サマーセール購買馬の入厩と騎乗馴致の開始(日高)
9月5日~9日にかけて行われましたサマーセールで購買した41頭が9月14日と15日の両日に分かれて入厩しました。サマーセールが昨年よりも2週間遅く開催され、入厩も遅くなったために、馬達にとっては過ごしやすい気候下での入厩となりました。入厩翌日から昼夜放牧を開始しましたが、アブなどの吸血昆虫が姿を消した放牧地での馬達を見ていると、非常に快適に過ごしているように映ります(写真1)。2および3群として騎乗馴致を行う馬達には「天高く馬肥ゆる秋」という言葉のとおり馴致が始まるまでの間、馬らしく過ごし、心身ともに充実することを願っています。
写真1.「天高く馬肥ゆる秋」の言葉のとおり、馬達にとっては過ごしやすい季節での放牧となっています。
話はそれますが、「天高く馬肥ゆる秋」という言葉は、「秋は空が澄み渡って高く晴れ、馬は肥えてたくましくなる」という意味で、秋の好時節を例える表現として使われていますが、語源となっている漢語の「秋高馬肥」の意味は全く異なっています。紀元前の中国では、匈奴(きょうど)と呼ばれる北方騎馬民族が現在のモンゴルに当たる地域で遊牧生活を営んでいましたが、寒さが厳しい冬期には-20℃を下回り、その期間の食料調達は困難でした。そのために、牧草が生育する夏期に十分量の青草を食べさせ、秋の訪れとともに肥えてたくましくなった馬に乗って南下し、中国本土へ収穫物を強奪しに来るので警戒しなければならないという意味で使用されていたようです。つまり「空が澄み渡って高く晴れ、馬が肥えてたくましくなる頃には、北方騎馬民族が襲来する時期であるので警戒せよ」という戒めの故事成語です。このように、我々が日頃使っている意味と全く異なるのは、島国であるがゆえに異民族による侵略が少なかったという歴史的な証明であるとともに、美しい四季を感じられる季節に敏感な民族であることを意味しているようにも思われます。また、この意味の相違は、馬を飼育する地域あるいは環境が異なれば、馬の成長や発育時期等も異なることにも起因しているようにも考えられます。つまり、それぞれの地域あるいは環境によって、最適な飼育・管理方法も異なるということにも繋がるのでしょう。
さて、本題に入りますが、サマーセール購買馬の入厩の翌週より本年度の騎乗馴致を開始しました。騎乗馴致は20頭程度を3群に分け、それぞれ3週間程度時期をずらして実施する予定です。7月セールの購買馬を中心に馬体の発育等を参考に牡馬21頭を1群として、現在、騎乗馴致を実施しています。騎乗馴致のことをブレーキング(breaking)とよびますが、これは騎乗時に手綱を引いて馬が止まるブレーキ(brake)を馬に装着する意味ではなく、放牧地で培われた馬同士の約束事を壊し(break)、新たに人と馬との約束を構築することを意味します。通常、サラブレッドの騎乗馴致は1歳秋(9~11月)に行われることが多く、パッティング、引き馬、腹帯馴致(ローラーの装着;写真3)、ランジングおよびドライビングなどの過程を3週間程度かけて段階的に実施していきます(表1)。これらの過程を確実に実施した後に、馬房内での横乗り、馬房内騎乗、ペンでの騎乗を段階的に進めて、走路で落ち着いた騎乗ができるようになるまでさまざまな環境に慣らしていきます。
写真2.最初の騎乗とともに騎乗馴致の山場のひとつと考えられているローラー装着(腹帯馴致)時には、写真のように飛び跳ねる馬も少なくはありません。このような場合でも冷静に明確な指示を出すことが重要です。馬はニシノアリスの10(牡 父ステイゴールド)
表1.騎乗馴致までの流れの概略
馬は新しい物事に対して臆病であり、驚きやすい動物です。反面、自分に危害が及ばないことを理解すればかなりの物事に慣れる習性をもちます。そのためにも、馴致時の馬に対する指示を明確にし、態度や言葉を正しく理解してもらう必要があります。つまり、馬に問題を出して、考えさせた上で、答えが正解であれば褒めるという作業の繰り返しになります。例えば、馬が正しく指示に従った場合には、「~をやりなさい」というプレッシャーを即座に解除し、優しく声をかけてあげます。一方、正しく反応しない場合には、指示を継続するとともに「アッ!アッ!」というような注意を喚起する声を発し、正しくない行動を取ったことを馬に理解させます。馬は「懲戒」よりも「プレッシャーオフ」に対してモチベーションをもつ動物であることを理解する必要があります。しかし、馴致が順調に進んだとしても、馬にとってのストレスは多大なものになることが想像されます。特に、自然状態では経験することのない初めてのローラー装着(腹帯馴致)および騎乗のストレスは想像を絶するものでしょう。日高育成牧場ではこれらのストレスを考慮して、馴致終了後には放牧を行って、馬の心身のリラックスを図っています(写真4)。馴致後に放牧地で青草を食べている馬達を見ていると、草食動物である馬は刈り取った青草を食べるよりも、地面に生えている青草をむしり食べる行為によって本能的にリラックスが誘発されるのだと思わずにはいられません。
写真3.馴致が終わった後には放牧によってリラックスを図ります。地面に生えている青草をむしり食べる行為は本能的にリラックスを誘発させるのでしょう。