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育成馬ブログ 生産編⑪ その2

前回(その1)に引き続き、

○ロドコッカス感染症への対策 その2

 

●肺のエコー検査

 米国では子馬が発熱した場合には必ず獣医師によるエコー検査が実施され、

肺に膿瘍ができていないか確認されていました(図3)。

また、発熱の有無にかかわらず、生後6週齢で全頭エコーによる

肺のスクリーニング検査を行っている牧場も多くありました。

膿瘍が発見された際にはロドコッカス感染症による肺炎と診断されます。

エコー検査では、下記のように膿瘍の大きさによりロドコッカス肺炎の程度が

評価されます(出典「Color Atlas of Diseases and Disorders of the

Foal」)。

グレード0:膿瘍が認められない
グレード1:膿瘍が1cm未満
グレード2:膿瘍が1~2cm
グレード3:膿瘍が2~3cm
グレード4:膿瘍が3~4cm
グレード5:膿瘍が4~5cm
グレード6:膿瘍が5~6cm
グレード7:膿瘍が6~7cm
グレード8:膿瘍が7~9cm
グレード9:膿瘍が9~11cm
グレード10:肺全体が侵されている

Photo図3 ロドコッカス肺炎が疑われる子馬には肺のエコー検査を行う

 

●治療に用いられる抗菌薬

 米国では、リファンピシンとクラリスロマイシンという抗菌薬の経口投与に

よる治療が一般的でした。クラリスロマイシンは我が国でも過去に使用されて

いましたが、日本の馬に投与すると重度な下痢を発症しやすいため、

現在は同系統(マクロライド系)のアジスロマイシンという抗菌薬が

使用されています。エコー検査で肺の膿瘍が縮小および消失が確認される

まで、1日2回経口投与します。

 

●スクリーニング検査で膿瘍が見つかったら治療する方法

 2011年の社台ホースクリニック・カンファレンスでノーザンファームの

長嶺夏子先生がロドコッカス感染症に対するスクリーニング検査に関する

調査を発表しています(タイトルは「R. equi.常在牧場における当歳馬の定期

肺エコー検査によるモニタリングとその効果」)。

それによると、生後4週齢で全頭に対し肺のエコー検査を実施し、

グレード3以上(膿瘍の大きさが2cm以上)だった子馬に

リファンピシンとアジスロマイシンによる治療をグレード1以下(

膿瘍が1cm未満)になるまで行うという方法で管理したところ、

早期発見・早期治療により抗菌薬の使用量が減少し、全体の治療費を

削減できたという結果でした。毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる

牧場ではこのような方法も有効かもしれません。

 

●ロドコッカス感染症対策のポイント

 以上より、ロドコッカス感染症対策のポイントをまとめます。日本では

血漿製剤が手に入らないため、それ以外でできる対策について記載します。

まず、生後3~12週齢(1~3ヶ月齢)の子馬は細菌感染に弱い状態である

ことを認識し、この時期は毎日検温するなど注意深く観察することが

重要です。また、子馬が発熱した場合にはロドコッカス感染症(肺炎)である

可能性を考慮し、獣医師に肺のエコー検査を依頼しましょう。

さらに、毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる牧場では、

生後4~6週齢(1~1.5ヶ月齢)で全頭にエコーによる肺のスクリーニング検査

を行うことで早期発見・早期治療に繋がり、結果的に治療費を削減できる

可能性があります。

 

今回の記事が子馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

 

Photo_3

育成馬ブログ 生産編⑪ その1

○ロドコッカス感染症への対策 その1

 

 暖かくなり、子馬のロドコッカス感染症(肺炎)が多発する時期と

なりました。今回は、JRA日高育成牧場および米国ケンタッキー州での

ロドコッカス感染症対策についてご紹介します。

 

●ロドコッカス感染症の好発時期と子馬の血清中のIgG量の変化

 ロドコッカス感染症はロドコッカス・エクイ菌(Rhodococcus equi.)

