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育成のこだわりと「管理指針」(日高)

少々遅くなりましたが、皆様明けましておめでとうございます。日高の育成馬達は、年末年始も休むことなくウォーキングマシン運動や放牧を課され、年内の調教で若干しまった馬体が逆に少しフックラとし、フレッシュな状態で新年を迎えることができました。15日現在でほぼすべての馬達が、週2回の坂路調教(1,000m2本:スピードは2本目をハロン20秒程度)をこなせるようになっています。

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・年が開け新雪の上を坂路に向かう育成馬たち。気持ちも新たに、今年も育成業務を通して色々なことに取り組んでいきたいと思います。

しかしその中で、残念な事故がありました。マイナス10度近く冷え込んだ年末の朝、プロポーションラブの07(牝:父オペラハウス)がパドックでの放牧直後に転倒し、腰角(こしかど)を強打してしまったのです。事故直後には跛行が重度であり最悪の事態も脳裏によぎりましたが、幸い翌日には体重負荷ができる様になり、現在少しずつ快方に向かっています。前日に解けた雪が凍り、その上に薄く雪が積もって滑りやすくなっていたことが誘因でした。十分にチェックをしているつもりでもまだ足りないのだと反省しきりです。

もう1つトピックとして、今月8日から軽種馬育成調教センター(以後BTC)の騎乗者養成コースの生徒達によるJRA育成馬を用いた騎乗実践研修が始まりました。16名の生徒たちが3班に分かれ、育成馬が退厩する4月中旬までそれぞれの技術レベルに応じた騎乗馬を割り振られ、多くの経験を積んでいきます。

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800m屋内トラックで騎乗する第16名の生徒達。色々な馬の背中から、多くのものを学んでほしいと思います。

さて、前回に引き続き育成への「こだわり」についてです。昨年末のBTC利用者との意見交換会では、色々な場面やステージにおける、まさに三者三様のこだわりがクローズアップされました。

その会を企画した当場としては、交換会の冒頭「日高育成牧場のこだわり」と題して口火を切ることとなりました。話したいこだわりを思いつくままにまとめたところ、結果として2年前に作成した「JRA育成牧場管理指針」(以下 管理指針)に記されていることと同じものになりました。さて、「管理指針」とはどんなものなのでしょうか。

今でこそその差はかなり縮まりましたが、30年ほど前、日本の育成技術やその考え方は、競馬先進諸国とは大きな隔たりがありました。そこがウイークポイントと考えた競馬会は、イギリス、アイルアンド、フランス、アメリカ、カナダ、オセアニアなどに職員を派遣し、実際に牧場や厩舎で実践研修をすることで多くのことを学ばせました。学んできたことを実際に試し定着させるため、帰国後は研修に行った職員を育成牧場に配属し、新しい視点に立った育成技術の開発に取り組ませてきました。その中で民間の育成者の方々にも広がり定着したものとしては、騎乗馴致に対する考え方やドライビングの技術(調馬索という2本の長いロープをハミに付け、騎乗せずに馬の後ろから推進することで口向きを作る手法)、冬場の馬服を着せての放牧、色々な場面での馬の展示方法など多岐にわたります。

同時にJRAの育成牧場にも「JRA仕様」となった若馬の管理方法やその根底にある考え方が定着してきました。それらをまとめ更なる普及につなげるために作成したのが、「JRA育成牧場管理指針」です。中には科学的なアプローチにより裏付けのある記述も含まれます。しかし多くは、海外から学び「強い馬づくり」を目指す試行錯誤の中から生まれた「こだわり」そのものです。内容的には、応用できるものも多いのではないかと自負はしていますが、だからといって押し付けるつもりは毛頭ありません。強い馬をつくる道は一通りではありませんし、一つの提案だと考えていただけたらよいと思います。

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2年前に版が出された「JRA育成牧場管理指針」。現在は2版となりますが、薄いこの冊子はこれまでの育成業務において長い年月をかけて磨かれた「こだわり」の集大成ともいえるものです。

意見交換会では、BTCでトップにランクされた実力を背景に、育成者の皆さんが信念を持ってそれぞれの「こだわり」を披露して下さいました。同様に、私達は昨年のJRA育成馬であるセイウンワンダー号の朝日杯フューチュリティSJpnⅠ)勝利を、我々のこだわりの集大成である[管理指針]の内容を広く伝えるチャンスであると捉えています。今後も育成業務が続く限り「管理指針」は少しずつ充実し、改定されていくことになるわけです。

育成馬 活躍情報

1月17日(土)の中山競馬第1レース(サラ3歳未勝利戦 ダート1,200m)において、ロジロマンス号(育成馬名:ロマンスビコーの06 父:コロナドズクエスト、牡馬、粕谷昌央厩舎 馬主:久米田正明氏)が他馬と2秒以上の大差をつけ、圧勝しました。

昨年売却したJRA育成馬は、現在までに10頭が13勝(中央競馬のみの成績)をあげています。

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キャンドル 競走馬への道 その4(宮崎)

