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育成馬ブログ 生産編⑤(その1)

前回から引き続き「ケンタッキーの馬産」について

紹介していきたいと思います。

今回は、当歳馬の飼養管理についてお話します。

 

○当歳馬の飼養管理の違い

 

当歳馬の飼養管理の違いについて図1にまとめました。

米国では免疫を高めるため子馬に血漿製剤を、

牧場によっては全頭に対し、投与していました。

この血漿製剤は日本では市販されていないものです。

また、日本の日高地方では特に1~2月は寒いので

子馬に馬服を着せるのが一般的で、

牧場によってはインドアパドックが利用されていますが、

ケンタッキーでは暖かいので子馬に馬服を着せる必要がありませんでした。

同様の理由で日本では2ヶ月齢前後まで大きくなってから

親子での昼夜放牧が開始されるのが一般的ですが、

ケンタッキーでは2週齢前後から早くも昼夜放牧が開始されていました。

また、親子を一人で引く方法が日本と米国では異なり、

日本では人が真ん中になり、

子馬が右、母馬が左という引き方が一般的ですが、

米国では人が一番左に位置し、

子馬が真ん中、母馬が右という引き方をしていました。

 

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図1 当歳馬の飼養管理の違い

 

○新生子馬のベビーチェックと血漿製剤について

 

分娩翌朝に子馬は必ずベビーチェックと呼ばれる

獣医師による各種検査を受けていました。

内容は肋骨骨折、眼瞼内反、黄疸などの確認です(図2)。

さらに、子馬から採血し、血清中のIgG量を測定することで

移行免疫不全のチェックを行っていました。

その後、牧場によってはIgGの数値にかかわらず

子馬全頭に血漿製剤を投与していました。

これは、ロドコッカスなど子馬が感染しやすい病原体に対する

抗体価が高めたられた製品で、日本では市販されていません。

ケンタッキーは日高と比べて温暖で病原体の活性が高いせいか、

子馬の感染症が多い印象でした。

その予防手段の一つとして血漿製剤の投与が普及していました。

 

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図2 分娩翌朝に獣医師によるベビーチェックと血漿製剤の投与が行われる

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高④(その2)

●喉頭部超音波検査について

 

前回の内容に引き続き喉の話題となりますが、

今回は喉頭部超音波(エコー)検査について説明します。

 

日高および宮崎の両育成牧場では、

今年から育成馬全頭に対し喉頭部のエコー検査を行っています。

この検査は、喉頭片麻痺やその前駆病態の診断の指標として、

喉頭の動きを支配している

筋肉群(外側輪状被裂筋:CAL、背側輪状被裂筋:CAD)を

評価することの有用性を調査しています。

 

喉頭部エコーは以下のように枠場にて鎮静下で行われます(図1)。

 

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図1 喉頭部エコーの様子

 

喉頭片麻痺は被裂軟骨小角突起が外転機能不全を起こすことで

気道狭窄と呼吸障害を呈す疾患であり、

そのほとんどは迷走神経の枝の反回神経が障害され、

被裂軟骨の運動に関わる喉頭部の筋肉が麻痺に陥ることにより起こります。

この場合、CALやCADの筋組織全体が

萎縮および変性することが知られており、エコー検査により、

萎縮については断面積の低下として、

変性については輝度の増加(白っぽく見える)として描出されます。

 

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図2.CAL縦断面:正常像と比較して

喉頭片麻痺症例のCALの輝度が高い(色が白い)

 

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図3.CAD横断面:正常像と比較して

喉頭片麻痺症例のCADは薄く、輝度が高い。

 

このように、エコー検査は極めて有用な診断手法ですが、

単独でパフォーマンスへの影響の有無を判断することはできません。

そのため、安静時および運動時内視鏡、

さらに騎乗時の呼吸音やパフォーマンスなどの

総合的な診断が必要になります。

 

喉頭部エコー検査は近年その注目を集めていますが、

まだまだ研究途上の分野でもあり、

エコー所見と呼吸器異常との関連性には

明らかになっていないことが沢山あります。

日高・宮崎の両育成牧場では、

育成馬の喉頭部エコーと内視鏡のデータを併せて蓄積していくことで、

競走能力に影響を及ぼす呼吸器病態を解明し、

より早く、正確な診断を行えるよう研究を進めています。

活躍馬情報(事務局)

12月17日日曜日の中山2R(2歳未勝利)で、

日高育成牧場で育成されたエクレアハンター号が、

先手を奪ってそのまま突き放し、うれしい初勝利をあげました。

 

