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2023年11月

2023年11月20日 (月)

馬の歯と歯擦りについて

企画調整室の山﨑と申します。

  馬の歯は全て、成馬になるまでに生え替わって永久歯となります。ですが、人間と違って永久歯に生え変わっても、臼歯だけは日々少しずつ伸び続けます。そのため、若い競走馬だと年に3、4回、年齢が高い乗馬でも年に2回は臼歯を擦ってあげないと、上顎の臼歯は外側が、下顎の臼歯は内側が伸びて尖ってしまいます。尖った歯は口粘膜を傷つけて口内炎ができたり、そうでなくても餌の食いつきが悪くなったり、またハミが当たると馬にとっては違和感があるので手綱操作が思うようにできなくなったりと悪いことばかりです。アニマルウエルフェアの観点から、不快な思いを馬たちがしないように、JRAでは馬の歯擦りを定期的に実施することを推奨しています。

  さて、歯擦りには馬の口を開けさせる金属製の道具が必要なのですが、JRAでは、かつては片手開口器(写真1)が最もよく使われていました。ただ、片手開口器は小さな道具で手軽なのですが、片方のそれも尖った奥歯だけで金属を噛まされる馬にとっては、フィット感が悪く嫌がることもしばしばです(写真1)。嫌がるだけならまだしも、届きもしないのに立ち上がってこの開口器を前足で叩き落とそうとする馬も…。その場合は、人馬ともに危険な状態となることもあります。

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                        写真1. 左:片手開口器を噛ませると、馬は少し嫌々します。                         

右:片手開口器(矢印)と各種歯擦り道具(歯鑢)

   馬の不快感を軽減し、かつ安全をより確保する目的で、近年フルマウス型開口器(写真2)が開発され、本会の競走馬診療所ではこれを主に使うようになりました。フルマウス型開口器は大造りではあるものの、しっかり噛ませれば外れることがなく、また尖っていない前歯に噛ませるタイプのため口へのフィット感が良く、嫌がる馬が少ないというメリットがあります。写真2は、ハミ受けが悪くなるほど臼歯が尖っていた乗用馬で、フルマウス型開口器で口を開けて歯鑢(シロ)と呼ばれる歯擦り器を使って臼歯を擦っているところです。嫌々の素振りもなく、落ち着いて作業をさせてくれました。 

  一般の方々にフルマウス型開口器を見ていただくと、「大きいので危険だ」という印象を持たれることがありますが、正しい使い方をする限りとても安全な器具です。このように、アニマルウエルフェアの観点からだけでなく、人馬の安全といった意味からも歯擦り道具は改良され進歩しているのです。

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写真2. 左:フルマウス型開口器を噛ませたところ

右:歯鑢を奥まで挿入しても、ちゃんと受け入れてくれています。

2023年11月15日 (水)

年に一度の「こども馬学講座」を開催しました!

総務課の甲斐谷です。

 11月3日(祝)に、競走馬総合研究所(以下、総研)では「こども馬学講座」を開催しました。このイベントは、小学校高学年のお子様に「ウマとはどんな生き物なのか」を知ってもらおうと、総研職員一丸となって“知識”と“体験”を提供するという年一回だけの総研イベントです。コロナでしばらく開催できませんでしたが、昨年再開し、今年は再開後2回目となりました。

 今年の講義は、獣医師の杉山研究員から馬体の仕組みや運動能力について優しく解説してもらいました。質問コーナーでは、子供たちは興味津々、積極的に応答してくれていました(写真1)。

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写真1. 質問コーナーにて積極的に挙手で応える子供達

 実技では、馬用の大型ルームランナーである「トレッドミル」で馬の走る姿を見学していただきました(写真2)。間近で走る馬の迫力に子供たちばかりでなく、保護者の方々も驚きと感動を持って食い入るように見学されていたのが印象的でした。20231108_153830_2

写真2. トレッドミルでは実際に馬を走らせて、そのフォームを解説しました。

 そして、ポニーとのふれあいタイム(写真3)、乗馬体験(写真4)、さらには装蹄師による「蹄鉄造り実演」(写真5)、来場者自ら行う「蹄鉄コースターづくり」(写真6)と盛りだくさんな内容が次から次へと。「蹄鉄造り実演」では、一本の鉄の棒が蹄鉄の形になっていく様子をじっくりと見てもらうとともに、出来あがった蹄鉄をゲットできる「ジャンケン大会」は大いに盛り上がりました。「蹄鉄コースターづくり」では、皆さん良いお土産ができたと喜んでいました。総じて、非常に濃い馬との1日を体験してもらえたと思います。

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写真3(左上) ポニーとの触れ合いタイム     写真4(右上)乗馬体験

写真5(左下) 職員装蹄師による蹄鉄造り実演    写真6(右下)蹄鉄コースターづくり

 「研究所」という特性上、普段からお客様が見学することができないため、「近くに住んでいるけれど、何をしている施設だったか分からなかった」などという感想を頂くこともあります。この企画は、日本で唯一の競走馬の研究施設を皆様にご理解いただく場としても提供されています。帰っていく皆さんが笑顔で「楽しかった」「勉強になった」と言ってくださり、私も嬉しい気持ちでいっぱいでした。参加者は保護者の方も含めて40人の定員制で、応募が多ければ抽選となります。来年も、同様に開催しようと考えておりますので、新しいお客様との出会いを期待しております。

 

2023年11月13日 (月)

火災予防運動期間です。さあ、消防訓練だ!

