馬の本性とトレーニング(日高)
温暖化がいわれて久しいこの頃ですが、今年は例年になく寒い日が続いており、2月4日の朝にはマイナス23度となりました。この日、浦河町内の中杵臼にある観測地点では、観測史上初となるマイナス26.7度を記録したそうです。
このように寒さ厳しい立春の北海道ですが、朝6時にはうっすらと夜が白むようになり、陽も徐々に長くなってきています。抜けはじめた馬の冬毛にも、春が着実に訪れていることを感じています。
1月26、27日の2日間、購買担当者が来場して育成馬の検査を実施しました。この結果を元に、来るブリーズアップセールの売却馬名簿の順番が決められます。まずまず順調な育成馬の成長に、今後への期待も膨らみます。
年度ごとの調教進度を客観的に見るため、走行スピードと心拍数を関連させ、V200(心拍数が200拍/分のときの走行スピード)を測定します。今年は2月3、4日に約40頭に対して実施しました。目視によるラップタイム計測のため、騎乗者は目立つ服装をしています。馬はチャランダの08(牡、父:チーフベアハート)。
今回は馬のトレーニングと本性について考えてみたいと思います。
運動生理学のトレーニング理論では、トレーニング効果を得るためには以下の4つの基本的な原則があり、これは馬にもあてはまります。
1.過負荷の原則:日常の水準以上の負荷をする。
2.漸進性の原則:負荷は徐々に強めていく。
3.反復性の原則:負荷はくり返し行う。
4.個別性の法則:個々の体力、技術、性格に合わせて負荷を行う。
さて、人は名誉やお金(いわゆるハングリー精神)などいろいろな形のモチベーションを持ち、上記の原則を理解してトレーニングを前向きにこなすことができます。しかし、馬には、きついトレーニングを積極的に行う動機は存在しません。
競馬で疾走する馬のイメージから、多くの皆さんは「馬は走る動物である」という先入観をお持ちではないでしょうか。しかし基本的には、馬は安心して快適な場所を求め、特別な指示や刺激がなければ無駄な動きをしたがらない本性を持っています。私達を含め動物は皆同様でしょうが、人は頭で考えられる点が他の動物と異なっています。
そこで順調にトレーニングを負荷していくために考えなければならないのが、馬の精神面の管理です。ホースマンの金言に「馬をハッピーでフレッシュに保て」というものがあります。初めてこの言葉にふれた時、耳あたりのよい言葉で、当然のことと受け流してきました。しかし、最近サラブレッドのトレーニングにおけるその意味の重さをしみじみと感じています。毎日のトレーニングにより、競走馬として肉体的に鍛えられる馬達は、このような精神状態に保たなければそのトレーニングをなかなか継続できないのです。中には食欲が落ちたり、必要以上にイライラしたりで、体が細くなってしまう馬もでてきます。軽種の範疇に入るサラブレッドは、走る素因をより強く引き出すために改良を重ねられてきたため、他の品種に比べて精神的に繊細でもろくなっていることが要因であるようにも感じます。
こういったことから日高育成牧場では、騎乗馴致の段階から調教、トレーニングの段階に移行する年明けからは「走らされたのではなく走ってしまったと感じる調教」をキーフレーズに調教を進めています。意味するのは、ムチや必要以上の体重移動により無理やり馬を動かすのではなく、群れや先行馬について行こうとする馬の性質を利用して、結果として十分な運動をしてしまったという状況を作り出すということです。またトレーニングと休息とのメリハリをつけ、調教後には褒美としてえさを与えます。調教場所や内容に変化をもたせることは馬を飽きさせない意味でも大切です。こういった取り組みにより、毎日の調教が馬にとって嫌なものではなく、少しでも前向きになれる楽しいものになってほしいと考えています。
当然その前提として、馬の体内には走るためのエネルギーと気持ちが蓄積されていることが必要です。朝、馬房から放牧地に放された馬達が、気持ちよさそうにしばし駆け回るあの時の気持ち、状態をイメージしています。この観点からは、調教をやり過ぎないことも大切です。例えるならば、美味しい寿司でもおなか一杯食べると毎日は食べたくなくなるのと同様です。「腹八分目がどこか」を見定めるのは非常に困難ですが、そのためにも調教前後の馬の状態をよく観察することが必須ですし、前回述べさせていただいた科学の目の活用も大切です。
放牧されてしばらくは、馬達はフレッシュな気持ちで走り回ります。自ら動くこの精神状態をトレーニングにおいても保てるか、が課題です。
馬はなるべく動かず、落ち着いて草を食むことを好み、それを求める動物です。
1月末になると、週2回の1,000m屋内坂路でのスピード調教が定着します。3ハロンを18秒/ハロンで刻むスピード指示を出せるまでになっていますが、その指示は、馬が余裕を持って走れるスピードであり、無理をしなければ出せないものではありません。心拍数は200拍/分を越え、十分な負荷がかかっていると思いますが、走った後の発汗もほとんどなく馬はけろっとしています。こういった指示のもとで、綺麗に組めていた隊列の中に、行きたがって列を乱したり、我慢させるために騎乗者が背中を丸めたりする馬が多くなれば、それは1つ上のスピード指示を出せる体力がついた(力が溜まってきた)と判断しています。
1,000m屋内坂路での調教風景。シングルファイル(一列縦隊)で3ハロンを18秒/ハロンの指示です。先頭はタイムを刻み、後ろは群れをイメージする中で、距離2馬身を保ってしっかり追走します。元気のある馬は我慢することも求められます。競馬を想定したポジショニングの練習でもあります。先頭はチコリーベルの08(牝、父:ジャングルポケット)。
トレーニング自体に意義と必要性を理解することのできない馬達に、毎日の調教で気持ちよく前向きに走らせるためには「ハッピーでフレッシュ」な気持ちの維持は不可欠なのです。