初乳の重要性~「移行免疫不全」について~(生産)
日高育成牧場では、2月23日に今年初となるJRAホームブレッドが誕生しました(写真1)。予定日はちょうど1週間ちがったのですが、1頭の分娩が終わるとそれに触発されたのか隣の馬房で見ていた次の1頭にも陣痛が来て分娩を始めました。視覚?嗅覚?それとも別の何か?馬の分娩を誘発する物質があるのでしょうか。馬の繁殖のメカニズムにはまだまだ未知の部分が多く、我々の研究テーマは尽きることがありません。さて、今回は、新生子馬にとって問題となる「移行免疫不全」のお話です。
写真1 今年のJRAホームブレッド第1号「ドリームニキハートの12」
(めす、父アルデバラン、母の父チーフベアハート)
「移行免疫不全」とは
有名な話ですが、馬の胎盤の構造はヒトと異なるため、妊娠中に母馬の抗体(免疫グロブリン)が血液を介して子馬には移行せず、初乳を摂取することで初めて子馬は抗体を獲得します。生後2週齢から子馬自身で抗体を産生し始めますが、その量は約3ヶ月齢までは十分ではないと言われています。ですので、いかに良質の初乳を子馬に摂取させるかが生後まもない子馬の感染症予防の観点から重要になります。もう少し詳しく言えば、母馬に対しては分娩予定日の1~2ヶ月前までに各種ワクチン(馬インフルエンザ、馬ロタウイルス、破傷風、馬鼻肺炎など)を接種しておくと、高濃度の免疫グロブリンを子馬に移行させることができます。また、環境中の細菌やウイルスの抗体を作るために、子馬が生まれた後親子を放牧する予定のパドックなどに同じく分娩1ヶ月前までに放牧しておくと良いでしょう。
母馬の乳汁を用いた検査
子馬は初乳さえ飲めば問題ないかと言えば、実はそうではありません。母馬の出す初乳の質が常に良いとは限らないからです。分娩前に漏乳していたりすると、初乳中の免疫グロブリンがすでに流出してしまっており十分でないことがあります。初乳の質は見た目でもある程度判断できますが(写真2)、初乳に含まれる免疫グロブリンの量をより正確に推測するには、糖度計を用いたBrix値を指標とすることを推奨します。初乳のBrix値が20%以上であれば免疫グロブリンの豊富な良質の初乳と推測することができます。このBrix値は、子馬が十分初乳を摂取したかどうかを推測することにも利用できます。「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩10~12時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10以上であれば十分量の抗体が移行したと推測できます。もし、その値が10未満であれば子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断されます。
※Brix値についてはこちらをご参照下さい。
写真2 良質の初乳は「緑がかった黄色」に見えます
子馬の血液を用いた検査
前述の母馬の乳汁を用いた検査はあくまでも推定で、厳密に言えば子馬の血液中の免疫グロブリンを測定することが望ましいと言えます。しかしながら、現在のところ免疫グロブリンそのものを測定するには外部の検査機関に依頼することになりますが、すぐには結果が出ません。子馬が初乳を吸収できるのは生後24時間以内と言われており、結果を待ってからストックしてある初乳を飲ませようと思っても遅いということになってしまいます。そこで、簡易に子馬の血液中の免疫グロブリンを測定する方法として、「グルタルアルデヒド凝集反応」があります。この方法は、グルタルアルデヒドという消毒薬や固定液として使われる試薬を子馬の血清と混ぜて、血清が固まる時間から免疫グロブリン量を推定するという方法です。この方法は獣医師による検査が必要ですが、詳細は下記の通りです。
1. グルタルアルデヒドを純水で10%に希釈した溶液を用意する
2. 血清500μℓに10%グルタルアルデヒドを50μℓ加える
3. 血清が固まる時間を測る
4. 10分以内で固まればIgGは800mg/mℓ以上(優良)
5. 60分以内で固まればIgGは400~800mg/mℓ(可)
写真3 子馬の血液中に十分な抗体が移行していれば血清が固まります
「移行免疫不全」の治療法
①冷凍初乳の投与
前述の「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩10~12時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10未満の場合、もしくは「グルタルアルデヒド凝集反応」で血清が固まる時間が60分以上かかる場合には子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断され、治療が必要になります。
まず推奨されるのがストックしておいた初乳を飲ませるという方法です。初乳をストックする方法は、まず対象馬ですが初産や高齢の繁殖牝馬では初乳の質は良くても量が十分でない場合があるので避けます。また、過去に新生子溶血性貧血(新生子黄疸)を起こしたことのある繁殖牝馬も避けます。1頭の繁殖牝馬から25%以上のBrix値を持つ初乳を500mℓ採乳することを目安とします。搾乳の前にタオルなどで乳房を拭き、ボウルなどで乳汁を受けます。ガーゼなどで濾過してゴミを除去し、ジップロックなど密閉できる容器で保存します。100mℓずつ小分けにしておくと、投与の際量がわかりやすくて便利です。一般の家庭用冷蔵庫では1年間程度は品質を保っていられます。解凍する際は自然解凍かぬるま湯を用いて行なって下さい。電子レンジなどを用いて高温にしてしまうと、たんぱく質が変性してしまうため、せっかくの初乳が台無しになってしまいます。投与は哺乳瓶などで500~1000mℓ与えますが、子馬が飲まない場合は獣医師を呼び経鼻カテーテルを用いて強制的に投与する必要があります。子馬が初乳を吸収できるのは生後24時間以内と言われており、中でも6時間までの吸収率が最も高いと言われています。ですので、初乳の投与は遅くとも生後24時間以内、可能であれば12時間以内、理想的には6時間以内に実施します。
②血漿輸血
初乳のストックがない場合、もしくは冷凍初乳を投与したにもかかわらず「グルタルアルデヒド凝集反応」の結果が改善されない場合は「血漿輸血」を考慮しなくてはなりません(写真4)。海外では血液型不適合の起こらないユニバーサルドナーの血液を用いた輸血用血漿製剤が市販されていますが、日本国内ではありません。ショックなどの副作用もありますので、あくまでも保存初乳の投与を第一選択として考えるべきです。
写真4 血漿輸血の様子
新生子馬は感染症に弱く、成馬であればただの熱発で済むようなものでも、肺炎や化膿性関節炎など重篤になる恐れがあります。子馬の免疫状態を正しく把握しておくことが、子馬の将来のために非常に重要です。