JRA総研;総務課の荒井です。

  11月9日(木)から15日(水)までは秋の全国火災予防運動期間です(参考)。火災予防運動期間は1950年代から制定されており、1989年からは、春は「消防記念日(3月7日)を最終日とする1週間」、秋は「119番の日を起点とする1週間」と年2回の実施が決まっています(気象条件の違いから一部の地域ではこの限りではありません)。競走馬総合研究所でも、秋のこの期間に合わせて所内で執務する全ての人々を対象に消防訓練を実施しています。

  消防訓練を企画するには、本会職員だけでなく関連団体職員や従事員の方々へも周知徹底が必要です。その意味で小さな企画であっても気を使う仕事なのですが、これを任されているのが私の所属する総務課という部署です。競走馬総合研究所という名称から、獣医さんや研究者だけが働いているイメージを持たれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。いえいえ、競走馬の様々な問題を解決しようと研究に励む方々が、効率よく仕事ができるように、人事厚生や会計の事務や施設管理などを総務課が担当しています。科学に直接携わらない私のような者も、研究をサポートするために働いているのです。

  消防局が常に諭している「火災は予防が最重要!」のお言葉と同様、競走馬の事故や流行的な感染も予防が大切です。私たち事務作業を中心としている者が間接的に研究をサポートすることで、競走馬に起こりうる事故を少しでも予防できていれば、こんなに嬉しいことはありません。そんな思いで、今年も消防訓練を遂行いたしました!

参考;総務省消防庁のお知らせ

https://www.fdma.go.jp/mission/prevention/prevention001.html(外部リンク)

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セイフティコーンを炎と見立てて、訓練用消火器で消火を模擬体験しています!



2023年11月 8日 (水)

薬剤耐性を警戒する世界的な啓発週間が来る!

微生物研究室の丹羽です。

 薬剤耐性 (AMR : Antimicrobial resistance) という言葉があります。最近はニュースなどでもしばしば取り上げられるので、皆さんもご存知かもしれません。薬剤耐性は、細菌、ウイルス、真菌(カビ)、寄生虫が不適切な抗菌薬使用を続けられることでその薬に耐性を獲得し、その薬が効かなくなってしまう現象をいいます。特に細菌の薬剤耐性が世界的に問題となっており、1980年代に出現したメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の出現以降、様々な薬剤に耐性を持つ多剤耐性細菌(たざいたいせいさいきん)が人類にとって脅威となっています。

 WHOは、抗菌薬の適正使用を呼びかける目的で、2015年から毎年11月18日を含む1週間を「世界抗菌薬啓発週間」に設定しました。2023年からは、新たに「世界AMR(薬剤耐性)啓発週間」と名前を変え、日本を含む各国政府とともに全世界的な取り組みを行っています(参考)。実は、これ人だけでなく家畜でも同じ問題を共有します。つまり、家畜の治療で不適切な抗菌薬の使用が続くと、薬剤耐性細菌が出現して家畜間で伝搬してしまいます。また、場合によっては人にも伝搬してしまうかもしれません。

 当然、馬の医療においても薬剤耐性菌の脅威が現実のものとなりつつあります。米国において子馬に肺炎を起こすロドコッカス・エクイという細菌は、治療薬であるリファンピシンとマクロライド系抗菌薬に耐性を獲得してしまい治療を難しくしてしまいました。国内では、2010年代以降、馬の手術部位に感染を起こすMRSA(図1)やある種の大腸菌などの多剤耐性菌が検出されるようになり、問題となってきました。これらの問題から、現在、総研の微生物研究室では馬における薬剤耐性細菌の監視や蔓延の防止に役立つ研究に取り組んでいます。

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図1 .寒天培地上での細菌培養;

MRSA(左)と通常の黄色ブドウ球菌(右)との薬剤感受性の違いシャーレに細菌が増殖しやすい特殊な寒天が敷かれ、その上に白くて丸い濾紙が置かれています。濾紙1枚にはそれぞれ1種の抗菌薬が染み込ませてあり、効果(感受性)がある抗菌薬では濾紙の周辺に染み出した薬の作用によって細菌が発育しないため、透明な円形部分(阻止円)が形成されています。左のMRSA培養では、右の通常の黄色ブドウ球菌のそれと比較し、多くの濾紙で阻止円が形成されていません。これは、MRSAが複数の抗菌薬に対して耐性を獲得している証拠です。

参考:https://www.cas.go.jp/jp/houdou/r01_amrtaisakusuisin.html

内閣官房HP;11月は「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」です(外部リンク)