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子馬の取り扱いについて(生産)

 日高育成牧場では、3月末現在3頭のJRAホームブレッドが誕生しています。学校が春休みに入るこの時期には、主に獣医学科の大学生の研修も行なっています(写真1)。研修では馬の分娩に立ち会うほか、繁殖牝馬や子馬の管理を実際に体験してもらっています。ここ日高育成牧場では、生まれたばかりの当歳馬からもうすぐブリーズアップセールに上場される2歳の育成馬まで幅広い時期のサラブレッドを見ることができます。種付けを決めるための直腸検査や子馬の画像診断の研究、さらには育成馬の調教まで見てもらい、大学ではあまり経験できないサラブレッドという動物について間近に接してもらいながら学んでもらっています。さて、今回は日高育成牧場で行なっている子馬の取り扱いについてのお話です。

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写真1 直腸検査の実習の様子

子馬の取り扱いについての基本的な考え方

 育成期に順調に調教を積むためには、子馬の段階からの取り扱いが非常に重要になってきます。野生の馬の世界では「アルファ」と呼ばれるリーダーが群れを統制していますが、私たち馬を取り扱う人間が子馬の「アルファ」となるべくしつけていくことが、その後の子馬の取り扱いを容易にします。といっても、子馬のしつけは力ずくで行なうのではなく、「オン」と「オフ」を明確に示してやることが重要です。すなわち、ヒトが馬に何かを要求する際には強い態度で示し(「オン」)、馬が素直に指示に従った際にはすぐにプレッシャーを解除し(「オフ」)、「ヒトの言うことを聞けば居心地の良い場所に居られるんだ」という意識を馬に持たせていくのです。

 また、生後間もない子馬の特徴として、「身体が虚弱であること」が挙げられます。力ずくで無理やり扱うと怪我をしやすいのは当然として、他に成馬のように引き手のみで取り扱おうとすると力が1点にかかることになり頸椎を痛め、最悪の場合競走馬生命が絶たれることにもなりかねません。引き手を使用していわゆる「点」で扱うのではなく、身体がしっかりするまであえて引き手は使用せず、両腕を回しヒトの体が子馬に接する面積をなるべく多くして子馬の動きに追随する、すなわち「面」で子馬を扱うイメージが重要です。

子馬の引き馬について

 ①2人1組での引き馬

 前述のとおり、生後2週齢くらいまでは引き手を使用せず、「面」で子馬を扱うように意識します。子馬の肩から頸に手を回して、子馬が自発的に歩くことをサポートするイメージです。この時期に大切なのは、子馬に「ヒトと歩く時は肩の位置で」と意識付けさせることで、そのことが後々の引き馬をスムーズにします。子馬が立ち止まった時はお尻を軽く引っかくイメージで触り、前に進むよううながしてやります。この軽く引っかくというのは、母馬が子馬を乳房に誘導する際に鼻でお尻を刺激する自然な行為に近いものです。引き手はある程度子馬の身体がしっかりしてくる生後2週齢以降から使用します(写真2)。最初は止め具のない1本のロープを使用することで、放馬した際ロープが簡単に抜け落ちますので、子馬が引き手を踏んで頸椎を痛めるなどの事故を予防することができます。この時期の子馬は放馬しても母馬の元へ戻ってきますので、いかに事故を防ぐかが大切です。

 もう一つ大切なことは、なるべく子馬が小さいうちからヒトが多く手をかけてやることです。子馬を観察していると頻繁に横になって休息しますが、放牧地では十分に休息が取れない場合も多いです。そこで、例えば朝一旦放牧に出した後、昼間に一度馬房に入れ十分休息させ、午後再度放牧するようにします。そうすることで子馬に接する機会が増え、結果としてヒトに慣れた扱いやすい子馬にすることができます。

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写真2 引き手は2週齢以降から、止め具のない1本のロープを使用します。たとえ放馬しても引き手を踏んで頸椎を痛めるなどの事故を予防できます。

 ②1人で行なう親子の引き馬

 子馬が自ら進んで歩くようになったら、1人で親子を引き馬することができるようになります(写真3)。この場合、左手で母馬を引き、右腕は基本的に子馬の頸に回して保持し、子馬が立ち止まろうとした際には右手で肋骨を軽くたたいて刺激し前に進んだ場合はまた頸に回すことでスピードを調節します。プレッシャーの「オン」が肋骨の刺激、「オフ」が頸に手を回した状態というわけです。これを教えていくことで、馴致の際馬が脚などの扶助を理解しやすくなります。

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写真3 子馬が自ら歩くようになったら、1人で親子の引き馬ができるようになります

子馬の保定

 子馬の治療や削蹄を行なう際には、子馬を保定する必要があります。その場合にも、子馬を「点」ではなく「面」で扱うイメージが重要です。すなわち、馬房の中央で引き手のみで押さえるのではなく、馬房の壁を利用して子馬が移動できる方向を制限します。引き馬の時と同じく、ある程度身体がしっかりする生後2週齢以前は引き手を使用せず、万が一転倒した際に頸椎の損傷を防ぎます。削蹄などで前肢を挙上する際は、子馬は後退して逃げようとするので馬の後ろに壁を当てて保定します。反対に後肢を挙上する際は子馬は前に進もうとするため馬の前に馬房の壁を向けると上手く行きます。採血する際も後退する傾向があるため、壁を後ろに当てると良いでしょう。経鼻カテーテルの挿入など、壁を利用しても保定が困難な場合は、壁を横に当てながら片手で子馬の胸前を保持し、もう一方の手で尾を上方に挙げて保定します。

 保定時に重要なことは子馬を屈服させるのではなく、要求に従ったらただちにプレッシャーを「オフ」にし、納得させることです。それを繰り返すことで従順になり、必要最小限の保定で検査などを受け入れるようになります(写真4)。最も避けなくてはならないことは子馬を精神的に追い込んで、パニックに陥れてしまうことです。馬は記憶力の良い動物ですので、治療や削蹄の度に暴れる馬をわざわざ作ってしまうことになりかねません。

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写真4 子馬の超音波検査時の様子。

 以上、子馬の取り扱いについてお話させていただきました。子馬のうちからヒトが正しく取り扱っていれば、将来騎乗馴致を行なう段階での扱いやすさが格段に良くなります。ご参考にしていただけましたら幸いです。

●事務局より

2012JRAブリーズアップセールの調教DVD映像はこちらをご覧ください。