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JRA宮崎育成牧場の公園地区は一般のお客様に開放されています。通常土日の14時からはポニー馬車の運行も実施され、日中はまだまだ暖かいこの時期は多くのお客様で賑わいます。
ポニー馬車の運行。
さて、今回は九州地区における、新たな獣医療施設※のオープンについてです。
九州地区における昨年のサラブレッド生産頭数は98頭で、そのほとんどが鹿児島・宮崎・熊本の南九州3県で行われています。全国的に見ると生産頭数(7516頭)の95%以上は北海道であり、九州地区は1.3%にすぎません。しかしながら、温暖な南九州地区は特に秋~春季の育成・休養の好適地であり、意外に多くの競走馬が滞在・繋養されています。育成関連団体の統計では、育成馬約250馬房、休養馬約390馬房のあわせて641馬房の受け入れ態勢があるのです。
このような国内でのサラブレッド繋養地としては北海道の他、生産地の青森県、JRAトレセンのある関東、関西地区があげられます。これらの近隣地区にはサラブレッドなど軽種馬を診療する拠点施設があるものですが、残念ながら、南九州地区はこれまでやや立ち遅れていたといえます。
本年9月の鹿児島大学付属動物病院における、JRA育成馬チアズフリートの07手術準備風景。施設が古く不便さは否めませんが、馬の手術になれたスタッフ、学生たちにより、手際よく進んでいきます(すでに育成馬は麻酔下で仰向けに寝ています)。
鹿児島大学農学部は以前より、馬の診療に積極的に取り組んでいます。ここ数年の軽種馬の手術実績としては関節鏡による剥離骨折やOCDの摘出術、喉の形成手術などが中心です。
今回の新しい診療センターには、ハイクリーン陽圧手術室があり、精密な防塵フィルター、デジタルレントゲンやX線Cアームが設置されていて手術中のX線撮影および透視ができます。その設備と清潔な環境により、これまではできなかった螺子固定術(骨折をボルトで固定する)も可能となります。
ハイクリーン陽圧手術室
写真のような螺子固定術も可能となります。
倒馬覚醒室:大型動物の全身麻酔導入(馬が倒れる)や覚醒(麻酔から覚めて起き上がる)には時として危険が伴い、二次的に骨折などを発症することもありえます。そのような危険を最小限に食い止めるため、周りをクッション材で囲むなど、さまざまな工夫がなされています。しっかりと麻酔導入された馬を手術台に移動させるためのクレーンも設置されています。
今後は施設稼動の準備に入り、4月にはいよいよ正式なオープンとなる予定です。同施設が南九州地区における馬医療基地としての役割を果たし、地方競馬の荒尾や佐賀の競走馬も含め、多くの軽種馬が安心して南九州での育成や調教に励むことができる環境が整ったといえるでしょう。それにより、南九州地区の生産および育成の基盤が強化され、軽種馬産業の維持・発展につながることと期待されます。
※中央競馬会が実施する特別振興事業として設立
12月初旬のJRA育成馬の調教風景です。2500mほどのキャンターをゆっくりとしたペースで、一団で走行中です。12月中旬現在では最後の3Fを併走で70~75秒ほどのペースで実施しています。先頭はゲイリーアミューズの07、左端の栗毛はカリカーの07、右端はビッグキャンドルの07。※前号で「挫折」をお知らせしたキャンドルもすっかり立ち直っています。詳しくは後日お知らせします。
12月14日(日)の中山競馬第4日第2レース(2歳未勝利戦 芝1,800m)において、エストシャイン号(育成馬名:チケットトゥフライの06、父:ブライアンズタイム、牝馬、本間忍厩舎、馬主:橋川欣司氏)が優勝しました。現在のところ、JRA育成馬は中央競馬で8頭が10勝をあげています。
12月6日(土)の阪神競馬第1日第1レース(2歳未勝利戦 ダート1,400m)において、ユーセイヤマトオー号(育成馬名:ハートフルソングの06、父:クロフネ、牡馬、岩本市三厩舎、馬主:㈲アサヒクラブ氏)が優勝しました。現在のところ、JRA育成馬は中央競馬で7頭が9勝をあげています。
