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育成馬ブログ 生産編⑥(その2)

前回は繁殖牝馬の獣医療についてお話をしましたが、

今回は子馬の獣医療についてお話します。

 

○子馬のロドコッカス肺炎

 

子馬の感染症の中でも、特に多かった印象だったのがロドコッカス肺炎です。

子馬が発熱した場合には必ず獣医師によるエコー検査が実施され、

肺に膿瘍ができていないか確認されます。

また、発熱の有無にかかわらず、生後6週齢で

全頭エコーによる肺のスクリーニング検査を行っている牧場も多くありました。

膿瘍が発見された際にはロドコッカス菌による肺炎と診断され、

リファンピシンとクラリスロマイシン(注)という

抗菌薬の経口投与による治療が一般的でした(図3)。

注:クラリスロマイシンは我が国でも過去に使用されていましたが、

  日本の馬に投与すると重度な下痢を発症しやすいため、

  現在は同系統(マクロライド系)のアジスロマイシンという

  抗菌薬が使用されています。

 

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図3 ロドコッカス肺炎が疑われる子馬には肺のエコー検査

 

○子馬の肢軸異常に対する処置

 

子馬の肢軸異常に関しては、月1回獣医師が牧場に来場し、

子馬全頭の肢軸をチェックしていました。

そこで必要と判断された子馬に対しては、成長板と呼ばれる骨が

成長する部分をまたいで螺子を入れる矯正手術が実施されます。

球節は当歳の3~4ヶ月齢で

第三中手骨および中足骨遠位の成長板の成長が停止するため、

手術の判断はその前(おおよそ2ヶ月齢まで)になされていました。

腕節は1歳が手術適期とされていましたが、

重度な肢軸異常がある場合は球節と同時に手術が実施されます。

そして、手術の4~6週間後に

肢軸の矯正度合を確認してから螺子が抜去されます(図4)。

 

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図4 獣医師がチェックし、必要と判断された子馬は肢軸矯正手術を受ける

 

○ケンタッキーの馬産まとめ

 

ケンタッキーの馬産について図5にまとめます。

まず分娩は積極的に介助し、

母馬に全頭に鎮痛剤を投与するなど

お産を軽くして早く次の妊娠に備えるという考え方がなされていました。

また、獣医学的知識を活かした適切な診断・治療が行われていました。

早期に昼夜放牧を開始し、

丈夫な体質の馬を作るという考え方がなされていました。

さらに肢軸異常は早期発見・治療し、

将来競走馬となった時の故障を防ぐという措置が行われていました。

これらをまとめますと、

ケンタッキーの馬産の特徴は

肥沃な土壌と温暖な気候を活かした合理的な飼養管理と言えます。

5回に亘って連載してきたケンタッキーの馬産について以上となります。

ご愛読ありがとうございました。

 

Photo_5図5 肥沃な土壌と温暖な気候を活かした合理的な飼養管理が特徴

育成馬ブログ 生産編⑥(その1)

前回から引き続き「ケンタッキーの馬産」について

紹介していきたいと思います。

最終回となる今回は、繁殖牝馬と子馬の獣医療についてお話します。

 

○繁殖牝馬は基本的に全頭陰部縫合(キャスリック)

 

陰部縫合いわゆるキャスリックは、

子宮内に空気が入るのを防ぎ受胎率を向上させる手技の一つで、

日本では陰部のコンフォメーションが悪い場合など

必要な馬のみに実施されています。

ケンタッキーでは、オーナーがアメリカ人の牧場では

基本的に繁殖牝馬全頭に対して実施されていました。

一方、オーナーがアメリカ人以外の牧場では、

日本と同様必要な馬のみに実施されていました。

通常、縫合は分娩後および種付後に獣医師が行い、

切開は分娩前および種付前にマネージャーが実施します(図1)。

 

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図1 繁殖牝馬は基本的に全頭陰部縫合(キャスリック)

 

○子宮内膜炎の診断と治療

 

繁殖牝馬の不受胎の原因になる子宮内膜炎については、

すべての症例で子宮スワブが採材され、

細菌培養検査および抗菌薬感受性試験を実施し、

検出された細菌およびその細菌に対して

有効な抗菌薬を同定した上で治療が行われていました。

図2のグラフは

ケンタッキー州内の馬病院での子宮スワブ検査で検出された細菌ですが、

日本と同じく連鎖球菌および大腸菌が多いことがわかります。

 

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図2 子宮内膜炎に対しては全ての症例でスワブ検査が行われていた

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑤

●ボディコンディションスコア(BCS)

 

日高育成牧場では、育成馬(当歳~2歳)と

繫殖牝馬に対して毎月1回(後期育成では月2回)の

ボディコンディションスコア(BCS)の評価を行うことで、

栄養状態の把握および給餌量の設定をしています。

今回のブログでは、このBCSについて説明します。

 

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後期育成馬に対するBCS評価は毎月2回実施している。

 

○BCSとは?

