« 2024年4月 | メイン | 2024年6月 »

2024年5月

2024年5月22日 (水)

東京農工大学における大動物臨床実習

 臨床医学研究室の黒田です。

 私が非常勤講師を担当している母校の東京農工大学の実習について紹介します。実習は5年生を対象に「大動物臨床実習応用編」として、3週にわたりJRA東京競馬場にて実施いたしました。1週目は馬の取り扱い、保定法、個体識別、触診について、2週目は採血法、予防注射、3週目はエコー検査、X線検査、内視鏡検査について授業と実習を行いました。なかなか、慣れない馬の取り扱いですが、授業を含めて皆さん真摯に取り組んでいただいたかと思います。正直、あまり真面目に授業を受けてこなかった私が言える立場にはないのですが・・・、母校ながら頼もしく感じております。当時の自分に会えるなら、「しっかり授業聞いとけよ!」と言い聞かせたいです。

3_2

授業風景

2内視鏡検査

 海外と比較すると繋養頭数の少ない日本では、馬の授業や実習は限られておりますので、将来の馬医療を支える人材育成のためにもこれらの授業は重要な機会と考えております。競走馬医療は、牛などの大動物医療や小動物医療とも異なるところが多くあります。トップアスリートの診療というところの魅力を学生の皆さんにお伝えできればと思っております。最終週には東京競馬場のバックグラウンド見学も実施しました。主に獣医師が業務を行うエリアを中心に、獣医師の開催業務について理解していただきました。私も学生時代からアルバイトもしておりましたが、東京競馬場はJRAの顔ともいえる競馬場であり、見学を行ったダービーウィークの芝馬場の美しさは世界的に見ても素晴らしいと感じております。東京競馬場に最も近い獣医学科のある大学として、将来の馬医療を担う人材が出てきてくれることを願っております。

1エコー検査
                                     

Img_6367_4パドック見学

                                                          

2024年5月17日 (金)

二つ足のヒツジと一つ足のウマ

 競走馬総合研究所の桑野です。


 毎年恒例ですが、桜のシーズンが過ぎると競走馬総合研究所ではヒツジたちの毛刈りが行われます。昨年一年間で伸びた羊毛を綺麗に刈って暑い季節に備えるのです。今年も毛刈りおじさんによる定番の風景を見ることができました。図1では脇の下を刈るためしっかり足を保定していますね。今回は視点を変えて、この羊の蹄を馬とそれと比較しながら小話をしてみましょう

Photo図1. 黄色矢印丸囲みが羊の足(蹄)です。

 正確にいうと蹄とは硬い角質だけを指すのではなく、その硬い角質に囲まれた骨も軟部組織も全てを含んだ呼び名です。要するに、蹄=足です。羊や牛といった反芻動物は、足が二つに別れていることになります。よって、足裏(蹄下面という)から眺めると、足が一つしかない馬とは随分様相が異なります(図2)。

2

図2. 左が羊、右が馬。どちらも蹄下面の所見

 

 足が二つと一つでは何が違うのでしょうか? これはかなり明確な差です。二つあると内側と外側にかなりの荷重差があったり、不整地で内外足の着く位置に高低差があったりしても、二つの足の間で緩衝することができます。

 羊はわざわざ崖を生活の拠点に選んだりはしませんが、凸凹した地面に割と平然と立っていられます。スイスの岩山では岩間に生える草を喰む野生の羊がいます。ところが、早く走ろうとすると二つ足は邪魔です。決して平らではない地面を素早く走ると、内外にかかる荷重バランスが一歩ごとに異なってくるでしょう。その内外の荷重の違いは二つ足の分かれ目に剪断力を生み出し、力を緩衝仕切れなくなります。素早い運動に対応するには、足は一個の方がいいです。

 猫科動物など素早く走る指が沢山ある動物でも、地面に踏着する主体的な領域は掌(てのひら)に相当する一つの肉球です。結局、素早く走る動物も足は一個で走っています。これは指が5本あっても足は一つの我々人間と同じですね。

 一方、足が一つの馬は不整地にずっと佇んだり、斜面に立ち続けるのは苦手です。足の内外バランスが不安定だと腱や靱帯を痛めることもありますし、私の経験ですが蹄負面(荷重がかかる蹄下面)の損傷も増えてきます。ところが、走るとなると踏着点が一点に集中でき、蹴る力をそのまま走力に転換することができます。馬は早くかつ長く走るのに特化した動物です。

 羊と同じ二つ足の牛は戦う動物と言われて“闘牛”という競技が成立します。一方、馬は逃げる動物と言われ、誰が一番早いかを競う“競馬”という競技が成立します。踏ん張るのに適した二つ足の動物と、早く走ることに適した一つ足の動物の違いが現れていると言えるでしょう。