という細菌が原因の感染症で、出生直後よりも3~12週齢(1~3ヶ月齢)

での発症が多いことが知られています。細菌感染に対する免疫力の指標となる

子馬の血清中の抗体(IgG)量の変化をJRA日高育成牧場で

2014年から2017年に生まれた23頭の血清を用いて測定しました。

その結果、初乳を摂取したばかりの出生1日後をピークに、2ヶ月後まで

ゆるやかに減少していくことがわかりました(図1)。

この抗体(IgG)量が減少し免疫が低下する時期に土壌中などに生息する

ロドコッカス・エクイ菌に曝露されると、感染しやすく肺炎を発症しやすい

ということになります。そのため、生後3~12週齢(1~3ヶ月齢)の子馬は

細菌感染に弱いという認識を持ち、毎日検温するなど注意深く観察することが

この病気の早期発見・早期治療に対して重要なポイントとなります。

 

 

1

図1 子馬の血清中の抗体(IgG)量は出生2ヶ月後まで下がり続ける

 

●新生子馬に対する血漿製剤の投与

 米国では子馬が感染しやすい病原体に対する抗体価を高めた血漿製剤が

市販され、広く普及していました。中でもロドコッカス・エクイ菌に対する

抗体が入ったものは最も一般的でした(図2)。ダービーダンファームでは

出生翌日に全頭に対してロドコッカス・エクイ菌およびウェルシュ菌

(Clostridium perfringens)に対する抗体が入った製剤を、

そして生後1ヶ月齢でロドコッカス・エクイ菌のみに対する抗体が入った製剤を

投与していました。副作用は特に認められませんでした。

1本約300ドルと高価ですが、ひとたびロドコッカス感染症により肺炎を

発症すれば長期間に及ぶ抗菌薬の投与が必要となり、それ以上の経費が

かかるため、血漿製剤を打つことで予防できるなら結局経済的だという

考え方がなされていました。

 

 

1_2

図2 米国では市販の血漿製剤が普及している

 

●血漿製剤のロドコッカス肺炎の予防効果(ケンタッキー大学での調査)

 ケンタッキー大学の調査チームが過去に市販の血漿製剤のロドコッカス肺炎に

対する予防効果について発表しているので、ご紹介します(2015 AAEP

Proceedings p.37-38)。18頭の健康な当歳馬を用い、

半数の9頭を投与群とし生後48時間以内に血漿製剤を投与し、

もう半数の9頭はコントロール群として投与しませんでした。

そして全頭に生後48時間以降1週間以内にロドコッカス・エクイ菌を

人工的に暴露し、生後1~2週間の期間中に2回肺のエコー検査、

血液検査および気管支肺胞洗浄検査(BAL)を行い、肺の膿瘍のスコア、

血液中の白血球数、血小板数、フィブリノーゲンおよびIgG、

そして気管支肺胞洗浄液(BALF)中のIgGを測定しました。

その結果、エコー検査のスコア、血液中の白血球数、血小板数および

フィブリノーゲン濃度は全て血漿製剤を投与された群の値が

コントロール群の値よりも有意に低く、血清中およびBALF中のIgGは

血漿製剤を投与された群の値がコントロール群の値より有意に高いことが

わかりました。このことから、市販の血漿製剤は免疫力を高め、

ロドコッカス肺炎の予防に繋がる可能性が示されました。

このような調査研究の結果をもとに、米国の生産牧場では新生子馬に対する

血漿製剤の投与が普及していました。

(つづく)

活躍馬情報(事務局)

5月19日土曜日の新潟5R(3歳未勝利)で、

日高育成牧場で生産・育成されたファイアプルーフ号が、

最後の直線で粘り強さを見せ、ハナ差の勝負を競り勝ちました。

 

_201805195r_g

5月19日 1回新潟競馬7日目 第5R  3歳未勝利 芝 2,000m

ファイアプルーフ号(ビューティコマンダの15) 牡

【 厩舎:根本 康広 厩舎(美浦) 父:ケイムホーム 】

 