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12月17日 5回中山競馬6日目 第2R  2歳未勝利 ダ 1,800m

エクレアハンター号(ハンターズマークの15) 牡

【 厩舎:大和田 成 厩舎(美浦) 父:ノヴェリスト 】

 

今後のさらなる活躍を期待しております。

育成馬ブログ 日高④(その1)

●運動時内視鏡検査(overground endoscopy:OGE)について

 

今回のトピックは運動時内視鏡検査(以下OGE)についてです。

皆様ご存知の通り、競走馬の運動能力と呼吸器疾患は

切っても切り離せない関係にあります。

従来、呼吸器疾患に伴う異常呼吸音(“ヒューヒュー”という喘鳴音や、

”ゴロゴロ”という湿性の音など、様々なものを含む)は、

運動をしていない状態、いわゆる「安静時」に内視鏡で検査されてきました。

しかしながら、調教では異常呼吸音が聞こえるにも関わらず、

落ち着いた状態で行う安静時には異常が認められない、

という症例は少なくありません。

そこで、調教を行いながら内視鏡検査を行うために

近年導入された検査方法が、今回紹介するOGEです。

これを用いることにより、

安静時に認められない異常も診断できるようになりました(図1)。

 

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図1.赤字が安静時内視鏡では検査できないもの

 

OGEでは、バッテリーやポンプなどの機器を鞍下ゼッケンに収納し、

スコープ部分を頭絡に固定する

ポータブルタイプの内視鏡を使用します(図2,3)。

 

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図2.オーバーグラウンド内視鏡(DRS®:Optomed社製運動時内視鏡)

 

騎乗運動中に内視鏡検査を行えるため、

異常呼吸音の発生時の状況を再現した検査ができます。

そのため、安静時では異常所見が認められなかった馬でも、

OGEを実施して初めて原因を突き止められることがあります。

また、披裂軟骨の内転や不完全外転などの喉頭片麻痺の所見に加えて、

被裂喉頭蓋ヒダ虚脱や声帯虚脱といった、

OGEでのみ確認できる所見を発見することもできるようになりました。

現在日高育成牧場では、安静時内視鏡で異常が認められた馬や

調教時に異常呼吸音が認められた馬に対し、OGEを実施しています。

 

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図3.装着時

 

実際に認められるOGE所見には以下のようなものがあります。
① 喉頭片麻痺

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図4.左被裂軟骨小角突起が麻痺して

動かないことにより気道が狭くなっている

 

治療:喉頭形成術(Tie-back手術) 

 

② 軟口蓋背方変位(DDSP)

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図5.喉頭蓋が軟口蓋(赤丸)下に潜っている

 

治療:舌縛り、コーネルカラーの装着、Tie-forward手術

 

③ 被裂喉頭蓋ヒダ虚脱(ADAF)

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図6.被裂喉頭蓋ヒダ(黄矢印)が内側に虚脱している

 

治療:被裂喉頭蓋ヒダ切除術

 

④ 声帯虚脱(+喉頭片麻痺)

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図7.声帯(赤丸)が両側で内側に虚脱している

 
治療:声帯切除術(+喉頭片麻痺の程度によっては喉頭形成術)

 

呼吸器の機能異常は競走能力に大きく影響する可能性があるため、

競走馬として走ることを宿命に生まれてきたサラブレッドにとって

重大な問題です。

異常呼吸音を呈する疾病や所見が

パフォーマンスに及ぼす影響は様々ですが、

これらの症状に対して適切な処置を行うためには、

「正確な診断」が極めて重要であり、

それにはOGEによる運動時の診断が不可欠であると言えます。

さらに、現在日高育成牧場では

喉頭部の形態や機能異常をより詳細に評価するため、

喉頭部超音波検査も併せて行っています(次へ続く)。

活躍馬情報(事務局)

12月3日日曜日の阪神9R(万両賞)で、

宮崎育成牧場で育成されたヒシコスマー号が、

最後方から鋭い脚で全頭抜き去り、2勝目をあげました。

本年売却馬で初めての2勝馬となります。

 

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12月3日 5回阪神競馬2日目 第9R  万両賞 芝 1,400m

ヒシコスマー号(コスマグレースの15) 牡

【 厩舎:清水 久詞 厩舎(栗東) 父:ブラックタイド 】

 

今後のさらなる活躍を期待しております。