育成馬ブログ(生産①)
JRAホームブレッドの生産履歴
○通算100頭目のJRAホームブレッド
秋になり本年生まれた当歳馬たちも離乳の時期が近づいてきました。JRA日高育成牧場で生まれた100頭目のホームブレッドとなるユッコ2021(父:クリエイターⅡ)も、離乳に備えているところです(写真1)。今回はこれまで生産してきたJRAホームブレッドの生産履歴について、振り返ってみたいと思います。
写真1 100頭目のJRAホームブレッドとなるユッコ2021(父:クリエイターⅡ)
○受胎から出産までの損耗率
2009年から生産を始めたJRAホームブレッドが通算で100頭となったわけですが、受胎した馬がすべて無事に生まれてくるわけではありません。表1は、2009年から2021年までの13世代で受胎した111頭の中で、出産までに胎子が失われた件数を示しています。早期胚死滅や流産などが発生し、損耗率は9.9%でした。受胎馬の損耗率は13.8%【イギリス】(Rose, 2018)、14.7%【日高地方】(Miyakoshi, 2012)などの報告があることから、JRAホームブレッドの生産では損耗率を抑える管理ができているものと考えられます。損耗の原因の中で、その半数近くが胎齢約40日以内の喪失として定義される早期胚死滅が占めていました。胎子の喪失の中で、胎齢39日までの発生が55%、胎齢49日までの発生が75%を占めるという報告もあります(Bain, 1969)。これらの事実からも、早期胚死滅を防ぐ管理を行っていくことが、損耗率を低下させるためには非常に重要であることが示唆されます。早期胚死滅の発生率は加齢と共に上昇することが知られています(Miyakoshi, 2012)。このことから、繁殖成績(産駒の競走成績)の芳しくない高齢の繁殖牝馬は、更新することを検討すべきかもしれません。
表1 JRAホームブレッドの受胎から出産までの損耗率
(2009~2021年生まれの13世代)
○子馬の性別、出生時体重、妊娠期間
表2は子馬の性別、出生時体重、妊娠期間についてまとめたものを示しています。牡とめすの比率は、遺伝法則に従ってほぼ半分半分という結果になっています。年によっては片方の性別に偏り、離乳後の集団管理に支障が生じることもありましたが、長期的には比率が収束していくようです。子馬の出生時平均体重は53.2±6.7 kgでした。最大は66 kg、最小は29 kgとなっています。最小体重で生まれた子馬は、母馬が慢性的な蹄葉炎を患っていたために虚弱状態で生まれました。乳母により育てられることになりましたが、最終的には競走馬になっています。
平均妊娠期間は341.6±8.8日であり、最大363日、最小318日でした。いろいろな文献によって値が多少変わりますが、320~360日の間が正常の妊娠期間と考えられています。教科書では305日未満に生まれた子馬は生存できない状態であると言われており、320日未満に生まれたものは未熟な状態として定義されています。320日未満で生まれた馬は1頭いましたが、出生時の状態に問題なく、最終的に競走馬となりました。一方、360日を超えて生まれた馬も1頭でした。牛では妊娠期間が長くなると胎子が巨大化して難産の発生率が高まることが知られていますが、馬においては問題ないと言われています。363日の妊娠期間であったこの馬は、初子であったこともあり、出生時体重が43 kgでした。妊娠期間を決めるのは胎子の成熟度であると考えられており、当然個体差があります。分娩予定日は排卵日から340日後として設定されることが多く、その日から大きく外れると不安になることと思いますが、妊娠期間よりも出生後の子馬の状態を見極めることの方が重要であると考えられます。
表2 子馬の性別、出生時体重、妊娠期間
○受胎からBU上場までの損耗率
前述のように、受胎から出産までに約1割が損耗しますが、生まれてからも競走馬になれない馬が残念ながらいます。現在までのところ、2019年生まれの馬までがブリーズアップセール(BU)に上場されて売却されています。表3は受胎からBU上場までの間の損耗率を示しています。胎子喪失に加え、当歳時に死亡してしまったり、育成期の病気や怪我によりBUセールを欠場してしまったりした結果、損耗率は30%となっています。
表3 JRAホームブレッドの受胎からBU上場までの損耗率
(2009~2019年生まれの11世代)
出生からBU上場までをみてみると、82頭生まれた中でBU上場まで至った馬は63頭ですが、欠場馬の中で5頭が二次売却を経て競走馬となり、合計68頭が競走馬となりました。つまり、約8割が競走馬となったことになります。2020軽種馬統計によると、2017年に日本国内で生産されたサラブレッドは7,083頭であり、競馬に出走した頭数は6,432頭でした。日本国内全体で生まれてから競走馬となる馬の割合は約9割となります。このように、出生した馬の中で1~2割の馬が競走馬になれないことになります。せっかく生まれた馬が競走馬になれない時には、非常に悔しい思いをしますが、多くの生産牧場の方々が同じ思いを抱いている現状があるようです。
○ヨシオ号がアイドルホースオーディションで第1位
これまでの100頭の中で、最も獲得賞金が多いJRAホームブレッドはヨシオ号(2013年生まれ、父:ヨハネスブルグ、母フローラルホーム)となります。同馬は、2020年にオープン特別のジャニュアリーSを勝利し、現在までのところ1億5000万円以上の賞金を獲得しています。先日、JRA京都競馬場が実施した、アイドルホースオーディションでは、見事に第1位となりました(詳細はこちら)。応援していただいている多くの皆様に感謝申し上げます。
写真2 ヨシオ号の軌跡
このように現在は立派な競走馬となったヨシオ号ですが、出産直後の母馬が「母乳分泌不足」となったため、乳母に育てられた過去があります。これは、母馬が初産であったため乳房が上手く発達せず、子馬を育てるのに十分な母乳が作れなかったことによるものです。ホルモン剤処置を受けた乳母の協力を得て育ったヨシオ号が、これほどまでの活躍をしたことには、感慨深いものがあります。詳細はこちらの記事(①、②、③、④)でご確認ください。今後も多くの皆様に応援していただけるような馬を生産していきたいと思います。