今後のさらなる活躍を期待しております。

育成馬ブログ 日高⑩

○2018JRAブリーズアップセールを振り返って

 

 4月24日に開催されました「2018JRAブリーズアップセール」には、

多数の関係者の皆様にご参加いただき誠にありがとうございました。

育成牧場の担当者としても、上場馬が多くのお客様から高評価を

いただけたことを感謝申し上げる次第です。

 私たち育成担当者にとってのセール当日の騎乗供覧は、昨年秋の

騎乗馴致から約8ヶ月に亘って行ってきた育成調教の成果を披露する

場として捉えています。今年の所感としては、セール史上最速の

上がり2ハロン22.4秒をマークしたNo.12ジョンコの16(父:ノヴェリスト)を

はじめ、なかにはゴール板を過ぎて向正面までスピードを落とさずに

走り切った馬もいるなど、中山の急坂を最後までスピードを落とさずに

走り切る馬が多かったように感じています。

  

1

ブリーズアップセール史上最速2F22.4秒をマークした

No.12 ジョンコの16 (父:ノヴェリスト ご購買者:島川隆哉様)

 

騎乗供覧動画

https://www.youtube.com/watch?v=f0JKIzD04hs

 

 この理由として、以前の当欄でも触れたように、昨年以上に負荷のかかる

調教を1歳時から継続的に実施できたことを一番の要因として考えています。

本年の上場馬に実施してきた調教の特徴をご紹介すると、

①負荷のかかる坂路コースでの調教回数を増やした。

②調教強度(スピード)の設定には、馬の状態や騎乗者の

 感覚だけではなく、乳酸値や心拍数などの客観的データを用いた。

③長い距離を乗り込むよりも、短い距離で強い負荷をかける調教を中心に行った。

 

 またこの他にも、BCS(ボディコンディションスコア)を最終的に

概ね5.0~5.5の範囲内にして、強い調教に耐えうる健全な馬体を

つくるように給餌量を調整してきました。

 もちろん、課題もあります。

 日高で育成調教した58頭のうち10頭を欠場させてしまいました。

原因の多くは運動器疾患であり種類や部位は様々ですが、

3頭が欠場に至った深管骨瘤については今後も発症馬についての

詳細な調査を重ねながら、適切な予後判定・予防・治療方法および

リハビリメニューの構築を目指していきたいと思います。

強い負荷をかけた調教を行いながら、欠場に至るような疾病を

予防することで、質量いずれも高いラインナップになるような

セールを目指して、今後も邁進していきます。

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

 JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。

当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。

皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として

活用させていただきます。

 アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

2018トレーニングセール欠場馬について(事務局)

○2018トレーニングセール欠場馬情報について(5/17(木)現在)

 

249. キアロディルーナの16    左前肢跛行のため

254. ユリオプスデイジーの16   両前浅屈腱炎のため

 

 上場馬は5頭になります。

 引き続きJRA育成馬をよろしくお願いいたします。

 

※2018 トレーニングセール 総合サイト

http://www.hba.or.jp/ts_2018/

2018トレーニングセール上場馬について(事務局)

 本年のJRAブリーズアップセールを欠場した以下の7頭を、

5月20日からJRA札幌競馬場で行われる2018トレーニングセールに

上場いたします。

 引き続きJRA育成馬をよろしくお願いいたします。

 

上場番号 育成馬名 性別
249 キアロディルーナの16 アポロキングダム
250 クラッシーシャーロットの16 ロードカナロア
251 ダイタクドクターの16 サウスヴィグラス
252 プランシングレディの16 シニスターミニスター
253 ベガフライトの16 ローエングリン
254 ユリオプスデイジーの16 ケイムホーム
255 エメラルドコーストの16 ディープブリランテ

 

※2018 トレーニングセール 総合サイト

http://www.hba.or.jp/ts_2018/

 

