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育成期のV200測定値(前編)(日高)

北海道浦河では、2月の1週目には最高気温がプラス5℃にも達し、4月上旬並みの春の陽気となり、馬服の下は少し汗ばんでいる馬もいるほど暖かい日もありましたが、再びマイナス10℃を下回る真冬日へと逆戻りしました。まだ大寒を過ぎたばかりで、春の訪れはやはり立春までは待たなければならないという現実を実感しています。

前回は“精神面のトレーニング”について触れましたが、今回は“トレーニング効果”について触れてみたいと思います。日高育成牧場では、トレーニング効果の指標として“V200”を毎年2月と4月に測定しています。そもそも“V200”とは1980年代にスエーデンのパーソン教授によって提唱された馬で用いられている持久力(有酸素能力)の指標のことであり、“心拍数が200 /に達した時のスピード”を意味します。ヒトの持久力の評価には、トレッドミルや自転車アルゴメーターで大型のマスクを装着して測定する最大酸素摂取量を指標としていますが、この測定には特殊機器を必要とするので、馬での測定は大きな研究施設でなければ困難です。そのために競走馬では、V200”や“VHRmax(最大心拍数に達した時のスピード)”を測定することによって持久力の評価が行われています。

このような馬の運動生理の研究に関して、日本のみならず世界の中心となっているのがJRA競走馬総合研究所であり、ここでの研究成果を育成調教に応用しているのがJRA育成牧場であります。

V200

V200測定時には、正確なラップタイムを計測するために騎乗者は目立つ上着を着ます。先頭からイキナオンナの09(牝 父:ディクタット)、シルクブラウニーの09(牝 父:アドマイヤムーン)、チャランダの09(牝 父:アラムシャー)、ジョイフルステージの09(牝 父:ジャングルポケット

馬が運動する際には、酸素を利用し多くのエネルギーを得る方法(有酸素的運動)と、短時間に限定されるものの酸素を利用せずにエネルギーを得る方法(無酸素的運動)があります。競走中のサラブレッドは1,000mのレースでさえエネルギーの70%が有酸素的に供給される(図1)ということからも、“持久力(有酸素能力)が高い馬”≒“競馬を有利に運ぶことができる”と考えられています。

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1:競走馬が距離別に必要とするエネルギーの割合(Eatonら)。短距離レースでもエネルギーの70%が、長距離レースではエネルギーの86%が有酸素的に供給されています。

そのために、育成馬や競走馬に対しては、調教中の心拍数とその時のスピードから持久力が推定できるVHRmax”や“V200”の測定による方法が応用されています。VHRmax”や“V200”も基本的には同じ考えに基づく指標ですが、“V200”は“追切り”のような最大強度を負荷する必要がないので育成馬に応用しやすいという利点があります。一方、出走に向けて“追い切り”を行っているような競走馬であれば“VHRmax”の方が応用しやすくなります。

このように述べるとVHRmax”や“V200”の測定値によって、その馬の走能力を予測できるのではないかとも考えられます。実際、現役競走馬での測定データでは、オープン馬は条件馬よりも高い傾向が認められたという試験結果(図2)もあります。

V200_2

2:現役競走馬における競走条件別のVHRmaxおよびV200の測定値(塩瀬ら)。両測定値ともに競走条件が上がるにつれて上昇しているのが分かります。

しかしながら、VHRmax”や“V200は異なる個体間での能力を比較するよりは、同じ馬のトレーニング効果を検証するのに適した指標と考えられています。その理由は、馬の最大心拍数には個体差があるためであり、特にV200”に関しては、最大心拍数が210/分の馬と230/分の馬では、同じ心拍数200 /分で走行した場合の相対的な負担度は若干異なる状態での比較となってしまうためです。また、競馬の勝敗は持久力以外の要因も左右するために、V200”の測定値のみによって競走成績を予測できる訳ではないことはいうまでもありません。

これらの理由のために、育成期におけるV200”の測定値を評価する時には、以下の点について注意する必要があります

1)V200”測定時において騎手のコントロール下でのスピード規定が難しいこと。

2)V200”測定値は馬の情動や騎乗者の体重あるいは技術の影響を受けること。

3)出走前の競走馬に対するトレーニング強度と異なり、育成期に行われているトレーニング強度では、V200”は調教が順調に進みさえすれば、ほとんどの馬がある程度の測定値にまで達すること(図3)。

このように“V200”の個々の測定値のみを評価することはあまり意味がありません。それでは、どのように“V200”の測定値をJRA育成牧場において利用しているかということ、および本年の“V200”の結果については次回に説明させていただきます。

V200_3

3:トレーニングと運動中の心拍数の関係:“V200”はトレーニング強度が上がればある程度の測定値にまで上昇します。