育成馬ブログ 宮崎②
○初期馴致とナチュラルホースマンシップの考え方(宮崎)
9月20日に宮崎県を直撃した台風16号によって、
県内では突風や浸水などの被害を受けました。
宮崎育成牧場においても、
倒木による放牧地のフェンスの破損等の被害が見られました。
幸いにも育成馬に怪我等はありませんでしたが、
改めて自然災害の恐ろしさを痛感しました。
台風後も10月上旬までは30度を越える夏日が続きましたが、
10月中旬に入ると、秋の気配を感じるようになってきました。
寒暖の差が激しくなる季節の変わり目でもありますので、
人馬ともに体調管理を第一に考えて、育成調教を実施しています。
写真① 台風16号の突風による倒木が放牧地のフェンスを破損
●育成馬の近況
2群に分けて騎乗馴致を進めている育成馬の近況をお伝えいたします。
9月上旬から騎乗馴致を開始している1群(牡馬10頭)は、
最初の3週間はドライビング中心に馴致メニューを組み、
現在は角馬場での騎乗による速歩調教を重点的に実施し、
500m馬場においてハッキング程度の
キャンター調教を行えるまでになっています。
11月からは1600m馬場でのキャンター調教を実施する予定です。
一方、10月上旬から騎乗馴致を開始している2群(牝馬12頭)は、
ドライビングを中心に実施しながら、
同時に丸馬場での騎乗も行っています。
11月には角馬場において集団での速歩調教を開始する予定です。
写真② 500m馬場で隊列を整えた速歩を実施する1群牡の育成馬
●初期馴致とナチュラルホースマンシップの考え方
JRA育成馬に対する初期馴致は、
「育成牧場管理指針」に基づいて実施しています。
海外では初期馴致のことを「ブレーキング(Breaking)」と呼んでいます。
これは「馬と馬の関わる社会(野生の群れ)の約束事を壊して(Break)、
新たに人と馬の関わる社会の約束事を構築する」という意味を表しています。
近年、初期馴致を含めた馬の調教において、
「ナチュラルホースマンシップ」に基づく考え方が浸透してきています。
一言で述べるのは困難ですが、群れで行動する馬の本能を利用して、
人を群れのリーダーと見なして
尊敬あるいは信頼(リスペクト)させることが重要であるという考え方です。
尊敬やリーダーという言葉からは、
馬を物理的あるいは精神的に
屈服させることを想像するかもしれませんが、
馬が自発的に人のことを
群れのリーダーと見なすようにならなければならず、
そこに「恐れ」という感情があっては成り立たちません。
さらに掘り下げて考えると、
野生の馬の世界では相手のスピードと方向を制御する
「アルファ」と呼ばれるリーダーが群れを統制しているので、
人が「アルファ」とならなければなりません。
「アルファ」としてどのように行動すれば良いかを考える時に、
母馬と子馬の関係が分かりやすいといわれています。
子馬は母馬の目の届く「円形の範囲」で過ごしており、
母馬は子馬が円の外に出ると、円の中の戻そうと行動します。
つまり、母馬が子馬の方向を制御し、
円の内側に入れてスピードを制御して「アルファ」となります。
子馬の側から見ると、
前後左右の動作は母馬の許可を得なければならず、
スピードと方向を制御されているということになります。
この考え方を利用したのが、
JRA育成牧場における初期馴致のプロセスのなかで
重点的に取り組んでいるドライビングです。
ドライビングは、騎乗せずに2本のロングレーンを使用して、
馬車の御者のように馬を後方から制御することです。
下の動画のように、速歩でのドライビングによる手前変換こそが、
母馬が円の外に出ようとする子馬を
円の中の戻そうとする行動そのものとなります。
つまり、ドライビングによって
馬のスピードと方向を制御することが可能となります。
ドライビングで自在にコントロールできるようになると、
騎乗後もスピードと方向を制御することが容易となるのみならず、
初期馴致を開始する前には取り扱いが難しかった馬が
従順になることもよく見受けられます。
このように考えてみると、
欧州で伝統的に行われてきた「ブレーキング」という考え方が、
近年、ナチュラルホースマンシップというツールを通して
「アルファ」や「リスペクト」という
異なった言葉で表現されるようになっただけであり、
根本の考え方は変わってはいないように思われます。
どちらが正しいかということではなく、
重要なことは「馬は接する人の姿を映す鏡」ともいわれるように、
正しいアプローチであるかどうかの答えは
馬が出してくれるということなのかもしれません。
写真③ ドライビングによるスラロームで杉林の間を通過