ることを目的に行っています。続いて1600mトラック馬場に場所を変えて、一列縦隊および二列縦隊で2000mから2400mのキャンターを実施しています。ハロン24~22秒程度とゆっくりとしたキャンターですが、今後のスピード調教に耐えられる基礎体力を付けるとともに、将来実際の競馬で馬群の中でしっかりと折り合って走れることをイメージして調教しています。年末年始は放牧およびウォーキングマシンによる運動で管理しましたが、真冬でも青草が生い茂る放牧地で充分にリフレッシュさせることができました(写真①)。
写真① 真冬でも青草の生い茂る放牧地でのびのび育つ馬たち。左からウェーブピアサーの13(牝 父:ヨハネスブルグ)、シルバーパラダイスの13(牝 父:ファルブラヴ)、スズカララバイの13(牝 父:サウスヴィグラス)。
●暖地育成のメリット(過去の研究データからわかったこと)
さて、今回は、冬に温暖な気候の下で育成するメリットについて考えてみたいと思います。日高および宮崎育成牧場では、長年にわたりJRA育成馬の様々なデータを測定してきました。中でも月に1回“測尺”と呼ばれる体高、胸囲、管囲、体重の測定を行っています(写真②)。東京農工大学との共同研究により、この“測尺値”さらに血液中の各種ホルモンを日高育成牧場で育成したウマと比較したところ、非常に興味深い結果が得られました。
写真② 月に1回、体高・胸囲・管囲・体重の測定を実施しています。
大きく育つ
1歳9月の入厩直後から、ブリーズアップセール直前の2歳3月までの体高・胸囲・管囲・体重の増加率を比較したところ、日高育成牧場と比較して宮崎育成牧場で育成したウマの方が全ての項目において増加率が統計学的に有意に高いことがわかりました(写真③)。言い換えると、1歳の時点でほぼ同じ程度の大きさのウマが2頭いたとして、1頭を日高でもう1頭を宮崎で育成したと仮定すると、宮崎で育成したウマの方が大きく育つ可能性が高いということです。なぜこのような差がつくのか複数の理由が考えられますが、一つにはまず宮崎の方が気候的に温暖であることが挙げられます。寒冷な環境下では、ウマをはじめ動物は体温を維持するためにより多くのエネルギーを燃やして代謝を上げなくてはなりませんが、温暖な気候の下ではそのエネルギーを馬体の成長に回すことができます。そのほか、後ほど述べる血液中のホルモンの濃度にも差が見られ、その影響もあることが考えられました。
写真③ 1歳9月から2歳3月までの体高・胸囲・管囲・体重の増加率(ライトコントロール導入前)。日高育成牧場と比較して宮崎育成牧場で育成した方が全ての項目において増加率が有意に高いことがわかりました(提供:東京農工大学)。
故障が少ない!?
さらに、血液中の各種ホルモンの濃度を比較したところ、女性ホルモンの一種である“エストロゲン”が宮崎で育成されたウマに多く分泌されていることがわかりました。このエストロゲンというホルモンは、卵巣での排卵の制御などといった本来の作用のほかに、「骨を丈夫にする」という重要な作用があります。ヒトの女性では閉経後にこのエストロゲンの分泌量が大きく低下し、骨粗しょう症の原因になることが知られています。このホルモンが高かったということで、理論的には「宮崎のウマの方が骨が丈夫で故障しにくい」と言えます。実際のところは馬場の違いなどもあり、故障率自体には統計学的な差が見られていませんが、非常に興味深い結果です。プロ野球選手が冬季キャンプに温暖な宮崎を選ぶのも、もしかしたら経験的に暖かい気候の下で練習した方が故障するリスクが低いことを肌で感じているのかもしれませんね。
●寒冷地で育成する場合には(ライトコントロールのススメ)
では、現在宮崎ではなく北海道でウマを育成している場合、どうすれば温暖な地方で調教するメリットに近づけるのでしょうか?JRAではその後の調査で、1歳の冬からライトコントロールを実施することで、成長率およびホルモン分泌に差がなくなることを確かめています。具体的には、12月の冬至の前後から昼14.5時間、夜9.5時間になるようにタイマーを使って馬房内をライトで照らします(写真④)。本当は暖かい地方で育成する方が自然で良いことなのでしょうが、こうすることで寒冷下で育成するデメリットを小さくすることができます。ライトコントロールをする場合には早く冬毛が抜けることもわかっていますので、馬服を着用させるなどしてしっかりと保温することを忘れずに!
写真④ 日高など寒冷地で育成する場合、ライトコントロールが有効です(昼を14.5時間、夜を9.5時間にする)。