育成馬ブログ 生産編④
馬鼻肺炎ワクチンの効果
昨シーズンの日高管内における
馬鼻肺炎による流産発生頭数は例年より多い53頭、
今シーズンも1月14日時点ですでに9頭の発生が報告されています。
馬鼻肺炎の流産に対しては、
「適切な飼養管理(妊娠馬の隔離など)」
「ワクチン接種」
「流産発生を想定した準備」
が予防策の3本柱として極めて重要であり、
このうち1つでも欠かすことができません。
馬鼻肺炎の流産予防策の3本柱
このうちのワクチンについては、
正確な知識を持ったうえで
適切に接種することが馬の飼養管理者には求められます。
生産現場でこのような話を耳にすることがあります。
「馬鼻肺炎のワクチンは流産予防に効果がないのではないか?」
「ワクチン接種が流産をおこすのではないか?」
始めにお断りしておきますが、
これらの話は明らかに間違っています。
特に後者、
「ワクチン接種が流産を引き起こすこと」
は絶対にありません。
しかし、流産発生状況を見てみると、
ワクチン接種馬でも流産しています。
このことから、
ワクチンの流産予防効果を疑う人がいても
何ら不思議ではありません。
ワクチンの効果については
「馬鼻肺炎ウイルスの流産に対しては、
ワクチンでは完全には予防することができない」
というのが正確なところです。
では、なぜ完全に予防することができないのでしょうか?
それは馬鼻肺炎ウイルス(以下、EHV-1)の特性にあります。
EHV-1は免疫回避能力に長けているウイルスなのです。
どういうことでしょうか?
多くのウイルスや細菌などの病原体は、
免疫が備わったウマの体内に入った際には、
抗体や白血球などによる攻撃を受けることで
死滅もしくは病原性が減弱します。
一方、EHV-1の場合は
ウマのリンパ球内に入り込んで隠れることで、
抗体や白血球による攻撃から逃れ、
血液を介して子宮・胎盤にまで到達して流産を引き起こします。
したがって、ワクチンで十分な免疫が誘導されていても
流産が起こる場合があるのです。
EHV-1は免疫による攻撃を逃れる性質を有している。
だからといって
ワクチン接種が意味をなさないわけではありません。
馬鼻肺炎ワクチンに認められている重要な効果の1つに、
感染・発症したウマの鼻からのウイルス拡散の防止効果があります。
この効果をもたらす、
免疫のメカニズムの詳細は明らかではありませんが、
鼻粘膜において、リンパ球に入る前、
あるいはリンパ球から粘膜細胞に移行する際に
外に出たEHV-1を、
ワクチンによって誘導された抗体が攻撃することが
関与しているのかもしれません。
リンパ球の外に出たEHV-1を抗体や免疫細胞が攻撃する。
過去のブログ
https://blog.jra.jp/ikusei/2016/02/post-5999.html
でも触れたように、
EHV-1は多くのウマの神経節やリンパ節に潜伏しており、
それらが「再活性化」することで体内に拡がり
呼吸器症状や流産を引き起こします。
ただし、
再活性化は比較的多くのウマで
頻繁に起こっているらしいのですが、
流産発生頭数を考えると
「再活性化=必ず流産」ということではなさそうです。
しかし、1頭のウマが再活性化したEHV-1を
鼻からバラ撒くことで同居馬への感染が拡がり、
厩舎全体さらには牧場全体のウイルス量が増加することで、
流産発生リスクは確実に高まります。
このことから、ワクチン接種の効果としては、
再活性化した1頭のウマからの
ウイルス拡散を抑えることができて、
厩舎全体あるいは牧場全体の感染リスク、
ひいては流産発生リスクを減少させることだと考えられます。
ですから、
牧場内のワクチン接種プログラムを考慮する場合には、
「一部の妊娠馬だけ接種する」
「同居している空胎馬や当て馬には接種しない」
などといった考え方は、
このワクチンの効果的な使用法とは言えません。
可能な限り牧場全体のウマに接種することが望ましいのですが、
最低限、妊娠馬だけを他のウマから隔離した厩舎で飼養し、
妊娠馬全頭に確実にワクチンを接種する方法が推奨されます。
ワクチンではEHV-1の再活性化を防げないが、
ウイルス拡散を抑えることはできる。
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