 

「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」

このような疑問は、育成馬の飼養管理者にとっては

常日頃から頭を悩ませるものです。

 

飼料の給与量について考える際には、

その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を

与えているか否かが重要ポイントの1つになります。

人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、

不足する場合には痩せていくことになります。

もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、

エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態や

調教のパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、

それを見極めるために重要な指標の1つが

ボディコンディションスコア(BCS)なのです。

 

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、

脂肪がほとんど無く、削痩している状態の1点から、

極度の肥満の9点までの数値を用います。

例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に

「太っている」「やせている」という言葉ではなく、

「BCS8」「BCS3」という数値で表します。

 

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○BCSの見方

 

馬のBCSは、馬体の6つの部位

「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を

対象としており、

これらの部位を観察して、実際に触ることにより、

脂肪の付き具合を確認します。

 

BCSを測定するためのポイントは、

これら6部位の骨の構造を理解することです。

やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、

もしくは骨を容易に触ることができます。

一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、

骨が見えない、もしくは触ることができません。

背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、

もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。

例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、

BCS5になります。

 

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4bcs

肋部のBCS5(普通):肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

 

さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。

例えば、脂肪がある程度ついているものの、

厚みがそれほどない場合には

弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。

一方、それよりも脂肪量が多く、

触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、

「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

 

○BCS(ボディコンディションスコア)

 

BCS 1 (削痩)

・脊椎(胸椎、腰椎)の突起や

 肋骨、股関節結節、座骨結節は顕著に突出している。

・き甲、肩、頸の骨構造が容易に認められる。

・脂肪組織はどの部分にも触知できない。

 

BCS 2 (非常にやせている)

・脊椎(胸椎、腰椎)の突起や

 肋骨、股関節結節、座骨結節などが突出している。

・き甲、肩、頸の骨構造がわずかに認められる。

 

Bcs2

 

BCS 3 (やせている)

・肋骨をわずかな脂肪が覆う。

・脊椎の突起や肋骨は容易に識別できる。

・股関節結節は丸みを帯びるが容易に見分けられる。

 座骨結節は見分けられない。

・尾根は突出しているが、個々の椎骨は識別できない。

・き甲、肩、頸の区分が明確である。

 

Bcs3

 

BCS 4 (少しやせている)

・肋骨がかすかに識別できる。

・背に沿って脊椎の突起が触知できる。

・尾根周囲には脂肪が触知できる。

 

Bcs4

 

BCS 5 (普通)

・肋骨は見分けられないが触れると簡単にわかる。

・背中央は平ら。

・き甲周囲は丸みを帯びるようにみえる。

・肩はなめらかに馬体へ移行する。

・尾根周囲の脂肪はスポンジ状。

 

Bcs5

 

BCS 6(少し肉付きが良い)

・肋骨上の脂肪はスポンジ状。

・背中央にわずかな凹みがある。

・き甲の両側、肩周辺や頸筋に脂肪が蓄積し始める。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs6

 

BCS 7(肉付きが良い)

・個々の肋骨は触知できるが、肋間は脂肪で占められている。

・背中央は凹む。

・き甲周囲、肩後方部や頸筋に脂肪が蓄積する。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs7

 

BCS 8(肥満)

・肋骨の触知は困難。

・背中央は凹む。

・き甲周囲は脂肪で充満。肩後方は脂肪が蓄積し平坦。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs8

 

BCS 9 (極度の肥満)

・肋周辺を脂肪が覆う。

・背中央は明瞭に凹む。

・尾根周辺、き甲、肩後方および頸筋は脂肪で膨らむ。

・ひばらは隆起し平坦。

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。

当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。

様からいただきましたご意見は、

JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。

 

アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

活躍馬情報(事務局)

1月14日日曜日の中山5R(3歳未勝利)で、

宮崎育成牧場で育成されたモルフェオルフェ号が、

先手を奪って軽快に逃げ、うれしい初勝利をあげました。

 

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1月14日 1回中山競馬5日目 第5R  3歳未勝利 芝 1,600m

モルフェオルフェ号(スマッシュの15) 牝

【 厩舎:大江原 哲 厩舎(美浦) 父:オルフェーヴル 】

 

今後のさらなる活躍を期待しております。

育成馬ブログ 宮崎④

●本年もよろしくお願いいたします

 

宮崎育成牧場から本年最初の投稿となります。

昨年に引き続き「JRA育成馬日誌」をよろしくお願いいたします。

今冬は北海道を中心として全国的に11月後半から平年よりも気温が低く、

厳しい冬となっています。

南国宮崎も例外ではなく、朝夕の冷え込みは昨年よりも厳しく、

温度計が氷点下近くを示す日も少なくありません。

 

○育成馬の近況

 

宮崎育成牧場所属のJRA育成馬の近況をお伝えいたします。

初にウォーミングアップとして500mトラック馬場で直線をキャンター、

コーナーを速歩という調教を左右3周ずつ実施しています。

その後は1600mトラック馬場に場所を変えて、

一列縦隊で1200m、そして二列縦隊で1600m、

合計2800mのキャンターを実施しています。

当初の計画では、昨年の同時期と同様に

合計3600mのキャンターを予定しておりましたが、

深管骨瘤(第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症)に起因する

跛行馬が散見されたため、

例年よりも走行距離およびスピードを抑えて調教を実施している状況です。

 