育成馬ブログ 生産編⑩

○デスロレリン注射剤を用いた発情誘起

 

 BCSの低い上がり馬など、春先にいつまでたっても卵胞が発育せず

排卵しなくて困った経験はないでしょうか?今回は妊娠中に骨折し、

分娩後デスロレリン注射剤を用いて発情誘起し、排卵に至った症例について

ご紹介します。

 

●卵胞が発育せず排卵しなくなる原因

 無排卵状態が続く原因として、高齢、日照不足、寒冷、栄養不足、

生殖器疾患などが挙げられます。

 

●妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬の一例

 JRA日高育成牧場において、分娩後に無排卵状態に陥った症例の

経過をご紹介します。

 同馬は3歳未勝利で引退し(引退の理由は両後肢の第3中足骨の骨折)、

昨年4歳で交配を行い受胎しました。妊娠7ヶ月目の昨年10月29日に

放牧地にて両後肢の第1趾骨を骨折し、螺子固定術を実施しました。

胎子の健全な発育を考慮すると放牧をしたいところですが、

運動制限(馬房内休養およびウォーキングマシンによる運動のみ)を

せざるを得ず、さらに疝痛予防の観点から濃厚飼料の給餌量は

必要最小限まで抑えられました。その結果、分娩時のBCS

(ボディコンディションスコア)は4点台まで下がりました。

3月2日に無事に健康な子馬を分娩できましたが、分娩後も依然として

BCSは増加せず(図1)、卵胞は約1ヶ月発育せず、排卵しませんでした。

このような馬に対して、排卵促進剤の一つであるデスロレリン注射剤

(150μgを1日2回筋肉内、卵胞が35~40mmに発育するまで、図2)

を投与すると、卵胞発育を促進させる効果があると考えられています。

このことから、この馬に対しても試してみたところ、開始から9日後の

超音波検査で卵胞が35mm程度に発育していることが確認され、

さらに交配前日に別の排卵促進剤(hCG、3000IU)を投与し、

4月13日に交配、翌日に排卵が確認されました。

なお、2週間後の妊娠鑑定で受胎が確認されています。

 

Photo

図1 妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬

 

Photo_2

図2 デスロレリン注射剤(輸入薬)

 

●発情誘起に対するデスロレリン注射剤の効果

 日高軽種馬農協の柴田獣医師らのグループが、2014年から2016年にかけて

87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いて行った調査によると、同法により

卵胞が35~40mmに発育した牝馬は68/87頭(78.2%)で、

その平均治療日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。

卵胞の発育後、交配から2日以内に排卵した牝馬は43/46頭(93.5%)と、

卵胞が発育してしまえばほとんどの牝馬が排卵に至ることがわかっています

が、受胎した牝馬は28/66頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。

しかしながら、排卵後に33/38頭(86.8%)の牝馬が正常な発情サイクルを

取り戻し、通常の方法での交配に移行できたことが確認されています。

詳しく知りたい方は、以下リンク先の2016年生産地シンポジウムの抄録

p.59-63をご覧ください。

 

http://keibokyo.com/wp-content/uploads/2016/06/16生産地シンポ抄録集.pdf

 

 何らかの原因により卵胞が発育しなくなってしまった牝馬の治療の

選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法がお役に立てば光栄です。

現在のところデスロレリン注射剤は国内では製造されておらず、

使用するためには海外から輸入しなくてはなりません。

この方法を試したい場合はかかりつけの獣医師にご相談ください。

活躍馬情報(事務局)

5月5日土曜日の京都6R(3歳500万下)で、

日高育成牧場で育成されたジュンドリーム号が、

最後の直線で鋭い伸びと粘りを見せ、2勝目を挙げました。

 

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5月5日 3回京都競馬5日目 第6R  3歳500万下 芝 1,400m

ジュンドリーム号(ディアコトミの15) 牝

【 厩舎:西村 真幸 厩舎(栗東) 父:トビーズコーナー 】

 

今後のさらなる活躍を期待しております。