昨年末はJRA育成馬であるセイウンワンダー号(父グラスワンダー)が朝日杯フューチュリティSに優勝するという大きなニュースがありました。JRA育成馬のG競走優勝は宮崎で育成したタムロチェリー号(01年・阪神ジュベナイルF)以来です。セイウンワンダー号は日高で育成した馬ですが、宮崎で育成に携わる我々にとっても大変励みになる出来事でした。現在宮崎で育成中の明け2歳馬24頭の中にも、G競走で優勝するかもしれない素材がいるはずであり、我々はその芽を摘むことのないよう、また少しでも勝利する可能性を高められるよう、日々試行錯誤しながらも張りきって育成に励んでいきます。

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タムロチェリー号(父セクレト・01年阪神ジュベナイルF優勝)

さて、前々回の宮崎からの日誌で、「ビッグキャンドルの07(通称キャンドル・牝馬)」が入厩早々に馬房内休養となったことをお伝えしました。今回はその後のキャンドルの経過についてお知らせします。

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シャワーを浴びて気持ちよさそうなキャンドル

99日、キャンドルは「右肩違和」と診断されました。症状としては右前肢を地面に着くときに痛がり、この肢の前方への展出が良くないというものでしたが、目立った外傷はありませんでした。このような場合、まずは蹄、球節、ヒザ(腕節)など下肢部の状態を確かめます。これらの部位に腫脹や帯熱、または触診による疼痛がみられる場合、骨折や骨瘤、腱や靭帯の損傷など比較的重傷である可能性も疑われ、必要に応じてレントゲンやエコー検査が実施されます。幸い、キャンドルにはそれらの異常はみあたりませんでした。検査の結果、肩から上腕の筋肉の一部に疼痛感があり、これらの筋肉の軽い炎症であると診断されました。

キャンドルに限らず育成馬たちは、少々痛くても放牧地では元気に走ってしまい、症状が悪化することがあります。そのため馬房内で休養し、鎮痛・消炎剤を投与することにしました。その後は痛みの軽減する度合いをみながら、鎮痛・消炎剤の投与量を減らし、少しずつ運動を課して、夜間放牧の集団に戻す適期を慎重に判断します。結局キャンドルは10日間の馬房内休養の後に6日間単独で昼間放牧を行い、そしてついに925日には夜間放牧の集団に戻されました。その後の経過はすこぶる順調で、本格的な騎乗馴致の開始となる1016日を健康な状態で迎えることができました。以下、キャンドルの騎乗馴致の様子を写真で示すこととします。

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10/22 (馴致5日目):鞍をつける前の腹帯馴致用として利用する「ローラー」を締めようとしているキャンドル。敏感なキャンドルは、ローラーの締めつけから逃れようとラウンドペン内を飛び回ることもありましたが、3回目となるこの日はだいぶ慣れがみられました。

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10/23(馴致6日目):後方から「ドライビング」と呼ばれる方法で馬を操り、騎乗することなくハミ受けを教えます。この日の段階ではまだ補助者が馬の前方に付きますが、徐々に馬と11の関係に移行します。ゲートに近づき、通過する練習もこの時期から行います。もちろん雨の日にも馴致は続けられます。

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10/30(馴致11日目):ドライビングでお尻や飛節に触れる調馬索(ロープ)をかなり嫌っていたキャンドルも、ずいぶん慣れて受け入れるようになりました。この日は実際に騎乗することとなる1,600m走路でドライビングを実施しました。コーンを置いてのスラローム走行も可能となり、ハミ受けも順調にできてきました。また同日、馬房内ではじめて人が跨り、記念すべき「初騎乗」を無難に終えました。この日の馬体重は408kg9月入厩時より+21kg)でした。

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11/12 (馴致18日目)14日目よりラウンドペン(丸馬場)内での騎乗を開始、16日目からは他馬と合流しての騎乗に慣れました。いよいよ明日からは500m馬場に入場するという段階まできました。

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11/23 500m馬場で速歩・駈歩をそれぞれ1,0001,500m程こなせるまでに成長しました。2頭目がキャンドルで先頭はサンドシャーディーの07(父:シルバーチャーム)。

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年が明けて15日、キャンドルの近況です。この日は常歩3,000m、速歩1,300m、駈歩2,700mの調教メニューで、1,600m馬場でのラスト3FF22秒のペースで走る調教を行いました。2頭目がキャンドルで先頭はトレヴィサンライズの07(父:ネオユニヴァース)。キャンドルの馴致時にみせた過敏さは騎乗後には解消し、素直で反応の良いところが目立ってきました。この日の馬体重は435kg9月入厩時より+48kg)でした。

育成馬 活躍情報

111日(日)の中山競馬第4日第2レース(3歳未勝利戦 ダート1,800m)において、フォージドスチール号(育成馬名:ビツキーロイヤルの06、父:スペシャルウィーク、牡馬、佐藤全弘厩舎、馬主:㈲三登氏)が優勝しました。昨年売却したJRA育成馬は、現在までに9頭が12勝(中央競馬のみの成績)をあげています。

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育成へのこだわり(日高)