Photo

写真① 1600m馬場での調教風景(左:牡、右:牝)。

昨年よりも強度を抑えて調教を実施しています。

 

前年よりも運動強度を抑えて慎重に調教を実施しているにもかかわらず、

跛行馬の発症頭数が増加している現状を鑑みると、

育成馬の調教とは個々の馬を観察して、

その馬に合わせた調教負荷を課さなければならないということを

再認識することができました。

負荷をかけなければ故障を発症するリスクは軽減されるものの、

十分なトレーニング効果は得られないということを理解しつつ、

競走馬としてデビューするまでには

十分な時間があるのではと自問自答しながら、

「急がば回れ」の格言のとおり調教を進めていきたいと思っております。

 

12月下旬の1600mダートコースでの牡の調教動画

 

○競馬セミナー

 

さて、宮崎育成牧場は日高育成牧場とは異なり、

牧場内に利用者登録制の「ウインズ宮崎」が併設されており、

馬券(勝馬投票券)を購入して競馬を楽しんで頂くことができます。

実は宮崎県は民放テレビ局が2局しかなく、

日曜日の15時からフジテレビ系列で放送されている

JRAの競馬中継を見ることができない

全国でも数少ない一部の地域に該当しているため、

競馬に対する馴染みが薄い状況が課題となっていました。

この状況を打開するために、

2016年1月よりAMラジオ放送局である

宮崎放送(MRTラジオ)において

日曜日の15時から「GOGO競馬サンデー!」が

放送されるようになりました。

 

このご縁もあり、多くの方に競馬を楽しんで頂くことを趣旨として、

MRTさん主催の競馬セミナーを有馬記念の前日に開催いたしました。

当日は抽選で当選された30名ものお客様をお招きして、

MRTの瀬藤アナウンサーの進行で、

当場の職員による馬の基礎知識、競馬の基礎知識、

出産から競走馬になるまで等の

「馬学講座」および「馬券の買い方」に関する座学を実施した後、

実際に馬券を購入して

阪神カップ(G2)などのレースを楽しんで頂きました。

 

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MRTの瀬藤アナウンサー(右)の進行で行われた

競馬セミナーにおける「馬学講座」の様子

 

メインレースの阪神カップでは人気馬が上位に入ったことも手伝い、

見事に単勝やワイドなどで的中された方がいらっしゃいました。

最後は瀬藤アナを含めた参加者全員で有馬記念の予想をして、

前日発売馬券を購入後に解散となりました。

参加者の中には的中馬券を購入されていた方も見受けられましたので、

見事にクリスマスプレゼントを手にされたものと思われます。

 

実際に競馬ファンの皆様と触れ合う機会を得ることによって、

馬というのはファンの皆様に支えられて

成り立っているというのを実感することができました。

この気持を忘れずに育成業務にも励んでいきたいと思います。

活躍馬情報(事務局)

1月6日土曜日の中山2R(3歳未勝利)で、

日高育成牧場で育成されたトーセンゼロス号が、

中団から徐々にポジションを上げて、

最後は突き放して見事な勝利を挙げました。

 

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1月6日 1回中山競馬1日目 第2R  3歳未勝利 ダ 1,800m

トーセンゼロス号(エリモエポナの15) 牡

【 厩舎:池上 昌和 厩舎(美浦) 父:エンパイアメーカー 】

 

今後のさらなる活躍を期待しております。

育成馬ブログ 生産編⑤(その2)

あけましておめでとうございます。

本年も育成馬ブログをよろしくおねがいします。

今回は前回の続きで、当歳馬の飼養管理の続きです。

 

○子馬の放牧

 

子馬の放牧については成長の段階に合わせて変更されていました(図3)。

生後まもない子馬は小さなパドックで

5時間程度の昼放牧から始められていました。

1週間経った子馬は中ぐらい(0.5~1.0ha)のパドックで

別の母子と2組で昼放牧されていました。

そして2週齢で放牧地を変えずにそのまま昼夜放牧が行われていました。

その後、4週齢で大きな放牧地に集団で昼夜放牧されるという流れでした。

温暖な気候を活かし、日本より早期に昼夜放牧を開始し、

丈夫な体質の馬を作るという考え方がなされていました。

 

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図3 2週齢から早くも昼夜放牧が開始される

 

○米国式の子馬の引き方

 

生まれたばかりの新生子馬は、引き手を後ろに回し、

後躯を持ち上げるようにして歩かせていました(図4)。

一人で母子を引く場合は、母馬が右、子馬が真ん中、

そして人が左という引き方をしていました。

この方法のメリットは、

多くの人が利き手となる右手で母馬を御せることで、

なおかつ母馬を保持しながらになりますが

同じく器用な右手で子馬のお尻に合図して

前進を促すことができる点だと思われました。

 

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図4 米国式の子馬の引き方

 

次回は繁殖牝馬と子馬の獣医療について述べたいと思います。