11月下旬にまとまった雪が降り、すっかり冬景色の日高育成牧場です。まだ根雪とはならないでしょうが、車の運転に気が抜けない季節になりました。
11月18,19日の2日間、本部職員が来場して育成馬検査が実施されました。購買してから馴致を経た育成馬の成長状況を把握すると共に、これまで実施した内視鏡やレントゲン、超音波などによる検査で確認された疾病に対して今後の対応を決定します。
育成は概ね順調との判断でしたが、内視鏡検査で確認されたサブノリアルの07(父:クロフネ)の喉頭蓋下膿胞(喉に膿の入った袋ができる病気)に対して、年内に切除手術を行うことになりました。喉頭蓋下膿胞は、完治すれば競走馬としての将来には影響のないものです。こういった手術はもちろん、育成馬全頭の各種検査の内容についてもBUセールの際にお配りする「育成馬個体情報」に掲載されることになります。
・雪景色の中での調教後のクーリングダウン。
さて、前回に引き続き、2頭の活躍馬セイウンワンダー号(以後セイウン、牡2歳:父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)、ナイキハイグレード号(以後ナイキ、牡2歳:父アグネスタキオン、母ダイアモンドコア)の育成期間について見ていきます。
・セイウンの体重の推移です。
両馬とも育成計画に準じた調教をこなしながら概ね順調な成長をみせ、500Kgを超える大型馬となりました。成長曲線では、どちらも10月下旬から12月上旬にかけてやや足踏み状態がみられます。これは育成馬全体に見られる傾向ですが、騎乗馴致に伴い放牧中心の管理から、舎飼中心の管理に移行することで腸管の滞留食物量が少なくなる点(草腹の解消)、馴致前後の精神的、肉体的負荷が要因であろうと考えています。育成牧場ではこの成長の停滞傾向をなるべく少なくし、より滑らかな成長曲線を描けるように飼養管理、運動管理に配慮しています。
似たような成長曲線を描いて成長した2頭ですが、馬体から受ける2歳4月時点での印象はまったく違っていました。写真にあるようにセイウンは成長によりキ甲が抜け、体高と馬体に伸びが出たことで、スッキリとした素軽い印象を受けます。父グラスワンダーではなく、まさに母父のサンデーサイレンスが強く出たイメージに成長しました。
一方ナイキは筋肉質でガッチリしており、購買時と比べて伸びは出たものの、どちらかといえば詰まった体型が残り、これも父アグネスタキオンではなくミスプロ系の母父ジェイドロバリーが強く出てきたように感じました。
・3月下旬のセイウン。すらっとした伸びのある大型馬(体高162cm、体重518kg 4/11計測)。
・3月下旬のナイキ。がっちりとした詰まった体型(体高158.5cm、体重510kg 4/11計測)。
次に、測定時点の体力指標の1つであるV200値(心拍数が200回/分となる時の馬の走行スピードを分速で表示したもの)を見てみましょう。測定は2歳の2月、4月の上旬に行いました。
・先頭左がV200測定のための規定運動を行うナイキ。2列縦隊でスピードを段階的に上げ、その時の心拍数を測定します。
・グラフは右肩上がりで、2月上旬から4月上旬にかけて体力が向上したことがわかります。
V200値には個体差が大きく、4月の測定では550~850m/分程度の幅がありました。その中で両馬ともほぼ平均的な推移を示しており、測定時点では他の育成馬と比べ特に飛びぬけた体力を持っていたわけではなく、両馬を比べても大きな差はなかったと考えられます。
上記の比較では2頭に大きな差は見られませんが、実際に馬に接してきた私達は、この2頭の性格にはずいぶん違った印象を受けました。端的にいえば、セイウンは「ピリッ」とした、ナイキは「オットリ」したイメージです。
セイウンは調教での素軽い動きもさることながら、馬房の中でも落ち着かない面があり、馬房に人が入るとすぐにちょっかいを出し、人が強い態度で接しなければ、いつでもボスの座を狙っているというタイプでした。プライドが高いのか頭を触られることを嫌い、騎乗担当者は頭絡をつけるのに最後まで苦労させられました。