前回2頭の活躍馬として紹介した内の1セイウンワンダー号(父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)が大仕事をしてくれました。朝日杯フューチュリティS(GⅠ)で見事に優勝、2歳牡馬チャンピオンになったのです。これまでの抽選馬、育成馬の長い歴史の中で牡馬のGⅠ制覇は始めてです。岩田康誠騎手の好騎乗に加え、新潟2歳ステークス以来3ヶ月半ぶりとなる競馬にもかかわらずキッチリと仕上げた厩舎関係者の苦労には頭が下がります。育成馬達がこうした活躍をしてくれることで、私達の行う育成業務への関心が高まり、ひいては成果の普及の追い風になるのではないかと思っています。

本年の育成馬達は、時期をずらして3つのグループに分けて馴致をしてきましたが、1群として先に進めた群が調教進度を維持する中で、3群の調教がほぼ追いついてきました。その内容は、週21,000m屋内坂路で駆歩を2本、スピードはハロン2520秒というものです。坂路を利用することで、常歩の距離は4km、時間は約40分にもなります。今後年末年始は、ウォーキングマシンとパドック放牧を中心とした管理を行いますが、年明けからは基本同一レベルの調教を開始できそうです。調教強度がさらに増すなか、当然調教を加減していかなければならない馬も出てくるとは思いますが・・・・。

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・撮りためた写真から探し出した一枚。今年の1月、パドックでのんびり日光浴をするセイウンワンダーです。やんちゃな馬という印象が強かったセイウンでしたが、こんなオットリした表情も見せていたのですね。

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・突然降りだしたゲリラ吹雪の中、坂路馬場に向かう馬達。次のセイウンを目指して、着実に調教を積み重ねていきます。

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・本年は年内にすべての育成馬が1,000m屋内坂路で2本の調教を行うレベルに達しています。

さて、今回は育成に対する「こだわり」について書いてみたいと思います。「こだわる」を広辞苑で引いてみると「些細な点にまで気を配る。思い入れする」とあります。何度もお伝えしていますが、私達が育成業務を行う意義は、その中で行った調査研究、技術開発の成果を広く多くの方に伝え、少しでも日本の育成のレベルアップに役立てることを目的としています。科学的な実験や研究は再現性がありその結果には有無をいえぬ強さがあります。その一方、実際に育成に携わっていると、科学的に白黒は決められないものの、ここは譲れないということも数多く出てきます。たとえるならば、科学のデータはしっかりした骨格、こだわりは皮膚といえるかもしれません。皮膚は薄いものですが、それが顔の表情を左右する決め手ともなります。

例を上げれば、馬の育成・調教の要諦として「馬をいつもフレッシュでハッピーな状態に保つ」ということがいわれています。この考え方に異を唱える方はほとんどいないと思いますが、はたして馬のフレッシュやハッピーは何処で判断するの?という疑問が沸いてきます。それを理解できる感覚や手法などもこだわりの1つではないかと思うのです。

実は先日BTC(軽種馬育成調教センター)利用者との意見交換会を開催し、その主題を「若馬の育成へのこだわり」としました。この意見交換会は本年が6回目となりますが、利用者の間に日高育成牧場が仲立ちをすることで、相互のコミュニケーションの場を設けて、全体としての育成技術のレベルアップや意思疎通を図ることを目的として毎年、年末に実施しているものです。

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・意見交換会の風景。こだわりについて述べる吉澤ステーブルのH場長。5名のパネラーを前にして、取り囲んだ来場者との会話のキャッチボールが弾みます。

今回はこれまで以上に誰でも発言をしやすい雰囲気作りを目指し、広く浅く利用者が誰でも持っている育成に対する「こだわり」にスポットをあてました。しかし前述のように、それらの多くは残念ながら「感覚・経験」に立脚したものであり、重みを持つためには競走成績という「実績」が伴わなければならないのが実状です。このことから今回は、本年の中央競馬2歳戦で上位にランクされた5名のBTC利用者にパネラーをお願いしました。

口火として、日高育成牧場のこだわりの一端を紹介し、その後パネラーの発言に移りました。育成規模やBTC利用経歴からもバラエティーのあるパネラーがそろい、期待どおり各人各様の育成に対するこだわりが紹介され、来場者からはそれらに対する質問もなされました。例えば、年内にどの程度まで1歳馬の調教を進めるのかということついても、スピードでハロン1313秒を求める方から、ハロン20秒までで十分と考えている方までおられます。成績を上げた方たちの言葉ですので説得力はありますが、各育成者がどの考えに共感するかは自由です。

つまりこの会ではそれらの正誤を問うのではなく、その多様性を参加者皆で認識するにとどめ、その中でヒントをつかむという形としました。参加した皆さんからは、活躍している他の育成者の方から参考になる考え方を聞け、質問も出来て役に立ったというコメントも聞かれました。

こういった「こだわり」は多岐にわたり、1回の会で言い尽くされるものではなく、今後もしばらく同様の切り口で、開催していきたいと考えています。次回からは、この会で紹介した日高育成牧場のこだわりや、出席の皆さんから披露されたこだわりについてお伝えしていこうと思います。