一方ナイキは、オットリした馬でBTC生徒の騎乗実習にも使用できるタイプの馬でした。しかし、普段の調教後に「乗りやすいです」「重いぐらいです」などと答える生徒が坂路調教の後では「抑えるのが精一杯です」「手がしびれました」と息を切らして返事をしたのが強く印象に残っています。また、引き馬での坂路調教の帰りには、入れ込みがきつく暴れて放馬したこともありました。生徒の気の弱さ、技術面の未熟さは差し引いても、その変貌振りから気持ちの奥底に何かを秘めているのではないかと期待させてくれました。残念ながら育成期間中は、坂路以外で本来の実力と輝きを見せてくれたことはありませんでした。
当たり前のことですが、活躍する馬には性格的にも肉体的にも色々なタイプがおり、育成段階で活躍するかどうかを断じることは非常に難しいことです。不可能といっても過言ではないかもしれませんし、解らないから競馬という選抜手法を用いているともいえるわけです。
そういった中で、血統だけでなく色々な角度から各馬の実力を推測できることが競馬の面白さ・楽しさの大きな要素です。JRA育成馬は、BUセールにおいて育成段階の情報を購買者に伝えることで、安心と共に馬所有の夢を膨らませていただきたいと考えています。
また、この馬達はそれぞれ個性的な馬でしたが、順調に調教を進めることが出来たことが大切なことだと思います。加えて、我々育成を担当する者は、すべての馬達に分け隔てなく接し、健康・調教管理にベストを尽くすことで、競馬へのステップに引き継ぐ姿勢を保つことの重要性を再認識させられました。
もちろんその取り組みから得られた科学的なデータや感じたこと、技術的なノウハウを広く伝えていくことが我々JRAの育成牧場の使命でもあるわけです。
前々回の宮崎からの日誌で、無事宮崎入りした「ビッグキャンドルの07(通称キャンドル・牝馬)」の近況をお伝えしました。そのキャンドルにいきなりの試練が訪れましたので、振り返りになりますが、9月のキャンドルの日記を紹介します。
キャンドル(右端)ら3頭の放牧直後の様子。食欲旺盛な彼女は、放牧するとまずは走り回るよりも、食欲が優先のようです。おいしい青草を一心不乱に食べ続けます。
9月9日 放牧仲間のプレミアさんとトレヴィさんは走ることが大好き。特にトレヴィさんはいつも元気一杯。最初は付きあっていたけれど、さすがに疲れちゃって・・・・。それでも走り回って、追いかけてくるの。蹴りを入れても追いかけてくるし。逃げ回っていたら、ちょっと筋肉を傷めたみたいで歩くと痛いです。朝、育成牧場の人が放牧地に迎えに来てみんなで厩舎に帰るのだけど、みんな私の歩き方をみて「まずい」って言っています。厩舎に着いたら獣医さん?が来て、痛いところを押すから飛び上がっちゃいました。そして頚に注射を打たれました。夕方、みんなはうれしそうに放牧に行ったのに、なぜか私だけ厩舎に居残り。「休馬」だそうです。なんだか、とっても不安。
騎乗馴致がはじまる前の育成馬たちは、放牧地で集団管理されています。ここで馬同士は互いの影響も受けつつ、思い思いに走り回り、自然の「運動」を実施することで、骨、筋肉、腱が発達し、心肺機能も高まります。また仲間同士でじゃれあって、蹴ったり蹴られたり、噛み付いたり噛まれたりする「遊び」の中で、競走馬として必要な競争心や勇気、前向きな性格が育まれているとも考えられます。このような「運動」や「遊び」は牡馬の群れの方がより活発にみられる傾向がありますが、今回の牝馬3頭の群れは牡馬に負けず劣らずの活発ぶりで、いわゆる「やんちゃ」なグループです。
やんちゃ仲間のトレヴィさんが原因かどうかは分かりませんが、キャンドルはこの日「右肩違和」と診断されました。キャンドルに限らず育成馬たちは、少々痛くても放牧地ではまた走ってしまい、症状が悪化する可能性が高いため、今晩は放牧をやめて馬房内休養が必要と判断されました。入厩5日目にしていきなりの試練です。 ※次号に続く。